2-059 一度あることは二度あるようで
シエナ村に帰るので、挨拶回りとして陛下に会いに来たら、第三王子と第三王妃を一緒に連れて帰って欲しいと頼まれてしまった。
このメンバーから考えると、クタレも含まれるだろう、身の回りの世話をする侍従が最低1人は付くだろう。
護衛は……村でシシイとイノを付けることにして、辞退してもらおう。
さて、断ることはしないけど、一応理由を聞いておこうかな。
因みに、どうでもいいことだけど、お城に入れて貰うのにボグコリーナの格好をする必要があった。
解せぬ。
「王都に詰めている貴族達は、既にフェルールのことを説明をしたから問題ないが、領主に対しての説明がまだだ。領主会議は毎年春に行うので、通達するのが当分先となる。王都詰めの貴族達に説明した建前上、出来ればすぐにでも出発させたいのだが、王族の馬車が通るなら、目的地までの間の領に説明して回らねばならない。緊急性があるなら説明なしに通っても良いが、要らぬ混乱を招くのでな。特にヤミツロ領は面倒なのだ」
陛下は一度言葉を止めて、深く溜息を吐いた。
王都の食料を担う隣領は、陛下の悩みの種のようだ。
「そこで、其方達と一緒に、旅人に変装したフェルール達を連れ帰ってもらいたいのだ」
有無を言わせぬ強い視線ではなく、親にワガママを言う子供のように不安のある視線に見つめられてしまった。
その視線には弱い。
上から命令されても断らないんだけど、どちらかというとお願いされた方が、僕の心情的により受け入れやすい。
国のトップともなると、人の心に入り込む術に長けているんだろうね。
問題事と言えばそう捉えることも出来るけど、陛下達にとっては予定通りのことっぽいね。
でも、僕が挨拶回りに来ずにそのまま出発してたら……タムールとガラキにでも頼んだろう。
態度からしても、僕たちがたまたま来たから、ダメもとでお願いしてみてる、というところだろう。
急いでいるとは言え、今日明日に移動というのも本人達が準備できないのかもしれない。
でも僕は、彼らが来るからこそ早く帰って、村長に事情を説明したい。
そして、彼らを迎える準備をしたい。
今連れ帰ったら意味ないのでは?
陛下から許可が下りれば問題ないか?
移動のタイミングとか、住むところとか。
「第三王子殿下や第三王后殿下のご準備はお済みですか? 僕は今日出発するつもりでしたが、日を改めた方がよろしいでしょうか?」
「うむ、大丈夫だ。遅い時間になるやもしれんが、本日中に準備させる」
陛下の迷いない答えが返ってきた。
事前にすり合わせてあったのかな……それとも、陛下が決めたのだから対応するまでなのかな?
「後はシエナ村での御所についてですが……辺境の村ですから、村長の家と言えどあまり立派と言えるような屋敷では御座いません。新たにお屋敷を建てるつもりはしておりますが、建つまでの間は仮の住まいとして、少し窮屈や不便な思いをさせてしまうことになると思いますが、問題ないでしょうか?」
「シエナ村では鳩も飛ばせぬし、お主が類い稀なる魔法の使い手としても、他に使える者が居らぬのでは魔法による連絡も出来ぬだろう。連絡も出来ぬ状況で事前準備など出来ようはずもない。それに、連絡できたとしても着くまでに10日ほどしかなかろう。それで屋敷が建つわけでもなし。周辺領主に周知し、移送隊が着くまでは、ただの旅人として扱ってもらって構わぬ」
断る理由になることもなく、陛下から許可が出てしまった。
ただ、許可が出たからと言って、本当に庶民と同じ扱いでは怒られるんだろうね。
その辺は建前として、多少悪い待遇でも罪には問わない程度の認識としておこう。
そういえば、魔法使い同士の特別な通信手段というのがある認識なんですね?
村長に先に連絡できるかもしれないから、話が終わったら調べておこう。
後、屋敷は新しく建てて欲しいという要望もあるっぽいね。
元から僕が建てるつもりだから問題ないんだけど……
「心配ないぞ? 我が妻と我が息子が暫く住むところだ、こちらで費用は捻出する。準備金として持ち帰るが良い」
いつの間にか、部屋の入口付近で、侍従がトレイに重そうな袋を載せてこちらを見ていた。
やっぱり、断らせる気はゼロなんだよね。
それなら、さっさと対応する方法を考えた方が徒労感がないか。
んー……シエナ村なら、出来ない話じゃないし。
ただ、断っておくことが一つあるけど。
「一つだけ、御同行頂く方にはご無理をお願いすることがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだ? ここはわたしの私室で、わたしとお主の仲ではないか。遠慮する必要などないだろう」
旧知の仲みたいな仰いますけど1日2日の仲だし、その無礼講みたいなやつは、どう考えても本心を聞き出すための罠ってヤツでしょ?
無理なお願いをするほどではないから、良いんだけど、距離の詰め方に裏がアリアリで怖いんだけどー
どちらかというと、何でも出来る魔法使いを確保しておきたいという思いなのだろうけど。
「皆さま、空を飛ぶことに抵抗がある方はいらっしゃいませんか? 高いところが怖いとか、風景が高速で流れるのが怖いとか、そういう心理的抵抗のある方のことです」
「は?? 空を飛ぶ?? ははは! まさか、ボグコリーナ嬢は、ドラゴンでも従えているとでも言うのかな?? 流石に……流石にそれは……」
陛下は楽しそうに笑った後、急に言葉を窄ませてしまった。
壮大な勘違いがありそうだけど……とりあえず、陛下の認識では、空を飛ぶ魔法の発想がないことが分かった。
エルフのディティさんは風で飛ぶ魔法を使ってた気がするんだけど……それほど馴染みがないということだろう。
「いえいえ、まだドラゴンには会ったこともありません。お迎えする準備のために、早く帰ろうと思っていましたので、魔法で空を飛んで帰る予定でした。ヤミツロ領を通りたくない事情がおありのようですから、尚のこと、バレないように飛んでしまえば良いかと思った次第です」
僕の言葉に目を丸くする陛下。
僕の認識では、高ランクの魔法を使える人は、自動的にそれより下のランクの魔法は使える認識だけど……何か認識が違うような……
高ランクの魔法が使えるのは、その魔法を使い続けたからで、他の魔法は使えないとか、そういう認識なのかな?
「ああ、すまん、そんな魔法まで使えるとは想像してもいなかったのでな。ああ、お主の言うとおり、飛んで帰った方が安全だ。可能なら飛んで帰ってもらって構わない。複数人乗せても大丈夫なのか?」
やっぱり、僕の理解している魔法の習得方法とは別の方法で、この世界の人たちは魔法を使えるようになってる気がしてきた……
それは今関係ないので追々調べるとして、今は移動が可能かどうかだ。
今乗る予定の人数は9人かな?
イノは一般的な成人男性の2人分ぐらいありそうだよね……
キリが良いので10人と仮定しよう。
シエナ村で実験したときは、10人に満たなかったけど、余裕で動かせた。
だから、大丈夫だと思っている。
9人は大丈夫だけど、10人から突然飛ばせなくなる、みたいにはならないと信じたい。
というのも、にのかみは「基本的に魔法は宇宙開発のために使われた」と仰っていたので、たぶん……恐らくだけど……運動エネルギーを操作する魔法が、宇宙で使うことを想定されてるとなると、最大ランクでは惑星丸ごと動かしそうな気がする……
それこそ、星系を整えるために使ってた、とか言われても納得しそう。
そんな意図で魔法を使ったら、美容整形医ではなく美容星系医になっちゃいそう──知らんけど。
そして、速度の件もそうだけど、宇宙を移動するなら高速ならぬ光速での移動が必要になってくるだろうから……
本当に必要な最低条件を考えても、第二宇宙速度を超えられないと、宇宙開発に使うとは言えないだろうし。
つまり、速度に関しては最低ランクでも、音速の約30倍は出せるということ。
こんな規模から考えたら、魔法を使って惑星上で物を動かす程度、初心者の範囲ですらない。
もはや赤ちゃんでも出来たんじゃないかと疑いたくなるけど、知識がないと魔法は使えないので、それは否定しておこう。
未来の小学生なら出来たことなのかも知れないけど。
未来が過去扱いって変な感じ……
とにかく、この推測からすると、緊急時にお城ごと飛ばすことも出来る気がしてきた。
出来たとしても全くやりたくない。
実はこの街は墜落した宇宙船を使って建てられたんだよ、みたいなロマンはあるけど。
陛下が不安そうな顔になってきたので回答しておこう。
「はい、問題ありません。乗りやすいように大型帆船を模した乗り物にしますので、船に乗れるかどうか、もしくは乗せられるかどうかで判断して貰えれば結構です」
僕の言葉に、今度は陛下が口を開け放ってしまった。
想像の乗り物とは違ったのかな?
大型帆船なんてドラゴンに比べたら小さそうだけど?
魔法に関して呆れられるのは今更なので、スルーして話を進めてしまおう。
「問題ないようでしたら、これで失礼させて頂きます」
「ま、待て! いや、船のことは理解した、それで問題ない、問題ないとも。そのことではなく、弟からお主に会うことがあれば、屋敷に寄ってもらうように言付かっていたのだ。寄ってもらえるか?」
段々陛下が遠慮して話をするようになっていってるような……気のせいかな。
「レバンテ様ですか? ご挨拶に伺おうと思っていましたのでちょうど良いです。お言付け感謝致します」
今度こそ、頭を下げて陛下の私室を後にした。
第三王子と第三皇后とクタレは、後で迎えに来よう。
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「ということで、ボグコリーナ嬢にこの人魚を引き取ってもらいたいのですが……」
レバンテ様に挨拶に来たら、遠慮がちかつ丁寧な態度でサラを連れて帰って欲しいと依頼された。
連れて帰る人、これ以上増えないよね?