2-058 帰り支度は順調なようで
美しい光の祭典を見て、夢心地のまま、わたしは祝宴を終わらせた。
その後、一度自室に戻ると心地よい眠気に襲われて眠ってしまった。
多少酔っていたとは言え、あっさりと眠ることが出来た。
いつもなら国政という日々の重圧で、多少悶々としているものなのだが……
あれは現実を忘れさせてくれる、この世のものとは思えないとても美しい時間であった。
次の日から心地よく政務に戻り、溜まっていた裁決や面会をこなして数日が過ぎた。
病み上がりとは思えぬほどに調子が良かった。
そして、晩餐の席で息子達に、あの光の影響に関して話を尋ねてみれば、良い返事ばかりだった。
健やかな気持ちになったとか、派閥内部の今後の方針がスムーズに決まったとか、他の派閥とも連携が取れるようになってきたなどなど。
フェルールはまだ晩餐に参加していなかったが、フェニーに様子を聞いた限り、気持ちもかなり安定して自分の現状が把握出来てきたらしい。
時間を跳躍してしまったような状況で、意外にしっかりしている。
これも彼の者の魔法のお陰だろうか?
時には回復魔法で人を癒し、時には圧倒的な壁として人を戒め、時には空一杯の美しき光と音の舞で人々の心を楽しませ、そして和ませる。
なるほど、異世界美容整形医という職業が見えてきた気がするな。
外見だけでなく、心まで美しく整えるのか。
彼女というか彼というか──いや、あれは人の枠を超越した存在を体現していると言うことか──とにかくボグコリーナ嬢のおかげで、この国の未来は明るく照らされているようだ。
フェルールのことがあったにも関わらず、派閥間の争いが激しくなることもなく、むしろ以前より風通しが良いようだ。
はっ!
そうか!
人の心を整えれば、国も整うのか!
しかし、花火と言われたあの魔法に、そのような効果があるとは言っていなかった。
ただ光を打ち上げて、空に描かれるその模様を楽しむ、としか……
あの魔法に関して、ボグコリーナ嬢が隠し事をする利点はないだろう。
新戦略級魔法の実験と誤認されることを危惧していたぐらいだ、人の心を癒やす効果があるなら強調してもいい内容だ。
ならば……
人は人知を超えた出来事が起きたとき、それより些細なことは受け入れるようになるという。
人の成し得たものを簡単に崩壊させ得る災害に遭えば、ただ生きていくために足掻くもの。
被害の差こそあれば、そこに軋轢も生まれ、少ない資源を取り合い争う事態も起こるだろう……
しかし、あれは我が国に対しては何もしていない。
何もしていないと言えば語弊があるな、助けて貰ったわけだから。
言うなれば、驚異と感じることは何もしていない。
だが、その魔法で事件を解決し、圧倒的すぎる存在感を示してしまった。
むしろ害のない使い方をされたが故に、聡い者はその力を悪意に変えられたらと予想してしまう。
もしその目がこちらに向けばどうなるのか、と心のどこかで不安を感じてしまう。
軽く息を吹きかけられただけで、自分が簡単に吹き飛んでしまう藁葺きだと想像してしまう。
だから、小さな諍いなど、気にしていられなくなってしまったのだろう。
異世界美容整形医とは気に恐ろしき者だな。
あの時、王としての威厳がどうとか言って、高圧的に接さなかった自分を誉めておこう。
あれほどの力があって、教会を危険視する意味が分からぬが……
わが国が危険にさらされないように、配慮をしていたということなのだろう。
ならば尚のこと、惜しまず支援し続けねばならぬな。
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花火を終えて宴を辞した僕たちは、トビアスさんの好意で宿に泊めてもらうことになった。
トビアスさんは、こんな時のためにととって置いた秘蔵のお酒を取り出して、祝杯をあげていた。
酔ったトビアスさんの勧めで、僕も少しだけもらったけど、強いお酒だったため一口であえなくダウン。
そのまま眠りについてしまったようだ。
そして次の日の朝、お酒を飲んで早い時間に寝てしまったからか、早くに目が覚めた。
薄暗い世界で天井を眺めたまま、ぼんやりと帰り支度について考えていた。
事件は解決したし、第三王子の治療も終えた。王都でやることは、あとは観光ぐらいだけど、ゆっくり見て回れるかな?
挨拶回りぐらいはして帰った方が良いかな?
と言っても、王都の知り合いが王族ばかりじゃん……
他に挨拶する相手は──みんな村に越してくることになっちゃったのが驚きだ。
来ないのはヤミツロ領で会ったカントさんぐらいだね?
あっ、プラホヴァ家のお屋敷には挨拶に行っておいた方が良いよね?
後は村で購入を頼まれた物も無いし……あ、もう少し詳しく、魔道具やアーティファクトについては、調べたておきたいと思ってたんだった。魔法関連だから──詳しい人が第二王子ぐらいしか思い付かない……流石に気軽に頼める相手じゃないな。また今度にしよう。
後は、村に住んでくれる人達のサポート?
と言っても、みんな陛下から引っ越し費用はもらえることになったらしい──何故かは深く聞かないことにしたけど──だから、手伝えることは引っ越し準備の人手としてぐらいかな? 慣れない作業だから邪魔にしかならないか……
あっそうだ、彼ら住民が増えるし、村長に早く伝えた方が良いのかな? 村での歓迎準備があった方が喜ぶかな……
と思ったところで、一気に目が覚めた。
飛び切り早く伝えておかないといけない新住民が、増えることに気が付いた。
第三王子だ。
恐らく第三王妃も一緒に来る。
彼らが村に住むことになるというのは、他の面々よりも遥かに早急な対応が必要だろう。
王室からプラホヴァ領主様へ正式な連絡はあるだろうし、準備期間を取ってくれると思うけど、早い方が良い。
恐らく僕も準備に駆り出される。
ならばいっそのこと、早く帰ってしまうのが良いと思う。
「村長へ報告するため、急いで村に戻るべきだよね。後は2人がどうしたいか?かな」
「そんなのもちろん、一緒に帰る、しか選択肢がないのよ?」
「そうです! わたしはお嬢様の護衛ですから、お側に居ないといけません!」
虚空への確認に答えが返ってきてしまった。
起きてたの?
いや、スヴェトラーナは寝惚けてるね。
答えた後、2人で向かい合って「ねー」と同意しているのはカワイイけど。
「王都でやりたいことない? 僕だけ先帰って報告してから迎えに来ても良いんだよ? お金なら置いていくし」
「ボーグがいないと淋しいのですよ?」
「わたしはボグダンさんにお仕えするのが仕事ですよ?」
即答だね。
あー、うん、2人とも別行動する気がないのは分かった。
スヴェトラーナは、お使いとかなら一人でも出掛けそうだけど、ミレルは一人で出掛けそうにないね。
じゃあ、挨拶回りだけしてさっさと帰るか。
身支度をして宿屋の食堂に降りると、他のみんなに今後の予定を伝えた。
「そうなのか。じゃあ、わたしも着いて帰るかな」
と言ったのはシシイだ。
シシイは、理想のオークを見つけたらシエナ村に帰ってくる約束になっていた。
理想のオークになりたいというシシイの願いを叶えるために、僕がオークのサンプルを欲しがったからだ。
サンプルと言っても、遺伝子情報さえ分かれば良いだけで、怪しげな人体実験とかをするつもりではない。
ただ、僕が居ないシエナ村に帰っても、シシイの目的は果たされないから、引き止めるために護衛を依頼していただけだ。
だから、僕が帰るなら、一緒に帰るのが妥当だろう。
そうなると、イノも当然着いてくることになるだろう。
イノがどうしたいのか、確認しておいた方が良さそうだね。
「シシイが住むなら……わたしも住む。シシイと離れるなんて出来ない」
イノにとってシシイは傭兵の師匠でもあるし、シシイの見た目が大好きなイノは、シシイが今の見た目のままならベッタリ着いていくのだろう。
ただ、シシイが村に住む目的を考えると、その先も村に住み続けるかは分からない。
ここで話しておくべきか……シシイはどう思っているのだろうか?
「そうだな。イノには伝えておかなきゃだな。イノ、わたしがシエナ村に戻るのは、こいつに身体を治療してもらう為だ……この小さく幼い呪われた身体を、まともなオークにしてもらうんだ」
「そんな! そんなに可愛い姿を醜いオークに変えてしまうなんて!! そんなの治療じゃなくて、それこそ呪いだよ!」
「わたしにとってはこの小さく幼いように見える身体がイヤなんだよ! これが理由で親は追放されたんだ。わたしがまともだったら、人間相手に傭兵家業なんてせずに済んだだろうし、戦争に参加して死ぬことも無かったんだ! だから、わたしは何と言われようと、チャンスがあるなら理想の姿を手に入れる!」
「シシイ……その姿でいるのがツラいのは分かった……そんなに愛らしくて愛おしくて愛でたくなる姿がなくなるのは、オークとしての損失でしかないと思うのに……その姿を許せないと思う同族が居ることが許せない!! こんな可愛いシシイにツラい生を歩ませた者に復讐を……いや、可愛いという正義を否定する悪に断罪を! そうこれは、悪を滅ぼす為の正当な行いであり、私怨ではなく──」
イノはその巨体でシシイに詰め寄り、圧を掛けるように悲しげな視線で見下ろしていたかと思うと、自分の世界に入り込んでいった。
対するシシイは、自分の意志を伝えるために厳しい目をしていたが、今はイノの凶行を呆れた顔で見上げている。
緊張が高まらなくて良かったけど……そろそろイノを止めないとね。
「だから、わたしが悉くを滅ぼすから、そのわたしの愛する姿を留めてはくれない──」
「ないからな。変態的な趣味のお前に、愛してるとか言われても全く嬉しくないから。ただ……お前みたいなやつが、もしわたしの故郷にいたら……少しは救われたかもな……」
「シシイ……わたしがもし族長なら、宝として扱ったのに……」
「それはそれでイヤだけどな」
変わることのない過去に夢見て、乾いた笑いを上げるシシイ。
シエナ村で僕に語ってくれたとき、吹っ切れていたはずだと言ったけど、やはり積年の無念はそう簡単に消えないようだ。
姿形を変えなくても、認めてくれるイノが居れば、心の持ちようは変わるかも知れないけど……
「イノはシシイにとって理想のオークなんだよね? 理想のオークに好かれてるんだから、このままで良いとかならない?」
「中身がこれでなければな。ボグダン、もしかして……姿形だけでなく、中身まで変えられたりするのか?」
イノが変態的に好きなのではなく、シシイの姿形を認めてくれていれば可能性はあったのか……いや、変態的だからこそ、その見た目を愛してくれているという矛盾があるんだけど。
心外敵ストレス障害の対処を検討したときに、最悪魔法で記憶や性格を弄れることは確認したから、出来ないことはない。
これは犯罪被害や被災に対する治療という意味で、やっても場合によってはやっても良いと思っている。
でも、その人の半生を否定することになるから、簡単には決断できない。
本人が強く望むらするけど、本人以外の要望でするものではないと……その性格や嗜好が犯罪に繋がらないならという条件が付くんだけど。
あ……イノの場合は、犯罪に繋がるのでは!?
いや、でも、ロリオークというのはほぼ発生しない稀な存在で、その稀な事象が目の前で徹底的に拒否してるわけだから、大丈夫なのか……?
犯罪者予備軍だから即治療は早計だと思うし、とにかく本人の意向を確認すべきだね。
「イノはこれだけシシイに拒否られてるけど、その嗜好で問題ない? なりたい自分があるなら、聞くけど?」
僕の質問に、イノはカッと目を見開いて硬直している。
雷に打たれたようにとか、天啓を受けたようにと表現したくなる表情だけど……これは、経験から言って碌な案が出て来ない。
女装趣味の友人が奇行に走る前は、大抵こんな顔した後に、とんでもないことを宣っていた。
それも今では懐かしい思い出。
「そうだ、幼女になろう」
ほら来たよ?
ポスターに書いちゃうぐらい、良いこと思い付いたみたいに言ったけど、絶対後先考えてないよね?
「名案過ぎる……いやしかし、シシイが可愛いから良いのであって、わたしがそうなっても……いやいや、可愛い掛ける可愛いは天国でしょ?」
いや、シシイは可愛いじゃなくなる予定なんだけど……?
「ダメだこいつ……わたしが理想のオークになる決意は、今、更に強まったからな? お前がこの決意を固めたからな?」
やれやれと首を左右に振るシシイ。
呆れたくなる気持ちは良く分かる。
「くっ……その気持ちが変わらないなら、せめて癒やしを自分に求める……」
心底残念そうにイノが僕を見下ろしている。
決まりなの? 本当にそんな簡単に決めて良いの?
「自分がなるという考えが今までは無かったから。まず、シシイに会って、初めてそんな奇蹟が存在することを知った。だからこの奇蹟を無くしたくないと思った。でも、その奇蹟が起こせるものだと今言われた。自分もなれる可能性が示された。ならば、それがわたしの理想ではないか? なりたいと思える理想ではないか? 奇蹟はわたしの目の前にある。ならばそれを取るのに何の躊躇いがある? いや、ないだろう」
自問自答して自分の答えを確たるものにするイノ。
本人が良いなら、僕は別に何も言わない。
でも、答えを急くのはいかがなものかと。
オークの寿命は人より長いんだから、もう少しのんびり考えたら良いと思う。
それに条件を伝えれば、気持ちは変わるかもしれないし。
「僕の治療を受けるなら、シエナ村に住んでもらう必要があるんだ。シシイはそれを了承した上で、治療を受ける決意をしたんだ。それに治療はシエナ村で行うし、長い間かけて治療をしていくから、イノももう少し考えると良いよ」
「シシイが可愛くなくなることに絶望しかなかったけど、今は自分が小さくて可愛くなることに希望が持てているんだ。これはとても良い案だと思えているんだ。だから、絶望から逃れるために、わたしの意見が変わることはないと思う」
悟ったように清々しい雰囲気ですね。
そこまで絶望しなくても……とは思うけど、喉から手が出るほどに欲しかった物がそこにあるのに、なくなってしまうと言われれば絶望するか。
今は、推しの限定グッズ販売列に並んでワクワクしていたのに、目の前で完売札を出されて、転売屋からオークションで買ってしまおうと決意したのと同じ心境だと思う。
確かにこれがグッズなら、再販や交換譲渡の道も考えられるけど、ロリオークは出会える確率が皆無だろうからね……僕が原因だし、まとめて面倒見よう。
さて、これで、一緒に帰るメンバーは確定したかな?
トビアスさんは、宿を手放して挨拶回りしたら出発するらしい。数日中には王都を発てるだろうと言っていた。
タムールは、お店の廃業処理があるから、しばらく時間が掛かる見込みだとか。何とか雪が降り出す前には到着したいと言っていた。
だからなのか、ガラキはタムールの手伝いをしてくれるみたいだ。彼の行商も廃業になるから、同業者のよしみだろう。
予定していたメンバーは以上だから、僕たちだけで挨拶回りをして帰ったら良さそうだ。
まずは、陛下や王子達かな。
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「それなら、フェルール達を連れていって欲しい」
陛下に挨拶に行ったら、私室に通されて、そんな相談をされた。
厄介事じゃないよね?
聞いてないことだけど、予定通りなんだよね?