2-057 美しき光の舞は感動を呼ぶようで
陛下に呼ばれたので近くまで行くと、酔って少し赤い顔の陛下に手招きをされた。
今まで見た中で一番楽しそうな表情をしている。
病気も治り、今後の方針も立てられたから、今日ぐらいは羽目を外しているのかもしれない。
一国の主だって、気を抜ける日があっても良いよね。
手を伸ばせば触れられる程度まで近付くと、また更に近付くように手招きされた。
いや、内緒話にしても、そんなに近付かなくても出来るでしょ?
口元を読まれるのも嫌ってこと?
顔を近付ければ、古式ゆかしい内緒話よろしく、陛下は口元に手を当てて、僕の耳に向けた。
「其方の言っておった花火というのは、ここでは出来んか? 祝宴の最後に相応しいものなのだろう?」
おおぅ……確かに、僕のような典型的な元日本人は、花火が上がれば祭りも終わりって感じるけど……その文化的ベースは無いよね?
そんな認知バイアスがなくとも、今より更に盛り上がるのは確かだけど。
かといって、花火を室内で上げるわけにもいかない。
厳密に言うと、魔法の光による花火なので、室内で上げて問題が出るわけではないけど、僕の心情的に花火は外で見たい。
「ここで披露し、安全なものであることを周知しておくのが良いのではないか?」
陛下の言はもっともだ。
危険性があるかもしれないから不安を呼んだなら、多くの目に触れるところで安全をアピールしておくのが今後のためだ。
「わたしがただ見てみたいという気持ちもあるが」
そう言ってニコリと笑う陛下。
貴重なご意見ありがとうございます。
もしかして相当酔ってるのでは?
迷惑を掛けない限り、気持ち良く酔うのは良いことだと思うから水は差さないけど。
僕に気持ち良く魔法を使わせる為の方便だと受け取っておこう。
なんにせよ、僕の気持ちとしては、花火を上げるのには充分な理由は頂いた。
「花火というのは、とにかく大きいものなので、外で上げるものなのです。それなりの時間続けますので、陛下に立ち見して頂くわけにもいきません。今から前庭に観覧席を御用意してもよろしいですか?」
すぐに陛下は侍従を呼び、観覧席の準備に掛からせた。
僕も準備を手伝ってこよう。
お辞儀をしてその場を辞すと、陛下は参加者に向けてこれから行われることの解説を始めた。
陛下の言葉を背中に聞きながら、ミレル達のところへ、観覧席設営の為に外へ出ることを伝えに行った。
すると、ミレルとスヴェトラーナはもちろん、シシイとイノ、それにブリンダージとガラキとトビアスさんも手伝うと申し出てくれた。
「ここに居ててもヒマだしな」
と言うシシイの言葉にイノとトビアスさんが頷き、
「ここはあまり空気が良くないのでね」
と言うブリンダージの言葉にガラキが頷いた。
この2人は、本当に空気が悪いと思っているのではなくて、居心地が悪いという意味みたいだけども。
手伝ってくれるのは大変ありがたいので、素直に快諾し、みんなで連れ立って外に出た。
◇◆
表に出ると、早速、侍従の方達がどこかから椅子を持ってきて、芝生の上に置いていってるようだった。
僕はそれを見て、ううむと唸ってしまった。
仕事が早いことは実に良いことなんだけど、どう考えてもパーティー会場にいる人数分用意するのは大変だ。
それに、ほぼ真上に花火を上げるのに、背もたれが真っ直ぐで、頭まである椅子では、花火を見ていられない。
そんな椅子に座って見るぐらいなら、たぶん立ったまま見た方が楽だと思う。
僕は、現場の指揮をしている侍従長を捕まえて、すぐに打ち合わせを開始した。
花火を上げる予定の位置を示し、どんな風に見るのかを説明する。
「なるほど、それならば背もたれが無い方が良いですね」
まだまだ明るい空を見上げながら、侍従長は眉尻を下げた。
花火の時も給仕や楽団の人たちの座るスペースはいらないのかな?
「はい、不要です。ご参加頂いている方々も沢山いらっしゃるように見えますが、世話役や護衛は立っていますので、座席もそれほど必要ではないのですよ」
なるほど、それで椅子を運び込んでもそれほど時間が掛からない予定だったのか。
ついでに、必要数や配置を確認して、準備を手伝う旨を申し出た。
僕たちが参加者なので恐縮されたけど、手持ち無沙汰だし、やりたいことがあるので、善意を押し売りさせてもらった。
花火と言えば地ベタにゴザかビニールシートな気がするけど、こちらにはまだ無い文化だから、新しく文化を作っていけばいい。
折角の花火なので、和と融合したテイスト──長椅子に毛氈が良いなーとか思ったのだ。
毛氈は赤色の『非毛氈』が有名だけど、実際は様々な色がある。
こちらには貴族で色が決まっているから、ある意味馴染みやすいと思うんだ。
ということで、魔法を使って、カバンから取り出したかのように、木組みの長椅子と毛氈を精製した。
ダイヤを取り出したのとは違って、さすがに無理がある気もするけど……
「何でも取り出せる魔法のカバンだったのですね! 初めて見ました!!」
侍従長が感動しながらも、僕が魔法使いのため納得してくれた。
都合の良いように解釈してくれたので、調子を合わせておくことにした。
どうやら、この世界のどこかには、物理的な体積とは関係なく、多くの物が収納できる魔法のカバンがあるらしい。
ファンタジーでもゲームでもお馴染みのインベントリというやつだね。
神様のお手伝いであるユタキさんの話では、この世界の魔法は物理法則に則った魔法らしいんだけど……どんな方法で体積以上の物を収納するだろう?
伝説級のアイテムらしいけど早々お目見えできないようだ。
ただ、その概念があるというのなら、カバンから取り出すように見せれば、精製魔法の方を説明しなくても良さそうだ。
この世界でも、水を作るなどの精製魔法は、意外にも認知されているらしい。
治療魔法と同様に、人間の必須元素に関わる精製魔法は、もしかしたら使える人もそれなりにいるのかもしれない。
比較的使いやすいはずの治療魔法も含めて、僕はまだ使える人に会ったことはないけどね。
とりあえず、精製した長椅子の上に茶色の毛氈を敷いてサンプルを用意した。
「見たことの無い……毛織物? ですね?」
この世界にフェルトはまだ無いのか、もしくはこの国にまだ入ってきていないのだろう。
フェルトは不織布なのて、織物に分類するわけにはいかない気がするけど……絨毯と同じ使い方をする物だから、そう思うのも仕方がない。
「これは良いですね。柔らかく厚みがあるので、座るのに向いていそうです」
手触りを確認しながら侍従長が頷いた。
許可も取れたので、全ての貴族色の長椅子セットを量産していく。
因みに、析術と極術の物質精製系魔法では、析術の方が複雑な形状が圧倒的に早く作れる。
材料を変換して形作るか、材料から作り出すかで大きな差があるのか、僕の習得できているレベルの差によるものなのかは分からないけど。
なので、カバンから取り出すような早さの精製だと、析術系統を使う必要がある。
流石にこれだけの量を作り始めると、カバンの中に入れておいたプラチナインゴットだけでは材料として足り無くなってきた。
ただ、僕の場合は、複数の魔法を同時並行して使用できるので、極術の物質創造で材料を作りながら、その材料を使って長椅子と毛氈を作ることが出来た。
複数のアーティファクトを村に置いておいてくれた白鶴には感謝しないとね。
侍従長の指示を受けながら、僕が精製した長椅子をシシイやイノそれにガラキとトビアスさんがすぐに並べていき、ミレルとスヴェトラーナとブリンダージが毛氈を掛けていった。
カバンから取り出すような速度で準備したので、他の侍従達が椅子を運ぶ間もなく、5色の貴族色の座席が準備が完了した。
ただ、会場に一番近く少し周りより高くなった場所が、一部空いているような配置だ。
立席なのかな?
「後は主催者席なのですが──」
そうだった、5色の中に陛下は入っていないのだった。
空いている場所は王族用のスペースで、僕が準備しなかったから空いていたようだ。
陛下の貴族色は青色らしい。つまり、ロイヤルブルーってやつだね。
青の座席を作れば、埋めることが出来るようだ。
流石に他の貴族達と同じ意匠で色だけ違う、というわけにはいかないかな……
何となく、王族としての威光があった方が良いような。
じゃあ毛氈に縁飾りを入れよう。
王家の紋章ってあるのかな?
侍従長に聞いてみれば、すぐに実物を懐から取り出して見せてくれた。
盾を四分割してそれぞれにアイコンが配置されていて、その盾を獅子が両側から支えている紋章だった。
なんとも紋章らしい紋章なので、何個も並べると画が煩くなりそうだ。
とはいえ、省略したら怒られそうだし、全く同じ物を使わざるを得ない。
空白スペースを大きめに取るぐらいしかないかな。
艶のない青い毛氈なので、縁は青い絹を使って艶差を出して、目立つように金糸で紋章の刺繍を入れた。
長椅子も、毛氈を掛けると隠れる場所だけど、幕板に紋章をエンボス加工しておいた。
設置してみると、一際目を惹く王家っぽい座席が完成した。
「素晴らしい!! とてもこの場に相応しい物です!! が……このような物まで持ち歩いていらっしゃるのですか……?」
うん、そうだよね。
王家の紋が入った物が、カバンから出てくるとかヤバいよね。犯罪臭を感じますよね?
商人でもないのに、全貴族色の毛氈が出てくるのもおかしい。
簡単に作れちゃうからって、流石にちょっとやり過ぎたね。
えーっと……こういう場合はなんと言い訳したら……
「わたし共の商品を少し預かってもらっていたのです。この一件が片付いたらお納めする予定のところ、丁度使う機会が巡ってきたので出してもらっていたのです。実際に使って頂いて気に入って頂けたなら、尚のこと覚えもめでたいですから」
スルリと会話に入ってきて、商人らしいアピールをするブリンダージ。
「左様で御座いますか。これは陛下もお気に召されると存じますよ」
あっさりと侍従長は納得してくれた。
何も言わずに的確なフォローができるとかまじイケメン!
一段高い場所に侍従長が青い毛氈を整え始めたところで、僕はそっとブリンダージに頭を下げて無言の感謝を伝えた。
すると彼は何気ない様子で近寄ってきて、一番近付いたところで視線を合わせることもなく囁き、そのまま他の人の手伝いに行った。
「後々詳しく教えて下さい」
はい……
どうやら彼は、陛下に話した内容以外の魔法も僕が使えると疑っているようだ。
事実そうだ。
あまりに突拍子もないような魔法だから、陛下は幾つか話しただけでお腹いっぱいになったのか、それ以上の追求はしてこなかった。
でも、ブリンダージは聞きたいようだ。
隠し事をし続けるのは苦手だし、今みたいにすぐにボロを出してしまう。
村に着いたら洗いざらい吐いて楽になろう。
話をするという約束をしたわけだし。
今みたいにフォローしてくれる彼なら信頼できるし、ペナルティーでプラホヴァ領から出られないようになるから、話をしても問題ないと思っている。
「お蔭様で随分早く座席が準備できました、ありがとうございました。これで皆様をお呼びすることが出来ます」
侍従長の満足そうな声で現実に引き戻された。
お辞儀をした後、侍従長は会場へと戻っていった。
そう、今は、祝おう。
問題が全て解決したわけじゃないけど、区切りとしての打ち上げは肝心だ。
例えば、課題は残っていても新製品が出来上がったら、完成祝いをするように。
次への活力として、今を成果を実感することに価値がある。
今はただ、陛下が健康になったことと、第三王子の快復の目処が立ったことと、悪魔騒動が終息したことを慶ぼう。
最初に陛下が出てきて、観覧席を見回して目を白黒させたと思ったら、僕の方を向いてひとつ頷いた。
侍従長から報告を受けて、この観覧席を僕が準備したことと、出来栄えに納得してくれたのだろう。
今更だけど、僕の思い付きで余計な不興を買わずに良かったよ。
そして参加者全員の観覧準備が整ったところで、再び陛下に呼ばれた。
開始の合図を陛下にお願いして、『花光』のシーケンスを組み始めた。
陛下が声を掛けると、参加者達は席の前に立って陛下の方を振り返った。
話を聞く姿勢が整ったところで、陛下が言葉を紡ぐ。
「今日のこの良き日に、その吉報をもたらしてくれた彼女が、特別な魔法で祝ってくれる。何人が我がレムス王国を揺るがそうとも、そう安々と崩されるものではない。より強固な結び付きとなって、これからも発展していく。共に我が国の治世安泰を祈ろうではないか!」
大きな拍手が巻き上がったところで、僕は空へと魔法を放った。
明るい空に光の花が咲く。
ドンッという大太鼓を間近で叩かれたような大きな音と共に。
陛下も含めて皆、何事かと驚き身体を強張らせて空を見上げた。
そして、皆が空へ向き直ったところで、色とりどりの小さな花火を連続で上げていく。
小太鼓がリズムを刻むように、音が空気を震わせる。
驚きの表情はすぐに喜びへと変わり、突如として空に広がった花畑に、皆は歓声を上げた。
掴みは上々。
王族や貴族達にも、問題なく花火は受け入れられたようだ。
後はシエナ村の祭りと同じく、王家の紋章を上げたりして盛り上げ、大いに盛り上がった。
やはり、花火の力は偉大かな。
皆が間近で見て笑顔になれるなら、王都の住民の受けも良いだろう。
錦冠のスターマインを最後に、大歓声に包まれながら快気祝いパーティーは幕を閉じた。