2-053 内部は見せしめと脅しで牽制するようで
陛下の終息宣言の後、僕は謁見の間で暫く人の流れを観察していた。
陛下は、宣言の後はすぐに奥の通路へと出ていった。
悪の元凶は捕まったという宣言と退室によって、事件が終息したことを、聴衆へ意識づけたい狙いがあるのかな?
宴も開くなら尚のこと、その狙いは更に伝わるだろう。
陛下が出ていくと、聴衆に徹していた人達は、さっさと謁見の間を出ていった。
でも、事件に関係した人達はその同調心理ゆえか、本物の第三王子と第三王后の近くに集まっているようだった。
因みに元第三王子は、ミレルに連れられて僕の傍に居る。
僕もまだ話したいことはあったので、みんなが集まっているところへと近づいた。
すると、同じタイミングで、陛下が奥の通路から戻ってきた。
陛下は残っている面々を見回してから、口を開いた。
「さて、大罪人は捕まったが、この事件に関わった者がお咎めなしでは他の者に示しがつかん」
陛下が数人に厳しい視線を向けた。
うーん、そうなるか……そうなるよね。
むしろ、なんですぐに出ていったんだろ?って思った人の方が多いだろうね。
陛下が席を外してる間に、関係者が帰ってたらどうしたんだろう?
「逃げたら罪が重くなるだけだ。幸い、ここには逃げた者がいなかったようで何よりだ」
陛下が言ったように、元第三王子、ガラキ、ブリンダージ、レバンテ様は残っている。
そして、それほど関係してないはずの第一王子と第二王子とプロセルピナ、それにトビアスさんもいる。
前者は僕の近くに、後者が陛下の近くにいる配置だ。
「それと、ボグコリーナの能力は謎が多すぎる。後日しっかり話を聞くのでそのつもりでいるようにな」
しっかり釘を刺されてしまった。
仕事が終わったから、さっさと帰ろうと思っていたのに……さすがにあれだけやって、見逃してはもらえないか。
陛下の言葉を聞いて、第二王子が勢い込んで僕に詰め寄ってきた。
王子の後ろからプロセルピナも、こちらを興味深そうに見ている。
適当に流すのも大変な組合せだよね……
「そう! まず魔法を掴むなどあり得ない! 何をどうやったのか──」
「ジェラール! 今はその話ではない!」
話を盛り上げる前に、陛下に怒られてばつの悪そうな顔をしている。
第二王子が一歩下がったのを見届けてから、陛下は元第三王子に視線を向けた。
「まず、フェルールを語ったお主……名前が無いのは不便だな。名を名乗るが良い」
美少女顔を不安に染めながら、元第三王子は上擦った声を上げた。
「ボ、ボクの名前は! ……ク……? タ……レ! クタレ……と申します!」
名前を答えたあと、首を捻っている。
恐怖に近い不安で言葉を詰まってるようにも見えるけど、どうやら名前を思い出すのに、かなり昔の記憶を探る必要があったようだ。
不憫だ……
「クタレよ。なぜフェルールに成り代わった?」
理由が推測できている僕からすれば、慮っても良いような質問だ。
陛下は大司教と僕のやり取りから推測できなかったのだろうか?
陛下のただただ厳しい顔からは、その感情が読み取れなかった。
「長い間騙しており大変申し訳ございませんでした。ボクには、フェルール殿下を演じ続ける以外に生きる道がなかった為、成り代わって生活していました」
地に跪いたその謝罪には、誠意がこもっていると感じさせるに充分だった。
先ほどのビクビクした感じは見て取れない。
それは恐らく、第三王子に成り代わることで培った所作が、その感情を表現させているのだろう。
特に第三王子に成り代わっている間は、一番の感情表現手段である表情が使えなかったのだ。
それ以外の方法を模索し続けた結果、指先まで神経を巡らせるような、細やかな動作によって感情を伝えることに長けたんだと思う。
それに王子である間は、怯えている場合でもなかっただろうし。
クタレは続けて、自分の生い立ちを話してくれた。
彼は教会に来るまでは、旧市街でゴミを漁るような孤児だったようだ。
大司教に声を掛けられて、教会に拾われ、暫くは教会で生活していたらしい。
教会での生活は、孤児の頃とは比べものにならないほど安定していて、教会にはとても感謝をしたとか。
だからこそ、教会の人が困っていたなら、助けになりたいと思っていた。
そこに、大司教から呼び出されて、手伝って欲しいと言われたらしい。
恩義を感じていた彼は、二つ返事で「はい」と答えたら、訳の分からぬまま拘束され、これから殿下として生きることの説明と、思い出せば身体が震えるような痛みを与えられた。
もちろんその痛みは、顔を潰すために行われたものだったけど、彼が大司教に逆らえば殺される、と思わせるのに充分だったようだ。
だから、必死でフェルール殿下になれるように努力し、毒を盛ることを強要されても拒否できなかったと。
「教会に恩義もあり、痛みで束縛されて、仕方なく演じていたと、そう言うのだな?」
「はい」
陛下の最後の確認に、クタレは即座に肯定を返した。
陛下はクタレの迷いない肯定に軽く頷いた後、顔を上げて、他の王子に視線を向けた。
「ふむ。ヴィクトール、ジェラール、この者の処遇はどうすべきか?」
ああ、そういうことか。
陛下は王子達の教育のために、事後処理を残していたのか。
そして、彼の境遇を想像ではなく、正しく理解する必要があったのだ。
だから、容易に想像できても、本人に聞かないという選択肢はなかったんだ。
でも、本当は、王子2人に勝手に裁定してて欲しかったのかもしれないけどね。
「はい。確かに成りすましたことは悪いですが、その境遇では温情を持って沙汰を下しても良いと思います。慣例として死罪でしょうが、肉刑……も酷に思えますし、身分もないことから考えると追放刑が妥当では?」
第一王子が渋面を作り横目でクタレを見ながら、普段より丁寧な口調で提案した。
ただの脳筋かと思ったけど、さすがに、国の決断に関わることとなるとしっかり考えるのね。
分かっていたけど、どちらかというと彼は情に脆いようだ。
陛下は一つ頷いてから、次は第二王子の方を見た。
「はい。兄上と同じく酌量は必要と考えます。ただ、彼の商才や人脈を手放すのは惜しいです。この顔では、晒し者にしたところで、逆に反感を買いかねませんので、自由刑──王宮での軟禁が妥当と考えます」
第二王子はいつもと変わらない調子で、打算的な案を提示した。
プロセルピナも横で頷いているので、同意見なのだろう。
でも、王宮での軟禁とは、かなり軽い刑に聞こえる。
示しがつかないというのなら、軽すぎる罰は与える意味が無いだろう。
この顔と言うのであれば、第三王子派閥の中には、更に信奉を強める人も出て来そうだし……本物が出て来た今、クタレに信奉者が残るのは望ましくないのでは?
その商才も人脈も、第三王子に引き継ぐべきだろう。
いやいや、僕は何を流されて同じ土俵で刑を考えてるんだ。
利用された側なだけだから、無罪放免でも良いんじゃないの?
って言い訳が通るなら、殺人未遂も許されたことになるのでダメだ。
それが陛下の言う「示し」というものだろう。
ミレルが何か言いたげに僕の方を見ているけど……こういうとき、ただ優しいだけなのはダメなんだよ?
クタレ自身も、罰がないことは望んでいないようだし。
何も言ってないけど、ミレルは微笑んで首を縦に振った。
単純に、僕の考えに従うと言いたいのだろう。
「ボグコリーナはどう思う?」
え?
今の陛下の声だよね?
それ、部外者に聞くの??
陛下も王子達も僕の方を見てるし……
「ここで意見を述べることは分不相応に感じますが……」
「陛下のご質問に答えぬのも非礼ではないか?」
第二王子が余計なことを言う。
ちょっと楽しそうな表情なのは、人魚の病気の話を振ったときの意趣返しか?
溜息をつきたくなるけど、それは陛下でなくても失礼だからやめておいた。
「分かりました、僭越ながら意見を申し上げます。利用できる形での追放が妥当だと思います。フェルール殿下がお戻りになられた今、新たな課題が出て来ていますので、そちらと一緒に解決する方策が望ましいのではないでしょうか」
「新たな課題? 本物が戻って何が課題になる?」
第一王子が、すかさず質問してきた。
なるほど、彼が考えなしに見えるのは、聞いた方が早いと思っているからなのか。
それは、自分のことを良く分かっているからだろうね。
国の最高権力者の周りには、それだけ優秀な人材も集まるから、自分が考えるよりより良い答えを出せる人が居るのだろう。
自分の考えがないわけではないことが、さっき分かったし。
でも、トップがそれだと下は不安に思うよね。
都合良く利用しようとする者も現れるわけだ。
逆に第二王子は自分で考えすぎるきらいがあるから、二人三脚がちょうど良いのでは?
陛下はちょっと頭が痛そうだし、僕と同じことを考えてるっぽい。
「今のフェルール殿下をお披露目した場合、若返ってしまったことと、記憶がないことに不安を覚える方々も出てくるでしょう。それが新たな課題です」
「フェルール派閥の貴族達が騒ぎを起こしかねないな……」
第一王子、問題はそんなに狭くないよ……国民や国外まで拡げて解釈してくれれば、僕の心配と同じだけど。
それに、既にその貴族の一部は、直接スライムから戻ったのを目の当たりにしているんだから、騒ぎ始めるのも時間の問題。
「兄上、国民や北方の領主達、それに他国もでしょう。公表の仕方次第では、付け入る隙になります」
と第二王子が代弁してくれた。
仲が悪い領主や他国がいるなら、隙を見せれば力を削ぎに工作してくるだろう。
第三王子が死んだとか、お家騒動があったとか、色々余計な噂を流されて、内部分裂を狙われるかもしれない。
「つまり、国民の不安にさせず、派閥も維持して、仲の悪い領や国の付け入る隙とならないようにする必要があるということです。フェルール殿下がクタレ以上に成長し知識を付けてからしか、殿下のお披露目は出来ないのではないでしょうか? そのためには、成長するまでの代役が必要です」
さすがにここまで話しすれば、第一王子でも僕が誘導したい方向は理解してくれるだろう。
クタレには、また仮面を被ってもらう必要が出てくるけど、他の刑に比べればマシなんじゃないかな。
なるほどと納得する面々に、僕は追加で提案をした。
「例えば、シエナ村の魔法使いの登場によって、フェルール殿下の傷の回復に目処が立った。ですが、治療にはしばらく時間が掛かる、もしくは、身体の急激な変化に今度は体調を崩した。理由はどうあれ、シエナ村の魔法使いにしばらく治療を続けてもらった方が良いと判断した、とするのです。シエナ村は山奥の村ですし、現在、領主様の要請で要塞化を進めています。他領や他国からは干渉しにくくなり、国民の目にも触れにくい。それほど遠くはありませんから、王都で開かれる行事ごとにも参加できるでしょう。このように、シエナ村で殿下の回復という名の成長を待つというのは如何でしょうか?」
守ると言ったから最後まで面倒を見る……というわけではないけど、少なくともクタレが将来を考える時間ぐらいは確保出来るだろう。
献身的に第三王子の成長を助ければ、償いとして見てもらえると思うし。
「それはすなわち、お主に預けるということか?」
陛下が子供を預けたそうにこちらを見ている。
そうくるのか……それはダメだと思うし、第三王子が城に戻るときに、一緒に城勤めとして連れて行かれそうだ。
第一、僕は、第三王子を教育している場合ではなくなるだろうから。
その話を今はしないけど。
「それは出来ません。王族の教育が僕に出来るとは思えませんので。危険が降りかからないように、守ることぐらいは出来ると思いますが」
僕が居なくなろうが『僕の魔法』は残せるから、シエナ村に居さえすれば安全なようには出来る。
それは、王子達に魔石を渡すようなことをしなくとも、強い護衛を作り出すことが出来るからだ。
ミレルやスヴェトラーナに持たせている魔石は、強力すぎるので、権力を持っている人には渡したくない。
ギリギリの譲歩案として、僕の信頼できる護衛を一緒に行動させるぐらいだろう。
「ふむ……教育係を用意すれば悪くはない案だ。喜ばしい理由でこの王都を一時的に離れるだけなら、勘繰る者はいたとしても、民衆や諸侯達の不安にはならんだろう。攻撃魔法を素手で掴めるような凄腕の魔法使いなら、誰もが回復を信じるだろうし、ちょっかいも出さんだろうしな?」
陛下は一度クタレに視線を送った後、僕に視線を送ってきた。
後で話を聞くと言ったことを忘れるな、と陛下の目が語っている。
別にあれは掴みたくて掴んだんじゃないんですけどねー
それよりも、陛下はクタレを教育係にし、王子の代役にするのも悪くないと思っているようだ。
僕の望んだ方向に進んでくれるみたい。
「それならば自由刑を兼ねた奉仕刑か。なるほど、奴隷に落とすという刑罰なら、他に示しも効くというものだな」
第二王子も納得してうんうんと頷いている。
そこに第一王子から横やりが入れられる。
「事情を知っている貴族達はどうするのだ? 信じ難い魔法だったとは言え、その目で見てしまったのだ。夢か幻だったと言うには無理があるだろう?」
「人数はそれ程多くないし、派閥の中心に近い者達だろう? 派閥の中心人物が、黙らせるか丸め込むしかあるまい。そもそも、示しが要ると言ったのは、知ってる者がいるからだぞ? 知ってる者がここにしかいないなら、示しなんぞ必要ないではないか」
陛下が王子達へ鋭い視線を向ける。
つまり、お前達が脅してでも黙らせろ、と言いたいのだ。
裏切り者が出ないとも限らないけど……第一王子派と第二王子派にとっては、有利な状況になるので問題無いだろう。
ここで問題となるのは、第三王子派に旗頭がおらず、クタレを一時的な旗頭として戻しても、王族でないこともバレてるし、そもそも降格予定の旗頭ということだ。
そんなトップに貴族が従うとは思えない。
「フェルール派には……ボグコリーナ嬢を当てよう」
はっ!?
陛下何言ってんの?
それで何が変わるの?
っていうか、勝手に取り込もうとしないで欲しい。
僕の地位的には、国王陛下の命令だと従うしかないんだけどね。
「そう嫌そうな顔をするな。どちらにしても、フェルールは其方の村に送ることになるではないか。それに、当てるというのは組するという意味ではない。抑止力として、規格外の魔法使いに監視させている、とするだけだ。逆らいたく無くなるであろう?」
それは「国王派に取り込む」という意味では?
取り込まれるのは困るというか……たぶん村からも離れることになるので何も出来なくなるんだけど……
「名前だけ貸すのでしたら問題はないですが……実際的な行動を起こすのは難しいかもしれません」
「名前だけか……この後のパーティーでいくらか脅しておけば、問題ないか」
陛下は納得してくれたようだ。