2-052 悪者は呆気なく終わりを迎えるようで
さすがに、魔法を掴むなんて、非常識な芸当だったか。
うん、何となく予想は出来てた。
「お、おいボグダン、大丈夫なのか? その魔法、わたしでも結構痛いんだぞ?」
オークの強靭で回復力の強い体でも、ダメージが高いのか。
僕は基本的に、ダメージが通らないように防御が働くから……
「ちょっと熱いよ?」
「ちょっとかよ!?」
「こ、この、非常識な! あ、悪魔め!!」
大司教、動揺しまくりだし腰も引けてるよ?
あんなに威勢が良かったのに。
攻撃魔法という奥の手があったから、強気に出ていたけど、まさか受け止められるとは思っていなかったのだろう。
「シシイ、知ってたら教えて欲しいんだけど。これが爆発したら、どのぐらいの範囲にどのぐらいの被害が及ぶのかな?」
「直撃を受けたら、生身の人間なら死ぬな。当たった場所は肉が爆ぜた上で焼かれる。その後爆発して、その爆風で吹き飛ばされるし、場合によっては四肢のどこかが千切れ飛ぶぐらいはする。その上、爆発時に拡がった火にのまれて、全身が焼かれる。当然、近くにいる者も火傷は免れないだろうな。燃えやすいものを着ていれば、更にそれが火種になって、身体が焼かれることになる」
相変わらず生々しい説明だけど……待って!
脳内アナウンスと辞書さんの情報から考えて、烈術最下級の攻撃魔法が最低レベルで発動されただけだったんだよ?!
それであっさり死ぬの??
「戦争で使うような魔法だぞ! 殺すための魔法に決まってんだろ!」
逆に怒られたんだけど!?
冷静に考えて、火種を作るだけの『着火』で家が全焼することもあるんだから、攻撃系の魔法にセーフティなんてかかってるわけなかったね……
日本においても、ライターの使い方ひとつで火事にできたわけだし、『火炎球』も火炎瓶みたいなものだよね。
火炎瓶人に投げつけて当たったら、全身焼かれて死ぬこともあるだろう。
本当に、それを使う人がどう使うかだけの問題なんだ。
余裕で人を殺せる切れ味の剣が、一般人も購入できてしまうような世界なんだから。
ということは──
「大司教の明確な殺意、しかも無差別に人を巻き込んでも良い、という意思が確認できたということだね」
やっぱり思った通りだった。
この国の王を殺そうとする人間が、他のリスクなんて気にするわけがないと。
暗殺が上手く行かなかった場合、誰を巻き込んででも実力行使するような人間。
つまり、殺してでも止めないとダメな相手ってことだよね?
ネブンが、食事用のナイフやフォークを使っていたのとはわけが違う。
さすがに僕もそろそろ……
「大司教……魔法も効かないことが分かったんだし、そろそろ止めにしないかな?」
右手で火炎球をお手玉しながら、大司教へ一歩近付く。
最後の意思確認だ。
「ひっ!?」
大司教が震え上がって声を上げた。
なんなの?
僕はゆっくりと、大司教へとまた一歩近付く。
すると、大司教が尻餅をついて、お尻を床に擦りながら、僕が近付いた分だけ後ろへと下がった。
「おい! ボグダン!」
今更怖がってるの……?
自分たちが勝手に悪魔と認定して、それだけ危険だと思った相手なのに?
なぜ侮っていたの?
近付けば遠ざかる大司教を追いかけて、遂に謁見の間の端まで辿り着いてしまった。
顔面蒼白の大司教を見下ろして、僕は催促した。
「答えは?」
「は? いや! いやいや、もうこれ以上はしません!!」
大司教は頭を床に擦りつける。
そうか……もうこれ以上はしない……
これ以上か。
僕はしゃがんで、大司教の伏した頭に顔を近付けた。
「では、問いましょう。あなたの犯した罪は何ですか?」
頭を床にこすりつけながら、左右に首を振る大司教。
「陛下を毒殺しようと企んだことです」
「もう少し具体的に」
大司教は床につけた頭を更に力強く振った。
「殿下の事故を利用して、孤児を殿下に仕立て上げて、信用されるようにした上で、陛下へ毒を盛ったことです!!」
少しかすれていて聴き取りにくくなってきている。
どうやら、本当に怖いらしい。
それだけ、火炎球が怖いらしい。
なら尚のこと……
「そうですか……分かりました」
僕の言葉を受けて、大司教が顔を上げた。
一瞬、「分かってくれた」という安堵の表情が見えた気がする。
たぶん気のせいだろう。
僕は右手に持った火炎球を、大司教へと近付ける。
少し焦げた匂いが鼻をくすぐる。
大司教の髪の毛が少し焼かれているようだ。
「あなたの罪は正しく認識され、いずれ裁定が下されて決着が付くでしょう。ところで、あなたが思う罪以外の部分は、誰に対しても被害や迷惑が掛からと思われているのでしょうから、あなたにお返しても被害や迷惑は出ないですよね?」
僕は右手を、内側へとゆっくりと傾けた。
「待て待て待て待て!! いえいえ待ってくださいぃぃぃぃ!!!!」
待てと言われたので、僕は右手の傾きを止めた。
「何か?」
「攻撃魔法を放ったこともわたしの罪です!!」
「そうですか。では後始末をつけて頂ければ結構です」
再び傾け始めると、大司教は下げていた頭を、今度は壁にぶつけるように後ろへ引いた。
結構派手な音が鳴ったけど、気にした様子もなく、壁に頭を擦りつけながら左右に振っている。
頭を避けたら、次は足に当たるだけなんだけど……
大司教を見れば、涙や鼻水でグシャグシャになった酷い顔をしている。
髪の毛も少し焼けて、短いウェーブが掛かり始めている。
人を殺す気で魔法を放ったのに、返ってくれば助かりたいと思う。
その思考回路が問題なんだけど……
反省してくれているだろうか。
僕も少し冷静になってきたし、そろそろ止めようかな?
そう思って、大司教を睨みながら辞書さんで魔法の検索を始めた。
知りたいのは魔法の火を消す方法。
『物理防御』みたいな魔法がたぶんあって、熱エネルギーを吸収してくれるだろう。
と、意識を少し逸らした瞬間を突かれてしまったようだ。
「ボーグ! ダメ!!」
後ろからミレルの叫び声が聞こえたと同時に、僕を抱き締めるように手が回された。
お互いに『物理防御』を掛けているので、例えミレルがタックルをかましたとしても、触れた感覚ぐらいしかない。
ただ、身体を支える力のバランスが変化して、一瞬ぐらついたことは確かだった。
でも、それも今はどうでも良い!
ミレルが演技モードを解除して、今の格好の僕に「ボーグ」と叫びながら抱き付いてきたんだ!?
これは大きな問題が発生したに違いない!!
魔法石フル起動状態の彼女に問題が起きるなんて、ヤバいことに違いない!!
何か緊急を要することだ!!
僕は振り返って、両手でミレルの肩を掴んだ。
「ミレル! どうしたんだい? 何かあったのかな?」
なるべく冷静に、落ち着いた声で問いかける。
焦ってはいけない。
焦っては対処を間違えるから。
そして、彼女を不安にさせるから。
それだけは避けねばならない。
「ああ、ボーグ……良かった、いつものボーグね。なんだか、さっきのボーグはすごく怖い感じがしたから。そんなボーグを見たことが無くて不安になっただけよ……」
少し周りが煩い気がするけど、僕にそれを気にしている余裕は無い。
なぜなら、彼女が不安に思っている原因が僕だったからだ。
僕は大丈夫だと、何にも優先して、彼女にしっかり説明しておかねば。
「不安にさせてごめんね。僕はみんなを守りたいだけだよ。そのために、二度とこんなことが起きないように、少しだけ厳しく接していただけだから。僕はネブンの時の反省をしてるんだ。あの時は簡単な処置だけして、経過を見守ってしまって、大きな事件になってしまったからね。今回はこれ以上の問題が起きないように、しっかり止めておかないといけないと思ったんだ」
「そうよね。ボーグは神様の使いなんだから、正しい道を教えてくれてるだけよね。うん、大丈夫、分かってた」
ミレルは僕の腰に回した両腕を、キュッと締めるように力を入れた。
『物理防御』があるので、感触はほぼ変わらないけど気持ちは伝わってくる。
やっぱりミレルはカワイイな。
最近事件の対応を考えてばかりだったから、こうして二人で自分達のことを話をするのも久し振りな気がする。
気持ちに余裕を持つには、理解者とのコミュニケーションが大切だと、容易に理解できるね。
僕はミレルの頭を優しく撫でた。
ミレルの嬉しそうに頬を緩める姿が、とても愛おしく思う。
「でも、僕は確かに神様に会ったけど、使者なわけじゃないよ? それに、正しいことは、僕が決めるわけじゃなくて、この世界が決めることだって、神様は仰ってたし」
不思議そうに僕を見上げるミレル。
「神様やその使い様が正しいんじゃないの?」
「僕の知ってる神様はそう思ってないみたいだし、僕も思っていないよ。その考えはあくまでも、自分が正しいと思いたいから生まれてくる思想なんだよ。だから、その神様は先に存在するんじゃなくて、神様の方が後から出来るんだよ」
ミレルは少し首を傾けて考えたけど、すぐに首を左右に振った。
「ボーグの考えは難しいわ。でも、わたしがボーグを正しいと思えば、ボーグが正しくなるということは分かったわ」
ああ……ミレルが嫁さんで良かった。
「ありがとう。ミレルがそう思っててくれるなら、僕は正しくあれると思う」
「うふふ、どういたしまして」
ミレルが嬉しそうに笑いながら返事をしたので、僕も嬉しくなって笑ってしまった。
ミレルの不安は払拭されたようだ。
良かった良かった。
「おい! お前らが仲良いのは分かったから! お前の後ろで大司教が死にかけてるぞ!!」
無粋なシシイの怒鳴り声が、僕たち二人の世界に割り込んで──ああ、違った違った──優しいシシイのアドバイスで、僕の思考は現実を認識した。
「ぐああああぁぁぁぁああ!!!!」
何か騒がしいと思えば、大司教が火だるまになりながら床を転げ回っているじゃないか!!
いったい何があったというのだ!!
「いや、いきなり慌て出すなよ。お前が持ってた火炎球を大司教の上に落としたんだろ……」
どうりでミレルの頭が撫でやすかったわけだー
納得。
えーっと、大司教が燃えているだけで、他に燃え移ってはいない。
壁が少し焦げてるぐらいだ。
水を精製する魔法で消火して、魔法で回復させれば完了。
大司教の服が燃えて、多少ボロくなってるけど、肌が露出しているわけでもないから、このままで良いだろう。
「うぁぁああああ!!」
火も消えて傷も癒したのに、大司教はまだ叫びながら転げ回っている。
念のため『診察記録』を使ってみたけど異常はない。
だというのに、大司教は暫く転げ回った後、壁にぶつかって気絶してしまった。
なんとも情けなく締まらない……
念のため、植物繊維のロープを精製して縛っておこう。
とりあえず犯人も静かになったから、これで暗殺未遂事件は解決だ。
「さて皆さん、ここに国王陛下暗殺未遂の犯人が捕まりました!!」
僕の宣言に、空気を読んだ歓声と拍手が半分と、呆れたようなヤル気のない声が半分返ってきた。
呆れる要素がどこにあるのかちょっと良く分からないけど、僕の言葉は少し弱かったようだ。
「ボグコリーナよ、大義であった! 事後処理は残っているが……ひとまず最大の危険が排除されたことを、皆で祝おうではないか!!」
陛下が声を張り上げて僕を労った後、聴衆に向けて終息を宣言すると、先程とは比べものにならない歓声と拍手が降り注いだ。
さすがこの国のトップが言うと違うねー
陛下と王子達から侍女や衛兵に指示が出されると、大司教は連れ去られていって、宴の準備が始まった。
宴の場所はさすがにここではなく、昨日のダンスホールに移動するようだった。




