2-047 ときどき悪魔になってくれるようで
「何を仰るかと思えば……そんなわけないでしょう。あなたのような、姿を偽る者の話を誰が信じるというのですか? まず、あなたが命を狙われているというの妄想ではありませんか? それに、わたしを含むアルバトレ教会が陛下のお命を脅かすなど、滅相も御座いません。我々には、フェルール様のお命を救うために、尽力した過去もございます。国家を揺るがすようなことをするはずがございません!! このような者の世迷い言を聞いて、惑わされてはなりません!!」
僕を小馬鹿にするような口調で始まり、最終的には声を荒げて周りへの警告をするツヴァイ大司教。
そう簡単に動揺して尻尾を出したりしないか。
これだけの計画を実行しているのだから、肝が据わっているのだろう。
でも、フェルール殿下を治療したのが、教会であることを公言してくれたのは、後々僕にとっては有利に出来そうだ。
「お言葉ですが、それでしたら僕にも、陛下の命を毒殺から守ったという事実があります。功労としては、それほど変わらないのではないですか? あなたがその過去の行いで信頼されるなら、僕も同様に信頼されるべきではありませんか?」
「屁理屈を! 長年この王都に住んでいるわたしとあなたでは違うのです」
「そうですか、僕は王都に来たばかりですので、信頼は得られないということですね。では信頼を得ることは諦めます」
僕がすぐに引いたことが不思議だったのか、大司教はきょとんとしている。
元より、水掛け論はするつもりはないのでね。
この対立構図が出来た時点で、信頼を得る必要は無くなっているからね。
聴衆は、結論──大司教の毒殺未遂疑惑──を最初に言った時点で、どんな話がされるの気になって仕方がないだろう。
だから、僕の話を一度は聞こうとする。
一度目があれば充分だ。
そして僕に必要なのは、僕への信頼ではなく、大司教の罪を聴衆が認めることだ。
だから最初から、信頼に足る人間かを計ってもらうと言ったのだ。
聴衆はここから、大司教と僕のどちらが信頼できるか、計り続けてくれることだろう。
「では、アルバトレ教会が救ったというフェルール殿下も含む、殿下方のことに話を進めます。これには、教会の陰謀が含まれているので、とても重要なお話ですよ?」
「言わせておけば無礼なことを! この者は皆に混乱の種を植え付け、有りもしない罪で罪無き者を貶める気です! この無礼者にこのまま話させてよろしいのですか!!」
大司教が、怒り半分で陛下へと意見を伺う。
侮辱的な話をされているのだから、怒って当然の場面だ。
まだ彼の精神状態も正常な範囲のようだ。
暴かれる危険を恐れているわけでは無いだろうが、本人が言ったように猜疑心の種を植えつけられるリスクを回避したいのだろう。
「わしはボグコリーナに話せと言ったのだ。そして話せと言った内容はまだ聞けていない。止める必要は無い。全て聞いた上でわしが判断する」
大司教は頭を下げたものの、内心は怒り心頭だろう。
陛下の態度は、大司教よりも新参の僕を信頼しているということに他ならないから。
でも、お互い、冷静さを欠くと相手に付け入る隙を与えて失敗する。
気を付けねば。
「ありがとうございます。では、続けます。陛下がご病床の間、跡継ぎ争いが激化していたのはご存知ですか?」
僕の質問に、陛下は王子達を順番に見つめた。
「協力して平常を保つように言っておいたが……ある程度予想はしていた。それほどに、わしの容態は悪く見えたのだろう」
やれやれとため息をつく陛下。
心中は察するけど、そこに触れないでおこう。
「それが付け入る隙となったのです。諸侯貴族の保身や新興勢力の強化……代が変わるとなれば、次期国王陛下の傘下に入るのが一番です。誰もが派閥の代表である王子が、次期国王陛下になって欲しいと暗躍するものです。そのひとつに教会もあったというだけで、これは派閥に関係する方々であれば、誰もが納得できることだと思います」
現国王の崩御を想定していたのだから、おいそれと肯定も出来ないけれど、反論がないということは、いくらか身に覚えがあるのだろう。
どちらかというと、門兵や宿屋の主人からの視線が痛い。
色々思うところはあるのだろうけど、僕が陛下の許可を得て話ししていることを考えると、彼らは彼らで何も言えないのだと思う。
後継者が複数居たら、世代交代で荒れるのは世の常だから、誰もが争いを想定してるし理解しているんだろう。
「ところで陛下、以前に教会から、アルバトレ教を国教にして欲しいという依頼が来ませんでしたか?」
「ん? ああ、何度も言われているが? 我が国には魔女と自然信仰があるからな。どこの誰だか分からない昔の救世主の教えを、国を挙げて広める気は無いから断っている。教会がフェルールの一命を取り留めてくれたことは感謝しているが、その報酬は王都の中央通に教会を移転したことで支払った。教会の教えを信仰するかどうかは、国民それぞれが考えることだ。もし我が国に根付くなら、勝手に広まっていくことだろう。それが……理由なのか? 報酬が足りなかったから腹いせに暗殺しようというのか??」
片眉を上げた陛下が大司教を睨む。
「いいえ、腹いせではないです。教会はたまたま、フェルール殿下というチャンスを掴んでしまったのです。理由は他にもありますが、教会に命を救われたこともあって、フェルール殿下は教会派となりました。ならば、フェルール殿下が次期国王となれば国教化も夢ではないと考えて、野心を抱いてしまったのでしょう」
また視線が大司教へと集まる。
大司教は、呆れたように首を左右に振るう。
「アルバトレ教の良さを広めたいという思いは、わたしももちろん持っています。でなければ大司教などやっておりませんから。フェルール殿下が信奉してくださっていることはもちろん存じておりますし、それ故に、分かってもらえる者には分かってもらえると信じています。国教化も望ましいですが、可能ならばと思っているだけで、急いでいるわけでもありません。それを野心と言ってしまうのは乱暴ではないでしょうか? それにたとえ野心を抱いていたとしても、それと暗殺は関係ないでしょう? 野心を抱いたものが必ず暗殺するというなら、この世の貴族は皆、暗殺されてしまいますよ? まさかそんなわけないでしょう?」
僕を馬鹿にするように、有り得ないと言い切る大司教。
そりゃ、そうだろう。
確たる証拠がなければ、誰も罪を認めたりはしない。
可能性のひとつを示しただけで自白するのは、よほどの正直者かお人好ししかいないだろう。
そして、そんな人ならそもそも暗殺計画などしない。
「嘘をついてそこに立っているあなたの方が、よっぽど暗殺を計画しそうですよ? あらぬ事を並べ立ててわたしに濡れ衣を着せ、首謀者に仕立て上げて自分はまんまと逃れる気でしょう!」
大司教が僕に指差して、逆に犯人扱いしてきた。
まあ、普通に考えたら僕の方が怪しいよね。
その怪しさを突いて、聴衆を自分に傾けさせたいのかな。
「あなたの仰ったことと同じで、それも乱暴な推論です。大体、僕が暗殺計画を考える可能性を問うたところで、それはあなたが考えないという保証にはなりません。そうやって話しをすり替えようだなんて、やましいことがあるからでしょう?」
すり替えは許さないと返してあげた。
ぐぬぬと唸る大司教。
間違いなく犯人なのだから、黙って最後まで話しを聞いてもらいたい。
ただ、証拠の提出はもう少し後にしよう。
動機である野心をもっと掘り下げてからにしたい。
「野心がないと仰いますが、教会は最近信者を急激に増やしているのではないですか? 特に貴族の方々が最近になって増えた。それは偶然ですか? 大詰めになってきて、関係強化を図ったのではないですか?」
そして僕は幾人かの貴族の名前を挙げた。
第二王子と第三王子が驚いてるところを見ると、どうやら間違いないようだ。
これは『診察記録』を『情報分析』によって推測された情報だ。
昨日の夜、勝ち確を得るために魔法を漁っていたら見つけた。
第三王子派の貴族達が、最近になって教会に属したようだ。
これは恐らく、次に話す予定の「王都の現状」が関わっているはず。
カルテだけでも大概だったのに、そこから自動的に推測が提示されるなんて、未来にはビッグデータの活用方法が確立されているんだね。
医療に関係ない活用がされてるけど、個人情報保護的には大丈夫なのかな?
「当然偶然でしょう。人の心を強制的に変える方法なんてありませんから、我がアルバトレ教を理解してくださって、信徒となって下さっただけでしょう」
人の心変わりなんて、いつだって起こるものだ。
当然、その関連性を証明するのはあまりにも難しい。
大司教もそれは分かっているだろう。
それなら噂ついでに、次の話もしておくのが良さそうだ。
「そうですか。ただ、今の王都の情勢を考えると、庶民から信者を獲得するのに良い時期に感じられます。その情勢を作るために、教会が何かしているということはないですか?」
「仰っていることの意味が分かりかねます。我々がしていることと言えば、病気や怪我の治療や、身寄りのない孤児を引き取ることぐらいで、やましいことは御座いません。何のことを指しているのか、もう少し具体的に話してもらえませんか?」
さりげなく良いことしているアピールを忘れない大司教。
ここまで抜かりないと、まるで糾弾されることも予定のうちみたいに聞こえてくる。
とはいえ、僕が具体性に欠ける話しをしているのも間違いじゃない。
それは、もっと信頼のある発言をもらうためでもある。
「失礼しました。これには、宗教というものにどういう性質があるかが関わってきます。恐縮ですが、ここでご聡明なプロセルピナ殿に質問です。宗教が広まるのはどんな時ですか?」
プロセルピナは、突然話を振られて慌てたものの、すぐに落ち着いて首を捻って少しだけ考えを巡らせた。
「一番関連性が高いのは、命ね。死と言った方が分かりやすいかしら? 人は死の不安を感じたときに信仰に頼るものですわ。そして、未知の存在によって起こされる死が、最も不安を掻き立てますわ……そういえば最近、巷では『悪魔憑き』がよく出てると聞きましたわね」
さすが第二王子の妃でありブレイン。
よく知っている。
プロセルピナは確かめるように、視線を門兵の一人に移した。
「はい! わたしも詰め所にいるときに、何度か騒ぎで呼び出されたことがあります。そのとき『悪魔憑き』だと野次馬が話しているのを聞いております」
ビシッとプロセルピナに敬礼して答える門兵。
教育が行き届いてるなぁ……
「情報ありがとうございます。しかし、なぜ、『悪魔憑き』と野次馬は騒いでいたのでしょうか? そんなに『悪魔憑き』というのは分かりやすいのですか? それとも、この国では昔から『悪魔憑き』が頻発していたのですか?」
悪魔憑きというのが一般的な単語なので、発生はしていると思うけど……「最近やけに多い」と耳にしたような。
それに、野次馬が遠目に見て、簡単に判断できるものかどうか……
錯乱状態の人が現れたら、すぐに分かるような気もするし、ただの喧嘩かと思うかも知れない。
悪魔憑き事件を一度騒ぎ立てれば、類似の事件は勝手に悪魔憑き事件と断定される。
教会が裏で仕組んでいるなら、間違いなくそれが狙いで、最初の事件に深く関わっているだろう。
今となっては噂の出所──最初の悪魔憑き事件を突き止めるのは難しいだろうけど……
ただ、勘の良い2人は、僕が誘導したい方に転がってくれた。
「ふむ、ボグコリーナ嬢は、悪魔憑き事件は教会が引き起こしたもので、それは民衆に不安を植え付けるためだと?」
「不安を煽ったところで、教会なら悪魔から守ってもらえる、と思わせることが出来れば、民衆は教会につきますわね」
グッドコンビネーション、第二王子ペア。
しっかり教会の思惑を曝いてくれている。
ここで、対象と時期を補足しておこう。
「もちろん不安が拡がる先は、民衆だけではなく貴族の方々もです。それを安心させ、不安を静める役目の国は、ちょっと他ごとで忙しかったようですから……」
王子達や陛下に視線を送れば、気まずげな表情を返してくるばかり。
そんな中、 陛下が咳払いをして後を続けた。
「つまり、教会がわしを暗殺しようとする理由には2つあったと。一つは、フェルールを次期国王に就くことで、地位の向上を目指すこと。もう一つは、悪魔騒動を起こし信者を獲得するために、騒動から我々の視線を逸らして不安の沈静化を遅らせることだったと」
「そうです。まるで悪魔なような所業ですね」
皮肉をたっぷり込めて、大司教へと視線を送る。
大司教は顔を真っ赤にして、わなわなと震えていた。
どうやら、今回のは良く効いたらしい。
「貴様のような本物の悪魔には言われたくないわ!!」
ようやく、本性を現してくれたかな?