2-042 人魚薬にもリスクとベネフィットがあるようで
それは小瓶に入れられた粉薬だった。
見た目は灰みがかっていて、粒子は粗めだけどサラサラとしていて、粒が硬いか乾燥しているように見えた。
まるで塩や砂糖のようだけど、これが人魚薬というなら、鱗や骨のような硬い部分を使ったものであることは、容易に想像できた。
そして、陛下の独り言からして、毒性があることを僕だけ把握できている。
やっぱりサラの病気の鱗なのだろうか?
それを僕は確かめて、陛下に薬使用の中止を提案しなければならない。
一つ目の課題は、毒物があることを確認すること。
薬の検査と言えば、一般的によく知られるのは臨床試験だと思う。
これは、実際に人へ薬を投与して、どんな症状が出るのかを試す検査だ。
この一つ前段階の動物実験も、悪い意味で有名だと思うけど。
いずれにしても、これらは安全確認の手段で、実際に何が起こるのかを対象に投与して、症状が出るのを待たなければならない。
でも、今回の人魚薬で知りたいのは、投与せずに毒性を調べたいのだ。
毒物の検査というのは基本的に、毒性があることが分かっている物質が対象に含まれているかで判断することになる。
原因菌はサラのお陰で特定できているけど、その菌が出す毒物は不明な状況では、その有無を判断できないんだけど……
僕が知らないだけで、魔法システムが持つデータベースが知ってれば関係ないか。
魔法武具を調べたときに使った『非破壊検査』もそうだけど、僕が知らない原子も検出されてたから、魔法を掛けてしまえば問題ないようだ。
毒物の検出には『毒見桜』という謎な名前の魔法があったので、これにしようと思う。
二つ目の課題は、毒物が検出できたとして、それをどうやって信じてもらうかだ。
ここまで連れて来たと言うことは、王子は僕を信用しているのだろうけど、まだまだ素性を明かしていない僕が、毒物だと言ってもにわかに信じてもらえないだろう。
それに、陛下がこの薬を飲み続けているのは、息子への義理だけではなく、飲めば何かしら良くなる点が有るからだろうし。
人魚薬にどれだけの効果があるのかは、良く分からないけれど、人魚は日本においても昔は薬として扱われたのだから、きっと何か効果があったのだろう。
ただのプラシーボ効果だったかもしれないけどね。
だとしても、効果があると認識しているものなら尚更、毒と言われて納得できない。
より正確に、毒の部分と薬の部分を、表現するべきだろう。
毒としての部分は、お腹を壊すって分かりやすいけど、逆に本来の薬としての効果は……滋養強壮とかそんな曖昧な感じだと、僕は納得できないよ……?
あ、いや、「僕が」ってのはどうでも良いよね、陛下が納得しさえすれば。
とは言え、正しい話をしても信じてもらえない可能性は充分にあるから、正確さは高めておいた方が、自信を持って話しできる分、納得してもらえる可能性が上がる。
ここは、ブリンダージを見習って、多くの言葉で丸め込む作戦にしようかな。
とりあえず、『毒見桜』を使って毒を検出してしまおう。
僕は王子の持つ薬に向けて、魔法を発動させた。
設定が幾つかあるパターンだったので、分かる範囲で設定していく。
摂取者は陛下、摂取方法は経口摂取と──
設定し終えると、薬の上に大きな図形がAR表示がされて、色がつき始めた。
下から上へと複数の線が拡がるように色が付いていき、幾つかの線の端部に大きく丸い色が付いた。
確かに出来上がった図形を見ると、名前が示すとおり大きな木のように見える。
幾つかの丸はピンク色に色付いているけど、桜と言うには淋しい量かな。
他にも緑色や青色の丸もあるから、別の木のように見えるけどね。
それぞれ丸く色づけされたところに、対象に作用する効果とその成分が書かれているようだ。
因みにピンク色が毒性で、青や緑は薬意性となっている。
なるほど、毒が多ければピンク色に染まるから毒見桜なのか。
それで、今回の人魚薬の毒性分は……エンドトキシン。
あー……細菌性の食中毒なのか。
なじみ深いので、原因と症状も納得できるし、対処方法も分かりやすい。
僕の最初の予想──菌が何か毒性のある物質を精製してるのではなくて、菌そのものが毒だったんだね。
エンドトキシンを持っているような菌は、大抵熱に弱いから、加熱すれば食中毒にはならないのに……その毒性が残っているということは、非加熱で薬にされたということか。
薬草って、基本は乾燥させるか煮詰めるイメージなんだけど……博物館とかで見る限り、人魚薬も乾物だったみたいだし……
少なくとも、毒性が残っているということは、僕の思っている人魚薬とは異なる方法で作られたことになる。
あるいは、毒性を残すために、わざと加熱工程を省いたのなら問題だけど、生の薬草を臼や薬研ですり潰すというのも、よくある調合方法と言えるから、この世界では、生ものを粉末にするのが一般的な可能性も捨てきれない。
毒性があることは事実だけど、これがわざと残されたものなのかは、判断材料が足りない。
これで、ベネフィットもなければ、暗殺の可能性を指摘できるんだけど……
毒見桜の青や緑の部分があることを考えると、副作用という見方も出来てしまう。
ところで、この薬のベネフィットはなんなんだ?
それ次第では、陛下の病状には全く関係ない効能で、影響が出るのは毒性だけと言えるかもしれない。
この人魚薬のベネフィットは複数ある。
一つ目は──『再生』!!
最低位の回復魔法『治療』より、一つ上位の回復魔法だ。
この世界の科学レベルから、この魔法が使えるのはごく少数だと思われるのに、薬を飲むことで高レベル魔法が簡単に使えてしまう!?
効果時間は極端に短くなってるから、回復量は少ないかもしれないけど、『治療』に比べても驚くべきベネフィットだと思う。
というか、どんな原理で魔法効果が出るんだよ?
そして二つ目は──『水流制御』??
身体に作用するものでも無い気がするけど、これはベネフィットなのか?
普段使えない能力が一瞬でも使えるなら、確かに有益な効果と言えるかもしれないけど……
ただこれでひとつ分かったことがある。
これは確かに、人魚が持っている遺伝子付加魔法の一部だ。
ということは、薬の材料に遺伝子付加魔法を持ってる素材があったら、この世界の生物は、薬を体内で分解する際に魔法を読み取って、発動させることが出来るのかもしれない。
もしくは、素材側が分解される際に発動するか。
それなら、体内に取り込まなくても、傷口に塗るような使い方が出来そうだ。
元製薬会社勤めとして、この世界の薬に俄然興味が湧いてきたよ?
どこかで世界の薬を調査して回りたいな。
それは未来の冒険要素として置いておいて……
遺伝子情報が残っているなら、『身体精密検査』や『診察記録』で調べられるってことか。
サラを『診察記録』に追加しておけば、一致確認も出来た気がする。
今は無いものをねだっても仕方がない。
素材とした部位や状態を出してくれるかもしれないし、『身体精密検査』だけ掛けておこう。
この魔法には慣れたもので、使ってすぐにAR表示を目で追った。
身体を調べているわけではないので、情報が色々と省かれているけど、名称や状態や効能などはしっかり表示されているので、チート転生物に付きものである鑑定魔法のような情報は見られるようだ。
材料は人魚の鱗。
しかも、壊死した鱗だと表記されている。
こっちの魔法でも、ベネフィットとリスクが書かれているので、今後は薬の鑑定にも『身体精密検査』を使うことにしよう。
ただ、たぶん生物を利用していない薬だと、結果は得られないだろうけど。
因みに、エンドトキシンを持つ菌については、AR表示されなかった。
恐らく、無数にある菌を表示してしまっては、知りたい情報が分からなくなってしまうだろうから、表示させていないのだろう。
宇宙開発に使われていたような魔法なのだから、きっと見えていないなんて言わないはずだ。
とりあえず、薬が本物の人魚薬で、ベネフィットもリスクも確認は出来た。
後は……信じてもらえるかは、伝え方と代替品次第かな。
「フェルール様、待ってください。その薬には毒性があるかもしれません。これまでにどなたか毒見をなさいましたか?」
第三王子も陛下も王后も侍女達も、なんてこと言うんだと言いたげな表情で、僕の顔を見つめてきた。