011 この世界の魔法は難しくてほとんど使えないようで
水曜日と金曜日の週2回更新とかに出来たら良いなと浅はかにも考えています……このペース続けた!
(一章の)折返しに来たと言いましたが、後半の方が長いです。
朝です。早朝です。日が昇りはじめたぐらいの時間ですが目が覚めました。
ミレルに殺されるという通常イベントで真夜中に起こされたものの、こんな時間に起きてしまいました。
答えは簡単です。
僕の感覚では寝るのが早すぎたから……ブラック企業で睡眠時間が短すぎるのに慣れているので、勝手に目が覚めてしまう……
この時間に起きることが農作業生活には必要なので良しとしよう。考えても悲しくなるだけだし。
ということで朝食の準備をしたいのだけど……食べるものが無いよ!
パンも食べ切っちゃったので、昨日ミレルが持って帰ってきた間引き野菜しかない。
朝食は干し肉だけ……?
なんて悩みながらキッチンや食料庫を漁っていると、玄関の方から音が聞こえた。
おや? こんな時間に誰か来たようだ。
別にフラグではないと思いながら玄関を開けると、驚いた顔のデボラおばさんが居た。有名アクション謎解きゲームの岩が主食の種族ぐらい分かりやすい顔で驚いている。
「坊っちゃんがこんな時間に起きてるなんて……」
分かりました、それは昨日も聞きました。いや、昨日より早い時間かな? 時計がないので不便だ……
『こいつ』のキャラを演じる気は既に全くないので、もう自分らしく対応することにする。
「おはようございますデボラおばさん、毎朝ありがとうございます」
「え? ええ……おはようございます」
拍子抜けしたようにデボラおばさんが答えてくる。話を進めて欲しい。というか、その手に提げている篭からパンの良いにおいが漂ってくるので、早くそのパンの説明をして欲しい。
という気持ちが伝わったのか、単純に僕の視線が篭に向いていることが気になったのか、篭を少し持ち上げてこちらを見てくる。
「そうそう、パンと卵を持ってきたの。村長さんからミレルちゃんと一緒に住むようになったことは聞いてるけど、2人とも忙しくなるだろうからって変わらず世話を頼まれたのよ。夫婦水入らずの所に入るのは気が引けるのよ? でもね、これもわたしの仕事だからね? お邪魔させてもらうわね?」
おばさんトークで捲したてられると相槌を打つタイミングが無いんだけど……とりあえず、楽しそうなのは分かったけど、口に手を当ててムフフとか笑ってるのは止めた方が良いですよ?
「そうですか、それはありがとうございます。朝食がなくて困っていたところなんです。どうぞ入ってください」
またデボラおばさんは盛大な驚きを返してくる。
そろそろ驚かれるのも疲れてきたんだけど……慣れてくれないかな……?
でも、慣れたら次は気味悪がられるターンに入るかも知れない。そうなると悪魔憑きの例もあるし良くない気がする。昨日のミレルの反応からすると天使憑きという言葉は無さそうだし、浸透させるのも変だから……いや、単純にミレルと一緒になって変わったで良いんじゃ……? 夫婦になってミレルに感化されたと言うことにすれば。いきなり変わり過ぎだろっていうツッコミはスルーして、それだけミレルに影響力があったと言うことで。よし! それで行こう。詐術スキルさんが無くても、昨日のすれ違った人達の素直な反応を見てれば大丈夫だろう。
方針は決まったから即実行!
「デボラおばさん、そんなに驚かないでください。昨日ミレルと一つ屋根の下で一緒に過ごして、彼女の素直さやマジメさに感化されたんですよ」
あ、昨日の朝の態度の説明になってない……
内心焦りながらデボラおばさんの反応を待つと、一番の驚きを表しながら、僕の腕をバシバシとしばき始めた。
「そうでしょそうでしょ! あの子は本当にマジメだからねぇ。そうよね、坊ちゃんも見習ってくれるなら良いことだわぁ。いやねぇ、そんないきなり惚気られてもぉ、おばちゃん困っちゃうわぁー!」
さすが絶大な信頼のミレルさん!
でも、痛くないけどその行動がイタいです。身体をくねくね動かさないでください! この人ホントに痴話好きすぎる!
「それでそれで、そのミレルちゃんはどうしたの?」
「あー まだ寝てます。昨日夜に少しトラブルがありましたので……」
はっ!? しまった!!
おばちゃんパワーに負けてサラリと答えてしまった!
デボラおばさんの顔がニンマリと笑顔を浮かべていく。そしてまた口の前に片手を当てて、反対の手でスナップを効かせてくる。
「まあまあ、あらあら。そうねそうね。でもあんまり無理させちゃダメよぉ」
うあ、やっぱり! そうですよね、そう勘違いしますよね! デボラおばさんだし!
「うふふふふ……じゃあおばさんはそんな二人にステキな朝御飯を用意しますねぇ」
なんか態度が一気に軟化してるし。鼻歌しながらキッチンに消えていってしまった。
誤解をしていて追求してこないことだけが救いだ……
◇◇
慌ただしい朝の一幕も落ち着いて、ミレルにデボラおばさんのことを説明した。
ミレルは「いらないって言ったのに……」とか言ってたけど、そこはスルーしよう。
さて今日はどうしようかな?
「ミレルが問題なければ、予定通りランプ工房に行きたいんだけど?」
「大丈夫よ。お母さんには数日畑を手伝えないって言ってあるから」
理由は聞かない方が身のためな気がする。
お昼には帰ってくるつもりだとデボラおばさんに伝えたら──
「今日ぐらい一日ミレルちゃんと遊んできたら良いのよぅ」
と言いながらお弁当を渡されてしまった……痴話好きなところを除けば良い人なんだろうな。
ミレルの気に入るところに行くわけじゃないんだけど、まあ良いか。他に行った方が良いところがあるか、歩きながらでもミレルに聞こう。
僕たちはデボラおばさんに送り出されてランプ工房へ向かった。ランプ工房は川向こうの民家が建て並ぶ区画の真ん中の方にあるらしい。
道すがら次の行く場所を聞くついでにミレルに村の区画について教えてもらった。
このシエナ村はキレイな区画整理がされているわけではないけど、大まかには区画が分かれている。
南北方向に大きなプラホヴァ河が流れていて、その川の水が流れ込むシエナ湖は村の南側に位置する。湖の北西側は少し斜面が急になっている居住区、北東側が比較的緩やかなので農地に使用していて、その畑の東側を山に向けてが畜産に利用している。僕の家である旧村長の家は農地の端に、新村長の家は居住区の少し高いところにある。
最初は畑の近くに家を建てていたけど、なるべく平らな土地を畑に利用できるように村を拡げていった結果、平地の少ない西側に居住区が移っていったようだ。
ランプ工房以外の見所は、領主の城は見物できないのでアルバトレ教の修道院ぐらいしかないとのこと。ミレルが気付いていないだけで他にも色々あるかも知れないけど。現代日本だったら牧場や畑でも観光地になったりするから、案外都会から来る人は物珍しく映るかも。
ちなみに学校とか教育機関は無いらしい。商店も街道に雑貨屋が一軒あるぐらいだとか。
◇◇
という村の話をしている間にランプ工房に着いた。
これという特徴の無い少し大きな民家という外観で、ランプ工房を示す看板が軒先に垂れ下がっている程度だった。荷車や馬車が止められるスペースがあるので少し開けた場所という印象。僕の感覚だと駐車場がある村の寄合所という感じ。
早速中に入って見学させてもらうことにした。
中では数名のお爺ちゃんやお婆ちゃんが作業台に向かって作業をしていた。ランプは木を削って作っているので少々埃っぽい。飛んでいるのは埃じゃなくて木の粉だけど。
作業分担してランプの各パーツを作っているようで、作業を順番に見ていくと入り口から奥に行くにつれてランプが完成する工程となっているみたい。中でも最後の方の工程にある模様加工は職人技の光る見応えのあるものだった。職人が図案や見本を見ながら緻密な作業を行っていて、徐々に模様が完成していく様は見ていて飽きない。
なんて完全に工場見学のノリで見ているけど、もちろんの事ながら、ミレルが話しかけるとみんな愛想良く話をするけど僕に気付くと途端に早く帰れという気配に豹変するという。ここでも『こいつ』は嫌われ者でミレルは好かれているらしい。
そして待ちに待ったランプ工房の一番奥、つまり完成させる工程に当たる部屋、そこで魔法の付与がされていた。
2つの作業台が置かれ、片側には中年男性が座っていて、もう片方には10歳ぐらいの少女が座っていた。少女の方を見ると一心不乱に図案を描いているようだ。
中年男性が座っている方が魔法付与の作業を行う机で、机の端にはピンポン球ぐらいの大きさの石が積まれていた。材料かな?
さて本日のお目当て魔法の見学。
工房でこの作業が出来るのは一人だけで、ラズバンという名前らしい。癖のある茶髪をボブぐらいにしたインテリっぽい男性でゆったりとしたローブを着ている。僕には有名英国魔法使いの蛇っぽい先生に見えてしまう。
彼は僕に興味が無いので、ミレルを挟んで会話することになってしまう。ちょいちょいミレルに対して自己アピールが入るので話が進みにくくて、独身35歳らしい、といういらない情報も得てしまった。
ミレルが僕の嫁さんだということをこの人は知らないみたいだな。風の噂もここには届いてないようだ。機嫌が悪くなると困るから黙っておこう。
ちょうど魔法の付与作業を行うということなので見せてもらうことになった。
ランプは1つの部品を除いて全て木で出来ていた。特殊な材料は魔法を付与するための核となる魔石だけ。このシエナ村ではどちらも容易に手に入る物らしい。山間の村という森に囲まれた立地から木材は豊富に手に入るし、魔石はシエナ湖に東側から流れ込むシエナ川の河原で採取できる、とラズバンさんが作業を始める前に饒舌に語っていた。
多分自分のやってることを聞いて欲しいんだろう。オタク系なので心の中ではラズバン氏と呼ぼう。
「良いか、良く見とけよ? ランプ1個につき1回しかしないからいつでも見られるわけじゃ無いからな。それと光魔法ってのは難しいんだ。光をイメージしなきゃならんが、これが普通の人には出来ないんだぞ? 他の火とか水は比較的簡単だが、光はその知識を得ることもイメージすることも難しい。普通に見えてる物をイメージするのとは違うんだ。だからこのランプみたいな使いやすい道具が重宝されるんだ。みんな普通に使えるならこんな物いらないだろ? その難しい魔法を魔石に付与するんだ、更にイメージが難しくて物凄く集中しないと出来ない。分かったらオレの集中を乱さないように静かに見とけよ?」
付与できるのがこの村で一人しかいないだけあってかなりの自信家のようだ。ミレルも感心してるのは確かっぽいから、アピールポイントとしては確かに良さそう。でも、そのぐらいにしないとミレルがちょっと引いてるよ?
言いたいことは言ったとばかりに、ラズバン氏は作業を開始する。胸元に提げたペンダントを左手で握りしめて、右手を魔石にかざす。そして、深い呼吸をしながら精神を集中させていく。
「我らに秩序ある光を与え賜え……光灯付与」
ラズバン氏の右手から光が放たれたかと思うと、魔石に吸い込まれていって光はすぐに消えてしまった。
こっちは呪文詠唱がいるんですね……
《半径2メートル以内で閃術『光灯』レベル1および閃術『自動魔力供給』レベル1および操術『符号登録』レベル1が発動されました》
えっ!? 何今の?! サーチ機能も付いてるの!?
そこも驚きポイントだけど、ラズバン氏が言ってた魔法と違うし全部レベル1だけど3つあった気がする! 魔法の種類も全然違うし!
魔法を理解するためにここに来たのに余計に分からなくなった……んー? 魔法については諦めるべきか?
「どうしたのボグダン? 随分驚いているけど……」
「やっぱりオレの魔法はすごいってか! 分かってるな村長の息子は!」
ミレルが不安そうに僕を見ているけど、ラズバン氏は僕が純粋に魔法のすごさに驚いていると思ってくれたようだ。しかも好意的になってる。
「ええ、こんな魔法は初めて見たので、少し驚いてしまいました」
危ない危ない……ここはラズバン氏の反応を利用しておこう。
脳内メッセージとラズバン氏の使ってる魔法が違うって事は、他の人には脳内メッセージは聞こえないって事だよね。ラズバン氏が格好付けてるのでなければだけど。
これは黙っておいた方が良さそうだ。
「この魔法は珍しい魔法なんですか?」
「そうだ、この村ではオレだけってのはもちろんのこと、領内でも数人しか居ないな。1つの機能とはいえ魔法が付与された道具──簡易魔道具を作れる人間はとにかく少ない」
褒められて気をよくしたのかすんなり答えが返ってくる。
僕の脳内メッセージで聞いた魔法とは違うのに、他の人も使う魔法と……認識が違うのかな? それとも3つ言うのが面倒だから通称を付けてあるとか……?
謎だ……日本で読んでいたネット小説なら「鑑定さん」が大活躍なのになぁ……無い物ねだりか。
とりあえず、簡易魔道具という言葉が気になる。ランプみたいな単一機能の魔道具のことかな?
「そんな中の一人なんですね。ラズバンさんは凄いんですね。そのペンダントもラズバンさんが作ったものですか?」
機嫌を良くしてもらうために持ち上げながら次の質問をしていく。
スムーズに仕事を進めるのにおべんちゃらも大事ですよ? だからミレルさんそんな「ボグダンが人を褒めるなんて!」みたいな目で見ないで……
「おいおい、これを簡易魔道具と一緒にしないでくれよ。こんなの人間には作れないから。これは正式な魔道具──アーティファクトだ。これは親から受け継いだ物でオレもよく知らないが、精霊の贈り物とも呼ばれるから精霊にしか作れないんじゃないか」
なるほどなるほど、簡易魔道具を作るにはアーティファクトが必要ということかな?
「貴重な物なんですね。そういったアーティファクトがないと色んな魔法は使えないんですか?」
「ん? ああ、そうだが、その辺は常識だろ? オレは魔法を使って長いから良く分からんが」
不思議そうな顔でラズバンさんがこちらを伺う。
おっと余計なことを聞いてしまった。
「彼は高価な物には興味がありましたが、魔法に興味がなかったので、アーティファクトが貴重だということしか知らなかったのです」
ミレルがそうフォローしてくれる。
金にしか興味ないみたいな言われ方だな……でもラズバン氏は「あー、こいつだからな」みたいな諦めの入った表情で納得してる。
『こいつ』は女性と金にしか興味がなかったのか……
「なんだ? その分だとアーティファクトが使えないことも知らないのか? アーティファクトってのは使用者を一人しか認めないんだ。使用者がその権利を譲るか死ぬまで他のヤツには使えないんだぞ?」
簡易魔道具は誰でも使えるけど、アーティファクトは登録型の専用機なのか。でも、死んだら使えるようになるなら「殺してでも奪い取る」という選択肢も出てきそう……
「使用者が死んだらアーティファクトが勝手に次の使用者を決めるのが普通だからな、殺して奪っても自分が使えることはないぞ? 大抵は親類に引き継がれるものだ。それでも、超貴重なランクの高いアーティファクトなら、美術品としての価値もあるから、奪われる可能性もあるかもな」
道具のランクか。ゲームでは良く、ランクの低い道具だと使える魔法が少なかったりしたな。
「そうだ。アーティファクトにもランクがあってショボい物だと簡単な魔法しか使えなかったり、特定の魔法しか使えなかったりする」
この辺は予想しやすくて良いんだけど、魔法が分からない……まあ、アーティファクトが無ければ使えないんだろうけど、あったとしても何が使えるのか分からないとか難易度高過ぎ。
せめて魔法ライブラリとか検索出来たらなぁ。こう図書館で本を探しだしてその中から目的の言葉を探す感じで──
《統術『魔法辞書検索』を発動します》
えっ! きたぁぁーッ!!!!
鑑定さんには及ばないけど、たぶん充分!
やっときました。ようやくチート転生っぽさが出て来ました。
話の流れのコントロールが難しいですね。
まとめ
1.魔法はアーティファクトがないと自由に使えない。
2.アーティファクトは使用者が決まっている。
3.簡易魔道具は付与された魔法だけ使える。
4.デボラおばさんは痴話好きな部分を除けば良い人
5.ラズバン氏は独身35歳
6.ボグダンはミレルに感化されてまともになったという方針に変更
登場魔法
1.光魔法『光灯付与』?
2.閃術『光灯』
3.閃術『自動魔力供給』
4.操術『符号登録』
5.統術『魔法辞書検索』