2-037 跡継ぎ争いに巻き込まれていたようで
力強く手が握られ、持ち上げられるほどに強く引っ張られる。
力任せ──そんな言葉が良く合いそうなダンスだ。
第一王子の見た目通り、脳筋と言われれば納得できてしまう。
戦をさせるならまだしも、彼がこのまま王位に就いて平和な国を預けるには些か不安を感じてしまう。
なるほど、ダンスで人を見る意味が少し分かった気がする。
さて、そんな強引なダンスだが、『阿吽呼吸』の効果は抜群で、第一王子が動こうとするタイミングと全く同時に、彼が動かしたい動作をトレースすることが出来る。
確かに、阿吽の呼吸、息が合うとはこの事だね。
「ははは、こんなに楽しいダンスは初めてだ! やはり、オレの目に狂いは無かった」
とても楽しそうに第一王子は踊る。
本当に脳筋ならダンスなんて出来なさそうだけど、王太子としての教育は行き届いているのか、荒々しいとはいえしっかりと音楽に合ったダンスになっている。
ただ単純に第一王子が大柄だから、普通の女性では王子の動き量に合わせられないだけかもしれない。
なんせ僕も、片足を前に出す動きだけで、飛ぶように大きく動かなければならないのだから。
例え同じ呼吸で動けても、そのペースで大きく動けなければ、振り回されてしまうかもね。
「お戯れを。殿下ともなれば、数多くの女性と踊られてきたでしょうに」
それらしい言葉を返しておく。
何かを気に入られてしまったから、口説きに来られても困る。
本気じゃないなら帰ってくれよ、と声高に叫びたい。
いやむしろ、本気の方が帰って欲しいわけだけど。
「確かに、地位目当てに自ら寄ってくる女もいれば、政略で送られてくる女もいる。だが、オレが求めるものはそこにはない。顔が良いだけなぞ、飾りの妃で良いだろう? ただ世継ぎを残すだけなら、そこらの貴族の娘で良いだろう? だが、オレが求めているのは、真に対等に打ち合える女だけよ!」
ワルツを踊りながら、第一王子と会話をする。
うん、たとえダンスが踊れても、この人は脳筋だ。
それなら、オークの娘とか嫁にもらえば良かろうに。
何が気に入ったんだ?
重い扉を片手で開いたから?
あんなのコツを知ってれば出来ると思うんだけど……
「ふはは、勘違いしているようだな。あの扉は錆び付いていたのではない。あれ以上開かないように、溶接して止めてあったのだ」
なん……だと!?
「調べてみたが、確かに壊れていた。それを事も無げに、片手で開けたと言いよる。大方、フェルールの侍女も、その細腕では開けられないからと触らせたのだろう」
くぅ……異端をあぶり出す罠なのか?
なんでちょっとだけ開けられるような、そんな変な止め方するかな!
「あれは、侵入者があったときの防衛手段で、わざとそうしてあるのだ。入口を限れば迎撃しやすいだろう? それに少し中も見える扉があれば、開くかもしれないと思って、そこに手を割くこともあるだろう?」
確かにありそうな罠だ。
そして、僕はまんまと引っ掛かってしまった!
別に侵入したかったわけではないけど。
というか、それって軍事機密の扱いじゃ……?
「オレかフェルールの妃となるなら、知っていても問題ないだろう?」
まだ決まってないよ!!
いや、一生そうならないから、そういう機密は簡単に漏らしちゃダメだよ!!
王子2人目も釣れるとか、絶対誰かが仕組んでるよこれ……
じゃなかったら、このメイク魔法に、僕の気付いていない効果があるかだ。
「やはり、フェルールにやるには惜しいな……ふむ、後で父上に意見聞こう」
おお!! 父上とな!?
それはつまり、この国の国王だ!
それは是非ともお会いしたいところだ。
「なんだ、父上に会いたいのか? しかし、今の父上は病床の身、家族以外と会うことを避けているのだ」
なんと!! 国王陛下が病気で寝込んでいると!?
というか、その情報も気軽に話しちゃいけない情報でしょう?!
この人、ほんとに王子させてて大丈夫なの??
第一王子が、しでかしたって顔してるけど、もう遅いって……
とはいえ、これで第三王子が国王陛下に会わせてくれない理由は分かった。
「今のは内密に……いや、公務にも顔を出していない状態でな、貴族共はすでに勘付いている、知ったところでそれほど問題ないだろう……」
それは国王陛下に近い人だけだよ!
僕のような一般人が知って良いことではないよ……
僕としては……まともに登城したら国王の容態を聞かされて、一つ仕事が増えることになるんだろうけど。
音楽と共に第一王子とのダンスも終わり、僕たちは第三王子の元へと戻った。
「フェルール、彼女の心を奪えるのはどちらか、勝負をするか?」
「兄上? 何を仰っているのですか。彼女はわたしの横に戻ってきました。これが何より彼女の気持ちを表しているのではないでしょうか?」
お前ら……何勝手に人の気持ちを決めようとしているんだ。
貴族ってのはやっぱりこんなもんなのかな?
第三王子も紳士的かと思えば、なし崩し的に逃げられないようにしようとしているし。
欲しいものは何がなんでも手に入れるってか?
いや……ああ、そういうことか……国王陛下が病床だからか。
そうなると、王子同士の争いが、恋人の取り合いではなく違ったものの取り合いに見えてくる。
これは跡取り争いなのだ。
国王陛下が存命のうちに、自分の派閥にプラホヴァを取り込みたいのか。
それだけ国王陛下の容態が良くないってことか?
そうなると、あの薬は国王陛下用ということ……そりゃあ、可能な限り情報が漏れないようにしたいわな。
このパーティーにプラホヴァ家の者が出ていないということは、王都に代役となる人がいないからか、第三王子派ではないか、もしくはその両方だろう。
第三王子はプラホヴァ家を取り込みたがっているし、領主様と手紙で会話した上で、その行為を止められていないことを考えると、プラホヴァ家はどの王子派閥でもないのだ。
経済的に余裕のあるプラホヴァ家は、自活できるし、単独で他の諸侯と渡り合えるから派閥に属していないか、あるいは現国王派閥か。
それならば、尚のこと、プラホヴァ家は跡継ぎ争いに強力なカードとなる。
どの王子派閥も、こぞって取り込みたいのだろう。
ならば、第三王子が僕に紳士的に接している理由は、取り込むことを失敗して対立してしまっては、逆に脅威となるからだろう。
なるべく丁重に扱って、なるべく本人の意思で派閥に入って欲しい。
でもそれは、入閥対象が自分の派閥だけの場合だ。
第一王子派閥が対象となる事態は、嘘を吐いてでも避けたいのだ。
これは、僕が余計なことをして、第三王子派の計画を狂わせることになったってことかな?
第一王子の性格からして、本来は僕に興味を持たなかったんだと思う。
そして、『診察記録』で人間関係を視覚的に見た限り、パーティーの出席者はほとんどが第三王子派のようだ。
第一王子と一緒に、派閥の貴族が来ていないことを考えると、脳筋王子だけなら大丈夫と高をくくって呼んだのかもしれない……
念押しで、わざと第一王子が遅れてしかパーティーに出席出来ないように、計画したのかもしれない。
そうなると、第二王子は呼ばれていないということか?
確かに第三王子は、僕を家族に会わせる約束を守った。
ただ、全員に会わせられなかっただけで。
元より、国王陛下には会えないわけだし。
というか王妃は……?
王妃も第三王子以外の派閥ということか、それとも国王陛下のことでそれどころではないか……
僕が悶々と王族の事情を考えながら、第三王子と第一王子の噛み合わないやり取りを眺めていると、またギャラリーが騒がしくなった。
今度はなんだ……?
いや、さっきの反応から言って、第二王子が来たのだろう?
「フェルールよ、わたしは悲しいぞ? 弟の妃候補の披露パーティーに、兄を呼ばないとは」
人垣を割って現れたのは、痩せぎすの見るからにインテリな男性。
やっぱり、第二王子か。
彼は妃らしき女性と、取り巻きの貴族を2人を連れて、僕たちの前に立ち止まった。
「これはこれは、ジェラール兄様、ご機嫌麗しゅう御座います。僕はちゃんとご都合をお伺いしましたよ? 教養のない下賤な者には興味がないと仰っていたのは、兄上ではないですか?」
「むむ。その為にワザと、城下で見掛けた素性の確かではない女と伝えさせたのだろうに」
「その時点で分かっている情報を最大限お伝えしただけです」
「ははは、言うようになったな」
跡継ぎ争いの様相が見え始めてからは、この兄弟の会話すらも印象操作に聞こえてくる。
お互いに、僕に対して相手の評価が高く伝わらないようにしているような……これが2人のデフォルトかもしれないけど。
そして、第二王子は僕に向き直って、几帳面な礼をした。
「第二王子のジェラールだ。王城の魔法使いを束ねる業務もやっている。あなたにその才があるなら、是非とも引き入れたいと思う。以後よろしく頼む」
隣で妃が何やら言いたげだが、それより早く第三王子が口を開いた。
「兄上、僕の妃になる予定の方に、そのような勧誘はおやめください!」
第三王子がさっきより感情的だ……第一王子と違って、警戒するべき相手なのか?
確かにインテリの風貌と一致していて、頭は切れるってことかな。
第一王子が武、第二王子が知と、なんともバランスの良いことで。
力と知恵と来て……もう一人が勇気だったりするの?
「まだ返事がもらえていないと宰相から聞いたぞ? それなら問題ないだろう。これだけ美しいのだ、場合によってはわたしも名乗りを上げたいものだ」
にやにや笑いを浮かべながら、第二王子が僕を見てくる。
そういう好奇の目でみられるのはちょっと嫌だな……
こんな視線に日々晒されてるなんて、キレイな女性は大変だね。
それが優越感に繋がる可能性もあるけど。
宰相の役職はこれまで会った貴族の中にはなかったから、第二王子派なのだろう。
「ジェラール殿下? わたくしにこの者の品定めをさせて頂けませんか?」
ちょっと苛立ちを含んだ声で、妃と思われる女性が第二王子に声を掛けた。
ほほぅ、第二王子があれだけ言ったんだ、この人はどこの馬の骨か分かる人なんだろう……脛骨ぐらいかな?
「今失礼なことを考えてますわね! わたくしはジェラール殿下の正妃にして、このシエナ王国最大の魔法使いプロセルピナ・シエナですわ。あなたが殿下の寵愛を受けるに相応しくない娘であることを証明して差し上げますわ!」
まるで悪役令嬢みたいな言いっぷり。
娘という年齢ではないし、寵愛も願い下げだけど、最大の魔法使いというところはとても気になる。
僕としても、この国の魔法使いがどれ程の実力か知っておきたい。
僕が魔法で、どこまでして良いのかの指標になるかも知れないし、彼女から情報は引き出しておくべきかな?
「ですから、ここはダンスパーティーの会場です! そういうことは、後日ボグコリーナ嬢と面会の約束を取り付けて、お話ししていただけますか?」
「そう仰って、フェルール殿下は面会の邪魔をするおつもりでしょう?」
第三王子に対しても態度を変えないとは、第二王子の妃をやってるだけのことはある。
もしくは、それだけ魔法使いの地位が高いのかもしれない。
第二王子はにやにやと二人を眺め、第一王子はいつの間にかここにはいない──料理食べに行ってるし……自由だな。
「それが分かっていて、易々と引き下がるわけにはいきません。そうですわね……ならばあなた、わたくしとダンスをなさい?」
あ……そうなるの?
「プロセルピナ様! 何を仰っているのですか!!」
第三王子の驚きようからすると、普通はしないのだろうな……
ここで僕が下がれば丸く収まるような……?
魔法の情報は手に入らないけど……
「まあ、これも余興と思って楽しめば良いではないか。それに、ダンスの誘いを判断するのは、本人の自由意志ではないか?」
それはそうだろう。
誘いを受けなくても、本人が相手に興味がないって言ってるだけなんだよね?
王族間で踊らないというのは……兄弟姉妹として、仲良くする気が無いとか、明確な対立関係になるってことなのか……?
それ以前に、単純に第二王子妃の性格として、断ると後々煩くされるのが困るという可能性も……
第三王子を見ると、猛烈に何か言いたそうにこちらを見ている。
彼らの前で内緒話をするわけにもいかないから、悩ましそうだ。
ダンスをしないことのデメリットが、僕が思っているより多いのかもしれない……
あれ? じゃあ、ダンスをすることのデメリットってなんだっけ?
第三王子としては、他の王子に目を掛けられたくないから、僕がダンスをすることを嫌がったんじゃなかったっけ?
それなら、僕が第二王子妃とはダンスをしても、誰にもデメリットがないじゃん。
「承知しました。プロセルピナ様のお誘いをお受けいたします」
2回目のダンスは、女性同士になってしまった。