私史上最悪のファースト·コンタクト part.5
遅れに遅れましたわコンチクショウ!
やっぱり探偵とか推理ものとかは難しいもので、プロットを組み直していました。
少々読みにくいかも知れませんが、千歳の気持ちになったつもりでワケワカメな二人をお楽しみ下さい。
「魔術探偵事務所····?"ホームズ"?」
ホームズって、『あの』ホームズ?
魔術探偵事務所ってなに、魔術付けるの?というか聞きたいことって一体なに?
突然降って沸いたような衝撃暴露と疑問の大雨で千歳がパンクしかけているのを放置して、ヴリィヴは広げた両手で机を叩いた。
「──それはともかく弾斬り、これは君の仕事だったはずだけど?なんで今回はここに呼んだんだ。僕は誘拐犯になりたくない」
「それがぁよぉ、こいつぁちと奇妙なんでなぁ。あ、なんか飲むかぁ?」
台所に消えていく弾斬りを見送り、めんどくさそうに椅子に座ると声をあげる。
「奇妙?顔が奇妙とか言い出すなよ。東人の顔は皆似たり寄ったりなんだ。あぁ、僕は紅茶で」
「コンシャ?あんな劇薬を所望するたぁ随分煮詰めてんなぁ」
「紅茶だ!コンシャは君が飲め」
ガサゴソと物音が響き、やがてのんびりした声がまた届く。
「おっと···昨日で茶葉切らしてんなぁ。ほかぁあっかねぇ?」
うんざりしたようにヴリィヴは尋ねた。
「客なんて想定していなかったからな·····何が残ってる?」
「エリクサー」
「却下。他は?」
「ミスリル」
「飲めるものを聞いてるんだ」
「····マンドラゴラの煮汁カスとかしかぁねぇなぁ」
「あの青汁は二度と飲まないぞ。······この際ウェックでもジャージンでもいい。何か無いのか?」
「水道がギリギリ出んだなぁ、これが」
「じゃあそれだ。客人含めて三人分だぞ」
「······出ねぇぞ、止まっちまったんかねぇ、これは」
「おかしいな、今月分は支払ったぞ····あぁそうか、明日マーサさんに文句言いに行こう」
「と思ったら出たんだなぁ、これが」
「君だけコンシャだ。マーサさんの文句を考えていた僕の思考回路を返せ」
ツッコミ不在の漫才は収拾つかなくなる、とはこう言うことらしい。飲み物の話のはずなのだが、かなり間抜けた会話だった。
って、そうじゃない!
「あ、あの!聞きたいことって、なん、です、か····?」
尻すぼみになったのは椅子に座っているヴリィヴがこちらを向いたからだ。
若干童顔。体格も線は細く、あまり運動が得意なようにはみえない。
しかし、蒼い瞳。一見落ち着いているようで、しかし奥で何か飼ってそうな、ギラギラした瞳。
その眼が千歳を射竦め、威圧する。
ヴリィヴが口を開いた。
「·····ここに来て間もなく、土地勘は無い。運動もあまり得意ではないようだ。最後に雨が降ったのは昨日の昼でだから、水溜まりが残っている場所はミッチェルハウ通りから北方面の路地裏。スウィンズガーデン、ロンバー通りも入るが弾斬り《スラッシュ》の帰宅時間からしてミッチェルハウだろう。水溜まりの残っている路地裏の十字路を右に二回、左に三回。左に曲がった三回目の角で行き止まりに到着。めでたく餌食になりかけたのを彼が助けた、というところか······どうぞ、座ってくれ」
「す、凄い推理ですね」
「····ありがとう。まぁ、魔術を使うまでもないが」
千歳はヴリィヴが目を僅かに見開いたのが気になったが、口には出さなかった。
彼女は恐る恐る執務机に対面する椅子に腰かける。
ふと床を見ると、何やら魔方陣が描かれていた。
「あぁ、気にしないで」
視線に気がついたらしいヴリィヴが椅子に座りながら言った。
「随分前に描かれた落書きさ。だから法陣の上に机が乗っかってる」
コンコン、と自らの前に鎮座する大きな執務机をノックする。
確かに1/3ほどが机の下敷きになって隠れていた。
それにしても推理を生で披露する人間がいたとは。
探偵小説やミステリ小説なんかで推理を披露する探偵役は大概変人が多いが、彼も、そして弾斬りもそれと似た感じがした。
なるほど、フィクションではそう感じなかったが、リアルでされると若干うすら寒いものが走る。
千歳が座るのを見届けると、ヴリィヴが再び口をひらいた。
「そうだ。それはそうと弾斬り。500ピークはまだかい?」
······と思ったらまさかの当人スルーで遥か奥の弾斬りに話しかけた。
いきなり話し相手が変わったため彼女は固まるしかない。
「んぁ?そいつの名前ぁだ聞いてねぇだろ」
弾斬りが水の入ったコップ三つをお盆に入れて持って部屋に戻ってくる。
そんな彼を見てヴリィヴは呆れたように息を吐いた。
「君はこの子を紹介する際『大事な客』だと言った。現状にに於いて大事な人物と言えば襲われた少女か、ゴロツキか、或いは『雇い主』か。そして君が連れてきたのは少女だ。もしも君が賭けに勝っていたのなら、真っ先に名前を紹介し、僕に勝ち誇ったろう。なのに君はしなかった。何故か?名前が君の予想とは違っていたからだ。よって賭けは僕の勝ち。違うかい?」
弾斬りがめんどくさそうに頭を掻く。ヴリィヴの推理は当たっていたらしい。
「ほらよぉ、ったく····なんで今回はちげぇんだぁ?」
お盆を書類だらけの執務机に置き、金貨を一枚とりだしてヴリィヴに投げる弾斬り。
ヴリィヴは満足げにそれをキャッチすると、「さぁね、偶然だろうさ」、そう言ってお盆に手を伸ばしてコップを掴んだ。
「ってぇかそりゃあ兎も角よぉ」
「ん?」
温い水を煽ったヴリィヴがキョトンとした目を弾斬りに向ける。
弾斬りは肩を竦めて親指で執務室の前を指した。
正確には、話に全く入れてもらえなかった千歳を。
「『大事な客』、忘れてんぜ?」
ヴリィヴの視線がようやく千歳に戻る。
千歳は縮こまって固まっていた。
「あぁ、そうだったな。聞きたいのはほんの数問だよ、楽にして」
「は、はぁ····?」
「じゃあ最初の質問」
指を一つ立てると、その指を千歳に向けた。
「その靴、履いたばかり?」
「·····················はい?」
いきなりとんでもなく意味不明な質問が飛んできた。
「その靴、この街で初めて履いたのかと聞いてるんだ」
「いや、えっと、あの?」
「どうなんだ?」
チラリと弾斬りを見ると、「諦めな」とでも言いたげな視線を送ってきた。
千歳は嘆息した。
「初めてじゃありませんよ。もう三年も履いてます」
チラリと靴を見下ろすと、路地裏でついた泥汚れがベージュのローファーを薄黒く汚している。
また時間のあるときに磨こう。
「そうか。じゃあ次の質問」
聞いてきたくせに大して興味がなさそうに答えると、こちらを差した指を真上に向ける。
「上向いて」
「なんですか········」
仕方なく上を見上げると、豪華なシャンデリアが天井からぶら下がっていた。
六つの魔法陣が燭台を中心に展開され、光の球が浮かんでいる。
「そのシャンデリア、どんな魔術が使われているか分かるか?」
「どんな魔術····?」
目を向けると、先程よりも細かく分かるようになる。どうやら照明に使われる魔力は、この部屋にいる人間から自動的に吸い上げる形で照明に変換しているらしい。照明を消すには再びスイッチに触れるだけ。それで術式解除となるようだ。
「えーっと····部屋にいる人から吸い上げた魔力を照明に変える魔法、ですか····?」
「ほぉ~」と間抜けた声が聞こえた。弾斬りが漏らしたのだろう。
「·······オーケー、もういいよ」
そう言われて首を戻す。
ヴリィヴは相変わらずそこにいたが──なんだか、新しい玩具を与えられた子供のような笑みを浮かべていた。
「·········なんですか?」
「いや、本当に奇妙で面白いな····って違う、そっちじゃない。最後の質問だ」
なんで口許押さえてニヤけるのを我慢してるんだろうかこの人は?
千歳の怪訝な視線に気がついたらしいヴリィヴは、咳払いすると、最後の質問とやらを切り出した。
「君の名前は?」
そんなもん、改めて聞く必要がどこに?
「隣の弾斬りさんに聞けばいいじゃないですか」
弾斬りが吹き出した。ヴリィヴと千歳の視線が集まるなか、二、三回咳き込んだ弾斬りは、なんとか呼吸を落ち着けて水を煽る。
「はぁ~···いやぁよぉ、まさか俺に振るたぁね、不意打ちで笑えぇよ·····」
「相変わらず君のツボはよくわからんね」
全く同意、と千歳は内心頷く。
思い出し笑いに口を押さえる弾斬りをほったらかしてヴリィヴは机に乗り出した。
「まぁ、個人的興味だ。君の名前を彼から聞いてもいいけど、僕は君の口から聞きたい。改めて聞こう。君の名前は?」
「·······桐生、千歳です」
「名字は?」
「桐生です。名前は千歳」
「·····なるほど。ありがとう」
そう感謝の言葉を口にして、顎に手を当てるヴリィヴ。
どこか考え事をしているようなので隣を見ると、弾斬りは知らない間に居なくなっていた。
ふと壁に目を向ける。緑色の壁紙に大小様々なサイズの紙が押しピンで縫い止められていた。
なにやらメモやら写真やらが貼り付けられていたが、なんの意味があるのかさっぱりだ。
しかし、その中でも横に五枚ほど並んで貼り付けられていたA4ほどのサイズの紙はやたら目立った。その紙には全て別人の少女の似顔絵が描かれ、その下に大判の字が印刷されている。
残念ながら、水で滲んでいたり、文字の上にメモ書きが貼り付けられていたりと、どれ一つとして最後まで読めなかったが、大判の字は全て『♯《レ》』から始まっていた。
「お腹減ったな」
突然ヴリィヴがそう言い出した。
「え?」
「弾斬り、何かあるかい?」
「え、ヴリィヴさん?」
千歳などもう存在していないかのようにさっさと机から立ち上がった彼はスタスタと後ろのキッチンに向かう。
キッチンから二人の会話が聞こえてくる。
「おぉよ、んなこったろうと思ってなぁ、トーストと卵焼いてるとこなんだな、これが」
「気が利いてるね、賭けに負けた腹いせか?」
「9割そうかもしんねぇなぁ」
「あ、あの·····?」
千歳座ったまま振り返った所で、台所からヴリィヴが顔を覗かせた。
「なにぼやっとしてるんだ、さっさもこっちに来なよ。君の分もある」
「えぇ!?」
流石に素で驚いた。いや普通今日会ったばかりの人間にご飯など振る舞うか?しかもトースターと卵って。完全に軽い朝食である。せめてもっと他に無かったのか?
「早く来ないと君の分まで食べるぞ。今は時間がないんだ」
「············時間がない?」
彼の一言に疑問を抱きながら執務机の向かいの部屋にあるダイニングキッチンに入る。
洗いかけの食器やこぼれた液体、ガラス器具やら段ボールやら何やらが乱雑に積まれたダイニングキッチンの『汚い』の一言では済まされない、だが同時に『汚い』としか言いようのない酷い有り様に顔をしかめる。
するとヴリィヴは汚れだらけのテーブルの隅っこにあった箱をどかしながらなんとも言えない答えを返した。
「あー·····『金は時間に使うべし』って言うだろ?それと同じさ」
「初耳なんですけど」
「そうか、なら覚えとくんだね」
テーブルの1/3からゴミ(としか形容できない物体群)をどかし、その上に皿に乗ったトースターが三つ並べられる。
「······テーブル、拭かないんですか?」
「味にゃあ影響ねぇだろ?」
「そういう問題ではなく····」
大の大人、それも男二人がなんの疑問も持たずにトースターを頬張り始めるのを見て、食欲が失せてきた。
「やっぱり良いです。私いりま──
ぐぅ~ぅ······。
「「「······························」」」
千歳の額から血の気が引いていくのと同時に、とんでもなく微妙な空気が流れた。
「······あー、なんだ」
ヴリィヴがポリポリと頬を掻く隣で、弾斬りがニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「別に欲しくないなぁ、それでまぁ、構わんぜ?」
「分かって聞いてますよね!?」
腹の虫は異世界に於いても欲望に忠実だった。
読んでくれてありがとうございます!
ちなみに今更なんですが、異世界文字に記号を使っているのは単に『判読不能』の意味を込めているだけなので、記号に規則性はありません!
脳内設定ではヘブライ文字っぽいです。
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