私史上最悪のファースト·コンタクト part.3
「まぶしっ····」
薄暗い路地裏から表通りに出ると、立ち並ぶ街灯の光で目が眩む。
「こかぁ、一等明るいかんなぁ」
のんびりと訛りきった口調で男が手をかざす。
男の服装は薄暗い路地裏では目立つ程度にはドギツいと思っていたが、表通りではあまり奇抜な方でもなかったらしい。
──なんか、服のセンスまでロンドンよねぇ。
スーツにシルクハット、青やら緑やらスカートの裾の広いドレス。黒のズボンに赤のコートは、まだ地味な方に落ち着いていた。
男がいつの間にか腰に差した刀を揺らして風船男の首根っこを掴み直し、歩き出す。
「そういやぁよぉ、名前は?」
「名前?」
「そ、名前」
名前を名乗っていなかった事に今さらながら気づく千歳。
そしてもうひとつ気づいたことがあった。
───二重音声が外れている。
さっきまで意味不明な言葉が脳内で日本語に変換される感じだったのが、今は完全に日本語に変換されていた。
名前、通じるかな。
完全翻訳に移った『自動翻訳』で通じることを願いつつ口を開いた。
「桐生、千歳」
「チトセ?」
「桐生が名字で、千歳が名前ね」
「ほーん····」
っち、賭けぁ負けかぁ····。
男が呟くのを千歳は聞き逃さなかった。
「賭けってなに?」
「んあ?」
「今言ったでしょ。賭けに負けたって」
「言ったかぁ?でまぁ、お前にゃ関係ねぇなぁ」
でまぁ、って『でもまぁ』が繋がったの?相変わらず分かりにくい。
「ま、良いか····。それじゃあ、あなたの名前を教えてよ」
男は顎を擦ってしばし宙を見つめていた。
ややあって口を開く。
「弾斬り」
「·····え?」
「弾斬りだ。それでぃいだろ?」
「弾斬り····偉く物騒な名前ね」
「ま、それ以外ねぁかんなぁ」
確実に偽名でしょそれ。弾斬りと名付ける親の顔が見てみたい。
それはともかく。
私は次の質問に移ることにした。
「ここ、どこです?」
「ミッチェルハウ通り。魔光灯が明るい、この街でぁ、一番賑やぁな通りだなぁ」
「じゃあ、街の名前は?」
面食らったようにこちらを向く。
「·····そいつを忘れるたぁ、珍しい物忘れたぁあるもんだなぁ?」
「あ、ちょっとさっきの事で記憶が飛んでるみたいで·····!」
頼むからそれで納得してくれ、という千歳の願いが叶ったのか。
弾斬りは興味なさげに「ここに来るなぁ、何度目だぁ?」と尋ねてきた。
「は、始めてよ」
「そうかぁ····んなぁ良いだろう。ここはエスキリア。オストン国家圏の臨海都市。魔術と科学がせめぎあう、世界技術の先端さぁ」
「エス、キリア·····」
街の名前を知り、改めて辺りを見上げる。
往来を走る、蒸気を吹き出す黒塗りの車、
通りの向こう側で経営している喫茶店、ドレスや燕尾服に身を包んだ人々が行き交う歩道。
電話ボックスとおぼしき箱の中で、備え付けの棚に手を当てて魔法を発動する人、店の看板を魔法陣で浮かす人。
人々の靴音、車のエンジン音、売り子の声、鳥の羽音。
見るもの、聞くもの全てが改めて、目新しい。
先程まで頭のどこかにあった『作り物』という感覚が薄くなり、入れ替わるように実体特有の重さが迫ってきた。
「凄い····」
「やぁっと思考回路がおっついてきたったぁ感じかねぇ」
騒がしい通りをひたすら進む。
しかしやはり、というべきか風船男を引きずりる少女を連れた男のトリオは、この奇怪な格好をする通りでもかなり目立つらしい。
弾斬りの進路の先は人が割れて道を譲り、その脇を通る度に人々が噂する。
「ありゃ誰だ?」「また捕まえたのか」「三件目だっけ?」「また女子だぜ」「っち、またか····」「あのゴロツキ、ついにギルド行きか···」「目立ちたいのかね」「気味悪いわぁ」「本当よ、彼らにだけは依頼を取られたくない」
散々な言われようだった。気味悪いとか、また捕まえたのかって、こんなことするのは今回だけでないらしい。
千歳は、助けてもらってストップ高になっていた株が急暴落していくのを感じていた。
他人のふりしたい·······。
しかし、千歳の思考を読んだかのように弾斬りが飄々と言い出す。
「まぁ、確かに散々なぁもんだがぁ····あんたぁここで逃げたぁ、また別のゴロツキと鬼ごっこだぜぇ?」
「うっ!?····こ、心読んだの?」
「あぁ読んだんだなぁこれが」
き、気味悪·····!
千歳のドン引いた視線をものとせずに弾斬りは悠々と割れる人垣の真ん中を突っ切る。
どこに向かうのか、と聞く前に弾斬りが立ち止まった。
「····ここ?」
「コイツをぶっこんでくるぁ、ちったぁ待ってなぁ」
「う、うん」
弾斬りが風船男を引きずって店内に連れ込んでいく。
一歩下がって看板を見上げた。
『₨≈∞₩』
やはり、ここは『異世界』らしかった。
チトセ「ところでジジィ」
神様「あの、いい加減ジジィ呼ばわりは」
チトセ「誤認落雷で殺しといてそりゃないんじゃない?」
神様「ジジィで結構です」
チトセ「よろしい。さて、あとがきってぶん投げられたけどどうする?」
神様「予告でもしとけばよかろう」
チトセ「そうよね。次回!fantasy Dawn─魔術探偵ヴリィヴの事件簿─は!」
神様「いよいよヴリィヴ登場じゃ!」
チトセ「ぶっちゃけ遅い!遅すぎる!」
神様「そして弾斬りの来歴も明かされるかもしれんのぉ。楽しみにしていただけると嬉しいぞい」
チトセ「では次回、『変人探偵も変態弾斬り』をお送りします!」