私史上最悪のファースト·コンタクト part.2
「はぁ、はぁ、はぁ!」
右も左も分からない中、真っ暗な路地裏を千歳はひた走る。
いきなりツイてない!マジでツイてない!
背後からの「追え!逃がすな!」と言う声に押されているように、ただ前のめりに駆け抜ける。
もう何個目かも分からないトタン製のゴミ箱を背後に転がしながら突き当たりにたどり着き、左へ曲がる。
さっきは右だっけ、左だったっけ。考えたところでもう遅い。
火事場のバカ力然り、逃げ足然り、危機が迫った時に出る力と言うのは意外に想像を越えている。
中学の時から帰宅部を貫き、体育の成績は万年3だった私が、今は跳ぶような速度で脚を動かしているのだ。
──ダァン!
突然耳をつんざく号砲に首を縮める。
まさか、銃声!?
狭い十字路にたどり着き、今度は左に曲がる。直後。
──ギンッ!
「ひぃッ!?」
何かが十字路の角を穿つ。見なくてもわかってた。ガチで撃ってきてる!
すくみそうになる脚を叱りつけて、必死に前に、前に進み続ける。いい加減だだでさえ見にくい視界が滲んできて更に見辛い。
初期地も分からないが、現在地も分からないまま、がむしゃらに走り続けることもう何分位だろうか。千歳はもう半泣きの状態で息を切らしながらただ恐怖に駆られて走っていた。
まるで自分に見えない紐をくくりつけているようなしつこさで追い回してくる不良たちと、限界をとうに越えた体力、逃げなければならないと言う強迫観念。
神様の時はまだ良かった。『異世界転生』なんて現実味もなかったし、当の神様も威厳なんて欠片もなくて、幾らナメてかかっても反撃してこないって、頭下げてくれるって分かってたから、幾らでも罵れたし上から目線も出来た。
だが彼らはどうだ。コンビニ前やキャバクラの周りでたむろするゴロツキや不良と同じ。喧嘩を売ったが最後、自分達がスッキリするまで納得しない連中だ。
脚を止めてはならない。
もういくつ目か数えるのも諦めた位路地裏の角を曲がり、駆け抜け、ゴミ箱やごみ袋を転がし、とにかく奥へ奥へと進んだ。
銃声の破裂音と跳弾の金属音がすぐ後ろで弾ける。
もう、限界かもしれない。ぜぇ、ぜぇと吐くのも吸うのも辛くなってくる。
ふと前に気がつき、凍りつく。
「えっ·····」
路地裏の先は、高いレンガの壁だった。
行き止まり。道の終わり。出口無し。
しかし絶望する間も無く、千歳は顔面から地面に叩きつけられる。
「いだっ!····はぁ、はぁ、はぁ、立て、ない····!」
鼻を抑えて立ち上がろうとするが、全然体に力が入らない。
息も整わず、苦しい。
だが、それとは別に右足が全く動かなかった。丁度、何かに引っ張られているような。
重い首を捻って、後ろを見る。目を疑った。
右足首を中心に黄色の魔法陣が展開されていた。
拘束魔法····右足首の座標を固定しているらしい。効果範囲は足首から半径3cmまで。効果範囲が小さいから魔力量も微量。だけど突破は不可能。
───って、なんでそんなの分かるの?
「はっはぁー!自分から行き止まりに駆け込むとはなぁ!もしかして期待でもしてたかぁ?」
最初に駆けつけた男が下品な口を叩く。
そのあとも続々と男が増えていき、やがて一番最後に風船男が追い付いた。
「お前らッ····俺をッ····置いて、行ったなぁ····!?」
膝に手をついて肩で息をして、──何故か頭に腐ったバナナの皮を乗せてこちらを睨む風船男に、ゴロツキの一人が困ったように手を広げる。
「いやぁ····でも助けてたらあの女に逃げられてたッスよ?」
それに他の男が同調した。
「そうッスよ!助けたかったけどあんなド派手に頭っから」
「やめとけ、言ってやるなよ!先輩だってダサいってのは自覚済だ!」
「そ、そうッスよね····わざわざ言ってやることないッスよね」
「そうだろ?」
風船男の傷を抉ろうとした男を、知的メガネな男が宥める。
が、更に別の奴があっさり風船男の心の傷を抉った上に上から塩でも塗り込むように続けた。
「いやーでも笑ったわー!まさか先輩、あの女が転がしたごみ袋に脚をとられてそのままゴミ箱にホールインワンするんスから!見てて超面白かったッス!」
沈黙が降りた。
数拍置いて、男は「すみません」と謝ったが、彼に待っていたのは無言の集団リンチと風船男直々の口へヅラバナナを捩じ込む拷問。
沈黙した男をに唾を吐きかけた風船男が千歳に向き直った。
「さてと····贄も手に入ったし、一杯楽しんどくかねぇ····」
風船男がジリジリと近付いてくる。
さっきの変なギャグパートで冷めた空気は一転。
再びあの空気が襲ってくる。
「いっ、一体なにする気なのよ!?」
堪らず千歳は叫ぶが、男はむしろ楽しむように舌なめずりした。
「そうだなぁ····まずその腹から剥いで腸の色でも眺めるかなぁ·····いや、もっと楽しむことも出来るかぁ····!」
懐から銃身の下にククリのような形の刃が伸びたリボルバー拳銃を取り出す。
薄暗い路地裏にあっても、尚真っ黒に塗りつぶされた銃口がこちらを向く。
背筋が縮んで竦み上がる。なのに右足はちっとも動かせない。
逃げられない。完全に詰んだのだ。
気がつけば、視界が滲んでぼやけてくる。息がうまく吸えない。
死にたくない。死にたくない!
「ま、えぐっ、待って····」
「取り合えず、思いっきり泣きなぁ!」
千歳が反射的に顔を背けて手で庇った瞬間。
「──ちったぁ遅れたかねぇ」
そんな間抜けた声と共に、風船男の持つ銃が、真っ二つに切り裂かれる。
「へ····?」
風船男が真っ二つの銃を見つめる。
それが男のみた、最後の景色となった。
★
「·······ん?」
目を瞑って耳を塞いで縮こまって暫く。
千歳はいっこうに来ない弾丸を不審に思い、薄目を開けた。
右足の魔法陣が消えている。恐る恐る脚を引っ込めると、更に目を押し開いた。
目の前にスキンヘッドが月明かりと路地裏の向こうにある街灯に薄く反射して転がっていた。
倒れてる、のか?
イマイチ状況が理解できないまま耳から手を離し、目を完全に開くと、突然声がした。
「はぁ~、ちっとはしゃぎすぎたなぁ、これは」
「····ん?」
視線を上に向ける。そこには、風船男の上に座り込んだ一人の男が、背中を向けてちぢれたタバコを吸っていた。
薄暗いので分かりにくいが、真っ赤なトレンチコートを羽織り、そして、肩にこれまた真っ赤な刀を乗せている。更にボサボサの髪を、高い位置に結っていた。一瞬女かとも思ったが、背丈と肩幅の広さからそれはないだろう。
とにかく、身なりからしてドぎつい奴だ。
しかも、彼以外に言葉を発している者はいない。全員、路地裏の闇に沈んでいた。
「ぇ、ぇ·······え?」
「ん?おぉ起きたかぁ。随分なぁ爆睡だったじゃねぇかぁ」
「へっ····?寝てた?」
よっこらせと立ち上がる男を見上げながらぼんやりと呟く。
いや、それはともかく。
「あ、あの·····これは、一体どういう状況、なんですか····?」
風船男含めて千歳を追ってきた男全員が倒れている。しかも誰一人声をあげない、と言うことは──、
「安心しなぁ。いっちょうやったけど誰も殺しちゃあねぇさ」
「あ、そそそそうなんですか」
「まぁ、命拾いしたなぁ。こいつぁ最近女子ばっか狙ってる変態でなぁ」
妙に間延びした口調の男は、まるで『財布落としましたよ』みたいな軽さで千歳に言いながら風船男の首根っこを掴んだ。
千歳は、急かされたように石畳を這って追いすがった。
「た、助けてくれて!····ありがとう、ございます」
風船男を引きずり始めた男は、タバコを吹かしたまま、不意に振り返る。
「ところでよぉ、アンタぁいつまでそこに座り込んでるつもりよぉ?」
「え?」
「いや、なぁ?」
不意に顔を逸らして指だけつつく。
「スカート、盛大に踊ってんぞぉ?」
「!!??!?」
彼女は、自分でも信じられない速度でババッ!と立ち上がり、スカートを整える。
羞恥心とは時に火事場の馬鹿力を越える瞬発力を生み出すのだ。
「······みました?」
「暗くてわかんねぇよ、花の柄なんぞ」
「おもッッッきし見てるじゃないですか!!」
「五分以上もプースカ寝てたんだ。むしろ手を出さなかったことにぁ感謝すんだなぁ?」
「プースカってなんですか!と言うかアンタも変態か!?」
殺されかけたのを救ってもらったことで安心した反動なのだろうが、かなり汚い言い回しであった。
フー、フー、と上目遣いに睨んでくる少女を見下ろして、男はタバコを地面に捨てて踏みにじると、口角を歪めた。
「そんだけ言えやぁストレスは無さそうだなぁ。さっさとんなこと出んぞ。路地裏なんざぁ、いて良い気はしねぇかんなぁ」
「え、連れてって、くれる?本当に?ってあ、ちょっと待って下さい!歩くの早くないですか!?私まだフラフラで····って風船男引きずってるのに早いですって!」
イケメンについていける!ありがとう神様!
彼女は、自分を救ってくれた男に逢えたことを転生させた神とは別の、どっかにいるだろう神に感謝した。
遅くなりました!
出きれば感想等お願いします!