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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

本当の願い

作者: 怪奇生物N
掲載日:2017/01/08

狭くて暗い部屋の中に女の子は閉じ込められていた。

どこへ向かうとも知れぬ奴隷船に運ばれていた。

男の奴隷は船を漕ぎ、女の奴隷は飯も与えられない。

飢える者、痛みに呻く者、彼等を商人に売り渡した者への恨み声は女の子の耳にまで届いた。

窓もない小さな小部屋いっぱいに響き渡る無数の怨嗟と呪いの声。

そんな中、女の子を監視する男が居た。

男は女の子を可哀想に思っていた。

だから時折、自分の飯を分けてあげた。

何百人もの奴隷を運ぶ船には食料が殆ど無い、なのに男はその僅かな飯を与えることに何の躊躇も無かった。

女の子を自分の家族と重ねてしまったのかもしれない。

そうして優しく接する内に二人は打ち解けた。

男は女の子に色んな話をしてあげた。

海の向こうにある大陸の話、故郷に残した家族の話。中でも女の子が興味を示したのは空に浮かぶ星々のお話。


「私、星を見たことが無いわ」


女の子は、奴隷船に乗せられる以前からずっとベッドで寝たきりの生活だった。


「夜になると恐ろしい怪物が現れると聞かされたから」


昼間の景色を見たことはあっても、夜の景色だけは見ることが無かった。

女の子の故郷では、夜になると六つの目を持つ四つ足の獣が野原に吹き荒れる風と共に現れ、外を出歩く不肖な子供の肉を鋭い牙で噛みちぎり、恐ろしく尖った爪で引き裂いてその皮と肉を街中をまき散らしながら駆け回るというお伽話があった。


「それはお伽話だよ」


男は女の子に優しく言った。


「本当?」


「本当さ」


「でも貴方達はやってきたわ。荒れ狂う風と共に夜の街を好き勝手に暴れ回った」


獲物に飛びかかる獣のように槍は空を飛んだ。

剣は獣の爪のように人々の体を裂いた。

そうして闇夜に紛れる彼等の姿はまさしく獣であろう。

だが男は首を振った。


「私達は獣なんていう不潔な生き物とは違う・・・それに、六つの目を持ってるわけでもないだろ?」


「ふーん」


女の子は少し不満げに眉をひそめた。


「じゃあ貴方達は獣じゃないのね」


「その通りさ」


「じゃあ貴方達を何て呼べば良いの?」


「人間」


男は当然の表情で告げた。

獣でないなら何か、そういった問いに対する答えでもあった。

ところが女の子はまたもや眉をひそめ、怪訝な表情を浮かべた。


「それ、おかしいわ」


「何故?」


「だって私も人間だもの・・・人間が人間を奴隷にするなんておかしいわ」


「それはおかしいぞ」


今度は男が言った。


「君は人間じゃない」


男の言葉に女の子はとうとう激昂した。

人間を名乗るだけならいざ知らず、この身を指して非人間と言ったのだ。

人間であることを確信し、自覚していた彼女にとって最大級の侮辱である。


「どうして・・・?」


震える声に力が籠もる。


「アンタ達にとって私達は何なの?」


幼い身にして必死に怒りを抑える彼女は間違いなく立派だった。

だが、それは相手が悪かったのかもしれない。


「動物」


「なにそれ・・・」


「犬とか猫とか、そういうモノだよ」


それはあまりにも残酷な言葉だった。

男が彼女に向けていた気持ちは、所詮飼い犬に向けるそれと等しいものだったのだから。

二人の間に生まれていた絆は、肝心なところでズレていた。否、最初から繋がってすらいなかったのかもしれない。


「出てって・・・」


「おい、急にどうしたんだ?」


「出てって!!」


女の子の叫びに男は小さく溜め息を吐くと、大人しく部屋を出て行った。

きっと今の彼には飼い犬に手を噛まれた、その程度の気持ちしかないのだろう。

それを想像するだけで彼女は苦しくなった。

酷い世界だと思った。


「お願い・・・誰か助けてよ」


虚空に伸ばした手は空を掴んでパタリと落ちた。

狭い部屋の中という極々小さな世界に生きてきた彼女に、もはや頼るものは無い。

泣いた。

声を押し殺して泣いた。

男達の声はもう聞こえない。

だけど、死んでしまった方が良いのかもしれない。

彼女に出来る最後の抵抗、その意味ではきっと間違っていない。

女の子は息を止めた。

そんなことをしても死ぬことは出来ない。

それでも、止める気にはなれなかった。

万が一にも逝けるとしたら、それは神様の救いの手なのだ。





気がつくと女の子は自分が眠っていることに気付いた。

目を開けると相変わらずの汚い部屋の壁が目に入った。


「もうやだ・・・」


消え入りそうなか細い声。


「どうしたの?」


空に向けた筈の言葉を拾われ、女の子は驚いた。


「誰?」


部屋を見回しても誰もいない。

だが、そこにいないことは何となく理解していた。

その声は、天井の隅から聞こえてきたのだから。


「ムシ」


天井の声はそう言った。


「ムシ?ムシって・・・あの虫?」


「うん、その通り」


「えっと・・・何の用?」


すると天井の声は突然笑い出した。


「あははははははははは」


それがあまりにもやかましいもので女の子は焦った。

あの男に聞かれたらまずいかもしれない。


「ちょ!ちょっと声抑えて!聞かれちゃう!」


「ごめんごめん、何の用?なんて聞かれるとは思ってなかったよ」


「だって何の用か本当に分からないもの」


「いやいや、言ったでしょ?どうしたの?って」


ムシは妙に高いテンションで話していた。

奴隷船にいるとは思えない楽しそうな語り口に女の子は少しだけ現実を忘れられそうに思えた。


「ああ・・それは・・・別に」


「いいさ、わざわざ言わなくてもね」


「どっちなのよ・・・」


「それで、ちょっとしたアイデアなんだけどね!君をここから出してあげようと思うんだ!」


「!!」


それは願ってもない言葉だった。

さっきの男とのやり取りから飯を食わせて貰った恩も打ち消され、連中に対する気持ちは完全に枯れ果てていた。

女の子はふらつく体を壁に支えてもらい、ゆっくりと上体を起こした。

無茶についてくる体ではないが、はやる気持ちがそうさせるのである。


「本当なの!?」


「うん、ただしその前に聞かせて欲しいことがあるんだ」


「何?なんでも答えるわ!」


「それじゃあ聞くね!もしも!願いを一つだけ叶えられるとしたら~君は何を願う?」


「え・・・?」


願い。

彼女の頭の中で色んな思いが飛び散った。

不便な体を治して貰うこと、故郷に皆一緒に帰ること、商人への復讐。

大きく膨らんだものだけでも色々考えさせられる。


「ううん・・・なんだろ」


「なんでもいいよ」


そうして散々悩み抜いた挙げ句、彼女は答えを出した。


「私の願いは・・・星を見ることよ」


それは精一杯の意地だった。

商人達のような薄汚い心を、深淵のような黒い心を己は持っていないことを主張する僅かな意地張りであった。


「へえ~、ロマンチックだね!」


「でしょ?それじゃあ外に出してちょうだい!」


ムシの賞賛の声も頭に残らないほどに彼女の心は興奮していた。

これで連中の手を離れられる、助かるんだ。

そういう気持ちが後から後から湧いてくるのである。


「ようし!それじゃあ目を瞑ってね!」


ムシの言葉に従い女の子は目を閉じた。

下の方から奴隷達の恨み言が未だに聞こえた。

その声に女の子は彼等に再度同情の気持ちを思い起こさせられると同時にたった一人で逃げることへの罪悪感が沸々とこみ上げてきたのである。

奥歯を噛み締めて心の奥底から絞り出すような謝罪の言葉を胸にグッと瞼に力を込めた。

そして不意に温い風が頬を撫でるのを感じた。


「もーいいよ」


その言葉を聞くと女の子はバッと目を開けて辺りを見回した。

空には一面の星が散らばっていて、まさしく宝石箱をひっくり返したような美しい夜空が広がっているのが彼女には見えた。


「どう?」


背後からムシと思しき声が聞こえる。

だが何故だか後ろを振り向けなかった。

なぜなら彼女の視線は目の前に吸い寄せられるように固定されていたからだ。


「なに・・・・あれ・・・」


彼女の目の前あるのは星空ではない。

つんと鼻腔をつく恐ろしい死臭、蛆の湧いた奴隷の死体が無造作に、大量に転がされていたのだ。


「船旅はもう二月にもなるよ。少ない食料を有効活用するために考えられたのがこの方法らしいね」


ムシの言葉が頭の中でガンガンと反響する。


「どういうこと・・・?」


「男の奴隷は漕ぎ手になるけど女の奴隷は潰れやすい、だから彼等は特別食料として使われたんだよ。旨味の多い部位を刮ぎ取って喰らい、要らない部分を放置する。そうすると蛆が湧くでしょ?それを更に食料として確保するんだ。ここの連中は特に内臓を好んで食べてたよ。要らない脂肪部分はそれぞれ適当な用途に用いられて最後にはこうして集められるんだってさ」


「うそ」


彼女の悲痛な言葉は皮肉にも彼女を救った筈のムシによって踏みにじられることとなった。


「嘘じゃないよ。それに君だって食べたんだろう?」


「うそようそ」


「感想は聞かないでおくよ」


「嘘だ・・・うそだあああああああああああああああああ!!!!!」


彼女の叫びに商人達は異常を察したのか船内が騒がしくなるのが聞こえる。

あの男もきっとその中にいるのだろう。

女の子と同じ奴隷の肉を食っていたあの男が。

ムシは彼女のすぐ側で、声だけで存在していた。


「最後にもう一度聞かせてもらってもいいかな」


ムシの言葉は空虚に響いた。

もはや何一つとして確かな思いは無い。

空っぽの絶望が彼女を飲み込んでいくだけである。




「もし願いが一つ叶うとしたら、君は何を願う?」






それから数日ほど経ったある日。

大陸行きの奴隷船が一隻、海のど真ん中で沈んだという噂話が流れたがその真偽は誰にも分からなかった。

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