人質救出作戦(中編3)
―――女って怖い。
行商人を前に必死の演技を繰り広げるエリスを見て大和は素直にそう思った。
「……実は実は、私の家族が犯罪に巻き込まれてしまったの。
本当は些細なことではなかったというのに、あれよあれよという間に首が回らなくなって」
ペラペラと語るカバーストーリに打ち合わせなんてない、劇作家のように即興で作り上げたものだ。
あまりに演劇が見事なものだから、大和は後ろでボロが出ないよう、だんまりを決め込むことすらできなかった。
「それにしても、いろんなものを売っているのね」
さっきまで涙ながらに家族のことを心配していた彼女は、泣き疲れたのか行商人が運んでいた品物を手に取った。
そして、再度目が潤みだす。
「御嬢さん、一体どうしたというんだ」
「あの子、ザクロが好きだったのよ。
姉妹同士、いつも分け合っていたんだけど、あいつ欲張りなものだから、結局、私が妥協して……。
そうだ」
エリスは手に持っていたザクロにナイフを走らせた。
ザクロに文字を刻んだのだ。
「お嬢ちゃん、これは品物なんだ。流石に傷物にするのは……」
「あ!! ごめんなさい、私ッたら。これ買うわ」
エリスは懐からお金を出した。
宝箱から発見したお金だ。
黄金色の輝きに商人の目の色が変わった。
「嬢ちゃん、お前さんがそんなにも気に病むというのなら俺たちが届けてやろうか」
『現金なものだ』
その視線にはあまりにもわかりやすい欲望があった。
「いえ、そんな悪いですよ」
と言いながらも、ザクロと行商人の間で視線を行ったり来たりをさせている。
『未練があるようだ』
行商人はそう考えた。
「なに、代金さえしっかりとはらってくれれば問題ないさ、ただし相手は牢の中だ。高いぞ」
『商人というのは現金を前にすればここまで欲望をさらけ出すものなのか』
大和はあまりの分かりやすさにドン引きした。
「そうだね。実は妹のお友達も捕まっているの。彼等にもザクロを届けてくれないかしら」
そういって、ザクロにイニシャルと各人の特徴を語る。
商人は渡された現金の重さにそろばんをたたき、
「分かりました、承りましょう」
快く承諾した。
「本当に!!」
エリスは飛び跳ねて歓喜を現した。
あまりにもオーバーリアクションで行商人たちはついつい暖かな微笑をこぼしてしまう。
「絶対よ!! 絶対にみんなに渡してよね。
でも、無理だったら無理だったでいいわ。
ばれたらいろいろと面倒だからできる限りこっそりとね」
そういって、上目づかいで頼み込む姿は、まさしく魔性の女。
自分自身の持つ色香を十分に理解して、獲物を引きよそ、自身の意のままに操作する。
彼らはエリスの頭を優しくなでるとそのまま進んでいった。
彼らの姿が見えなくなるまでエリスは笑顔で手を振り続けた。
「拙者、女の笑顔というものが本気で信用ならなくなった」
心底恐ろしげに大和はいった。
「え~、あの人たちにやさしくお願いしただけだよ」
「そうだぞ、男というものはこちらが気がある風に見せかければたいていのことは叶えてくれる単純な生き物だ」
「だよね。私も昔色々と貢がせたことがあったわね」
「それが信用ならないといっているのだ」
なにを当然のことをといった調子で語る二人にキレのいい突込みが飛ぶ
「そんなことは一端おいといて、これで作戦の前提条件はクリアされた。ここからは根気の勝負。向こうが動くまで様子見だね。所でシャリイファお姉ちゃん♡ 自分の遺体が綺麗に埋葬されるためならば何徹くらい耐えられるかしら」
「妾に可愛い子ぶっても無駄だ」
甘くとろけるような声でおねだりするエリスにヒルダは冷たく返した。
顔はまだ笑ってはいるが、―――チッという舌打ちがエリスの内診を示す。
『これが女の本性か、こわい』
大和は女同士の化かし合いという闇に震えることしかできないでいた。
「でも、実際。誰かが監視しないといけない分けで、私たちは遺跡に向かわないといけない。監視要員はシャリイファさんしかいないのよね。
だというのに、監視を拒むとか。
あなたの安寧を得たいという情熱はそんなものだったというの。
皆であなたが少しでも幸せになってくれるように頑張っているというのに、それなのに役割を拒むというのは非道じゃなくて」
「む! それを言われれば確かに頷けるものがあるな」
「参戦の成功率を上げるにはそれしかないのではないか。拙者らも誠心誠意、全力で遺跡を探す。なのでシャリイファ殿も休むことなく敵を監視する。お互い辛いが頑張らなければならぬのだ」
「そう言えばそうかもしれぬ……」
心の中ではどうしてそんな面倒なことをと思っているのかもしれないが、やるしかないので了解した。
「でも、どちらがいいのか謎なのよね。移動時を狙うのか、地下空間を利用できるアジトで襲撃するべきか。
何か異変があれば踏み込めるんだけどね」
そう、どう動くべきかエリスは決めかねているのだ。
だから保険としてシャリイファを徹夜でこき使う。
まさに、外道だった。
☆
幸福を運ぶ青い鳥の姿は目ではとらえずらく、明敏な感覚をもってしてもそこにいることにさえ気づけるない。
それでも、青い鳥は確かに存在する。
今は、エリスたちの上で舞っていた。
行商人たちが到着したのは、ティラたちが呼び出された時だった。
万が一の事態を警戒し、熟練の衛兵たちが大神官の家を囲み、警備を行っているのは新兵のみ。
行商人たちは軽い調子でアリスたちの居所を尋ねた。
金はすでに受け取った。
任務が失敗しようが成功しようがどうでもよかったのだ。
その、脱力加減が衛兵たちの警戒心のボーダーを低くした。
すんなりと彼らは牢獄の場所を教えた。
「それにしてもエリスも気が利くね。差し入れをしてくれるなんて」
天真爛漫。
アリスは笑っているが、これが親切心だとうのみにする面子は一人しかいなかった。
それぞれが、イニシャルが彫られた果物をじっと見ていた。
「どんな意味を持つのか理解出来ます」
「やっぱり、暗号じゃないか」
「問題はどういった暗号かですね」
皆の意見は何らかの暗号であることで同意した。
360°。回転させ隅々まで調査する中。
「そんな事よりもさっさと食べようよ」
何も考えずに、食料を口に運ぶバカが一人。
幸せそうに味わうが、直後、異物感に顔をしかめた。
「エリスのやつ、食べ物を粗末にするなんて許せないわ」
義憤に駆られるが皆はそれを無視。
果物の中身を検分するが、異変があるのは、残った中ではヒルダの物だけだった。
「仲間内で物資のやり取りをってわけだな。残る果物は僕らへの賄賂けん、ブラフってところかな」
「あぶな! よく見ればこれってナイフじゃない。刃の所を噛んでいたら、とってもデンジャラスだよ」
シリアスな雰囲気をアリスがぶち壊した。
『きっと、向こうはこんな怪しげな果物を食べるなんて想定してなかったんですよ』
ヒルダはそう思ったが、それを伝えると怒りの矛先がこちらに来そうなので黙っておくことにした。
「ナイフですか。
他には紙とブレスレット。
紙は伝言用、ブレスレットは……魔石ですね。
これを使うと光を起こしたり、爆発を発生させたりできるんです」
「爆発って、マジか。こいつを使用すればここから脱出できそうだ」
欲しいからよこせと伸ばす手をヒルダが弾いた。
自分の持ち物をとられそうになったアリスは猫のごとくレットを威嚇している。
「あげないよ」
「それに、今使用した所で袋たたきに会うだけですよ」
ヒルダの主張はこうだ。
ここは敵地の牢獄。
牢を破ることに成功したとしても無意味だと。
それに、エリスが動いているのだし待とうと。
「でもよ、ティラたちが連れていかれたんだ。時間がたったとしても、他の面子が分断されていくだけだろうが」
意外なことにレットの主張にも利があった。
敵はこちらを分断するベく動いている。
静観しても、連携が取りにくくなるだけだ。
だったら、さっさと脱出手段してしまおう。
本人にしては、待つのが嫌だから行動を起こそう程度の気持ちでの発言だが、ヒルダ、ドライ、パンツァら頭脳派集団もどうするべきか考慮していた。
「紙になんて書かれているのかを見ましょう。支持のようなものがあっり行き違いにでもなったら向こうがゲームオーバだしね」
とりあえず、意見が欠れるしそうだったので、ヒルダは他の意見を欲した。
のだが、
「この紙、果物の中に収納していたせいか何も読めないよ」
そこにあったのは初歩的なミスだった。
そもそもの話、エリスは商人に接触して直接手紙を渡すつもりだった。
成功するのかどうかはどうでもよく、そもそもが失敗が前提だ。
手紙自体に暗号化を施した上で、ザクロに浸食されたものだから、常人には何が書いてあるのかがさっぱりわからない。
彼女の手紙はそんな有様に陥っていた。
「まだよ、まだ解読できるはず、二つあるんだし両方を見比べれば」
「僕の方でもどうにかやってみるよ」
【よう、お元気ですか
私はアリスが何かしてないか心配だね。
彼女がけんかでもしてないかが本当に!
ヒルダ氏に止めてもらうことを期待するしかない。
適任そうだし、落ち着いているしね。
こちらからきゅうえん物資を送るから。
初対面の人ともうまくやってね。
後、これはただのげん担ぎなんだけど
幸運のなすお守りをきみに送るよ】
幸いなことに、二つの比較のおかげで元の文章を再現できた。
それでも、
「それで、これがどういった意味か分かるのか」
「全然わからないよ」
「なら黙っていてよ」