閑話 出会い
コメディー、笑いを取るのって難しいですよね。
今回の失恋でエリンは荒れに荒れていた。
「それでねシアノの奴本当にヘタレよね」
店先で客を捕まえては愚痴を繰り返し述べる。
迷惑以外の何物でもない。
それでも客足がやむことがないのは腕前によるものだ。
エリンは父親の理屈っぽさにうんざりとしているが、研究者としての才能がないわけではない。
むしろ、魔術の道に進んでいれば大成したのではと思えるほどだ。
エリンが販売している薬品は父の名前を使っているが、調合したのは彼女だ。
何気に稼ぎ頭であったりする。
その腕前はアイザックに『もしお前が真剣で魔術を習っていたら俺以上の使い手になっていたかも知れん』と冗談交じりにではあるが言わしめたほど。
彼女はそれだけの技量を片手間に勉強しただけで手に入れた。
「ええそうね」話し相手の女性は疲れた様子で相槌を討つ。
「でしょ、でしょ、シアノの奴とんでもないヘタレよね」
恋話というのはいつの時代でも女の子を引き付ける。
彼女は薬にではなく話題に引き付けられた客である。
今、話している話題はもうすでに聞いていて、退屈以外の何物でもない。
しかし、用があったためにマシンガンのように放たれる会話を聞かなければならない。
「はいはい、分かった、分かったから。
あなただって、今シックを捕まえようとしてるんでしょ。
いい加減失恋を引きずるのを止めなさい」
真摯な忠告にエリンの表情が凍り付いた。
「ハッハッハッ、ハハハハハハッ‼」
そして狂ったように笑い出す。
「えっ、私なんかまずいこと言った?」
不気味な悪いに地雷を踏んだことを悟るがもう遅い。
「あのね、最近私シックに避けられてるのよね。
前まであんなに仲良かったのにここ最近では研究研究って、そんなに研究が好きならお父さんと結婚すればいいじゃない。
非生産的で実際にその姿見たら逃げ出すけど、絶対にうまくいくわ。
いっそのこと性転換の秘薬でも探して盛ってやろうじゃないの」
「エリン。そんなことしてむなしくならない。実際にシックが母親になったらいやでしょ。そんなことしたってあなたが行き遅れるだけよ。
幾らなんでも面倒だし、最悪でも去勢で我慢することね」
「あなたのやり方の方がよっぽど残酷だと思うのは私の気のせいかな」
自分で話を振っておいてなんだが、あまりの無茶苦茶さにこの日一番の突込みが飛んだ。
次の瞬間には大声に反応した人々がこちらに目を向け耳を赤くする。
エリンは傍若無人にふるまうが他人の目を気にする繊細さも人並み以上に有している。
「ならさ、新しい男でも見つけなよ。
あんな見てくれだけはいいんだから化けの皮を知らないよそ者だったらひっかけ放題よ」
青筋が浮かびそうになるが必死に耐える。
もう一度注目は集めたくない。
「おい、ケンカを売ってるなら買おうじゃない」
「え~、でもいるの、古くからの知り合いであんたの本性を知りながらも受け止めてくれるいい男なんて」
「いるわ。シックでしょ、シアノでしょ……」
「その二人は論外ね」
当然の指摘に顔が蒼くなる。
「えっと、えっと、私の素晴らしさ優しさ美しさを理解してくれる男の人は……あれ、あれ!
て、なんでこんなこと言わなきゃなんないの」
「つまりいないのよね」
「あれ! あれ、あれ。
否定できないわ。でも仕方ないわね、そもそもな話、同じ年頃の男の子なんていないし、だから、仕方ないわよね。
ただでさえ少ないっていうのに、もうほとんど恋人も地価結婚して恋愛対象外なんだもの。
でもそれって、私が行き遅れっていうことの証明……な訳ないわよね」
これ以上考えないことに決めた。
『これ以上考えたって不毛なだけだしね』
「年が近い男の子なんてそもそもシアノとシックしかいないじゃない。
ほかにもいるに入るけど、みんな結婚してるか恋人がいるかの二択じゃないの」
「それでも、あんたが行き遅れるって未来には一切の変更点がないんだけどね」
エリンは撃沈した。
残酷かつ的確に急所をえぐられ商売の途中でなければエリンは何もかもを投げ出しただろう。
あまりの落胆ぷりに言った本人も強い罪悪感を感じてしまうほどだ。
「えっと、実はあんたにいい話があるのよ。
今この町に宮廷魔導師が来ているの。
すごくない、エリートよ、エリート。
ぱっとただけだけど、ものすごいイケメンよ。
それでね、これは偶然話しているの聞いただけなんだけど、あんたのこと美人だって……ほら、見て、あの人、あの人よ」
噂をすれば影とはよく言ったもので、噂の渦中にあった人物が早足でこちらに近づいてきた。
「大丈夫でしょうか」
噂に違わず紳士的な人柄。
知り合いでもめんどくさがって見捨てる泣いている女性を慰めに来たようだ。
いささか軽薄に感じられるかもしれないが、それを差し引いても善人と言える。
『えっと、だれなの人』
もっとも我らのポンコツは困惑するだけだ。
男運の悪さ故に何を言っているのかが分からずフリーズする。が、直ぐにあたふたとしだす。
あまりの不憫さに、話し込んでいた女性もほろりと一粒の涙を流す。
「私用事を思い出したから行くわ」
実際にはそんな物は無い。が、気を使い離れていく。
エリンからは見えなかったが、その顔には暖かい笑顔があった。
すべてが計画道理なのだ。
彼女は事前に目の前の優男、グレイから自分自身のことを紹介してくれるように頼まれていた。
共通の知り合いであるシックに遠慮もあったが上手くいっていないようなので、その不安も晴れた。
『本当にイケメンね』と月並みなことを思いながら、突然話しかけてきた男性をじっと観察する。
綺麗に切りそろえられた赤い髪と対になるような青い瞳が美しい青年だ。
服装も流行の物で、宮仕えとはこういうものかとエリンを感心させた。
「どうして泣いているのかな、レディー」
「お友達と会話していたら興奮してしまいまして、でも体調には問題ありません。
ですから、お気に留める必要はありませんわ」
「そうですか、それはよかった。
それとレディー。私はあなたに一つ言いたいことが、元気な女性は好きですよ。
ですから楽にしてください」
初対面ということもあって口調は硬いものになっていた。
それをこうもあっさりと察知するとは。
エリンは確信した『この人絶対に女たらしだ』と、むろん好感も感じているが、
『このまま引っ込むのはやり込められたようですっきりしないわね』
それ以上に女の敵に対して対抗意識を燃やしていた
「それはこちらも同じね。
そんなにかしこまった口調でキャラ付しなくてもいいわ。
女を口説くにしたって回りくどすぎて伝わらないわ。
詩っていうのはね日常から切り離されて聞くからいいの。
日常会話で詩的さなんて求めだしたら、ちんぷんかんぷんで誰も何を言っているのかわからなくなってしまうわ」
だから、軽いジャブを放つ。
グレイは目を丸くした。
「どうしてそう思うんだい、レディー」
「簡単なことだわ。
あなたの言葉使いがあまりにも回りくどくて作り物じみてたから。
文学作品はねどれだけ文章を簡略化するかがカギなの。
そんな口調、美しくもなければ面倒なだけ。だったら女を口説くための作り物と考えたほうが自然だわ」
ニヤリッ‼
グレイは先程とは違った笑顔を浮かべていた。
紳士というよりは腹に一物を抱えた策士のようだ。
だが、そちらの方が自然でエリンには好ましかった。
「そうだな、君はまるで劇作家のようだ。
自分がいる場所ですら劇の一場面としてとらえ、独特の感性を持って面白おかしく判断していく」
「それが喜劇かロマンスか悲劇なのかはわからないけどね」
「ならばロマンスを求めるさ、レディー」
「あら、お上手ですこと。それからひとつあなたに言いたいことがあるんだけどいいかしら」
「一体なんです」
「品物を買わないのなら商売の邪魔になるので立ち去ってくれない」
「!」 グレイはこんな指摘をされるとは思ってもいなかった。
「あ~、薬一つか二つ買いたいんだが、何かおすすめの品はないか」
本当に驚いていた、故に深く考えないままに口に出した選択は、何をどう頑張っても恰好がつかないもの。
その姿が情けないやら愛らしいやらで、エリンは先程まで落ち込んでいたのが嘘であるように快活に笑う。
尚代金はしっかりと徴収した模様。