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あばら家

今、マザーグースと百人一首の資料をあさっています。

「あ~っ!! 狭いぃ~!!」


 大きな木の幹に空いた小さな空間で私は苛立ちから叫んでしまう。

 狭い室内のせいか、何度もエコ―した。

その音は人間の生みだす喧噪がない森ではどこか懐かしかった。

 

 ダンジョンで前へ前への快進撃をした私は敵から背を向け逃亡中だ。

 帰還時にどこか別の場所に移動する手段があればいいのにね。


 私はお尋ね者であるというのは一切の疑いようがなかった。

加えて、大よそ半日立ち止まっているのだ。

ダンジョンでは勝つために進んでいたのに、ここでは負けないために動いているのよ。

 なに、この落差!


 6割程度のランニング。

 それでも吸血鬼の足は前世の全力疾走以上に速かった。


 もっとも、進んでいるのが赤絨毯と同レベルで整備されたアスファルトではなく、モップがけ直後の床と同レベルの森の中だ。

 着実に体力が奪っていく。


 まともな住居が欲しいわ。


 この苦しみは他の転生者同様だろう。

服装から考えて。

そう考えると幾分気が楽になったね。


 苦しんでいるのが自分だけでないという事実は、苦しみの量は変わらないが麻酔のように痛みを楽にする効果があるのだ。


「不毛だね」


 すぐに、全身の力が抜けるようなやるせなさを感じてしまうんだけどね。

 現実逃避以外の何物でもないしね。


 という分けで、走り続けないといけない私がどうして木の中で休んでいるかというと、精根き果てたからだ。


 それはなぜか。

 答えは川を渡れなかったからだ。


 私は金槌じゃないわよ。

地下遺跡みたいな流のない水場ではなんともなかったし。

 けれど、川は無理だった。


 そう、吸血鬼は流水を渡れないのだ。


「ああ、思い出すと当時の私に腹が立つわ」


 

 ―――急がないと、急がないと。


 私は今も追ってきているだろう死角から逃れるために走り続けていた。


 今にして思うと、ナポレオン師匠に自分たちがいる世界についてもっとよく聞いておけばよかったなと思う。

 それをしなかったのは自分の道を悟らせないためだったんだけどね。

 今度機会があれば聞いてみよう。


 一度広間に帰ってナポレオン師匠に話を聞く事がここに帰ってきた理由の一つなのだ。

 召集直後はそんな時間なかったし、今ならすいているでしょう。


 そんなことを考えていると、何時の間には私は開けた場所にたどり着いていた。


 前方を見れば、そこには川があった。


「確か、吸血鬼の弱点の一つが流水だったわよね」 


思い出すのは遺跡での水浴び。


「ここでも大丈夫でしょ」


結論から言おう無理でした。


出来れば濡れたくないなと愚かにも考えた私は勢いをつけ川の半ばにある岩部へと飛び移ろうとして……足場にした岩が崩れました。

あとは大惨事だ。


どうにかこうにか腕を水面から脱出させ近場の岩場に這い上がった時には全身がやけどのようにただれ、水面で自分の顔を見たときは思わず悲鳴を上げたわ。


あ! ここは顔がひどかったていうのもあるけど、水面に日光が反射したことによる被害もよ。

まったく、踏んだり蹴ったりだ。


「どうしようかしら、これ」


 しかも、今いるのは川の中腹。


 これは本格的に死んでしまう。


 むろん私は死にませんでした。

 この川がリアルで三途の川になりかけたぐらいでした。

 なにが現実で何が幻か区別がつかないのって怖いわ。


 あれ、あそこにいるのは死んだおばあちゃん!



 向こう岸に死に体でたどり着いた私はこれ以上動く気力をごっそりと失っていました。


「だった、私はか弱い女の子だもん」


 試に行ってみたけど、気持ち悪くなってしまった。

 テレビでたまに見るぶりっ子キャラはこの嫌悪感をどのように処置しているのだろう。

 気になるわね。

 もう、知ることはできないけど(苦笑)。

 これは逃走経路が大幅に制限されたことも意味していた。

 畜生!



 それが、木のくぼみで体を丸めている理由だ。


 休憩がてら、ポーチからレーションや缶詰を取り出すのも忘れない。


 一応言っておくと、ほとんどの荷物はリュックに詰めている。

 爆弾など、急いで取り出さないといけないものや軽いもの、食料やペットボトルはこっちだ。


 ポイントの関係もあってチーム内で持っているのは私だけ。


 私が食べているのはチョコ味のレーションだ。

 アリスにチョコを進めたせいで食べたくなったから買ったというのは二人には話していない、言う必要もないしね。

 モキュモキュとレーションを口に放り込む。

 カサカサとしていて、水が欲しくなってきた。


 しかしながら、水を煮沸しているので飲めないのよ。


 地下遺跡ではあまりに喉が渇いていたので何も考えずに飲んでしまったが、あれは大丈夫なのかしら?


 ……過ぎたことを考えてもしょうがないわね。


 水もそろそろいいかしら。

そう思って伸ばした手がふいに止まった。


 犬の遠吠えだ。

 もしや、追手と考え、水を入れていた空き缶ごと火に土をかぶせた。

 警察犬がいかに犯人を執拗に追跡するかを知識と知っている私にとって犬というのは赤信号にも等しかった。

 

 もしや追手がすぐそばまでやってきたのではという不安で心臓が張り裂けそうだ。

 もっとも、その不安はすぐに解消された。


 目を凝らすと、吸血鬼の優れた視覚が森に潜んでいた存在を見つけた。

 全身が泥で汚れた犬だ。

 その毛はほつれとても人の手で世話をされている存在には見えなかった。

 良かった!

 私の勘違いだったようね。


 心配事は去った。しかし次にやってくるのは後悔だ。

 水とレーションは土で汚れ台無しになっていた。

 グスン!


 ぶんぶんと頭を振って後悔をリフレッシュ。

 代わりなんてすぐに手に入るわ!



「何か新しいことをしましょう」


 こういう時は気分転換が一番だね。

 取り出したのは魔道書。


 ぱらぱらとページをめくっていく。

 完璧に偏見でしかないが短い呪文の方が難易度は低いだろう。

 発動も楽そうだしね。

 そういったものを中心に探していく。



 マザーグースよりも俳句の方がいいかしら。

 後になってまた後悔だ。


 私が購入した魔道書は二冊。

 マザーグースと百人一首だ。

 買ってみるまで内容を理解できなかったので聞き覚えがあるものを選択したが、魔法の詠唱が詩歌だということが分かると俳句を買うべきだったと思ってしまう。


 だって、そうでしょ。

 俳句というのは世界で最も短い詩の形式よ。

 要するに、バンバンと魔法が放てるということ。



 はっ! 何で気分転換のために新しいことをやっているのに、沈んでるのよ、私。

 穴が開いた船みたいに沈没するわけにはいかないのよ。


 魔法の暗記以外にも、これからについて考えないとね。


 一日休んだ、他チームが先行している可能性もあるし。


 そうなってくると、行動選択が選択はよりシビアなものとなってしまう。


 紙に、

 戦闘×

 攻略○

 アイテム×

 といった風に、自分ができるであろう計画を並べていく。


 他にも、使い勝手の良さそうな魔法の選択などやることは目白押しだ。


 こういった風に逃亡、休憩場所を見つけて、休憩もしくは仮眠そして書類仕事のサイクルを繰り返す。


 そんなことを幾度か繰り返しているうちに日はめぐり私は再びダンジョンに舞い戻った。

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