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混じり会わない思い、交わる刃

 パキ、パキと、小枝が折るように人骨が折れていく。


 洞窟の中を捜索する彼ら。

 その重い決意と同じく、肩にかかる重圧も非常に重かった。


 前提条件から話そう。

 洞窟にはいくつかの結界がある。


 洞窟を隠す隠蔽用の結界。

 逃走防止用の保護結界。

 そして、術者、結界の起点を守る防御結界。


 騎士団が悪魔の逃走防止用に張った結界もあるが、これは無視してもいいだろう。



 洞窟に突入した彼らは悪魔の捜索を開始した。


 すでに探索魔法を用いて洞窟の中を確認したが、目視での確認を怠らない。

 彼等は慎重だった。嫌、司令官は、冷静だった。


「まずは洞窟全域の捜索だ。

 相手は透過能力と再生能力持ちだ。

 生き残っているまたはどこかに隠れている可能性もあるから気を抜くんじゃないぞ」


 さっさと結界を破ってグリモワールを回収したいが、悪魔に襲撃されれば大惨事だ。

 悪魔の捜索の優先は間違ってはいない。


 だが、緊張感が決定的に足りていない。


「藪を突いて蛇がとびでるのでは心配しましたが、これはこれは。大当たりですね。この突入に間違いはなかった」


 シアノは眉をひそめるだけだ、何も言わない。


 もとより狭い洞窟だ。

 探し回るにしてもたかが知れてる。

 加えて、烈火がごとき炎を目にしたのだ。

 死んだと考えるのも当然だ。


 皆が安堵した。

 突入前はあんなにも不安そうだったのに、緩みきっていた。


 故に、防御結界の中を確認していた騎士は足をひるがえした、最重要の危険地帯だというのに、背を向けてしまったのだ!!


「あれ、あの骸骨って服は羽織ていなかったか」


 気が付いた時にはもう遅い。


「そう言えば服着たままだったわね。

 乙女のプライド的な問題でそのままだったけど迂闊だったわ」


 さあ、悪夢がやってきたぞ。


 背後から迫る邪悪な気配に防御結界の確認を行っていた騎士の全身に鳥肌が立つ。


 勢いよく飛びかかるエリス。

 そのまま安全地帯である結界の中に帰還した彼女はにっこりと笑って騎士団に対して交渉を始めようとして……。


『あれ? 可笑しいわね。

 幾らなんでも反応がなさすぎるわね?』


 相手の反応をうかがうと、あることに気が付いた。


『あれ? あの人たちも口を動かしているわよね』


 エリスは失敗に気が付いた。

 この結界、光は通すが音は通さないのである。


 エリスの頬が恥ずかしさのあまり赤く染まる。


 スゥ、ハァーと一度深呼吸。

 エリスは意を決して結界の外へ出た。


 そして両者ともに間違いを犯していく。


「こうして出会うのは初めてかしら。といっても私のほうは初めて出会った気が……」


 彼女はただ単に知らなかった。

 己が何をしたのかを……。


 騎士団員の瞳は人質がいるというのに戦意からぎらついていた。


 不撤退の覚悟はとうに決めている。

 この場所で仲間が倒れた、友が倒れた、多くの人が死んでいった。

 彼らの思いを受け、信念は熱く熱く、どうしようもないほどに空回っていた。


 これはシアノのミスだ。

 悪魔に複数の人格が存在しているとわかっていたのに、交渉なり話し合いを始めから切り捨てていた。


 目から涙があふれる。

 皆辛いのだ。

 当然だ、一体誰が味方を傷つけたいと思うだろうか。

 けれど、積み上げてきた犠牲が躊躇を許さない。


「来い!!」


 短い叫びはとらえられている騎士からだ。

 彼らはどうしようもなく覚悟を決めていた。


 エリスは放たれた攻撃を蝶のように避けた。

 

「ふぅ~ん、やっぱりそうなるわね。

 あなたたち、さては悪党だね」


 エリスはここが夢か現かの区別が未だにつかないでいた。

 もしかするならば、ここは夢なのではとすら思ってしまう。

 だからこそ、エリスは彼らを悪と断じた。


「貴様ら、味方ごと敵を打つとは何事だ!!

 私は戦いたくないのよ!!

 ただ話し合いたかっただけなのにどうしてここまでひどいことをするのよ!!」


「黙れ!! 俺の仲間を何度も何度も盾に使ったやつが人の覚悟に口を挟むな!!」


 きっと、両者がお互いの事情をあと少しでもいいから知ったのなら歩み寄ることもできただろう。

 どちらの主張も彼ら自身の中では一切の陰り無い正解であるが、相手の立場から見たのならば論外の暴論となる。


 お互いにお互いのことをこれっぽちも理解できていない。

 互いに互いを悪と断定し、自身を正義だと確信している。

 故に対立する。

 話し合いの余地などどこにもない。


「正直に言いましょう。私はあなたたちと戦いたくはなかった。

 たとえどれだけの悪逆を尽くした存在であろうともね」


「ふざけるな!! お前は一体何様のつもりだ!!」 と野次が飛ぶ。


 彼らは気が付いていなかったが、これは最終確認。

 エリスは記憶の中で家族の記憶を見た。

 その記憶は非常にアバウトなもので物的証拠としては信頼性が低い。


 記憶の中での犯行は全て、今は骸となった男によって行われていた。

 だから、この人たちは本当は私を、人に仇名す化物を殺しに来ただけの善良な人たちなのかもしれないとおもった。


「戦いたくないと君は言ったな。

 正直に言おう、俺はお前と戦いた……、違うな。俺はお前を殺すと決めたんだ」


 シアノの宣言が引き金となって、エリスの表情から一切の感情が消えた。完全に殺す気だ。


「人という生き物ほど残酷な生き物はいない。

 昔聞いたことがあるけど、こうしてみるとそれが事実だとわかるわね」


 そして、彼等は衝突する。



 初手、シアノは大きく踏み込んだ


 チェーンメイルは金属製の鎧としては軽く、重量はせいぜい十数キロ。

 この時代には発明されていないが、プレートアーマーと比較した場合機敏な動きができることが特色である。

 とはいえ金属の鎧ということに変わりはない。


 シアノはその鎧を置いてきた。

 乱戦になったのならば予期せぬ攻撃に対しての保険として着込まないわけにはいかないが、この戦いは一対多。

 仲間の援護が期待でき、加えて衝撃波を飛ばせるといっても相手の体型は子供。

 腕の長さ、ひいてはリーチが違いすぎる。

 

 アウトレンジで戦えば恐れずに足らず。


 それが彼の考えだった。


 ゆえに、真っ先に駈け出せたし、真っ先にたどり着いた。


 されど、攻撃は届かない。


「やっぱりこうなるよな」


 初めからわかり切っていた。

 エリスは結界へ自由自在に出入りできるのだ。





 結界の中では先ほど捕えた騎士が暴れている。

 今の彼女は人間の血を飲むことに抵抗を感じていたからだ。

 加えて暴力にも慣れていない。


 来ていたローブを用いて拘束しようとするがうまくいかない。

 そう、彼女は人質が効果をなさないと知ったのだから、痛めつけるか手放すべきだったのだ。


 その失敗が足を引っ張り、騎士団たちに貴重な時間を与えることとなる。


「結界を破壊しろ」


 シアノが出した命令は単純だ。相手は結界に守られている、なればそれを破壊すればいい。


 四方に配置された結界の起点にアインの騎士団に所属していた術者が向かう。

 詠唱開始から終了までおよそ15秒。


 上位の術者であるアイザックが時間をかけて構築された結界ではあるが、長い年月メンテナンスもせずに放置されており強度は大きく低下している。


『これはまずいわね』


 結界の起点についてはあらかじめ把握している。

 彼らの作業がどういった意味を持つのか、専門的な事柄まではわからないがその道の達人が一目で本物を見極めるように事態を把握していた。


「ちょ、止まれぇ!!」


 状況のまずさに声が出た。

 組み付いていた騎士がその声を聴いて息を吹き返した。


 相手が苦しいときは自分も苦しい、当たり前ではあるが相手が目に見えて苦しんでいるのだ

 自らのみを度がえしして抵抗するのも当然といえる。



 エリスから躊躇いが消えた。

 先ほどまでは騎士に対して気づかいはどこへやら、全力で痛めつけていく。


 一人の団員が決死の覚悟で稼いだ時間を彼らは無駄にはしない。


 残り五秒。

 組み付いていた騎士がもはや動けないまでに衰弱した。


 残り四秒。

 魔法の発動を阻止せんとエリスが動き出す。


 残り三秒。

 周囲にいた騎士たちが魔法を用いてエリスの動きを阻害。


 残り二秒

 エリスは間に合わないことを悟った。


 残り一秒。

 魔法の詠唱が終了。


 そして……。


「やめろおおおぉぉぉ~~」


 世界結界の中エリスの叫びが響き渡った。


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