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夢の終わり

遅れてごめんなさい。

 夢はまだ続く。


 男はいつも泣いていた。

 加害者のくせに、被害者よりもみっともなく泣いていた。



 私は母だ。

 子供が泣く様子を何度も見てきたからよく分かる。

 

 だからだろうか、いさめなければという義務感を感じた。

 事実、私の子供ならばそうしていたのだろう。


 私は這って前へと進む。

 疲労と怪我で立てないが、這ってならばあの男に近づける。

 むろん、男を救うためではない。

 


 こいつが、今にも圧殺せんとする大事な大事な私の赤ん坊に寄り添うために。



 

 また場面が飛ぶ。

 

 その場には十数人の人間がいた。

 殺しあえと、男は無情な命令を泣きながら言った。

 ある男こう返した。


「卑怯者!!」と。


 男は黙して受け入れた。

 そんなこと当の昔に分かっているからだ。

 だけど、男の糾弾の内容は予想できなかった。


「泣くんじゃねえ!!」 と怒られたのだ。


「俺たちを殺したくせに、被害者を気取るな!!」 と叱られたのだ。


 それ以来、男は涙を見せなくなった。

 代わりに、大切な何かが流れ出ていく。

 やがて、すべて枯れ果てて、一人の(人間)は獣に変貌した。




 眼球をえぐり、臓腑を引きずり出し、手足を切断する。

 男の顔にかつての涙はなかった。


 それからも、何十という人を殺して。

 最後の最後。

 あと一歩で悲願が達成するという段階になって。


 業火の中で全てが終わった。

 彼が望んだ、小さな幸せに満ち溢れた未来は、死という強大な終焉にはあらがえなかったのだ。





 過去の情景が次々流れ込んでいる中。

 私は彼方まで続く一本道を進んでいた。


 ここが夢か誠か。

 真実か嘘か。

 有か無か。


 あまりにもあいまいで判断が付かない。


 けれど、無視できなかった。

 それは誰かの記憶。

 とても悲しい、救いのない物語。


 初めは何となく目に留めただけだ。

 流れ込んでくる記憶を初めて見た時。

 私の前進は義務へと変貌した。

 だって、そうでしょ。

 この人たちは、私が無断で使っている体を構成するために使い潰されたのだ。

 

 決して目をそらすことが出来なかった。


 ―――誰かに見てもらえるというだけで救いになることを知っていたから。



 ここにあるものすべては一切の救いのないバッドエンドの物語。

 ハッピーエンドを探そうにも、元からないのだ、見つかるはずがない。


 それでも……

 期待してしまう。

 救済を。

 ハッピーエンドの物語を。


 きっと、私がやろうとしているのは後付け設定なんでしょう。

 だって、そうでしょ。

 彼らは悲惨な目にあって死にました、けれど、その意思は引き継がれ大成しましたなんて。

 どう考えても、物語の後味をよくするための細工じゃないの。


 自分でも、とんだ偽善だと笑ってしまった。

 無様極まりないわね。


 けれど、それが私にできる唯一の救済だ。


 彼らの意思を知ろう。

 じっと見ていると、違和感を感じた。


 彼らから恨みが感じとれない。


 彼らの思いは外側(恨み)ではなく内側(祈り)に向かっていた。


 失敗を次に生かそうとする前向きさに近い。

 マイナスを集約したような死にざまを体験した人物の思考とは思えないわね。



 そうか!!

 思いを巡らせていくと、答えにたどり着けた。


 犠牲者は加害者に共感していたんだ。

 だから、恨めなかった。


 泣きながら、謝りながら、苦渋に満ちた顔の男を。

 愛する者を救わんと動く男を。


 どうしようもない状況に追い込まれた同類と見たのよ。


 ようやく、願いがわかったわ。

 私はこれが救いになるはずだと、厳かに、願いを込めて真実を口にしようと……



 !?

 なにこれ。

 なんなのこれ!!



 立ち止まろうとしたのに、勝手に前へと進んでいく。



 まずいわ!!

 本気でまずい!!



 重力が私たちを地面に縫い付けているように。

 強大で、絶対な何かに引っ張られていた。


 

 ピンチだわ!!

 絶体絶命のピンチだわ!!



 必死に抵抗した。

 足をばたつかせ、地面にへばりついたり、爪をひっかけたり。

 けれど、止まらない。


 進みたくないのに。



 ウソでしょ!!


 止まれ!!

 止まれ!!

 止まれぇ!!


 あわただしく願いを連呼。


 その激しい反応とは裏腹に、心は冷め切っていた。


 私はここで死ぬのね。

 それでいいのかもしれないわ。

 どうせ、生きていても救いなんてものないだろうしね。


「ここで死ぬのも一種の救いかな」


 そんなどこか楽観を含んだ思いは次の瞬間には吹き飛んだ。


 それは黒点だった。

 未だ小さい、けれど、それが私を引き寄せているのはすぐに分かった。

 それが放つ威圧はどこまでも強大だ。


 太陽と同じだ。

 あまりにも距離が離れているから小さく見えるだけで、その実態は人間の認識をはるかかなたに超越するほど大きい。


 分かってしまう。


 あれは、駄目だ。

 

 あれに触れれば、待っているのは永遠に続く終焉だ。


「いやだよ」


 いやだ、いやだ、いやだ!!

 あんなのに飲み込まれたくない。


 

「誰か、誰か、助けて!!」



 先ほどまで、誰かを救ってみせると意気込んでいたのが幻のようだ。

 いるはずのない誰かに、必死に救いを求めているのだから。


 届くはずがないのに。

 

 

 けれど、その声は届いた。

 確かにここにいる誰かに。



「やっと、やっと、助けを求めてくれたね」


 前進しかできない私の背後に人が現れた。


 暖かい!!


 私をこの世界につなぎとめようとつながれた手からか感じる体温は、心にすらぬくもりを伝えていた。


「あなたは……」


 一体誰。

 そう聞こうと思って、やめた。


 そんなことは聞く前からわかっているからね。

 だが、これだけははっきりとしなければならなかった。


「私は生きていていいのかな」


 黒い太陽に呑まれるくらいなら死んだほうがましだが、彼女が恨み言をぶつけてくるのならばあの地用に呑まれるのも受け入れよう。

 歯がカチカチとなる恐怖とともに覚悟を決めた。



「私はあなたたちに許されないことをしてしまった。

 この体はあなたたちの内の誰かが使うはずだった。

 それを、何の苦労もしていない私が使っていいはずがないでしょ!!」


 私と彼女ではスタート地点が違う。


 それこそ拾った宝くじに偶然当たった私と、今まで努力を続けてきた彼ら。

 どちらが選ばれるべきかなんて明白だわ。


「ねぇ、私たちの願いを行ってみて。

 もう、答えは出ているわよね」


 それは、むろん。

 確信を込めて、首を縦に振るう。


「では、改めて聞くわ。

 あなたの願いは何?」


「……私の願い?」


 こういった抽象的な問題を急に投げかけられても、脳の激務に対して、結論が出るのが遅い。

 深く深く思考の根を張り巡らせなければならないからだ。


「……それは―――」


 たっぷりと、十秒以上時間をかけて、納得できる答えを見つけ出せた。



「―――ここではないどこかに行きたかった」



 それは、彼ら( ・ )の願い。

 そして、私の願いでもあった。


「私たちの体を使うのがあなたでよかったわ」


 その言葉を皮切りに、私を押しとどめようとする力が強まった。


 これは、一人の力によるものではない。


 絶対的な(太陽)の力を、多くの人()の力が上回っていく。


 後ろを振り向くと彼らがいた。

 見知った顔も多い。

 先ほど見た記憶での犠牲者だ。


「どうして!! どうしてよ!!

 どうして私なんかを助けるの!!

 私を犠牲にすればあなたたちのうち一人は助かるのよ。

 だったら、私の席を奪うのが当然ではなくて。

 それなのに、その席を譲るなんて……。

 それって、そんなのって……

 ―――困るよ」


 この献身はあまりにも重すぎるわ。

 だって、そうでしょ。

 私を救うために、苦痛にさいなまれた皆が、安楽に過ごしてきた少女にたった一つしかない席を譲るのだ。


「もしも、もしもよ。

 あなたが私たちに対して負い目を感じるならば、生きなさい。

 生きて生きて、あがき続けなさいよね。

 残念だけど。

 ええ、みっともなくて、女々しくて、カッコ悪い真実だけどいうわ。

 私が、私たちがあなたを助ける理由はそんなに潔いものじゃないわ。

 くじを引くような物ね。

 どんなに話し合いをしても禍根を残すから、運によって物事を決定する。

 もしも、他の誰かがあなたのいる席にあてがわれたらその人は喜んで体を使ったでしょうね。

 だから、いいの。

 あなたでも、他の誰かでも」


 他の人にとってはどうかはわからないが、その言葉は私にとっては確かな救いだった。

 彼らは私を同志として認めてくれたのだ。

 自らと同じ願い、ここではない何処かを夢焦がれる仲間として。

 

「でも、私はあなたたちに何も返せないわ」


「そうね。

 もしあなたが私たちに恩を感じているのであれば、前に進み続けなさいよ。

 例えどんなことがあろうと諦めたりしちゃだめよ。

 私たちに新しい景色を見せて。

 私たちは同じ願いを胸に抱く中まあでしょ。

 だから、


 ―――幸せにおなりなさい」


 そうして、私は連れ戻された。

 多くの人の献身によって。


 私はこの日のことを永遠に忘れることはないだろう。

 この時の官舎は決して色あせることはないだろう。

 それほどまでに鮮烈な経験だった。


 消える瞬間、

「最後に言い忘れてたんだけど、さんけ……」


 と、妙に歯切れが悪い言葉を言い渡されたのだが、まあいいでしょう。

 この感動に比べれば。 


 

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