ここではないどこか
話が進まない。しかも話が重くなりすぎている。
どうにかしなければ
「もしかして私、吸血鬼に転生した」
思い至った答えがこれだ。
違うかもしれないが、日光に弱いモンスターが吸血鬼以外思いつかなかった。
付随するイメージは、
「墓場の支配者、アンデットの頂点。そして、創作物の王。
推測が当たっていればひどい自画自賛ね」
ため息ひとつ。
生憎と中二病患者ではないので喜べなかった。
この生物? は強大な力を持つと同時に、多数の弱点でも有名だ。
十字架やニンニク、そして日光。
まともな日常生活ができないレベルだ。
デメリットのほうが多くないかしら。
先行きに不安しかないがどうしようもないわね。
「私は吸血鬼、ここはファンタジー世界で決まりね」
取りあえず判明したことを口に出してみる。
そっと、自分の歯に触れてみた。
「イタッ‼」
予感はあった。
薄く切れた指先と、刃物のようにとがった犬歯。
傷口を見つめると恍惚とした快感が駆け抜けた。
まるで獣ね。
外へと手を伸ばす、
「ツッ‼」
熱したフライパンに触れたように痛む。
壁を思いっきり殴った。
ただの人であれば、拳を痛めるだけだろう。
なのに、壊れたのは壁の方だ。
―――これは人を超える力だ。
人を餌と見る獰猛さ、日光を浴びただけで傷つき、そして人を超えた力。
こんな化け物を人が容認するだろうか。
気が付いたら叫びをあげていた。
誰かに助けを求め、終いには神に許しを乞うていた。
―――この世界には助けてくれる友達は一人もいない。
吸血鬼なら希望はあるが、本当にいるのかどうかすらわからない。
私を転生させたかもしれない神も沈黙を保ったまま。
そう、私は独りぼっちなのだ。
―――なんと恐ろしいことだろう!
震えが止まらない、だって、そうでしょ。人間を殺さなければ生きていけない存在を容認する世界なんてあるはずがないのだから。
―――ここを出ても意味ないかも。
ここは危険だ。
この地獄を作り上げた存在がいるはずだ。
見つかればろくなことにならないだろう。
―――だけど考えてしまう。
「これからの私の人生と違いがあるのかしら」と。
だって、そうでしょ。
私は吸血鬼だ。
人の生き血を吸わなければ生きてはいけない化物。
懸念が杞憂かも知れない現状で自殺は論外だ。
けれど、死んだほうがましなのではと思ってしまう。
妥協してしまう自分もいた。
悲しいだろう、辛いだろう、苦しいだろう。
だが、最低限生きることは認められるはずだ。
私を呼び出したのだから。
世界から排斥されるよりましだと思ってしまうが、
ぶんぶんと首をふるう。
流石にまずいわ!
何も起こっていない現状で奴隷生活を受け入れるなんて卑屈すぎる。
生きる目標がない事がここまで辛いとはあ思わなかった。
今の私は人生のリセットボタンを押した状態だ。
何のしがらみもなければ、制約もなく、自分が望むままに動ける。
普通なら何を望むのか、巷であふれかえっている物語になぞらえて考えるならハーレムか立身出世。後はスローライフかしら。
どちらにしたって、吸血鬼という困難を打破しなければならない茨の道だ。
何をどうすればいいのかわからない。私には目標が必要だ。
生贄に捧げられた人たちの敵を討つのはどうだろう。
このありさまは心が痛む。
だが無理だ。
死んだのは見ず知らずの他人。
そんな人達のために命をかけるのは流石にね。
私は人知を超えた力を持つ。
それが何になるというのだ。
重機でも同じことができる。つまり、手間暇をかければ誰にでもできる程度の力なのだ。
思考は空回りを続けていく。
分けもわからず見ず知らずの場所に連れてこられるのがここまで辛いなんてね。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫なはずよ。
私は、私は……」
―――、一体誰だ。
あまりにも自然に抜け落ちていたせいで今まで気が付かなかった。
自分の名前を忘却していた。
それはある意味で、過去との完全なる決別だ。
ダメだ、これ以上考えてはいけない。
心が悲鳴を上げて前に進めなくなってしまう。
「私は吸血鬼。
最強のアンデット。ノーライフキング。そして、常闇の貴族。
私は強い、ゲームや漫画だって吸血鬼は最強の存在のはずよ。
居場所がなくたって、自分で居場所ぐらい作れる。
だから、世界は私を受け入れてくれるはずよ」
―――本当に!?
弱音を押し殺し、壊れたレコーダーのように同じ言葉を繰り返していく。
―――大丈夫、大丈夫、大丈夫……、と
いつしか、喉は枯れはてた。
涙を流し、恐怖に震え、それでも繰り返していく。
―――自殺や隷属。そんな生き方を選べば楽だね。でも、私はずっと夢見てきたはずだ。
他人に決められるだけの人生に嫌気がさした。
そのチャンスが訪れた途端、前に進むことを止めるなんて、そんなの認められるはずがなかった。
ずっと、願ってきたでしょ。
―――ここではない、どこかに行きたいと。
そう、たった一つ前の世界からここに持ち込んだものがある。
この思い、この願いだけは自分だけのものだ。
私は立ち上がった。
何かを演じることは得意なのよ。
不安にふたをするぐらい簡単。
これは日常の延長。
―――ほら、どこも可笑しくないでしょ。