突進改
アインは怒っていた。とんでもなく怒っていた。
目の前で仲間が死んだだけならば耐えられただろう。
彼らとて戦士。常に死と隣り合わせの戦うものだ。
ライプニット様が死んだ。これもまだ許せる。
彼を守っていたのは自分自身だ。責の所在は自身の無能さゆえなのだから。
だが、恩人の死体を武器として活用したことを許せない。
だから、アインは怒っていた。
それはこの場にいる全員の共通した見解だった。
「てめぇ!! 少しは死者に敬意手ものを……」
先ほどエリスに吹き飛ばされた騎士の片割れが、怒りのままに動こうとして、そこから先の言葉が続くことはない。
何とも皮肉なことに、死者の対する敬意を語った彼自身が死への道筋に片足どころか両足を突っ込んだのだから。
顎を全力で殴りつける。
魔力放出もなんのその。
骨は容易く砕け散った。
そのまま血を吸い。
安全圏へと即座に離脱。
周囲が援護する間もない早業だった。
ここに、一連の戦闘の勝敗は決した。
『俺たちの負けかよ』
敵の手に人質が存在し、見方がやられたのだ、疑う要素などどこにもない。
両者は再びにらみ合う。
「どうしてだ!! どうしてお前らは殺すのだ!!
罪もない人々を!!
このありさまを見ろ、皆が苦しみながら逝った。
ただただ運が悪かったという理由だけでだ!! 無作為に選ばれ死んでいった!!
その理不尽に私たちは殺された!!」
エリスにはどうしても確かめたいことがあった。
きっと話せる機会は多くない。
だから、問いかける。
彼女すれば筋が通った質問だ。
大量虐殺が行われた現場に武装集団が現れた。
しかも、そいつらは自分を殺しにかかった。
これだけの状況証拠があるのだ。
エリスが虐殺の犯人と決め付けるのも仕方がない。
だか、騎士団側は理解できない。
彼らは民衆を救うためにこの場所にやってきたのだから。
それがどうして化物の恨みを買ったのか理解できない。
化物の訴えにあるものは悼み、またあるものは怒った。
逆にいえばそれだけだった。
なすべきことに一切の変更はない。
すなわち、仲間を殺した悪を倒すという英雄譚を。
ライプニットが彼女に話しかけていれば、あるいは攻撃を受けてなおエリスが理解し合おうと努めていれば認識の齟齬は埋まったのかもしれない。
しかし、賽は投げられた。
今さら理解し合ったところで双方共に止まれない。
「死ねよ。化け物」
故にアインの返答は簡潔だ。
事態がここまで進行してなお、理解しあえる可能性を持つシックとシアノですら、冷徹な目線を向けていた。
彼らは前進を再開する。
『これはいささかまずいな』
エリンは焦る。
動きが幾分か速くなっている。
人質の重要性の差からくる変化だろう。
所属している組織の幹部と、同僚では優先度が違う。
きっと彼らは死んでほしくないが最悪の場合も辞さないと考えているのだろう。
『先ほどと同じく餌で釣るか』
先ほどの戦術の再現。
しかし、向こうは警戒している。
同じことをしたところで叩き潰されるのが落ちだろう。
だからこそ、彼女はあきらめた。
先ほどと同じ光景が繰り返される。
人質を投げつけ、その隙にに突入する。
一つ違うことがあるとすれば、一回目は驚愕にゆがんでいた騎士の顔だったが、今回はあざけり故に歪んでいたことだろうか。
空を舞っていた騎士の体を光でできた縄がからめ捕る。
それでもエリスのやることに変わりはない。
両腕を前にして、気たるべき攻撃に備えた。