人間『盾』
「進め」
警戒していたのに何も起こらなかったという、逆に警戒心を刺激する状況。だが、できそうなことはすべてやった。
後はぶつかるのみ。
囲まれれば待つのは死。
緩慢な死を受け入れるような潔さを彼女は持ち合わせていなかった。
エリスはライプニットを投げつけた。
危険は承知の上、それでも騎士は受け止める以外の選択肢はなかった。
上空に手を向けた瞬間、エリスは駆け抜ける。
足の筋力にモノを言わせた高速移動。
敵の眼前にて、五つの指を立て、
「スキル。悪魔の爪」
力の限りふるう。
鋭利な爪から衝撃波のような何かが放出される。
『なんだこれは』
エリスは手ごたえに異変を感じた。
放たれた衝撃波が、何かにぶつかったかのような音を立て減衰していったのだ。
実際に触れたからわかる。
鎧ではない。
それがなんであるのかエリスには考察する時間はない。
周囲にいた二人の騎士がエリスを切ろうとしているからだ。
エリスは飛んだ。
高さにして二m強。
しかし、まだ剣の間合いの内。
騎士たちは稚拙な逃げだと笑うが、次の瞬間には表情を凍り付かせた。
彼女の手にライプニットが戻っていた。
その足をつかみ大きく横にスイング。
騎士たちは、防御しようと盾をかかげ、踏みとどまった。
手にしているのが鉄の武器ならば迷いもないが、化物が振るっているのは人だ。
盾ではね残ることはできない。
その躊躇があだとなる。
ボキッ!!
首の骨が折れるような、というよりも実際に首の骨が折れた音が響く。
故人を思いっきり叩き付けられ、真っ先に切りかかった二人の騎士は弾き飛ばされた。
エリスは身をひるがえす。
近場にいた騎士に迷いなくとどめを刺す。
まだ意識があった。
拘束の際抵抗されれば援護をされかねない。
とどめを刺すべく手刀を振り下ろす。
やはり、水の中を進むがごとき違和感がある。
何らかの力で身を守っているのだろう。
彼女には知りえないことだが、この世界では以前いた世界とは違い神の存在というものが明確に確認されている。
そして神々は信者に対して恩恵を施す。
その効能は多種多様。
信仰する神によって違う。
彼らが信仰するは正義の神ユースティティア。
その祝福はありとあらゆる邪悪から身を守ること。
その加護の一端こそが、エリスが感じた違和感。
魔力放出である。
効果は、見えない鎧をまとうと思えばいいだろう。
ある意味でエリスの爪と性質を同じくする能力だ。
故にかみ合っていた。
『前回引っ掻いたときはもう少し行ったのだがな』
地面に倒れている人間に対して一方的に攻撃を加えた。
けれど、傷は爪を初めて発動させた時よりも浅い。
『道理に合わぬ』
一つの前提として、彼女は魔力というものを知ってから時間が浅い。
爪を扱えているのは、魔力消費が少ないからにすぎない。
特に魔力感知を使えないのは致命的である。
かろうじて、彼女になされた祝福が魔力をもたらした上での奇跡なのだ。
「悪魔の爪」
だからこそ、魔力の出力を向上させる最も簡単な方法を知ったのは大きい。
『やはり掛け声か』
「畜生!!」
最後の呪いを吐かせるまもなく、今度は難なく喉元に突き刺さった。
そして、エリスは新たな盾を確保すべく動いた。