新しい名前
両者にらみ合う。
双方、遠距離攻撃手段が乏しい、故に戦況が硬直した。
アインはこの状況を見て後悔していた。
戦場は閉ざされた閉鎖空間。
巻き添えが怖いので、派手な魔法は使えない。
敵は優秀な魔術師だと思っていた。
そんな人物が構築した陣地へ突入するのだ。
弓矢の類は結界に弾かれ、役に立たないと予想していた。
あれば、牽制ぐらいはできただろう。
もっとも、狭い洞窟の中だ。
向こうには生死不明の人質がいる。
なので、今は使えないし、使える場面は限られていただろうが。
だから、隊列を構築することに徹する。
横に七人、縦に三人の隊列を組んで化物の逃げ場を奪いつつ包囲。そのまま包囲網を縮小し期殲滅する。
彼らが最も恐れている状況は、化物が洞窟の外へと出ること。
民草が襲われる可能性があり、かつ戦力の集中が困難だからだ。
彼女の特性を知っていたのならば失笑ものだっただろう。
表の彼女と裏の彼女はその特性からして大きく異なるが、行動は大きく制限されていただろう。
が、騎士団には知る由もない。
なので、突破されにくい陣形をとり、シアノの隊が洞窟の入り口を押さえる。
外に出るためにはこの二つの陣形に当たらなければならないという堅牢な防御をとった。
一刻も早くライプニットを救いたいという思いに耐えながら。。
アインは断腸の思いで確実性のある作戦を構築していく。
同じように化物も後悔していた。表の自分の行動に後悔していたのだ。
どうして寝るとき服を着ておかなかったのと。
これまで彼女は真っ裸で大立ち回りに興じていたのだ。
普段寝るときマッパなのでこれでいいかなと感じていた自分を殴りたい。
蔦植物ならあったので、それで簡易的な服ぐらい作っておけばと後悔していた。
もっともそれはそれで、局部だけを葉っぱで隠すという卑猥な格好になっていたので大して変わらないだろうが。
なので、抱えている人物から純白のマントをあわててむしり取る。
『でも、これって裸マント。ある意味全裸よりも卑猥な格好ではなかろうか』
そんな電波を受信したが、ぶんぶんと首を振る。
考えたところで仕方がない。
そうこうしているうちに、お互いの準備段階が終了した。
といっても、化物がしたのは服を羽織っただけ。
余裕がある。
「ホルダーカードオープン」
なので、有効に使う。
虚空に向けて手をかざすと、カードが出現する。
『こいつの能力か』
緊張を隠せない騎士団。
しかし化物はカードを舐めるように見つめるだけ。
「エリス、ふう~ん、まあよかろう。クローズ」
一言、出現した時と同じく、それだけでカードは消えた。
今、彼女が使用したのはホルダーカード。
裏の彼女だけがこの事態のあらましを知り得ていた。
なので、転生者の特権というべきそれを使用できた。
確認したのはスキルとアビリティー。
すなわち、神がこのゲームの参加者に分け与えた超常の力と、転生者が手に入れた肉体が、元来保有している力だ。
自分自身の能力な名称を確認できた。
それとは別に彼女の興味をひくものがあった。
【エリス・メイデン】
そう書かれていた。
そう、いまだ自身の名を知らない化物は、何とも皮肉なことに本来の自分よりも早く自分自身の名を知ったのだ。