今は亡き君へ
その日、俺は死ぬはずだった。
ついていけない。
そう思い師のもとを離れた。
今まで踏ん切りがつかなった自分を恥じながら。
計画は完璧なはずだった。
だというのに、出会ってしまった。
心臓が止まるほどの衝撃だったな。
僕は見逃されて生き残った。
最後の良心だったと信じたいが、正常な思考ができていなかっただけとも思ってしまう。
信じていた人を信じられないというのは最悪だと思いながらも。
☆
『最後の一線は超えていなかったはずだろう!!』
目の前の光景は、シックの常識をはるかに越えていた。
『遅かった』
目の前には地獄が広がっている。
助けて!
助けて! 助けて! 助けて!
と、救済を願う人々の祈りが耳に聞こえてきそうだった。
男が、女が。大人が、子供が、老人が。
老若男女区別なく、無数の死体がぶちまけられている。
『僕が止めなかったからみんな死んだ』
彼らは孤独の中、痛みの中、憎悪の中で死んでいったのだろう。
そんな中でも光はあった。
生存者だ。
露骨に警戒している少女の顔を見た時。
『『エッ!!』』 シアノとシックは郷愁にとらわれた。
少女はあまりにもエリンに似ていた。
ショックが大きすぎて幻覚を見たのだろうか。
シックは一端目を閉じるが、少女が消えることはない。
「いや、でも、流石に違うはずだ。でも……」
シックはまだ冷静だった。
だから、同じように驚いているであろうシアノのほうへ駆け寄る。
「シックあれはいったいなんだ」
シックが駆け寄ったのは、思った以上のファインプレーだったようだ。
明らかに取り乱している。
「生き残り? なのでしょう」
そんな都合がいい話あるわけがない。
分かってはいるが、それでも……。
「じゃあ、助けに行かないとな」
シアノは明らかな地雷に向かって進んでいる。
シックにはどういう状況なのかおおむね答えが出ていた。
だから引き留めようとして……。
「シアノ、シック」
少女が自分たちの名を呼んだ。
シックも凍りついた。
シアノを止めるものはもうどこにもない。
虫が密に誘われるように、シアノは前へと進む。
それにつられて、彼の部下が生き残りを保護しようと前に進み。
「待て」
賢者に押しとどめられた。
光が瞬く。
すると、少女は地面に崩れ落ちた。
「いったい何を!!」
シアノは怒りに刈られライプニットに切りかかろうとするが、寸前でシックに取り押さえられる。
もう彼女はいないのだ。
実際、あれは悪魔だとライプニットは言った。
シアノは逆上していて耳に入っていないようだ。
シックにはその気持ちが痛いほどにわかる。
助けてと手を伸ばしてくれたのだから。
そして、悲しい現実が突き付けられる。
彼らとて分かっている。
目の前の少女は偽物だと。
昔話をしても過去に戻れないのと同じように、思い出の中のエリンが返ってくることはない。
「シック。あれを倒すぞ」
傷が修復されていく。
流れ出た、血一滴の例外もなくだ。
この異常な状況を見て頭が冷えたのだろう。
シアノは落ち着きを取り戻した。
そのうえで、義務と人情二つを天秤にかけて、義務をとった。
「それは……」
後に続くのは、殺せるのか、殺していいのか、殺すべきなのか、そのいずれかのはずだった。
シアノが口にしたのは、シックが無意識の中で避けたがっていた結論なのだから。
それでも―――。
「そうですね」
夢とはいずれ覚める物。
それがどんなに美しい宝石だ有ったとしても、人は旅立たなければならない。
頭では理解しているのに、この微睡があまりにも気持ちよくて。
ほんの少しでもいいから長く夢を見たいと願ってしまう。
その願いにすがってシックは失敗したのだ。
だから、前に進めた。
エリンを眠らせることが自分の役割だと信じて。
だけど、彼らは忘れていた。
夢とは必ずしも幸福なだけではないのだと。
―――さあ、悪夢が始まるぞ。