戦いの準備
それからしばらくして。
「聞かないのですか、エリンのこと、何があったのかを」
不安そうに念押ししてくる。
シックの瞳は迷いに揺れている。
聞いたほうはいいのか聞かないほうがいいのか判断できない。
それでもシックのことはよく知っているから……。
だから待つ。
「そうですか。…………ごめん」
答えを察したのだろう。
短く謝罪すると、ゆっくりと出口に向かう。
ほんの数歩の距離だというのに、人生のように何度も何度も後ろを振り返る。
「シアノ」
部屋から身を半分出した時になって、何かを決意したのだろう。
「君に一つ言わないといけないことが……」
何かを言いかけたが止まってしまう。
扉が半開きになっているのでこちらにも足跡が鮮明に聞こえる。
誰か来たようだ。
「邪魔しちゃ悪い。僕にも仕事があるし部屋に戻りましょう」
シックは自分の要件を後回しにするようだ。
入れ替わるように新入りが入ってくる。
作戦の最終確認を行いたいらしいな。
☆
今俺は会議室で腹痛と格闘している。
「それでシックさんの話によると、儀式が行われている洞窟には強固な結界が設置されており、第一段階として術者を用いた結界を破壊し侵入。
その後、洞窟内部に存在している四つの結界の起点を破壊する。
その作業は……」
「そりゃあ、俺たちの仕事ってもんだ。
というよりも、お前ら参加しなくともいいんだぜ」
と言ってこちらを睨み付けてくる髭を伸ばした金髪の中年、アインを責めようとは思えない。
何故なら俺自身も同じように思っているからだ。
俺の騎士団と彼の騎士団は隊を人外、魔物などを討伐するのが基本業務なのだが、向こうは対人戦争時や魔術師の討伐、治安維持が主な任務となる。
そのため結界の破壊には向こうの協力がどうしても必要になる。
が、向こうにはこちらの協力は必ずしも必要ないのだ。
だったら双方が協力して事に当たればいいといえるかもしれないが、装備面、兵力運用、思想面、すべてが根本からして違うのだ。
お互い、そこのところが分かっている物だから、頼むから出しゃばってくれるなよと思っているわけだ。
単独で攻めるのは、大人の事情。宗教対立だとか主導権争いだとかの結果無理だ。。
「正直に言うぜ。道案内や現地でのサポートさえしてくれれば十分てもんだ。
悪魔を呼び出す触媒の封印作業は素人には任せられないぜ」
「まぁ、まぁ、アイン君。そこまで邪険にすることなぞないじゃろ」
「ですが……」
「もうすでに多くの民草が犠牲になっている案件じゃ。
一刻でも早く事態を収束する必要がある。
こんな時に仲間割れなんぞ笑い話にもならん」
それでも、意見がかろうじてまとまっているのは、目の前の純白の司祭服に身を包んだ司教、ライプニットさんの人徳ゆえだ。
この国では正教に所属する向こうの方が力が上だ。
だが、正教の大司祭であるライプニットさんが話をまとめてくれたおかげで対立は回避されている。
どうして調整役を行ってくれているのかというと、彼はアイザックさんの知古だったらしいのだ。
「シアノ君もアイン団長のことを悪く思わんでくれ。
いろいろと不便な事があるじゃろうが皆で頑張っていこうぞ」
なんともまぁ、玉虫色の、よく言えば万人受けし、悪く言えば中身がない呼びかけだ。
それでも心に響いて来るのは本人が持つ人徳ゆえだろう。
「仕事の分配的には、悪魔が召喚されていた場合は我々が討伐。そうでない場合はあなた方が始末してくれ。
魔術面に関してはそちらの方が詳しいからね」
「言われるまでもねえぜ。
というよりも、悪魔の件も俺たちに任せてくれていいんだぜ。
だがまあいい。触媒の確保が最優先課題ということも忘れるなよ。
そりゃあ、安全策を選択すりゃ楽に進むだろうが……」
「それでは、触媒が違う場所に渡るだけじゃ。
渡った先で新たな被害をまき散らすというのであれば悪魔を討伐したとしても事態が解決したとはいえんじゃろ。
ならば、最悪の事態、騎士団が全滅しかねない事態になるまで派手な攻撃は避けるべきじゃろ」
「すいません。
派手な攻撃の行使を避けるべきというのは同意する。
しかし舞台は洞窟の中だ。
崩落の危険性がありますから、そもそも攻撃魔術は使えないな。
最悪、洞窟事態を崩して悪魔を封じる必要があるかもしれないが、今は雨季ということもあって土砂崩れの可能性もある。
なので、どのような事態であろうとも、攻撃魔術は使うべきではないな」
アインも素直にうなずいている。
一方でライプニットさんには想定外のようだね。
戦闘に関しては専門外なので、状況を理解しきれていないのだろう。
この人が出しゃばってくると問題があるかもしれないが、こちらを尊重してくれているので心配はいらないだろう。
最終確認ということもあり、話し合いは大方終えている。
これ以上認識の齟齬が起きることはなく、いくつかの業務連絡が終わるとそのまま解散となる。