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閑話 悪夢

話が重い。

グレイが姿を消してから数か月後。


エリンは生来の活発さが見る影もない。

 癖の強い黒髪は手入れが行き届いていないせいで、所々跳ねているし化粧だってしておらず、顔色だって悪い。

 生きた人間を見ているというより、絵画の中の人物といった方がしっくりと来るほどだ。


 だというのに、彼女の美しさが陰ることはない。

 淑やかでいて、優美。

 幽玄の美というべきか。

 この世ならざる美しさを誇っていた。


 エリンはもう生者というよりは死者に近いもかもしれない。

 危うい均衡の上で人間としての自分を保っているだけにすぎないのだ。

 

 ほんの少しバランスを崩しただけで、彼女は冥府の住人となってしまうだろう。


 そして事件は起きた。

 食事中に気分を悪くして食べていた物を吐いてしまう。


 アイザックが駆け寄ろうとするが、エリンはそれを制する。


「これくらい大丈夫だわ。だから心配しなくてもいいの」


 優しく父親を気遣う。

 以前まで悪く言えば自己中心的、よく言えば素直だった姿がない。


 人はつらいことがあったらその分だけ他人にやさしくできると言われているが、失意のどん底にあって、なお心の底から他人を思いやる姿はひたすら不気味だった。


「そうか、そうならいいんだが。

 あまり私を心配させてくれるなよ。

 あんな……」


 アイザックは過去を追想しそうになり慌てて口を閉ざした。

 だがもう遅い。


「あんなこと、あんなことですって! ええそうでしょう! 私は騙されました! 捨てられました! このまま尼にでもなれってお父さんだって思ってるんでしょ。いいわよ、なってやろうじゃないの! こんな薄汚れた女には……。

ごめんなさい、少し気が高ぶってしまったわ。

 もう大丈夫だから心配しないでね」


『本当に大丈夫であるのか』


 その質問を口に出す必要がなかった。

 明らかに大丈夫ではないから。

 激情はかつてのエリンをほうふつさせるので、儚げな様子よりは幾分かましだが痛ましさのほうが勝る。

 

『やはりシックを遠ざけたのは失敗であるか』

 昔なじみの存在はエリンの精神を安定させるだろう。

 しかし、アイザックにはシックをつなぎとめるものがない。

 以前は助手として働いていたが、研究のための器具が根こそぎ奪われたせいでシックがここにいる理由が失われたのだ。

 

『それに、かつてはエリンを愛していたようだが、その思いも冷めたようだ。頼んだならば、エリンを貰ってくれるかもしれんが、一時であれあの忌々しい若造にエリンを託そうと考えたのもまぎれもない事実。前途ある若者の未来を奪うようなまねはどんなことがあろうと慎むべきであるな』


 自業自得といえばそこまでであるが、シックの煮え切らない態度がアイザックに勘違いを呼び起こしていた。


 その気遣いは結果として二人に距離を作ることとなった。



 時が過ぎてもエリンの体調不良は続く。

 初めはストレスの影響だろうと高をくくっていたのだが、ある日彼女は原因を突き止めてしまう。

 ―――妊娠していた。


「エリン私だ。近々街に行くんだが、何か欲しいものはないか」


 当然エリンは荒れた。

 父であるアイザックですら手が付けられないほどに。


『ひどいありさまだ』


 部屋にある家具という家具が壊されている。

 怒りに任せて暴れまわったのだろう。

 だが注目すべきはそこではない。

 エリンは激しく息切れしているというのに、顔色が青白い。


 すぐそばに使用済みのポーションがある。

 おそらく自傷行為を行い、その後にポーションで傷をいやしたのだろう。

 顔色の悪さは貧krつによるものだろう。


 エリンの精神状態がますます悪くなっていることを悲しむも


「なあ、エリンよ。今から健康診断をしたいのだが。どこか悪いところはないか」


「大丈夫よお父さん。悪いところなんてどこにもないわ」


 エリンはアイザックが入室するとともに暴れるのをやめた。

 こんなになっても、最低限周りの目を気にするところがあるのだ。

 顔の筋肉を総動員して穏やかな表情を作り、足をせわしなく動かすことに足元に転がる小箱を隠そうとする。

 そのすきをついて眠り薬をかがせる。


 老骨には手間だが愛する娘のためだ。

 崩れ落ちる娘をやさしく抱えベットへと横たえる。


『もう終わりが近づいているのかもしれん』


 母が子を労わるかのように優しげな手つきで子を慈しみながら。心が絶望に沈んでいく。


 だからこそ、アイザックは一つの決心を。

 グレイによって全ての魔道具が盗まれたとエリンは思っているが実際には違う。

 まだあるのだ、一つだけ。

 それは娘であるエリンにも長年勤めてきたシックにも明かしていない、いや、明かすことができなかった禁忌中の禁忌。

 その絶望を解き放す決心を固め、歩を進めようとするが、いつの間にかつかまれていたエリンの手のせいでどこにも行くことができない。

 幼い子供のように孤独を嫌うエリンの姿を見て、

「そうだ、そうだな。

 まだ何も終わっておらん。

 やり直せる、今ならまだやり直せるはずだ」


 ―――だから、もう少しだけ待とう。


 エリンが再び目を覚ますまでそばにたたずむことを決めた。

もうすぐ閑話のほうが長きなりそう。話が重くなりすぎるし、テンポ悪いし短編として独立させようかな。

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