冷たい雨に打たれて
――本物。才能のある後輩。
あの娘と出会い、私の抱える絶望の闇は、余計、深くなった
「あたしはおとうさんが、昔、話してくれたような本物の女優さんになりたい。
なのにおとうさんは、どうしてわかってくれないのよ」
あの日、父と口論し、私は家をとびだした。
けれど、むかえた彼はこういった。
「やめたほうがいい、君には才能がない。
君はみてくれをかざるのは得意だが、中身はからっぽだ。
努力しさえすれば、そうとうの所までいけるだろうさ。
だが、君が望むのはそこなのかい?」
彼のみる眼は本物だった。
だから、彼がみてくれたら本物になれると、私は信じた。
なのに、最後まで、私をみることなかった。
私はやっぱり、夕にかてないのだ。
あの圧倒的な才能に……。
つきはなされた私はあてもなくさ迷う。
雨が降る。冷たい秋の雨が降る。
雨に打たれ、私は肺炎になった。
「おとうさんが倒れた?!」
「癌の末期だそうです」
「あれ? めのまえがくらくな……なんか体がさむい」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん! しっかりしてください!」
「ちょっと、夕に似てるかな? 無口で地味にみえる」
「無口でブスですが、それがなにか」
「髪は短い、胸はBくらい」
「Aです、なんだか腹が立ちます」
「でも、舞台に立つと変わるわ。それにきっと化粧ばえする」
「いま、いいしれぬ敗北感に打ちのめされました」
「あの娘はすごいんだよ。昔、おとうさんから聞いて、なりたいって憧れつづけた本物の女優さんだよ」
「お姉ちゃんはあの話、お気に入りでしたね」
「ん、けどさ。偽物の昼子に本物のあの娘が育てれるかな? それがすごく不安」
「でも、ほかのだれにもまかせたくないんでしょ」
「そう」
「大丈夫ですよ。すくなくとも、その気持ちだけは絶対本物です。
たとえ、あの人にだってなにもいわせはしません」
ああ、私はとてつもなく不幸だ。
けれど、とてつもなくしあわせだ。
もし、運命が選べたとしても、私はこれを選び悔いない。
彼とは別れた。
そのあとの相手とも、うまくいかなかった。
失恋、病気。
父の死、癌の末期。
つらいことがつづいた、到底たえられないほど。
けれど、いちばん酷く、残酷なのは、夕が私の妹だったこと。
そして、あの娘と出会ってしまったこと。
――それでもそれでも、たとえ運命が選べるとしても、私はたぶんこれを選ぶだろう。
エピローグ 雨上がり
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