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昼子の夢と後輩

 



 お姉ちゃんが部活で、後輩をいじめてます。

 もとい、しごいてます。



「どうこれ? 髪型も制服もね、変えたのよ」

 お姉ちゃんが白い夏服で紺の襟のセーラー服を着た胸をはります。

 髪は黒髪ロングにウェーブをかけていてスカーフは赤です。


「そういえば、ブレザーじゃありませんね」

 包丁で魚を捌きながら、ちらりとみやりました。あちらの家事能力は壊滅的なので、こちらがうけもたされています。

「うちの制服もわるかないけど、やっぱりセーラー服に憧れるわ」

 お姉ちゃんはプリーツスカートの裾をひるがえしてターンします。


「演劇部なんだし、衣裳は揃ってるでしょう」

「もう、舞台には立たないわ」

 お姉ちゃんは少し俯き仄かにくらく微笑みました。


「部長なのに?」

「部長は後進の育成につとめまーす。

 1年にね、みどころある子がいるのよ。はりきっちゃう」


「はりきってしごきすぎて、やめられたりしないように。

 お姉ちゃんはけっこう、サドですから」

「やーね、あたしはMよ」


「竹刀を手にして部員をしばいてですか」

「やーね、あれは小道具よ、しばいたりしないわ。ちょっとつつくくらいよ」


「突きは危険です。こないだ部室の壁に、穴をあけたでしょう」

「生意気なのがいたから、ちょっと威嚇(いかく)。やーね、老朽化してて」

 空々しくきゃらきゃら笑います。


「で、生意気なのって、そのみどころある子ですか」

「そーよ、とってもかわいがってるわ」


「それはかわいそうですね」

 わたしは溜息を吐きました。




 姉のみかけにだまされてはいけません。

 ウザいときにはものすごくウザくて、ムカつくときにはものすごくムカつきます。意地悪なときにはものすごく意地悪で、そんなときだけ徹底してる性悪女です。

 なのでその娘がどうなったか、私らしくもなく気になります。


 いえほんとうのところ、あれはニヒリストでなにごとによらず無気力無関心なのです。そんなあれの興味をひいたのが、どんな娘か気になってしかたありません。

 あれはいろいろとあれですが、人材発掘と育成には卓越してるのです。

 あれのまわりに優秀なのが集まるのではなく、あれがまわりを優秀にしてしまうのです。

 あれがあちこちひっぱりだこで、あちこちかけもちしてるのはそんなわけです。


 そんな連中が共謀結託して、姉を生徒会長にしたてあげたのです。

 そして自分達が役員におさまりました。これが歴代最強生徒会の結成秘話です。


 姉はなにもしません。祭りあげられているだけです。

 でも連中を結びつけているのは姉なのです。




「なによ、夕? そのものすごい傍白!」


「演出ですよ」

「あまり脚色しすぎると信憑性ないっしょ。騙すならさりげなくよ」


「ほら話っぽくみせれば、みんなその気で聞いているでしょう。その中に真実を隠す、高度な手法ですよ」

「ふ~ん、そうかしら」


「お姉ちゃん、演劇だけは、真摯(しんし)なんですよね」

「そ、ほかはいい加減に派手にかきまわしてるけど、演劇だけは真面目に地味に打ち込んでるわ」


「ええ、そうですね」

「なんてったって、あたしの夢だったんだもん。

 いまとなっては“夏草や”だけどね」


「つわものどもが夢のあと、ですか」

「みなまでいうな」


「もう駄目なんですか?」

「そ、再起不能」



「あー、さっきの話の流れだと、しごきが問題化して新入部員がやめたとか、部のとりつぶしとかって聞こえませんか?」

「そういえばそうね。でも、退部とか廃部とかはないない。昼子が廃品(ぽんこつ)になってるだけ。

 だいたい、あたしの生徒会なら、顧問の先生を殴り殺して壁に埋めたって隠蔽(いんぺい)してみせるわ」


「おもいっきり、私物化してますね」

「そうよ、それがどうかした?」

 べつにどうもしませんよ。



「それにさ、そうかんたんに、あの娘をやめさせたりしないわ。

 顔の真横に渾身会心の突きかましてやったら壁ぶち抜いたわけよ。

 あの娘ったら、よっぽど怖かったんでしょうね。へたりこんでおもらししちゃった。

 だから、あたしのジャージ貸したげて、やさしく家まで送ってあげたのよ。

 で、こうなぐさめたの。こんなことだれにもいわないから、絶対部活にでてね、ってさ」

「かぎりなく、脅迫(きょうはく)にちかいですね」


「ふふ、写メも撮ったし、パンツも証拠物件として押収したし」

「スマホは使えないんじゃなかったんですか?」


「目的達成のためなら、苦手を克服する努力はいとわないわ」

「計画的なんですか」


「夕から入手した利尿剤、とてもよく効いたわ。

 あんたに盛られたときは、玄関先でいっちゃって遅刻したけど。

 あれをジュースにしこんだのよ」

「そんなことに使ったんですか。悪辣(あくらつ)ですね」



「あの娘がいけないのよ、禁句を口にするから」

「禁句?」


「あれ! しらなかった? あんた、あんまり学校に来てなかったものね。

 “おもらし昼ちゃん”、“しょんべんたれ昼子”、そういったのよ。

 去年ね、配電盤とこで感電して、ひっくりかえちゃってね。

 スカートめくれてパンツまるみえ、おまけにおしっこしちゃってて。

 “濡れスケ”? そんな状態でさ。

 男子にもみられて、恥ずかしかったわ」

「失神して、失禁ですか」


「そ、ビリビリッときて、バッタンでジョワ~ッよ」

「それをその娘にしられたと」


箝口令(かんこうれい)はしいてたんだけどね、おもらしだけにどこでもれたんだか?

 ま、恥かくだけ恥かいたんだし、気にしてたってしかたないよ。

 とはいえ、1年生になめられたままで、いるわけにもいかないのよね」

「でもって、策謀ですか」



「そ、せっっかくだから、おもらし昼ちゃん2代目を襲名(しゅうめい)させてあげるわ」

「で、押収したパンツはどうしたんですか?」


「フリージングパックして、冷蔵庫に保管してるわ」

「汚いですよ」


「汚くないわよ、あの娘のだもん」





「先輩なんて、恨まれてなんぼよ。

 涙をいっぱいためてね、恨みのこもった眼で、じいっと(にら)まれるのが、もう快感でいっちゃいそ」

「その娘、萎縮しちゃうんじゃないですか」


「大丈夫よ、気が強いから。すこしくらい逆境のほうがのびる。

 毎日、手取足取り組んずほぐれつ、髪ひっぱたり噛みつかれたり、そりゃ熱意のこもった稽古(けいこ)してるわ」

「なにやってるんですか。顔傷つけたら拙いんでしょ」


「もちろんそんなことしないよ。あたしは片目パンダにされたけど、地獄のボディーブローで勘弁(かんべん)したげたし」

「格闘技ですか」


「演劇は舞台上の格闘技よ。運動部かおまけの基礎訓練、そのあと即興演技。

 熱が入りすぎて手がでる、足がでる蹴りがとぶ」

「それで前歯2枚折ったんですか」


「あれはヤバかったわ。

 あの娘がさ、あたしの顔に頭突きかけてきたんだけど、そのまんまじゃあの娘がこの歯で額切っちゃうし、かといって避けたら大道具小道具ん中に

 突っ込んじゃいそう。

 咄嗟(とっさ)に跳ねてお腹で受けた。あの娘を抱きかかえながら転がってガラガラガッシャンでガッチンコ。おかげで前歯が欠けちゃったけど、あの娘に怪我なくてよかったわ」

「むやみに虐めてみたり、そこまでして庇ったり、やたら矛盾してますね」



「あの娘、ごめんなさいごめんなさいって、あやまりながらポロポロ泣きだしちゃってさ。やー、まいったまいった」

「おや、いがいと素直ですね」


「うん、夕よりずっと、わかりやすいツンデレさん。

 中学生のとき、うちの文化祭で、あたしの演じるサロメをみて、あたしんとこに入ろうって決めて、一生懸命がんばったんだってさ」

「けど、お姉ちゃんは舞台に立とうとしない」


「それが口惜しくてゆるせなくて、いろいろとつっかかってたんだってさ。

 そんなこと(せき)を切ったみたいにしゃべった。とってもいじらしいでしょ?」

「お姉ちゃんをとられそうで気に入りませんけど、かわいくなくはないかもしれね」



「ん、かわいいけど憎らしい。守りたいけど傷つけたい」








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