終わりだった、はずだった
誰も居ない。
誰も居ないというのは、言葉通りの意味で幼稚園は閑散としていました。幼児どころか、保育士さえ一人として居ませんでした。
職員室に入っても、人の気配がしない。
教室に入っても同じこと。
僕達、家族が幼稚園に来たときには既に遅かったのです。何もない。人どころか、気配すらも。
それは何を意味するのでしょう?
それは絶望を意味するのでしょう。
「ね?誰も居ないでしょ?もう幼稚園行っても楽しくないもん。だから、行かない」
そんなに大きな声ではないのに、幼稚園に確かに響いて……それは響くほど静かになってしまっていることに他なりません。
なんで?
やっと僕の頭はその疑問符を打ち出すことが出来ました。
なんで誰も居ないのだ、と。
幼稚園が休みになって、それが僕の家族まで伝わらなかった、とか。今更九十九が怖くなって、職員が来なくなった、とか。色んな理由が考えられます。言い訳が浮かびます。
行かないのではなく行けないのだ、と。
決定的な言葉を弟はまだ言っていないから、望みはあると、僕は信じます。信じたいです。信じさせてはくれないのでょうか?
「なんで……」
お母さんも同じ事を思っていたみたいで、虚しく言葉だけが宙に舞いました。
だから、弟はそれに答えた。
ただそれだけ。
なのに。
「みんな死んじゃったんだってぇ」
聞きたくなかった。
聞いてしまいたくなかった。
何を意味するのかなんて考えたくもなかった。考えてしまったら、絶望だけが宙ぶらりんに、僕達家族の首にかかってしまうのだから。
蜘蛛の糸を掴みたかっただけなのに、絶望を首にかけてしまった。希望なんて始めからなかった。
ただ僕が夢見ていただけだった。
一つ一つ、言葉を噛み砕く。
そして飲み込む。
簡単な話を難しく考えていただけ。
答えはなんとなく知っていた。
知っていたからこそ、知りたくなかった。
お父さんとお母さんも、絶望にただ顔を歪めていました。涙も出ず。絶望だけが溢れだす。
弟だけが生き残る。
理由は至極簡単でしょう。
「弟が九十九。九十九は……弟?」
ああ、口にしてしまうと納得してしまいました。だから、弟が死ななかった。弟だけが生き残った。
瞬間突風突き抜けて。
突き抜けた突風は、僕の乾いた声や渇いた喉をよりいっそう渇かすのでした。
立ち尽くす、というのは正に今の僕のことでしょうね。何一つ笑えないけれど。
弟が九十九。
なら、なぜ家族は一人も死ななかったのでしょう?一つでも弟が九十九でない可能性があるなら、僕はそれにすがりたい。
だけど、そんな疑問の答えも簡単に出てしまう。出てしまう僕が憎い。
何故なら、幼稚園にいる時間のほうが長いから。家にいる時間よりももっと。
僕の家は割と裕福な方で、まだまだ小さな弟にだって一人部屋があるのです。だから寝るときも弟は一人。一日で一緒にいる時間はせいぜい3,4時間程度です。
それに比べ、幼稚園にいる時間は約半日。
答えは明白でしょう?こんなの名探偵でなくとも解けます。
どうやら弟が九十九なのは覆すことの出来ない、決定事項のようでした。
だから僕は考えます。
家族で生きていく方法を。
九十九と一緒に暮らせる方法を。
「お母さん……」
僕の口から不意に出たのはそんな程度。
呟いただけだったから、誰の耳にも届かないと思いました。事実、届いていないのでしょう、誰も僕の方を向かないのですから。
けれど、声は届いていなくとも、気持ちだけは届いてくれたようで。
人の温もりを全身で感じました。
力強く、優しい温もりでした。
「大丈夫……大丈夫だから、ね?」
いつもよりも数段と優しい声色で囁かれた音色は、僕の心の奥深くまで染み込みました。
前みたいな疲れを感じさせるような声ではなく、何処までも優しいだけのお母さんで、それだけで僕は安心しました。
けれど、安心してはいても漠然とした不安も同時に思い知りました。
震えている手が。
僕の肩に落ちる涙が。
安心と不安を同居させてしまうのです。
僕は考える。
何が大丈夫なのだろう?
きっと何も大丈夫じゃない。
でもお母さんがそう言った。
だから無条件に頷く。
大丈夫なのだ。僕達家族は。
怒りも不安も安心も希望も絶望も妬みも悲しみも憎しみも喜びも慈しみも。
家族がそう言えば、僕はそうなる。
ここで僕は僕に気付く。
ああ、だから僕は気味悪がられるのですね。
ちょっと短い…!
けどそろそろ過去編クライマックスです
次回長いかも…




