偽り
弟とaちゃんはそこそこ仲が良かったようで、お父さんとお母さんがaちゃんの両親に会いに行きました。慰めにすらきっとならないでしょうけれど、『いてもたっても』居られなかったのでしょう。もしかすると、aちゃんではなく、弟が死んでいたかもしれないと思うと。
実のところ僕の本心はかなり汚いところにあります。腐っているのかもしれません。
だって死んだのが弟でなくて良かったと思っているのですから。
aちゃんの両親は相当参っているようで、お父さんとお母さんは顔を見ることもなく帰ってきました。面会謝絶ってやつです。
会いたくないというよりは、会えるような心境でないということだと思うのですが、それを理解していてもお父さんとお母さんは、会えなくて気分が少し落ち込んでいました。
それから二日後、だったはずです。
お葬式、その日久しぶりにaちゃんの両親に会うことが出来て僕の親も一息吐けたみたいで、安心しました。
でも、やはり?
aちゃんの両親はやつれている様子なのです。
もし、家族が死んだら?
想像すら出来ない。
出来ないほどの、
絶望。絶望。絶望。絶望。絶望。絶望。
恨みます。世界を。妬みます。他人を。後悔します。自分に。怒り狂います。何かに。あたります。自分以外の物に。涙が出ます。渇れるまで。叫びます。枯れるまで。後を追うかもしれません。家族の。
絶望します。僕の人生そのものに。
aちゃんの両親も、僕のそれに近しい感情を抱いていることは、想像に難くない。
弟は、そんな感情に疎い。いえ、まだ年齢を重ねていないから……なんてものは言い訳にしてはいけませんね。
だから弟はお葬式の合間でさえ、笑顔が絶えません。そんな弟は、aちゃんの両親の目にどう映るのでしょう?
皮肉にすら見えてしまうかもしれません。僕がaちゃんの両親の立場だったなら、そう取ったかもしれないからそのように考えてしまうだけなのは分かっています。
けれど、そう思ってしまうのです。
僕の目にも、弟の無邪気な笑顔は皮肉に見えるのですから。
けれど、多分僕のそんな考えも杞憂でしょう。
見るからにして、aちゃんの両親は回りを見ていないのです。その目にはaちゃんしか写っていないのでしょう。亡骸をただ呆然と、眺めているのです。
絶望するでもなく、悲しむでもなく。
ただただ、aちゃんの頬に触れるだけ。
声もあげずに、涙も流さず。
小さな声でaちゃんの名前を呟いて。
この後は、淡々と酷いくらい静かに時間だけが虚しく過ぎていくだけでした。
お葬式、というものに参加したのが初めてな僕にさえ、それが異常なことくらい気付けました。一言も発さない葬列は、時間にすると、約1時間とちょっとでしたが、とても内容の薄い、そして空気の濃い1時間だった気がします。
荒んだ空気の中、笑顔の弟だけは確かに場違いだったのでした。
そしてそしてもっと空気を読まない存在が一つ。そう、幼稚園です。悲惨な事件があったのにも関わらず、休みにさえならず、愚かにも注意勧告だけで済ましたのです。
この幼稚園には九十九がいる可能性が非常に高いので、見つけ次第各自対処するか、保育士に連絡してください。だのなんだのと。
よくよく考えてみると、それは幼稚園側が九十九を殺して莫大なお金を欲しがっているということに他なりません。だから九十九を見つけやすくするため、休みにはしないということなのでしょう。
正直、そんな幼稚園に通うのはどうかと思うのですけど、九十九がいるかもしれない幼稚園からの転入を受け入れてくれるような幼稚園なんて、どこにもないのです。
だから現状、弟は今の幼稚園に通うしかありませんし、僕や親はそれを見守ることしかできません。
「大丈夫よ、九十九は長い時間一緒にいなければ大丈夫。だから弟ちゃんは何も心配いらないわ」
お母さんの言葉は、まるで自分に言い聞かせているようで、僕はどことなく不安が募ります。
募った不安は、胸の片隅にずっと残り続けて僕を縛り続けたまま、日が過ぎていきました。
一人、一人。弟の幼稚園で死人が出る。
その度に僕は、少しばかりの罪悪感を覚えてしまうのです。チクチクと、ほんの少しだけ。けれど、確実に少しずつ苛んでいくのです。
ああ、今回も弟じゃなくてよかった。
そんな気持ちに、苛まれる。
「大丈夫よ、大丈夫だから……」
一人、また一人。
このままじゃ、幼稚園が九十九を見つける前に、弟が死んでしまうかもしれません。
そう思っているはずなのに、僕は弟が死ぬだなんて心のどこかでは信じていませんでした。
確信、そう言えるほどではないのですが……
弟は死なない。
そして僕のその心は正しかったと気付くのは、もっと最悪な状況になってからなのでした。
「お母さん、もう幼稚園行かない」
弟が突然登校拒否を言い出しました。
「どうしたの?」
優しかったお母さんの声は、疲れを感じさせるようになっていました。
次の弟の言葉は聞いちゃいけない。
そんな直感は当たってしまうのが僕です。
「だって僕以外もう誰も居ないもん」
春に近付いてきました。
なのに僕が住んでいる地域はまだ寒いです。




