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相反する願い

 その日は授業が5時間で終わる曜日だったので、いつもより早めに家に帰ることが出来ました。特に放課後に何か用事がある訳でもないので、寄り道もせずまっすぐと家へと向かいました。

 両親は一応共働きということになるのですが、お母さんのお仕事は家で開く料理教室の先生なので、基本的に家にいます。


 だから、家に誰も居ないということは、違和感を感じるべきことであり首をかしげることなのです。

 弟もお母さんが幼稚園に迎いに行って一緒に帰ってくるので、僕より遅く帰ってくることが普通でした。お母さんの料理教室が終わってから迎えに行くので、それはある意味必然だったのかもしれません。


 要約すると、家に誰も居ないのです。


 念のために渡されていた鍵で家に入ってみると、誰も居なかったのです。


 まぁまぁ、そんなこともあるでしょう、たまには。なので僕はどこに行くでもなく、外に出ることもなく、誰かの帰りを待ちました。


 しばらくすると、寒気がしました。

 寒気を感じるような季節でもなかったので、風邪でも引いたのかもしれないと的外れなことを思いました。いいえ、案外的外れでもなかったのかもしれません。


 風邪を引いたのは僕じゃありませんし、『それ』は風邪なんて生ぬるいものでもなかったのですけれど。


 寒気は決して僕の勘違いではなく、確かに僕の中に存在していました。実感として。恐怖として。畏怖として。そして一握りの正義感として。


 寒気の正体は僕の家へと向かってくることを確信しました。理由なんて大層なものはありません。ただの勘であり、勘の領域を踏み越えることの出来ないほど、僅かなものです。


 だから恐る恐る玄関の扉へ近付いて行くのです。おっかなびっくりってやつです。古いかな?

 鍵は僕が家に入ったときに、掛けておきましたから、家族以外入ることはかなわないはずです。どこかでそうやって僕は僕の心を落ち着かせようとしていたことも、事実であり隠すことでもありません。


 カチャッ


 鍵を開ける音が玄関に響きます。

 と、同時に僕の息を呑む音、心臓が早鐘を打っている音もまた響いてきます。心臓の音は外にも聞こえていたんじゃないかってくらいにはうるさく鳴り響いていました。


 ガチャ


 今度はドアノブを回す音。

 それなりに冷静を保ち直して、武器になりそうな物でもないか辺りを見回すも何もありません。強いて言うなら、靴べらくらいです。靴べらなんて使い方も知らないですけれど、それが武器になり得ないことくらい子供の僕にだって、瞬時に理解できます。


 ガチャリ


 ドアノブを回したのですから、次に聞こえる音は勿論扉を開く音でした。

 その時間は延々で、永遠に感じました。

 ゆっくりと時間が流れていきます。ゆっくり流れる時間が僕にとって良いことか悪いことなのかは、まったくもって分からないのですが、早く過ぎてくれと思いました。

 でも現実問題、嫌な時間ほど長く感じてしまうもので。今までの人生の中で一番長く感じた数秒だったのでしょう。そう断言できてしまうほどおそろしく長かった。

 まあ、今までの人生と言っても、まだ10年経ってないんですけれどね。


 キィィ


 開かれた扉の奥に誰が立っているのかを確認する前に、僕の目に映ったのは太陽の光でした。

 眩しいけれど、目を覆うことはしませんでした。立っている誰かを確認するまでは目を離すことは、許されない気がして。


「あら、僕君、お出迎えしてくれたの?」

 聞こえたのは、聞き慣れた声。


「ドーン!」

 何かが僕に突っ込んできた衝撃。それももはや慣れた衝撃。


 お母さんと、弟でした。


 それもそのはずです。

 だって鍵が掛かっていたのですから、扉を開くことが出来たのは家族以外誰もいない。

 しかも僕はそれを最初に考えていたはずです。だからこんなに心臓をうるさくさせる必要は、始めっからなかったのです。


 一人で緊張して、一人で疑って…恥ずかしい。


 けれど、あれ?


 だとすると、寒気の正体が分からず仕舞いじゃないですか?


 あれも僕の勘違いだったのでしょうか?

 いいえ、そんなはずはありません。確実にあの寒気は本物だったのです。

 違和感を禁じ得ませんね…禁じ得ないって言葉の使い方これであってますか?


「お兄ちゃん、今日ね、僕ね、なんと早退してきたのです!」


 ビシッと敬礼する弟の姿とは裏腹に、早退という言葉に僕の理解が追い付きません。

 説明を求めようと、お母さんの方をチラッと見てみると、重苦しい空気を纏ってただ立ち竦んでいました。

 僕に説明するのを憚っているような、何と言えばいいのかが分かっていないような。そんなお母さんを見るのは初めてで、僕もどうすればいいのか戸惑いました。


 沈黙を突き破るように、弟は言います。

「aちゃんがしんじゃったの!」


 理解が追い付かない、のレベルではなく。

 理解することを拒み始めた僕の頭。

 それでも弟は言います。


「じゅぎょーちゅーに、バタって!アニメで見た通りなんだね!」


 死、というものをまだ完全に理解しきれていない弟は、非常識にも言葉を選ぶことを知りません。

 仕方のないことなのですが、仕方ないの一言で片付けることが出来たらどれほど楽なのでしょう。


 お母さんは何も言わずに弟を抱き締めました。


 これ以上弟に言葉を紡がせないために。


 やっと考えることを、理解することを拒まなくなった頭で思考を開始しました。

 aちゃんと話したこともなければ、直接面識があるわけでもない僕がこれほどの衝撃を受けたのです。担任の先生だって、死を理解できるクラスメイトだっているはずです。その人達がどれほどの衝撃を受けたのでしょうか?なによりaちゃんの家族はどう思うのでしょうか?


 僕には分からないことだらけ。


 少し落ち着いた後、お母さんからポツポツと話を聞きました。その場にいた先生から聞いた話だそうです。

 お父さんも交えての家族会議。

 僕が聞いても何も出来ることなんてないし、本当なら聞く必要すらないのでしょうけど、聞かなければならない。そんな気がした。


 授業中になんの前触れもなく、泡を吹いて倒れた。


 一文にすると、こんな感じでした。まぁ、聞いた限りの話なので情報に多少の間違いはあるのでしょうが。それに又聞きの又聞きですからね。余計に正しい情報なのか分かりませんが、それを信じるとするなら、先程述べた通りです。


 すぐに救急車を呼んで、蘇生を試みたそうですが検討むなしい結果に終わったとか。死因は見当もつかなかったみたいです。検討むなしく見当もつかないなんて、こんな状況じゃなかったなら相当気の利いたダジャレなのですけれど。

 つまり不自然死。最近流行りの不自然死です。


 それが意味したのは、子供でも分かること。


 絶望。絶望。絶望。絶望。絶望。絶望。


 繰り返す二文字。


 でも断言が出来ない。絶望が迫っていると断言が出来ない。だから簡単に学級閉鎖なんかにはならない。きっと断言出来たとしても、休みにはならないのでしょうがね。それほどありふれているんです。法律とか、国とか、幼稚園の制度とか、そんな割り切れるものを恨むことすら許されないのです。


 恨むならこんな時代に産まれた自分の運命なのでしょう。神なのでしょう。


 絶望。絶望。絶望。絶望。絶望。絶望。


 この時代に産まれた。そんな絶望。


 お父さんとお母さんは口を揃えて呟くのです。


「九十九…」


 小学生ですら、僕ですら知っています。

 それは害悪。人間ではない。自覚なき殺人者。そんな風に習いました。ええ、道徳の授業で九十九を習うのです。


 どうやら弟の幼稚園に九十九が出現したようです。

僕的には満足するものが書けた気がします。これからも精進精進。

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