走
「すみません、ここって何処ですか? ちょっと迷子になってしまいまして…」
山を降りてからは、手当たり次第民家のインターホンを鳴らして、僕の家のある地域の場所を知っている人を探す。
大体の人は居留守を使っていたり、僕と関わろうとしてくれなかった。
大分回って、日が傾きかけていた頃やっとまともに会話してくれる人が現れた。
「ああ、あそこね…あなた、あんな遠いところからここまで来たの? 一人で?」
親切にしてくれるのはありがたいのだけれど、この場合の親切はありがた迷惑というやつだ。
「一人ではなかったのですけど、色々と事情がありまして…帰らなければならなくなってしまったんです」
場所を聞いた後は、ひたすら歩く。歩くよりもただ歩く。歩いて歩いて、歩みを止めない。
止めてしまうと、追い付かれるかもしれないから。せっかく逃げたのに捕まったら台無しになってしまう。
僕の逃走劇が。
遠いとは聞いていたのだが、どれほど遠いのかは当時の僕には分からなかった。約25㎞、子供の足では遠すぎる。
けれど、それを僕は知らない。無知を知らない。
商店街を通り抜けていた時、ふと周りの目線が気になった。全員が全員、僕に不審な目を向けてくるのだ。哀れみとか、汚いものを見るあの感じとか、嘲りとか、見下しとか、好奇心とか、そういうものを全部含めたような目だ。
その時、ようやく僕は気付く。
僕の風貌に。
全身泥だらけ、膝からは血が出ている、裸足、服も所々破れている、そんな風貌に気付く。
ああ、誰だってそんな格好をしていたら目を向けるのも納得だ。
僕はそそくさと、商店街から裏通りへと出る。なるべく人の目に付きにくいように、道を選びながら歩いた。だけど、しかし裸足で歩くのは無謀にも思えてきて、少し可笑しくなった。
歩けば痛いし、止まれば家に着くことが出来なくなってしまうという、八方塞がりである。と言っても歩くのを止めるわけがないのだけどさ。
どれだけ歩いたのだろう?日が傾く、そんなレベルではもはやなく、夜が更ける、そんなレベルでもない。夜が明けてきたのだ。
太陽がゆっくりと、だが確実に上ってきた頃、やっと見知った土地に着くことが出来た。
ここ知ってるぞ、そんな場所。多分そろそろ僕の喉から手が出るほど欲していた、家が出迎えてくれる。
それは朗報で。吉報で。
だから、嬉しくて足早になってきたことを無視しながら、僕は足を進める。足の向かう先には、きっと僕の家がある。そして僕は言うんだ。
「ただいま」
家が見えてきた!もうすぐ、本当にもうすぐだ!
走っていた。僕の足が勝手に。さっきまで、辛いだとか痛いだとかのたまっていたのに。驚いたけれど、それ以上に嬉しさがあった。
走った先にまず見えたのは黄色のテープだ。
あれ?家の前にこんなのあったっけ?
とりあえずくぐって、ドアを開けた。
ひょっとすると、鍵が閉まっていたのではないかとも考えていたけれど、どうやら杞憂だったようだ。ドアは無抵抗に力のままに開いた。
ガチャ!
「ただいま!」
知っていたような気がするし、もしかしたら知らなかったのかもしれない。
返事がないのだ。
生臭いのだ。
赤い、どす黒い、ペンキみたいなのが所々にべチャッと付いているのだ。
人の気配がしないのだ。
うすら寒いのだ。
ああ、そっかそっか。
僕が殺したのだ。
お母さんも、お父さんも。
もう一度僕は声にする。
毎日のように口にしていた言葉を。
「ただいま」
僕は僕に言う。
おかえり。
めっちゃ、短い!!
けどそろそろ後半戦!
頑張ります。




