Dead or Die
一人称視点の小説がさ、僕は好きなんだけれどね。けれども、僕は思うわけだよ。一人称視点の主人公は誰に話しかけているのだろうって。
僕の場合は君に話していることになるけど、大体の場合は読者に話しかけていることになるよね?
でも、読者は読者であって登場人物じゃないわけであって。主人公に対して、
「いやいや、君達は自分の人生が小説になることを想定して読者に話しかけてるの?どんだけ頭お花畑なの?」
って思っちゃう訳さ。
性格が悪いのは百も承知なんだけど、君だって1度は思ったことあるだろ?
この主人公はなぜ自分の人生を語るのだろうと。
まあ、その疑問は僕にも当てはまるから耳が痛いんだ。だから僕が答えてみよう。
それは聞いてもらいたいから。
同情してもらいたいから。
悲しいことがあったり、嬉しいことがあったり、それを誰かに語りたくなるのは自然なことじゃないかな?
そこまでは分かるんだよ、主人公の気持ちだって理解できる。
けど、読者に語る必要はないのではないだろうか。登場人物同士で語ればいいのではないだろうか。
ほら、僕と君みたいにさ。一方的に僕が語っているだけの現状だけど。
だから、僕にもいつか話しておくれよ。
君の物語をさ。
僕の疑問はそれまで僕が考えてみるよ。
まあまあ、僕はこんな風に思考を巡らせること自体が好きなんだよね。それも1つの小説の読み方な気がするし。楽しみ方な気がするわけだしさ。
急に変なこと話してごめんね。
空気が読めないのが僕だからね。
んじゃ、ちょっとD君のところに行ってくるとしようか。物語の続きを僕も待っているわけだから、話を進めよう。ページを綴ろう。
このセリフを言う相手が久しくいなかったから、いざ言うとなると少し照れくさいけど。
行ってきます。
*************
「それでさ、僕は言ったんだよ、ふうちゃんに。危ないよ!ってさ。そしたらふうちゃんは、大丈夫大丈夫~、とか言って自転車にまたがって立ちこぎをしながらハンドルを握らずに一輪車ごっこを始めたんだよ」
僕は、D君を眺めながら語りかける。
「そしたら、1メートルも進まずに転けてさ、膝を擦りむいて半泣きになりながら強がって、楽しい!とか言い張って。可愛いのなんのって。…聞いてる?」
D君があまりにも反応しないから、聞いてるのか心配になった。僕は独りでいることには慣れているけど、一人じゃないのに独りにさせられるのには慣れていない。
ウサギと一緒だ。孤独死しちゃうぞ。
なんて、ウサギは孤独死しないらしい。誰かから聞いた覚えがある。正しい情報かどうかは分からないから、詳しく知りたいなら自分で調べて。
「なんで…なんでこんなことするんだよ!?」
D君は怯えた、いや違うな。脅えた、こっちの漢字の方が適切かな?脅えた表情をしながら僕に聞いた。
「そんなことはどうでもいいから、早くその紙に続き書きなよ」
僕の話、聞いてないならさ。
付け加えて僕はそう言った。
ここはD君の家だ。と言っても、D君は上京してきたらしいので、一人暮らしだけど。
僕はD君の家に上がらせてもらっている。
「こんなの書かせてどうするんだよ!お前…俺を殺す気なのかよ!!」
「ギャンギャン喚かないでよ、近隣の人様の迷惑になっちゃうだろ。そんなにうるさいと…」
一呼吸おいて出来る限り明るい声で言った。
「舌を引っこ抜いちゃうぞ♪」
「ひぃぃ!?」
そんなに脅えられるとちょっと傷付くなぁ…。
「ああ、そんなに脅えないで。ただの冗談だから。だけど、僕の冗談が冗談のうちに、その紙書いて。迅速に。且つ丁寧に」
D君が紙を書いている間、暇だから僕は話した。ふうちゃんのこととか、君のこととか。
後はD君の紙を書き終わるのを待つだけ。
用意はもう出来ている。
「書いたから…殺さないで…」
おっ、意外と早い。やれば出来るじゃん。
僕はその紙に目を通しながら二人目の準備をしていないにも関わらず、これほどスムーズに『事』が進んだことに安堵した。そもそも九十九がクラスに二人いるなんて想定出来るはずもなかったけれど。
「うん、完璧。D君ナイス!」
「じゃ、じゃあ殺さないでもらえますか…?」
段々と弱気に、そして下手に出るD君を見て思う。
人間みたいだな、と。九十九なのに。人間となんら変わらないじゃないか。
改めて実感すると、殺すのを躊躇ってしまう。
ダメだ、ダメだ。
犠牲者を増やす前に僕が殺さなきゃ。
「分かった、殺さない」
D君は九死に一生を得た顔をした。
九死に一生を得た人を見たことがないから、ただの例えだけど。
「その代わり、自殺して」
「…えっ」
D君が絶望に顔を歪めた。
「縄は僕が用意しておいたから、セッティングは整ってるよ。後はD君の決心だけだよ」
「はっ?ふざけんなよ!」
D君は、キッチンに走り出して包丁を握り締めて戻ってきた。
「殺されるくらいなら…殺してやるっ!」
まあ、そういう反応をするのは知ってる。僕も殺されそうになったら、そうする自信がある。
「やめなって、そんなことしてもD君が死ぬのは変わらない」
「うるせえ!」
包丁をこちらに向けて突っ込んできた。
この場合の『突っ込んで』は、ボケに対するツッコミではなく、文字通り突っ込んできたという意味だ。
僕はため息を吐いて、覚悟を決める。
死ぬ覚悟ではない。傷を負う覚悟というやつである。怪我はしたくなかったけれどね、仕方ない。
D君の持っている包丁を利き手ではない、左手の手のひらで受け止めた。勿論左手からは血が吹き出した。
半端じゃなく痛いけど、覚悟を決めていたからか割と冷静に動ける。
まず、包丁を受け止めて、今度は利き手である右手でハンカチをD君の顔に押し付ける。
薬品が染み込んでいるのだ、1秒とせずD君は地面に這いつくばった。
「少しだけおやすみ、次は九十九にならないような人生を送れることを僕は切に願うよ」
D君が完全に意識を失った後、用意していた縄を天井からぶら下げ、そこにD君を吊るした。
椅子を近くに持ってきた。さも自殺したかのように見せかけるために。
先程の怪我で僕の血が地面に滴っているので、入念に拭き取る。それでもルミノール反応とか言うやつで、きっとバレるだろう。警察だって無能じゃない。むしろ日本の警察は有能だ。それでも、僕を捕まえられやしない。
別に自信過剰なのではなく、D君が九十九だからだ。それだけの理由で、罪には問われない。
そして最後に先程書かせておいた紙をD君の近くに置いておく。
手紙の内容を軽く説明するならこうだ。
『私、Dは九十九になってしまい、生きる意味を失いました。周りの皆々様に迷惑のかからないよう、ここで死ぬことを決断しました。最期に親へ。先立つ不幸を許してください。せめて両親は私のことなど忘れて生きてください。D』
とても省いたけれどこういう感じだ。
遺書、そう呼んでも差し支えないだろう。
さ、これで僕の仕事も終わりだろう。
今日はもう帰ろう。
左手がジンジンと疼いて痛い。
今から病院行こうかな?
そうそう、君に連絡入れようと思って、気付いたんだよ。スマホを忘れていたのを。今日一日で、1回も触っていなかったから気付いていなかった。
まあ、帰ってからでも大丈夫かな?
とりあえず、病院へ行こう。
ああ、縫われるのかな?
嫌だなぁ…。
ゆっくりだけど、着実に終わりに近付く。その心地がたまらなく好きです。




