もう少し真面目で章(アキ編)1 今までの経験
ガイアスの世界
『闇』から解放されたムハードの兵達のその後
『闇』に支配されたムハード王が討たれたことにより、その影響を受けていたムハード兵達は『闇』から解放され正常な精神状態に戻っていた。
しかしそれまでの記憶が無くなった訳では無く兵達の殆どが自分がこれまで行ってきた人とは思えない所業に心を痛め自害しようとする者も多くいたようだ。
だが自害しようとする兵達をブリザラは必至で止めたようだ。ブリザラによる必至な説得により自害を思いとどまる兵達は多かったようだが、それでも三分の一の兵達は自害、または行方不明になっている。
もう少し真面目で章(アキ編)1 今までの経験
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
砂漠の大陸ムハードには滅多に雨は降らない。それはムハード大陸で生きる人々にとって常識であり、ムハード大陸では無い別の大陸で生きる人々にとっても砂漠と聞けば何となく想像ができることだろう。 ムハード大陸に雨が降るということは、人が生き返ったり現在の状況が突然劇的に変化したりするといった程では無いにしろ人々はその現象を奇跡と言う。
それだけムハード大陸で生きる人々にとって雨とは重要な現象であり、他の大陸の者が雨に歓喜するムハード大陸の人々を見て、彼らにとって雨とは最も身近で最も欲する奇跡であると例えた程であった。
そんな身近な奇跡が久々にムハード大陸の空から降り落ちた。前回の雨から約三カ月、ムハード国に住む人々の水の備蓄はまだ少し余裕があったが、この時の雨は様子が違った。
それこそ身近という軽々しい言葉を吐けない程の大きな奇跡、一度死んだ人が蘇る程の奇跡、数十年という長い年月の間ムハード大陸を蝕みその地に生きる者達に恐怖と不安を振りまいていた元凶を討ち滅ぼす程の奇跡だったからだ。
身近では無い本当の奇跡がムハード大陸、ムハード国に降り注いでから二日後。『闇』の力に取り込まれ人では無くなったムハード王を討った者達の一人である男は、主を失ったムハード城の前に立っていた。
「……ここだけは気配が残っているな」
大陸と同じ名を持つムハード国の負の象徴にして大陸全土に恐怖と不安を植え続けたムハード城を見つめながら、そこに漂う微かに残る『闇』の気配を感じ取った男は城を見つめていた。
一目見ただけで恐怖と不安に心が掻き立てられるようなまるで地獄を凝縮したようなその外観を前に男の表情は信じられない程に無表情であった。
男の表情が全く変わらないのは恐怖や不安といった感情が欠落しているからであり、欠落している理由は男が半死であるからだった。
半死は活動死体とは違い、しっかりと自我が存在している。ただし感情が徐々に欠落していくという副作用があり、最終的には活動死体と同じく自我を失うことになる。ならばなぜ男は半死になったのか、事の始まりは男とある存在との出会いが関係していた。
ムウラガ大陸にある闇のダンジョンで男は一度死んだ。それは自分の力を過信しすぎたとも不運の事故とも言える最後であった。
本来ならば複数人で向かうこと推奨されているダンジョン。一人でダンジョンに向かうなど自殺行為でしかない。しかし男はたった一人で闇のダンジョンの最奥を目指しのだ。この行為は自分の力を過信しているとしか思えない。だが男はたった一人でダンジョンの最奥に辿りついた。未だ冒険者や戦闘職の中で辿りついた者がいないのか、ダンジョンの最奥は暗く人の手が加えられていないようだった。男は初めてこのダンジョンの最奥に辿りついた存在となった。しかし最奥で待っていたのは男が望むものでは無く、想像もしていなかった存在との遭遇だった。
現在ガイアスで確認されているだけで数百種にも及ぶ魔物。その数百種の中で最強の一角と言われる魔物、黒竜が男の前に姿を現したのだ。
おとぎ話や伝説の中に出てくる魔物と勘違いしてしまう程、遭遇することは珍しいと言われている黒竜。本来、人が立ち寄れない険しい山岳地帯に生息している言われる黒竜がなぜダンジョンのしかも狭い通路にいるのか遭遇してしまた男には理解できなかった。
ただの見間違いでは無いかと目の前の現実から目を逸らす男。だが暗闇に溶け込むような佇まいは男の見間違いなどでは無く魔物の中で最強と言われる黒竜の姿であった。これが不運の事故であった。
通路を塞ぐようにしてそこに佇む黒竜。男は覚悟を決めたようにたった一人で魔物の中で最強と言われる黒竜に戦いを挑んだ。果敢とも蛮勇とも言えるその行動には訳があった。
男はダンジョンの最奥にあると言われている物、力を求めていたからだ。何人にも侵されず奪われない程の絶対な力を欲していた男は、黒竜と対峙して尚、その先へと進もうとする程にその絶対的な力を欲していたのだ。
だが結果、男は黒竜の瞳を潰すことに成功したものの、その代償として体の半分を引き裂かれ失う事になった。それは言うまでも無く即死であった。そのはずであった。
本来ならば絶対に目覚めることが無い状況で男は目覚めたのだ。目覚めた男は身に覚えの無い全身防具を身に纏っていた。そして自分の進むべき道を阻んだ憎き黒竜と似た漆黒の色をした全身防具は突然喋り始めたのだ。男自身が自我を持つ活動死体、半死の状態にあり自分が肉体の管理をしている、無理に脱ごうとすればその先に待つのは死だと。
これがアキ=フェイレスという男が半死に至った理由、そして自我を持つ伝説の防具、クイーンとの出会いでもあった。
しかしアキの感情が欠落している理由はそれだけでは無い。瀕死の状態にあったアキの生命維持の為、クイーンがアキを自分の中に取り込んだ際、近くにいた黒竜をも取り込んでしまったのだ。これはクイーンにとって予期せぬことであった。
クイーンがアキと一緒に黒竜を取り込んでしまったことによりアキはガイアス最強の魔物と言われる黒竜の力を手にすることになった。だがそれと同時にアキは常に『闇』を持つ黒竜に精神を蝕まれることになった。
使い続ければ『闇』へと堕ちていく諸刃の剣である黒竜の力。使う度に精神は削られ『闇』の力が半死の体に流れ込んでくる。それは当然アキの精神にも異常を来していく。その影響がアキの感情を欠落させているもう一つの理由と言えるのだった。
月が顔を出す夜の時以外、常に陽の光に晒されるムハード大陸。しかし今までは『闇』に支配されたムハード王の影響で陽の光は感じるものの何処か常に暗い雰囲気を漂わせていた。漂う暗い雰囲気は人々の心をも暗くし活力を奪う。それがここ数十年のムハード大陸、ムハード国であった。
しかし本当の奇跡が起こった日、大陸や国に漂っていた暗い雰囲気は跡形も無く霧散した。暗い雰囲気、『闇』を振りまいていた張本人であるムハード王がアキの仲間によって討たれたからだ。
今では晴れ晴れとした気分にさせる陽の光がムハード大陸に降り注ぐ。それは希望の光でもあった。活力を取り戻した大陸の人々。特にムハード王の膝元で生きていたムハード国の人々の活き活きとした表情は、同じ国の人なのかと思う程に変化を促したのである。
だが国や人々の心に届いた光が未だ届かない場所があった。それがムハード王の置き土産、負の遺産とも言える国の象徴であるムハード城であった。
主を失いその効果は薄れたとはいえ、国の何処からでも眺めることが出来るムハード城は、一目見るだけで人々の心に不安や恐怖を思い出させるのだ。新たな希望を胸にこれから進んでいこうとしているムハード国の人々にとってムハード城は自分達の希望を妨げる障害でしかないのである。
「それで、ブリザラは何て言っていた?」
本当の奇跡以降この二日間、不眠不休で動き続けムハードの復興支援を自国に指示したサイデリーの王ブリザラは何と言っていたかと自分が纏う漆黒の全身防具自我を持つ伝説の防具クイーンに尋ねるアキ。
『ブリザラは盛大にぶっ壊してください、ああちなみに周囲に誰もいないことを確認してくださいね……と言っていました』
「……」
ブリザラの声真似をするクイーンの言葉に頭を押えるアキ。
『……似ていませんでしたか?』
「そうじゃない……あの女はたまに想像の右斜め上のことを考えやがる」
クイーンの声真似などどうでもいいアキは、サイデリー王国の王であるブリザラの突拍子もない行動に頭を押えていた。
『そうじゃない……ということは私のブリザラの声真似は中々の物と言うことですね』
「……」
身近にもう一人突拍子も無い奴がいたとクイーンに呆れた表情を向けるアキ。
「はぁ……だが……急いでこの城をぶっ壊す必要がある? 確かに『闇』の影響はあるがそれでもその影響は僅かだ、普通の人間が一日ここで過ごしても特に影響はないはずだ」
ムハード城から発せられている『闇』は、主を失ったことによりその機能を失い『闇』自体の濃度は減少を続けている。例え一日人がその場に立っていたとしても何の影響も無い程に『闇』の量は減少している。それにも関わらずブリザラはなぜ急いで城を破壊しろと言うのか疑問を抱くアキ。
『その理由は色々とあります』
「理由ね……」
城を破壊する前にその理由とやらを聞こうとクイーンの声に耳を傾けるアキはその場に座り込んだ。
『まず一番の理由はこの国の人々の心の平穏を保つためです』
「……ああ……なるほど……」
恐れや不安の感情が欠落している今、アキにとって目の前に広がる城は自分の感性に合わない悪趣味な物でしかない。正常な感情を持つ者ならば、ムハード城を見て恐怖や不安を抱くことを失念していたアキは、クイーンの言葉に頷いた。
『希望を抱きその足で再び歩み始めようとしているムハード国の人々にとってあの城は忌々しい記憶を思い出させるムハード王の負の遺産でしかない……なので出来るだけ早くぶっ壊してほしいと言うのが、ブリザラの指示です』
「……」
国とはそこに生きる人々がいてこそ成り立つもの。ムハードのような独裁国は別として、ガイアスにある国の半分以上は裏では色々とあったとしても表向きではそんな理念を謳っている。
ムハード国で生まれ、幼い頃は強者に命以外の物は全て奪われてきたアキ。そんなアキの頭の中には強き者が正義、弱者は従い奪われる者という考えが刷り込まれていた。アキが絶対的な力を追い求めた理由、それは奪われない存在、強者になることだった。
ムハード国から逃げ出し右も左も分からぬまま他の大陸に足を踏みいれたアキが目にしたのは偽善を被り生温く生きる者達の姿であった。
しかし結局、力は嘘をつかない。例え国の人々の事を第一に考えると謳っても戦争になれば、弱者は弱国は強者に強国に奪われるのだ。他国に足を踏み入れたアキの価値観が変わることは無かった。
『……次の理由として、ムハード大陸にある全ての国に対して未だムハード国が健在であることを印象付ける必要があるからです』
王が討たれたからといって、国も一緒に滅びる訳では無い。国としての変化はあれど、人々が居る限り国は存在し続ける。だが象徴である王を失った国は脆い。王とは国とその国に住む人々を導く存在、それが良きことでも悪しきことでも王という存在の有無は国の存亡に直結してくるのである。
『直ぐにでも新たな城の建設に入りたいというのがブリザラの願いではあるようですが、それは時間的に難しい。そのため最低でもムハード城の完全破壊というのがマスターに与えられた任務です』
「……任務ね……俺やお前はいつからあいつの家来になったんだ?」
ブリザラからの任務という言葉が気に喰わないのか、アキは不満な表情を浮かべながら皮肉を吐いた。
『ならば、言い換えます、ブリザラからのお願い、もしくは依頼です』
「おいおい、適当だな……というか、お前何時あのオウサマからそんな指示を受けたんだ?」
自我を持つ伝説の武具とその所有者は一心同体、その行動は常に共にある。その為、普通ならば他の者が所有者ないし自我を持つ武具に接触する場合、両方と接触することになるはずである。だが本当の奇跡以降、ブリザラと接触した記憶が無いアキ。そうなれば当然クイーンとブリザラが会話する機会も無いはずであった。
『……乙女の秘密です……』
「フッ……乙女……ねぇ」
クイーンから発せられた言葉に対し鼻で笑うアキは、ブリザラの年齢ならば十分に通じる言葉ではあるが推定二千年以上ガイアスに存在しているクイーンを乙女と呼ぶには相当な無理があると心の中で思っていた。
『……』
そんなアキの態度に怒りを現す肉体も無ければ表情も無い自我を持つ伝説の防具クイーンは無言の抗議を送る。
「……はいはい、乙女ね乙女……それで俺があの城をぶっ壊せばいいんだな」
無言の抗議を受け取ったアキは面倒そうにクイーンをなだめるとこれから自分がやる役割を口にした。
『……はい……今この国にいる者の中でマスター以上に広域で高威力な攻撃を放てる者は存在しません』
アキの雑な対応に不満を残すクイーンの声は、折角の美声が台無しになるほどに抑揚なく冷たい。
「……まあ、そうなるわな……」
しかしアキは気にしないというように自分が振られた役割を説明するクイーンの言葉に頷いた。
自我を持つ伝説の防具を纏いその身体能力は人の域を超え、更にはガイアス最強の呼び声が高い魔物、黒竜の力まで宿しているアキを超える力を持つ者など現在のムハードに存在しない。ムハード城の完全破壊は現時点でアキにしか出来ないことであった。
『ふふふ、余裕たっぷりのマスターに試練を二つ課します』
そうアキに告げるクイーンの声色は、先程の仕返しというように意地悪な雰囲気を纏っていた。
「試練? なんで俺が試練なんて受けなきゃならない? そもそも城はさっさとぶっ壊さなきゃならないんだろ、だったら黒竜の力で吹き飛ばせばいい」
クイーンの突然の試練発言に不機嫌な表情を浮かべるアキ。
『それじゃ駄目です、下手をすればこの国全てが灰になります、という訳でまず一つ目の試練は黒竜の力を使うのは禁止です』
「ケッ……そんなことだろうと思ったよ、お前達は直ぐそれだ」
今までいろんな者達から散々言われてきた言葉だけにうんざりした表情を浮かべるアキ。だがアキが黒竜の力を持つことを知っている者達が皆口五月蠅くして言うのは当たり前であった。
黒竜の力はアキ自身の精神を蝕む。使えば使う程アキという存在は黒竜に乗っ取られていくのだ。そんな力を気軽に扱って欲しいなどアキの周囲にいる者達は誰一人として望んでなどいないのだ。
だが問題はそれだけでは無い。下手をすれば黒竜に乗っ取られる以上に厄介なことが起こる可能性もある。それが魔王の種子だ。アキの体の中には魔王の種子、所謂、魔王になる才能が眠っている。黒竜が持つ力の属性は『闇』。黒竜の力を乱発する事で魔王の種子に影響を及ぼしかねないのだ。それを危惧するクイーンやブリザラ達は、アキが黒竜の力を使うことを望んでいないのである。
『二つ目……どちらかと言えばマスターにはこちらの方に更に力を入れていただきたいです』
「へっ! ……何だよ、素手でぶっ壊せってか?」
二つ目の試練に関しては全く想像がつかないアキは自分の拳を見つめあてずっぽうに答えてみる。
『いえ、違います……』
アキの答えを冷たくあしらうクイーン。
『マスターにやって頂く二つ目の試練、それは城内に眠る千体を超える遺体を損傷させずにムハード城を破壊してください』
「はぁ?」
一つ目の試練はおおよそ予測の範囲内であったアキ。当然、黒竜の力を使わずともムハード城を破壊する自信はあった。しかし二つ目の試練は明らかに予想の範疇を逸脱したものであった。なぜなら破壊という行為と真逆の行動を同時に行わなければならないからだ。
城内に眠る千体を超える遺体を傷つける事無くムハード城を破壊する。はっきり言って無理な話であった。
「ああああああ! というかなぜ俺がお前の試練を受けなきゃならない!」
降って湧いたような試練をこなす理由は無いとクイーンの提案を突っぱねるアキ。
『まあ、いいですよ私の試練を突っぱねても……ですがそれでいいんですかね……これぐらいパパッと出来ないと……これから先、マスターは生き残れませんよ』
それは冗談では無くはっきりとした脅しであった。
「……」
クイーンの脅しに口を閉ざすアキ。
『マスターに一つヒントをあげます、マスターはこの試練、特に二つ目は無理だと思っているようですが、私は無理難題を押し付けているつもりはありません、私の力とマスターが持つ力を合わせれば簡単に成し遂げることが可能な試練です……そのことを今までの自分の経験をよく思いだしてください……制限時間は明日の明朝までです』
そう言うとクイーンは黙りこんだ。
「お、おい待てクイーン! 俺はまだやるとは言ってないぞ!」
しかしアキの声に一切の反応を見せないクイーン。先程の無言の抗議とは違いクイーン自体の気配を感じ取れないアキはクソッ言いながらと立ち上があった。
「クイーンと俺の力を合わせて……後は今までの経験を思い出せ……だと」
苛立ち何やかんや愚痴を零しつつもクイーンが課した試練と対峙するアキ。
「ああ……訳がわかんねぇな……」
頭を掻きむしりながら空を見上げるアキ。そこには故郷だというのに一度も見たことの無い澄んだ空があった。
― 数時間後 ―
突然の轟音がムハード国全体に響き渡った。部屋の中にいた人々は何の騒ぎだと外に出る。すると既に外に出ていた者達は驚いた表情を浮かべながら皆同じ場所を見つめていた。まだ状況を把握できていない者達が驚いている者達の視線に誘われその方向へと視線を向けるとそこには瓦礫の山と化したムハード城の光景が広がる。
皆一様に今まであった城が消え去った事に驚きの表情を浮かべていると、その驚きは誰からともなく歓喜の表情に変わって行く。そして先程国中に響き渡った轟音にも負けない歓声がムハード国に響き渡るのであった。
ガイアスの世界
乙女の秘密
ブリザラからの指示を受けたクイーン。しかし一切接触していなかった二人がなぜ会話することが出来たのか。
それは他人に聞かれないよう所有者と自我を持つ伝説の武具の間で成立する会話の応用である。
所有者で無くても自我を持つ伝説の武具がピンポイントで話かければ、他人に聞かれない会話は可能でありその逆、所有者が自分の物では無い自我を持つ伝説の武具にピンポイントで話しかければ他人に聞かれない会話は可能になる。
アキ自身、キングと何度か二人だけの会話をしているはずなのだがクイーンとブリザラがどうやって会話をしていたのか全く気付いていないようだ。




