真面目で章(ソフィア編)4 才能の差
ガイアスの世界
ポーンに施された封印
未完全であると本人が言うポーンの能力。それは破損からくるものともう一つ封印を施されていることが原因となっている。
なぜ破損しているのかそして封印されているのかそのどちらも現時点では不明であるが、破損が修復され封印が解かれれば、スプリングがポーンを装備する日も近いのかもしれないとかなんとか。
真面目で章(ソフィア編)4 才能の差
「ッ!」
突然、足をとられるような感覚に目を覚ます少女。
(ぬ……沼?)
自分に起きている状況を理解できない少女。視線の先には足が黒い沼にのみ込まれはじめていた。
「ど、うぐッッ!」
自分のおかれた状況に声を上げようとする少女。しかしなぜかうまく声を発することが出来ない。
黒い沼はゆっくりとではあるが確実に少女を黒いはらわたの中へと引きずりこもうとしていた。
(どうして……)
未だ状況を理解できない少女は、心の中で疑問を口にする。
周囲は足をとられた沼と同じく黒一色、暗闇が広がり人の気配は愚か何も無い。既に沼のはらわたの中、底に居るのではないかというその光景は、少女の心を不安へと追い込んでいく。
(ん?……足……音……)
足は愚か少女の体までもその黒いはらわたの中に飲み込もうとしている沼。そんな中、少女の耳に突然響く足音。だが何処まで続いているのかも分からない沼で足音が響く訳も無く、少女の周囲には人の気配も無い。足音がする要素は一つとして無い。
しかし確かに少女の耳には足音が響いている。不安を抱く少女にとってその足音は唯一の光にも思える。そして何よりその足音は少女が知っている足音であった。しかし無常にも唯一の心の支えである足音は少女から遠ざかって行く。
(駄目いかないで!)
必至でその足音を止めようと声を張りあげようとする少女。だがまるで沼が声すら飲み込んでいるかのように少女は声を発することが出来ない。
(……このままじゃ……×××が行っちゃう……!)
自分の声が届かず遠ざかって行く足音の主の名を心の中で叫ぶ少女。
(……どうしよう……このままじゃ……)
この状況を脱する方法が何か無いかと考える少女。だが既に少女の体は腰まで沼が浸かり始め少女に考える時間は残されていない。
(どうしよう……私は……こんな所で……)
目覚めた瞬間、訳の分からない状況に陥り自分の命が危うくなっていることに思わず嘆く少女。
(私は……×××の隣に立って……!)
何時の頃からかそう心に決めた目標、決意を口にする少女は足掻く。沼に対してそれが一番やってはいけないことだと分かっていても、少女が今出来ることは足掻くことだけだった。案の定、少女の体はどんどんと沼の中に引きずりこまれていく。
(駄目……だ……)
足掻いた瞬間、一瞬にして胸まで飲み込まれていく少女は、沼から感じる圧迫感によって意識が朦朧としはじめる。
(お願い×××! 私に……気付いて……)
首より下を全て沼に呑み込まれた少女にはもう願うことしか出来ない。遠ざかって行くその足音に気付いてもらうことしか少女が助かる道は無い。だが無常にもその足音は止まることも少女に向かって来ることもなくただ遠ざかって行く。
(……願っても……あなたの想いは届かない……)
すると既に混濁し意識が曖昧となった少女の耳に遠ざかって行く足音以外の音、声が突然聞こえた。
(……だってその願いは絶対に叶わないのだから)
容赦ない言葉で少女の心を潰しにかかる声。
(……な、何で……)
意識が朦朧とする少女は耳元で囁かれる声に信じられないという表情を浮かべる。
(何で?)
(……ッ!)
少女が心の中で呟いた言葉をまるで聞いていたかのように謎の声はそう囁いた。
(……わかるよ……だって……私はあなたの……影だもの……)
謎の声がそう呟いた瞬間、少女の体を飲み込もうとしていた黒い沼が活動を停止する。顎のあたりまで浸かっていた黒い沼は少女を飲み込むのを止めたのだ。
(影……?)
もう耳元で囁かれる声が本当に聞こえているものなのかそれとも幻聴なのかも判断がつかない少女は遠のいていく意識の中で思わず謎の声に聞いていた。
(そう……この世界では私があなたの影……ただ待っている結末は一緒……絶対にあなたの願いは……想いはあの人には届かない)
少女の願いは絶対に届かないと囁いた謎の声。すると少女の頭の中に突然、見知らぬ光景、見知らぬ町、見知らぬ恰好をした人々の記憶が流れ込んでくる。その記憶の全てが少女にとっては見知らぬ光景であった。
(……)
しかし知らないはずなのに少女はその記憶に何処か懐かしさを感じる。自分のものでは無いはずなのにその記憶に刻まれた感情がまるで自分のものであるかのように感じるのだ。
(……さあ、願うのを止めて……既に定められた結末へ向けてあなたはその力を振うの……)
少女に囁く謎の声は微かに笑いながらそう言うとその気配を消した。
(……私と同じ……声……)
少女の頭の中に流れ込む記憶が最後に見せたのは青年の横顔だった。見知らぬ恰好をした青年と共に見知らぬ町を歩くそんな光景。
少女はその青年の横顔を知っている。その青年が何者であるのかそして自分にとってどんな存在であったのかを知っている。そして青年の横を歩いていたのだが誰であったのかも。
(……×××……)
青年の名を口にした少女はそのまま黒い沼の中へと飲み込まれていくのであった。
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
「……」
「よう嬢ちゃん、目が覚めたか?」
目を覚ましたソフィアの目に最初に映ったのはインセントの顔であった。
「んっ……んんん……」
体の怠さを押しながら上半身を起こすソフィア。そこは湿気が上昇するガウルドの草原の入口、町の
手前であった。
「ど、どうも……ありがとうございます」
自分がなぜ意識を失っていたのか記憶がはっきりしないソフィアは、とりあえず自分を見守っていてくれたインセントに頭を下げる。弱い魔物しか生息していないとはいえ魔物が出現する場所で意識を失っていた自分を見守ってくれていたインセントに礼を言うのは当然のことであった。
「ああ、気にするな……」
『剣聖』であるインセントにとってガウルドの草原に出現する魔物などそれこそ寝ていても倒せるような相手、別段礼を言われるほどのことではなかった。
「さて、立てるかい?」
周囲を見渡しながらインセントはソフィアに向けて手を差し出す。
「……はい」
差し出された手を掴んだソフィアはインセントの腕の力によって軽々と立ち上がった。
「……」
立ち上がったソフィアはガウルドの草原を見渡す。何か大切なことを忘れているような気がしていたからだ。
「どうした嬢ちゃん?」
立ち上がってから周囲を見渡すソフィアの様子に疑問を抱いたインセントは何かを探している様子のソフィアに声をかけた。
「ええっと……私……何か大切なことを……!」
そこまで口にしてソフィアの目が見開く。
「スプリングは! スプリングは何処ですか?」
何がきっかけで思いだしのかは分からないが大切なこと、それがスプリングであったことを思い出したソフィアは、その勢いのままインセントに詰め寄った。
「……スプリングか……」
詰め寄るソフィアからあからさまに目を逸らしたインセントは、珍しく暗い表情を浮かべた。
「……な、何か……あったんですか?」
ソフィアは、普段見せないインセントのその表情に不安を抱いた。
「……あいつは……」
俯くインセント。その表情は更に暗いものとなる。
「そんな……まさか……」
まさか、その後に続く言葉を口に出来ないソフィア。インセントの深刻な表情を汲み取りソフィアの頭の中では勝手に想像が膨らんでいく。
「出かけたよ」
気まずそうに目を逸らしていたはずのインセントは、今にも泣きそうな表情を浮かべるソフィアに視線を戻すと普段通りの様子でそう口にした。
「えっ?」
今までの深刻な様子は何処へいったのか、インセントの言葉が理解できないというようにソフィアの表情は固まる。
「プッ……グッハハハハハ!」
泣きそうな表情のまま固まるソフィアの様子に込み上げてきたものを爆発させ大笑いをはじめるインセント。
「……ちょ、ちょっとどういう事ですか!」
それがインセントの冗談であることが分かり怒りと安堵が込み上げるソフィア。その表情は、何とも複雑なものであった。
「いや悪い悪い、あまりに嬢ちゃんが必死なもんだから……」
複雑な表情を浮かべるソフィアに未だ笑いを残しつつも詫びるインセント。
「それで、今スプリングは何処に居るんですか?」
悪い冗談で話をはぐらかせ、インセントの術中にハマってしまったソフィアは顔を真っ赤にしながら自分が訊きたいスプリングの居所を尋ねた。
「ああ、スプリングの居場所か……あいつは今、光のダンジョンに向かっている所だ」
「光のダンジョン? ……なんで今更?」
光のダンジョンと言えば、初心者の冒険者や戦闘職が挑むには最適な場所でありそしてスプリングがポーンと出会った場所である。しかし今のスプリングには全く必要としない場所であるとソフィアは認識していた。
「まあ、色々とあるみたいなんだよ、スプリングとあの伝説の武器には」
「スプリングとポーンに……私、後を追います!」
インセントの話を聞くや否や、ガウルドの草原を飛び出そうとするソフィア。
「おいお、ちょっと待て!」
飛び出そうとするソフィアの腕を掴むインセント。
(……!)
腕を掴まれたソフィアはまるで巨大な岩のようにびくともしないインセントに驚きの表情を浮かべる。巨大な岩のように動かない、当然大男であるインセントに対してまだ少女であるソフィアが何をしても動じることが無いのは当然の結果ともいえる。しかしソフィアが感じたのはそれよりももっと根源的なこと、人間という種族としてインセントは規格外であるという印象だった。
腕を掴まれたことによってインセントに人間以上の何かを感じたソフィアは前にも何処かで感じた感覚だと既視感を抱く。しかしソフィアはその既視感の答えをこの場では導きだせなかった。
「あ、悪い、痛かったか?」
驚いた表情を自分に向けたソフィアを見て、掴んでいた腕を離したインセントはすぐさま謝り痛みはないかと尋ねた。
「いえ、大丈夫です」
掴まれた腕をさすりながらインセントの問に答えるソフィア。
「……いや、スプリングの後を追おうとする嬢ちゃんの気持ちは分からないでもないが、それは止めてやってくれ」
ソフィアを残し光のダンジョンへ向かったスプリングの気持ちを察してくれと言わんばかりに諭すインセント。
「な、何ですか?」
だがソフィアは自分が置いていかれたことが納得できない様子であった。
「あんまりこう言った話はしたくないんだがな……正直な話をすると、今お嬢ちゃんに着いてこられるとスプリングは困るんだよ……」
「ッ! ……どうして? ……それってやっぱり私が弱いからですか?」
剣士になってまだ一カ月程度の自分ではスプリングの邪魔にしかならない。一緒にダンジョンに向かえばスプリングにかなりの負担を強いることになると思ったソフィアは、自分が弱いからかとインセントに尋ねた。
「うーん、いや半分正解で半分不正解だ」
「?」
インセントの答えが不明瞭過ぎて僅かに混乱するソフィア。
「まずは正解の方を話すと、嬢ちゃんには剣士としての……いやそれこそ『剣聖』にだってなれる才能がある」
そうソフィアの内にある才能を説明するインセント。
「私に才能?」
だが自分に才能があるなど思ってもいないソフィアは、インセントの言葉に首を傾げた。
「ああ、光のダンジョン程度ならば今の嬢ちゃんなら十二分にスプリングを助けることができる……いや一人で向かっても全く問題ないだろう……だが俺が言いたいのはそう言うことじゃない、ここからは不正解の答えだ……嬢ちゃんは自分の才能を自覚しなさすぎている……確かに自分の才能を自覚しすぎて過信しすぎるのは良くないが、しなさすぎない奴は、才能を持たない者からすれば毒にしかならない」
自分が持つ才能を自覚していないことが不正解の答えだとソフィアに説明するインセント。
「才能が無い……スプリングは才能が……『剣聖』としての素質が無いってことですか?」
剣士や上位剣士としてのスプリングを直接見た訳では無いソフィア。だがソフィアは戦場から伝わってくるスプリングの噂を幾度も聞きそして憧れてもいた。そんなスプリングに『剣聖』としての才能が無いとはどうしても思えないソフィアはその感情を全面に押し出しながらインセントの言葉に否定の意思を向けた。
「いや、あいつも『剣聖』としての才能は十分にある……久々に再会してそう思ったよ」
「だったら……」
スプリングにも『剣聖』としての才能が十分にあるのなら自分が光のダンジョンに同行することは問題ではないのではないかと思うソフィア。
「……嬢ちゃん……才能にも差があるんだ……スプリングは『剣聖』になる為に十分な才能があると俺は言った……だが嬢ちゃんは目指せば確実に『剣聖』になる才能を持っているんだよ……この差は大きい……それをスプリングも理解しているからこそ、自分の才能を自覚しなさ過ぎている嬢ちゃんの行動の一つ一つがあいつの自分の自信を失わせる毒になるんだ……だからスプリングは一人で光のダンジョンに向かったんだ」
才能を強く持つソフィアの行動がスプリングにとっては毒となると言い切るインセント。
だがインセントはスプリングがソフィアと共に光のダンジョンへ向かわなかったもう一つの理由を隠していた。
それはソフィアが両腕に身に着けている手甲、古代兵器偽物の存在にあった。
ソフィアが両腕に身に着けている手甲、古代兵器偽物は戦闘を続けることよってソフィアの潜在能力を引き出すことが分かっている。それに加え所有者の肉体を奪おうとする古代兵器偽物は所有者の意識を乗っ取りその凄まじい力を持ってして敵味方見境なく暴れまわるようになる厄介な代物であった。光のダンジョンでもしソフィアが古代兵器偽物に意識を乗っ取られれば、今のスプリングでは止めることが出来ない、それがもう一つの理由であった。
だがそれについてインセントはソフィアに今は話す気が無いようで話を進めていく。
「嬢ちゃんよりも『剣聖』としての才能が劣っているあいつは、それでも絶対に『剣聖』にならなきゃならない理由がある……まあでも今のままじゃ『剣聖』になれず死ぬのは明らかだな」
「えっ……?」
少年のような笑顔を浮かべたまま、その表情とは不釣り合いな内容をさらりと口にするインセント。そんなインセントの言葉に動揺するソフィアの表情は固まる。
「ど、どういうことですか?」
衝撃的なインセントの言葉に動揺が残りつつも恐る恐るその真意を訊くソフィア。
「……あいつは『剣聖』という夢を口実に本当は復讐する為の力を欲しているに過ぎない…」
「復讐……」
スプリングという人物からはかけ離れた言葉を耳にして更に動揺が増すソフィア。
幾度もスプリングの口から発せられた『剣聖』という言葉。その言葉に籠められたスプリングの想いは自分がスプリングに抱いているような純粋な憧れからくるものだとソフィアは思っていた。だがそれはソフィアの単なる思い込みだった。スプリングが『剣聖』に執着する理由、それは憧れとはかけ離れた強くも暗いものであることを知るソフィア。
「……俺は、どんな理由であっても力を得ようとすることとやかく言う気は無い、例えそれが憧れであろうが、復讐であろうが、それを原動力に強くなるなら何でもいいと思っている……だから俺はあいつの行動に口は出すことはあっても否定はしない……つもりだ」
そこで珍しく少し困ったような表情を浮かべるインセント。
「……あくまでこれは『剣聖』としての俺の言い分だ……だがあいつの師匠としての俺は、どうにもお節介になっちまう……今のまま復讐の為だけに『剣聖』の力を追い求めればかならずスプリングは命を落とす」
『剣聖』としての言い分とスプリングの師匠としての言い分が違うことをソフィアに吐露するインセント。その姿は普段のふざけたような振る舞いからは想像がつかない程に、立派な師匠であると思うソフィア。
「だから……嬢ちゃんにはスプリングがそうならない為に手助けをしてほしい」
「……手助け?」
自分自身がスプリングを苦しめる存在になっているというのに、手助けなどできるのかと思うソフィア。
「ああ、別に側にいるだけがあいつを助ける為になる訳じゃない……離れているからこそできることもある……嬢ちゃん……俺の弟子にならないか?」
「私が……弟子?」
『剣聖』インセントから直接指導を受けた者はガイアス中に沢山存在している。だがインセントと師弟関係になった者は今まででただ一人、スプリングしかいない。
「ああ、その才能を最大まで発揮してスプリングよりも先に『剣聖』になるんだ」
「で、でもそれじゃ……」
自分がスプリングよりも先に『剣聖』になる。それはスプリングにとつて屈辱的な事ではないかと思うソフィア。
「荒療治ってやつだ、『剣聖』になった嬢ちゃんが圧倒的な力を見せつけて復讐なんて忘れるぐらいにあいつの性根を叩き潰してやってくれ」
「それ、本当に大丈夫なんですか?」
どう聞いても不安しか残らないインセントの計画に顔を引きつらせるソフィア。だがスプリングに悪いと思いつつもソフィアは自分の胸が高鳴っているのを感じる。
「分かりました、その話、お受けします」
高鳴る自分の胸の鼓動に逆らえず自分の可能性の先を見てみたいと思ったソフィアは、インセントの弟子になることを決意するのであった。
ガイアスの世界
インセントから指導を受けた者達、師弟関係
インセントはガイアス中を回りながら、戦闘職や冒険者の育成にも力を入れている。それは単に人の成長を見ることが楽しいからであると本人は言っている。
だがその反面、弟子をとった数は一人である。今までに幾人もの戦闘職や冒険者がインセントに憧れ弟子入りを志願してきたが、全て拒否している。
その理由は責任を取りたくないからだそうだ。才能を見極めることが出来る力を持つインセントは弟子入りを志願してくる者達の才能を直ぐに見極めることが出来る。
だが今までに志願してきた者達の中に『剣聖』になれる才能を持った者はいなかった。『剣聖』の才能を持たない者に『剣聖』の指導をすることは正直その者達にとって時間の無駄であると考えるインセントは、彼らの一生に責任をとることは出来ないと弟子入り志願してきた者達をやんわりと追い返して来たそうだ。
その点で言えば、スプリングには『剣聖』になる才能があったということになる。どんな経緯でスプリングがインセントに弟子入りを志願したのかは現時点では不明である。




