真面目で章(スプリング編)16 子と孫
ガイアスの世界
光のダンジョンの裏
本来、ヒトクイの新米戦闘職や新米冒険者が技術の向上の為に向かうのが光のダンジョンと言われている。
初心者向けということもあり出現する魔物も強くは無くダンジョンの構造もそれほど難しいものでは無い。
だがこの初心者向けのダンジョンには裏が存在する。それを知っているのはスプリングとポーンのみである。
そんな光のダンジョンには更にまだ解明されていない謎があるようだ。
再び光のダンジョンへ向かうことになったスプリングに待ち受けるのは一体なんなのだうか。
真面目で章(スプリング編)16 子と孫
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
「……な、なあ、ポーン……」
『……何だ主殿』
所有者の体を奪うことが出来る術を持つポーンに対して不信感を抱いていたスプリング。その不信感はポーンの想いと決意によって多少は和らいだが、それでもスプリングの心から不信感が消えた訳では無い。ポーンも言っていた通り、一度抱いた不信感は中々に消えないものだ。その影響なのかスプリングの様子が何処かぎこちない。
それに対してポーンは平常通りにスプリングの言葉に対して返事をかえした。
「……その……結局の所、ソフィアが腕に身に着けていた手甲は一体なんなんだ?」
自分の腰に吊るされたポーンに視線は向けず、意識を失い倒れているソフィアを見ながら気になっていたことを質問するスプリング。
『……インセント殿が言い現した偽物という言葉がこの世界では一番合っている名称だろう……ソフィア殿が身に着けているあの手甲は、我々を模倣して作られたものだ』
「模倣して作られたもの……」
ポーンの言葉にスプリングは驚きの表情を浮かべる。
スプリングはポーンの所有者になってから今まで一度も自分の意思で扱えたことが無い。だが例え扱えなくともその強力な力の片鱗だけ何度も目の当たりにしてきたスプリング。だからこそスプリングは思う、ポーンのような自我を持つ伝説の武器を模倣するのが可能なのかと。
『ああ、だがその能力は本来の私達の足元にも及ばないことだけははっきり言わせてほしい』
自分達を模倣して作られた存在にあまりいい感情を持っていないのか、偽物に対してポーンの評価は低い。
「それで……ソフィアは大丈夫なのか?」
スプリングが一番聞きたかった事、それは偽物を身に着けたソフィアの身の安全であった。
『……正直な所、偽物は確実にソフィア殿の体を奪おうとしている。既に二度、ソフィア殿が体を奪われかけたのは主殿も見ているはずだ』
最初はガウルドへの魔物の襲撃の時。そて二度目は先程のインセントとの戦い。どちらの戦いもソフィアはとてつもない身体能力と圧倒的な力をスプリングに見せつけた。
『だが……本来、偽物が所有者の肉体を奪えばその能力を余すことなく使おうとする為、その戦い方は偽物に準じたものになるはずなのだ……しかし……あの戦い方は偽物のそれとは違う。ソフィア殿の中で眠っていた戦いの才能を引きだしているようなそんな戦い方だった」
正直、戦闘においての才能はソフィアよりも高いと思っていたスプリング。しかしその自信は今、砕け散った。例え偽物の力を借りていたとはいえ、あの戦いで見せたあの力は、才能の片鱗、才能の前借り、可能性の一つとしての未来のソフィアの姿であったからだ。
いずれはあの力がソフィアにとっての日常に変わる。そんなソフィアの姿を見ていると心に不安が込み上げてくるスプリング。自分はソフィアのように今よりも強くなれるのかと。
『兎に角だ、今はソフィア殿から偽物を取り外すことは出来ない。無理に取り外そうとすればどうなるか』
今の状態でソフィアから無理矢理に偽物を取り外そうとすればどんな危険が待ち受けるか分からないとスプリングに警告するポーン。
「そうか……」
ポーンに対して聞いた質問の結果によって得たことは、自分が無力であることを再確認するだけだったことを痛感するスプリング。
「……なあ、結局の所、その偽物は遥か昔に存在したと言われる、とある名鍛冶師が作りだした伝説の武具とは違うのか?」
落ち込むスプリングを気にする様子も無くインセントは、自分が気になったことを質問した。
『……さすが『剣聖』……そこまでご存知か』
「伊達に世界中を放浪していた訳じゃないからな、色々と知識は増える」
インセントが持つ広い知識を素直に褒めるポーン。それに対してインセントはガイアス中を放浪した結果、得た知識であると珍しく謙遜した様子であった。
『剣聖』とは剣を極めた者のことを言う。それは一本の剣に執着し技術と技を極めた者とガイアス中に存在するあらゆる剣に精通する者の二通りが存在する。後者であるインセントはあらゆる剣に精通する為に世界を放浪する必要があった。その放浪で得た知識の中に、ポーン達、古代兵器の知識であったとしてもそこまでおかしいことでは無い。
「ん? ……どういうことだ?」
一人インセントとポーンの会話についていけていないスプリングは首を傾げた。
「はぁ……たく、『剣聖』を目指すなら少しは勉強としとけ……」
全く話についていけていないスプリングに対して珍しく師匠らしい一面を見せるインセント。
「……遥か昔、古代兵器を手にしたとある鍛冶師は、その性能に魅入られ自らの技術でそれを作りだそうとした……だがその鍛冶師は結局、古代兵器と同等の武具を作りだせずに一生を終えた。その鍛冶師の弟子たちも同じく古代兵器と同等の代物を作りだそうとしたが誰一人、古代兵器に匹敵する武具を作りだすことが出来なかった、と言われている……その古代兵器の出来そこないが現在では伝説と呼ばれる武具だ」
「ッ! ……本当なのかポーン?」
インセントが口にした古代兵器と伝説の武具の関係に驚きの表情を浮かべるスプリング。
『インセント殿が言っていることは殆ど正解だ、ただ正確にはその鍛冶師が魅入られた古代兵器とは我々の事では無く偽物の方だが』
鍛冶師が魅入られたのは自分達では無く偽物だとインセントが発した情報に修正を加えるポーン。
「んーということは……今世界中に散らばる伝説の武具と言われる代物は、あんたからすれば孫みたいな存在なのか」
『うぐぅ! ……うぅぅぅ……少し気に喰わない表現ではあるが、そう捉えるのが正しいのだろう』
ポーン達、古代兵器を模倣して作られた古代兵器偽物が子だとすれば、その古代兵器偽物の能力に追いつこうととある鍛冶師やその弟子たちによって作りだされた世界に散らばる伝説の武具は孫ということになる。ポーンと伝説の武具の関係をそう例えたインセントの表現にポーンは納得できない様子であった。しかし簡単に説明するには最も分かりやすい表現であるとインセントの表現を肯定するポーン。
『我々を模倣して作られた古代兵器偽物は、所有者の能力に関係なく強大な力を生み出すことが出来る為に数多く作られた兵器だ、その目的は主殿達が気の遠くなるほどの昔に起った大戦で勝利を収めるためだった』
「……気の遠くなるようなって……」
『ああ……ガイアスの人々が認識している最初の時代と言われる、暗黒時代よりも前だ』
「……暗黒時代よりも前……!」
ポーンが口にした暗黒時代とは、現在よりも数千年以上も前の時代のことで当時の物として残っているものと言えば、ガイアス各地にあるダンジョン内にある遺跡やそこに放置された古代人形、そしてポーンなどの古代兵器だけで他には詳しいことは分かっていない。
そんな暗黒時代よりも更に前の時代に古代兵器偽物が作られ戦いに使われていたという事実は、スプリングは当然として今まで平然とポーンの話を聞いていたインセントまでも驚かせた。
「……壮大な話になってきたな……暗黒時代よりも前って……そりゃもう神の時代ってか?」
暗黒時代よりも前、そもそも暗黒時代すら想像が出来ないインセントやスプリングからすれば、それはもう神々の時代と言ってもいいようなものであった。
『……神の時代……さすが感が言いなインセント殿……今のガイアスの人々からすれば、その当時の人間は、神……』
不自然に言葉が止まるポーン。
「……どうしたポーン?」
『……申し訳ない、どうやらここからは封印が施されていて今の私ではこれ以上説明することが出来ない……』
突然、話を締めくくるポーン。
「……おいおい、ここからが良い所だろう!」
暗黒時代よりも更に前の時代の話を突然断ち切られ絶叫するインセント。
『申し訳ない……だが、この封印も光のダンジョンに向かえば解除することが出来る』
「おッ! そうか! ならスプリングさっさと光のダンジョンに行って用事を済ませてこい!」
そう言いながらインセントはスプリングの背中を叩いた。
「何だよ! さっきまでポーンに敵意をむき出しにしていた奴の言う台詞か?」
先程までポーンに向けていた敵意は一体何だったのかと、変わり身の早いインセントの態度に不満を垂らすスプリング。
「あ、あれは……だな……あ、そう! スプリング、あれを敵意だと思っていたのか? まだまだヒヨっこだなお前は」
「はぁああああ?」
インセントがポーンに向けていた感情は、確かに敵意だと思っているスプリング。だがそれを何故か誤魔化そうとするインセントの言葉はスプリングの苛立ちを急速に加速させた。
《主殿……インセント殿の気持ちを汲んでやってくれ……インセント殿は主殿が心配で私に敵意を向けたのだ》
インセントという人物に対峙しその性格や行動原理を分析し理解しつつあったポーンはすかさずインセントのフォローに入った。
(……心配?)
《ああ、インセント殿は私という存在を良く思っていなかった……所有者の体を奪う能力を持っていることを知っていたんだ当然だ、だから私から主殿を引きはがそうと私に敵意を向けていたんだ》
インセントという人物の性格を分析しその行動原理を理解しつつあるポーンは、今までの行動の理由をスプリングに説明する。
(……)
これまでの行い、その行動からインセントがそんな事を考えていたなどと到底考えられず受け入れることが出来ないスプリングは何とも言えない表情を浮かべる。
「何コソコソしてる?」
突然黙りこんだスプリングとポーンの様子から、自分には聞こえない何かで二人が会話していることを推測したインセントは仲間はずれにされた子供のような表情でスプリングとポーンを睨みつけていた。
『……う、うむ、主殿、ただちに光のダンジョンに向かおう!』
ここから下手にインセントにフォローを入れれば面倒になることを分析によって理解しているポーンは、スプリングに光のダンジョンへ向かうことを促した。
「あ、ああ……ただ、ソフィアはどうする? ここに放置するのは流石に不味いだろ……でも一緒に行くことは……」
目が覚め再びあの強力な力を纏われては今の自分では対処が出来ないことを理解するスプリングは、光のダンジョンへソフィアを連れて行くことは出来ないと考えていた。
「ああ、そのことだったら大丈夫だ、嬢ちゃんは俺が見とく、だからお前は気にせず用事を済ませてこい」
「インセント……」
確かに『剣聖』であるインセントならば、あの強大な力を纏ったソフィアを抑え込むことは可能であろう。しかしスプリングの表情は信じられないという表情で固まっていた。
「なんだその顔は? ふふーん、やっと俺が偉大な存在だってことを理解したか?」
スプリングの様子にニヤリと決め顔を見せるインセント。
「いや、それは無い……」
驚いていた顔が一瞬にして無表情になるスプリング。
「……ソフィアのこと……頼みます」
長い間の後、インセントに背を向けたスプリングは襟を正したような声でそう告げると、光のダンジョンがある方角へと歩き出した。前へと進みだしたスプリングの表情は伺えない。だがどことなく嬉しそうにしているようにも思える。
「……ああ、任せろ」
スプリングの背を見つめながら任せろと答えるインセントの表情は何処か嬉しそうであった。
ガウルドの草原から離れていくスプリングの背。その背を見つめるのはインセントだけでは無い。まるで虚空を見つめるような虚ろな瞳ではあるが、確かに遠ざかって行くスプリングを見つめる視線がそこにあった。
「……スプ……リン……グ……」
「ん?」
何かを感じたインセントは自分の足元に視線を向ける。そこには意識を失ったままのソフィアの姿があった。
「ふむ、それじゃ俺もいきますかねぇ」
感じた何かは気のせいだとたいして気にしていない様子のインセントは、自分の足元に転がるソフィアを担ぎあげるとガウルドの町を見た。
「さて嬢ちゃん……あいつが帰って来るまでに、その才能を俺が磨いてやる」
何かを企むような、何も考えていないような満面の笑みを浮かべながらインセントはガウルドへとその足を向けるのだった。
ガイアスの世界
暗黒時代とそれ以前の時代
殆ど痕跡が残っていない暗黒時代と完全に痕跡消失しているそれ以前の時代。この二つの時代の痕跡は不自然な程に痕跡が残っておらず調べている学者達を悩ませているという。
ここまで痕跡が出てこないと何者かが作為的に痕跡を消したのではないかと考える学者が現れる程である。




