真面目で章(スプリング編)15 不信の先
ガイアスの世界
古代兵器
現在のガイアスより遥か昔、暗黒時代とも言われる謎に包まれた時代に作られた兵器のことを古代兵器と言う。現在残っている物は少なく、残っている古代兵器はポーンなどの自我を持つ伝説の武具達である。
一つあれば世界を変える力があると言われる古代兵器を再現しようと当時の鍛冶師達は己の技術を振り絞り奮闘したが、その全てが古代兵器の性能を超えることが出来なかった。その古代兵器の性能を超えることが出来なかった物が、後の世で伝説の武器、伝説の防具と呼ばれるものである。
真面目で章(スプリング編)15 不信の先
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
夏が近づき湿気を孕んでいるガウルドの草原。しかし今その一部には冷たい空気が漂っていた。まるで極寒にいるかのようにさえ思える凍えるような空気は、その場にいたスプリングに強い寒気を感じさせていた。だがこの現象は異常気象でもなければ誰かが魔法を使って天候を操っている訳でもない。
スプリングが対峙している一人の男から発せられる敵意によってもたらされたものであった。
敵意を発するだけでまるでそこが極寒の地であるような錯覚をさせ強烈な寒気を感じさせる程の眼力を持つ『剣聖』インセントは、鋭い眼光でスプリングを見つめていた。いや、正確にはその敵意の籠った視線はスプリングにでは無く、スプリングの腰に吊るされている打撃用手甲に向けられているものだった。
「……」
インセントと出会ってから今まで一度たりともインセントが敵意を放つ所を見たことが無かったスプリング。初めて感じるインセントの敵意はスプリングにとって想像以上のものであり言葉すら失ってしまう。
その敵意が自分に向けられたものではないと知りつつも自分よりも遥か高みに立つ強者、『剣聖』が放つ戦への意思がこれほどまでに重くそして恐怖であることを知ったスプリングの体は竦み上がっていた。
『……』
一方そんな敵意を真正面から受けているはずのポーンは、自分が古代に存在した古代兵器だという事、そして本来ガイアスの人間が聞き取ることも発音することも出来ないはずの真名をインセントが口にしたというのに動揺は愚か一切の反応を示さず沈黙していた。
ポーンに向けられているインセントの敵意に巻き込まれたスプリングは、竦んだ体を無理矢理動かしその視線を自分の腰に吊るされているポーンに向けた。
「ポーン……」
声すら自由に発することが出来ないスプリングは絞り出すようにポーンの名を口にする。その視線には疑いや迷いのようなものが見えた。
「……どうなんだ? ……インセントが言ったことは本当なのか?」
ポーンに対して不信が募りつつあるスプリングの声色は熱を失い冷たいものであった。
『あ、主殿……それは……』
インセントによる敵意にも一切の反応を見せなかったポーンがスプリングの言葉に動揺をみせる。
「……お前が俺の体を奪おうとしているのは本当なのか?」
インセントが口にしたポーンについての事はどれもスプリングが知らないことであった。しかし今スプリングが一番ポーンに聞きたいことは、古代兵器という兵器の事でも、自分では聞き取れないポーンの真名でも無い。今スプリングが一番ポーンに聞きたいのは、自分の体を奪おうとしていたのかについてだった。
『……そ、そう言った類の能力があることは否定しない……』
スプリングの問にポーンは動揺しながらも所有者の肉体を奪う術があることを正直に口にした。
『……だ、だがもし私が主殿の肉体を奪おうとしていたなら、あの日、光のダンジョンで出会った時、直ぐにそうしている……主殿……信じて欲しい、私は主殿の肉体を奪おうなどと一度も思ったことは無い』
そのうえで自分はスプリングの肉体を奪おうとは思っていないと弁明するポーン。
「……」
例えその言葉が事実であったとしても、肉体を奪うことが出来る術をポーンが持っているという時点でスプリングの心の中に生まれた不信感は消えない。
「……」
出会ってから数カ月の間、行動を共にしたポーンとの間に絆のようなものを感じ始めていたスプリング。だがその絆が偽りであったのではないかと全てを閉ざしたような暗い瞳でスプリングはポーンを見つめる。
『主殿、信じてくれ私は……主殿の肉体を奪おうなどと本当に考えたことも無いんだ!』
自分を見つめるスプリングの目から信頼が失われていくのが分かるポーンは必至で自分は肉体を奪う気など無いことを訴える。
「そうか……」
しかしポーンの訴えは今のスプリングには届かない。怒りも悲しみも何も感じられない声でそう呟いたスプリングは、腰に吊るされたポーンを手に取った。
手にしたポーンは今スプリングが身に着けている打撃用手甲よりも装飾が凝っており見た目だけで言えばかなり重量があるように思える。しかしその見た目に反してポーンはスプリングが身に着けている打撃用手甲よりも遥かに軽い。そんな軽さを生み出すポーンを構成している金属がどういったものなのかスプリングは知らない。それ以前にポーンについて殆ど何も知らない事に今更ながらに気付くスプリング。
「……俺はお前の事を何も知ろうとしなかったんだな……」
ポーンと出会ってからの数カ月、色々と迷惑をかけられてきたがそれ以上にスプリングはポーンに助けられ励まされてきた。そしてそれはスプリングとポーンの間に確かな信頼関係、相棒のような絆を生んだのは確かだ。
秘密主義的な所はあるが何せ自我を持つ武器、話せない事情があるだろうとスプリングは今までポーンの深い部分に踏み込もうとはしなかった。今更ながらもっと深く踏み込んでおけばもしかしたらこんな事にならなかったのではと後悔するスプリング。
「……俺は……もうお前と一緒に行動することは出来ない」
だが後悔があろうと一度抱いた不信感を払うのは中々に難しい。スプリングは抱いた不信感に流されるように決別することをポーンに宣言した。
『……そ、そうか……』
自分の主の不信感を払うことが出来ず決別を言い渡されたポーンは短く言葉を返す。
「なんだ、お前らコンビ解消するのか?」
この状況を作りだした張本人であるはずのインセントは、他人事だと言わんばかりの軽い調子で俯くスプリングとその手に持たれたポーンに話しかけてきた。
「……なら、俺にその伝説の武器をよこせ、スプリング」
そう言いながらインセントはスプリングが持つポーンに手を伸ばした。
「っ!」
インセントがポーンに触れた瞬間、まるで触れることを拒否するようにポーンから発せられる電流。
『……残念だがインセント殿……今の所有者は主殿だ……私と主殿の間で組まれた契約を解除しなければ例え『剣聖』であろうと私に触れることはできない』
所有者と自我を持つ伝説の武器は一心同体。例え二人の間に亀裂が入ったとしてもその関係は契約という形で続く。
『……主殿……私にチャンスをくれないか……』
「……」
今までにない程に切実なポーンの言葉にスプリングの表情が疑問を浮かべる。
「……なんで……そこまで……」
基本いつも何処か偉そうな態度であるポーンがまるで頭を下げているようにしてスプリングにチャンスをくれないかと願っている。その状況が不思議でならないスプリング。
『……私は伝説の武器として所有者の力になることを使命としている……いや、そんな事が言いたいんじゃない……私は主殿の行く末が見たい……そう『剣聖』となった主殿の姿を見たいのだ!』
心の整理がついていないのか、たどたどしい言葉で心に抱いている想いをスプリングにぶつけるポーン。
「……」
「おうおう、熱烈な口説きだな、こりゃ間に入る隙は無さそうだ」
まるで告白のようにも聞こえるポーンの言葉にいつの間にか普段の子供のような笑顔を見せるインセント。いつの間にかポーンに向けていた敵意が消えている。
「頼む主殿……私と主殿が初めて出会った場所、光のダンジョンに向かってはくれないか?」
光のダンジョンに向かって欲しいとスプリングに願うポーン。
「……光のダンジョン」
懐かしい名称に思わず呟いてしまうスプリング。
光のダンジョン。そこは出現する魔物も弱く低級の冒険者や戦闘職が己の力を磨く為に利用するヒトクイの中では最も入りやすいダンジョンとして有名で、ヒトクイ出身の冒険者や戦闘職ならば誰もが一度は行ったことがある初心者向けのダンジョンなのである。
それ故にダンジョン内の通路や罠や宝に至るまで全てが攻略し尽され、初心者以外は全く必要としないダンジョンでもある。
当然スプリングも初心者の時にお世話になったダンジョンであった。若手で一番『剣聖』に近いと言われるようになっていたスプリングにとっては今更行く必要もないダンジョンであったのだ。だがある噂を耳にしたスプリングは、光のダンジョンへ急いで向かったのだ。その噂とは伝説の武器が存在するというものであった。
攻略し尽され宝は愚か隠し通路すら残っていないはずの光のダンジョンに伝説の武器が存在しているとは到底思えずガセネタだと他の冒険者や戦闘職は全くその噂を信じなかったが、『剣聖』を目前としていた当時のスプリングは『剣聖』に見合った剣が欲しいという理由からその噂を信じ光のダンジョン内へと下りて行ったのだった。
結果として、伝説の武器を手にしたスプリングだったが手にした伝説の武器はスプリングが望んでいた剣では無く、魔法使いが扱うロッドであったという残念な結果であった。だがこれだけでは終わらず、その伝説の武器は喋ったのだ。自分のことをポーンと名乗った自我をもつ伝説の武器は、まるでロッドである自分に合わせるようにスプリングの戦闘職を強制的に魔法使いにしてしまったのだ。そこからスプリングとポーンの旅は始まったのだ。
「……ふふ……」
数カ月前のことなのにまるで数年前の出来事のように遠く感じるスプリングは、光のダンジョンでのポーンとの出会いを思い出し思わず笑みを浮かべていた。
『主殿?』
「……いや、何でも無い」
ポーンに声をかけられ自分の表情が緩んでいたことに気付いたスプリングは緩んだ表情を引き締めた。
「……何で光のダンジョンなんだ?」
ポーンに対しての不信感は未だ消えない。しかし相反する気持ちが自分の心に残っていることに気付いたスプリングは、なぜ光のダンジョンなのかとポーンに尋ねた。
『それは私の破損した機能を正常化する為だ』
「機能を正常化?」
『ああ……私が持つ能力、機能の半分はある事情によって破損し現在は制限された状態にある、その影響の一つは主殿も体感しているはずだ』
「……強制転職」
本来、転職とは転職場で行うのが普通である。しかしポーンの所有者になったスプリングは、転職場に行く事無くこの数カ月で二回も転職している。しかもその転職はスプリングが望んだものではなく強制的なものであった。
『そう……所有者の意思に反して突然発動する転職、強制転職……これは本来私が持つ機能とは異なっている……しかし私はあえてこの機能不全を受け入れた……私の勝手な考えだが強制転職は主殿にとって大きな経験になると思ったからだ……主殿は実感しているはずだ、魔法使いを経験したことで戦闘に対しての考えが広がったことを』
『剣聖』を目指すうえで重要になってくるのは剣を扱う戦闘職。本来、『剣聖』を目指すならば必要のない戦闘職と言っても過言では無い。
「ああ、確かにな……以外と魔法使いとしての戦闘経験は、後々役に立つことが多いからな」
ポーンの魔法使い話に頷き同意するインセント。
「はぁ?」
まるで自分も魔法使いだったというようなインセントの口ぶりに首を傾げるスプリング。
「あれ、言ってなかったか? 俺、初級魔法使いは習得としているぞ」
「……はぁ?」
インセントが口にした言葉はスプリングにとって衝撃的でしかなかった。姿形、どう見ても近接馬鹿にしか見えないインセントが魔法使いを習得しているなどスプリングには想像も出来なかったからだ。
「なんだ? お前、俺をただの近接馬鹿だと思っていたのか?」
そう言うとインセントはおもむろに手ら炎を作りだした。
「……!」
インセントの手から噴き出す炎に驚くスプリング。
「まあ、俺に魔法の才能は無いから、たいした術は使えないがな」
手から噴き出す炎をかき消すとインセントは涼しい顔でスプリングを見つめる。
「だが、お前はそうじゃない……魔法に対して苦手意識をもっていたようだが、それは違う……お前の中には立派な魔法の才能が流れているよ」
そう言葉にしたインセントの目はスプリングを見つめている。しかしその目はスプリングでは無い何かを見つめているようだった。
「ああ、話の腰を折って悪いな話を続けてくれ」
ポーンの話の邪魔をしてしまったと詫びたインセントはスプリングから視線を外すと黙りこんだ。
「……」
一瞬、自分を見るインセントの目が今までとは違う違和感のようなものを感じたスプリング。
『主殿、話に戻っていいか?』
「……あ、ああ……」
その違和感が気になりつつもポーンの話に耳を傾けるスプリング。
『自分の中に起っている機能不全、当然、時がきた時は修復しに光のダンジョンへ向かうと考えていた……だが、インセント殿の言葉によって主殿は私に不信感を抱いた』
「……」
ポーンの言葉に苦々しい表情を浮かべるインセント。どうやら二人の仲に亀裂を作ってしまったことに多少の責任は感じているようだった。
『こうなれば私は主殿の不信感を取り除くことに全力を尽くさねばならない……』
「まて、何で俺の不信感を取り除くことが光のダンジョンに繋がるんだ?」
光のダンジョンに行けばスプリングの機能不全を修復できるという話は理解したスプリング。しかし機能不全が解消されたとしてもポーンが持つ肉体を奪う術が消える訳では無い。下手をすればもっと強力になりそれこそ自分の肉体を奪われるのではと考える素振りリング。
『……私の機能不全を修復できるということは、その逆も然り、私の能力を排除することもできるということだからだ』
「……ッ!」
ポーンの言葉に目を見開くスプリング。
『……本当はじっくりと話し合って私が絶対に主殿の肉体を奪う気が無いことを証明したい、だが実際それは不可能だ、一度疑いを持てば、それは呪いのように心に張り付き決して消え去ることは無い……だから、私はその能力事体を消し去ることを選択する、それが光のダンジョンへ向かう理由だ』
人間は相手に対して不信感を抱いた瞬間、それまでの関係が変わってしまう生物である。それを理解している自我を持つ伝説の武器ポーンは、身を切る事でスプリングに自分が害のある存在ではないことを証明しようとしていた。
「……分かった……お前の願いを聞き入れよう……光のダンジョンへ向かう」
例えその能力が肉体を奪うものだったとしても、ポーンからすれば己の一部を排除するという行為であることに違いは無い。そう決断したポーンの意思と向き合ったスプリングの心は、既にこの時決まっていた。
『ありがとう……主殿』
自分の願いを聞き入れてくれたスプリングに感謝の言葉を告げるポーン。その声は安堵したような声であった。
ガイアスの世界
インセントが放つ敵意
周囲がまるで極寒のような錯覚さえさせるインセントの敵意。これはインセントが持つ技量の高さに相手が本能的に危険を感じることで起る状況である。
勿論、インセント同じぐらいの技量を持つ者であれば、錯覚を起こすことは無い。しかし現在のガイアスでインセントと互角の技量を持つ者は早々いない。




