真面目で章(スプリング編)12 初老の『剣聖』再び
ガイアスの世界
盗賊団『未来風』団長 ゴッゾ=バルミリオン
盗賊団『未来風』とは、ヒトクイが統一されてからしばらくの間、活動していた盗賊団である。当時、大きくなりつつあった闇帝国のような盗賊団では無く『未来風』は統一されても尚、水面下で悪事を続ける貴族などを標的とし、盗んだ金品を貧しい者達に配るという義賊であった。その義賊『未来風』の団長がゴッゾ=バルミリオンである。
ゴッゾの素性はソフィアや親しい団員仲間も明かされていないが、時折見せる剣術から元々は何処かの貴族に仕えていた騎士では無いかと噂はされていた。
ある事件をきっかけに『未来風』はソフィアを残し消滅することになるが、彼らの噂は今でもヒトクイ中に広まっているという。
真面目で章(スプリング編)12 初老の『剣聖』再び
剣と魔法の世界渦巻く世界、ガイアス
「……それにしてもソフィア、お前何処で抜刀術を扱えるんだ?」
雨季を迎え湿気が強くなった草原を後にするスプリングは、先程模擬戦でソフィアが見せた技の事を聞いた。
「え? あれ抜刀術っていうの?」
「はぁ? ……お前知らないで使っていたのか?」
使っていた本人がキョトンとした顔でそう聞いてくることにスプリングもキョトンとした顔を浮かべる。
「うん、私を育ててくれた人が盗賊術の他にその抜刀術っていうの? も教えてくれて」
自分が抜刀術に触れた経緯を軽く説明するソフィア。
「……それってお前が居たっていう盗賊団の団長さんか?……」
「うん」
自分が盗賊であったことはスプリングには最初から知られていた事実であり偽る必要も無い事を理解しているソフィアは何の躊躇も無くその問に頷いた
「そ、そうか……」
信じられないという表情でソフィアの話を聞くスプリング。
「何スプリング、私が居た盗賊団のことが気になるの? 私がいた盗賊団の名前教えてあげようか?」
自分に興味を持ってくれることが嬉しいのかソフィアはそう焦らしながらスプリングに尋ねた。
「いや別に教えてくれなくていい」
だがソフィアの想像とは違い、あっさりと断るスプリング。
「どうして?」
きっぱりと断られたことが不満なのか、ソフィアは頬を膨らませながらスプリングにその理由を聞いた。
「ああ……いや、それは……何となくだ」
曖昧な言葉でソフィアの問いを躱すスプリング。その態度に首を傾げるソフィア。
ソフィアの居た盗賊団の名にスプリングが触れない理由。それはソフィアが居た盗賊団を自分が壊滅させた可能性があるかもしれないからだった。
当時各地の戦場を駆け回っていたスプリングは、戦地だけでは自分の腕は高まらないと考え傭兵稼業の合間に、悪徳、道徳に関わらず貴族の用心棒の仕事を受け持っていた時期があった。
用心棒の仕事と言えば貴族の屋敷を狙う盗賊の退治。戦場とは違い限定された場所、狭い場所での戦闘を強いられるその状況は今まで戦場でしか戦ってこなかったスプリングに十分な経験を与えたと言ってよく、スプリングの技術の糧になった盗賊団の数はざっと数えただけでも30を超える。
その中にソフィアが居た盗賊団もいたのではないかと思っているスプリングは、事実を知る事を恐れソフィアに盗賊団の名を聞くことを避けていたのだ。
と言っても闇王国が持っていた影響力を知った今、自分が潰した盗賊団達のその殆どが闇王国の下部組織だったのではないかと思うスプリングは、それは無いと自分の考えを否定することができた
なぜならソフィアの様子を見る限り闇王国という言葉に特に目立った反応を示さなかったからだ。その時点でソフィアが居た盗賊団と闇王国に関係は無かったのではないかと思うスプリング。
僅かにその団長という人物が闇王国との関係をソフィアに話していなかったという可能性は拭いきれないが、それもソフィアが置かれていた状況を考えれば低すぎる可能性であることが理解できる。
もし闇王国の下部組織に居たのならば、ソフィアは今スプリングの前にはいないからだ。闇王国は外道の道を極めた集団、そんな所に少女一人が居られる訳が無い。良くて小児愛者の貴族に高値で売られるか、悪ければ見つけた瞬間に無残な死を遂げているかだ。
その点からするとソフィアが居た盗賊団は、比較的小規模な窃盗で生計を立てていたことが伺える。
「……ううーん」
一応の答えに辿りついたスプリングは一瞬安堵したような表情を浮かべたが、しかしすぐに何かを悩むように唸り声をあげる。
「な、何よ、その唸り声」
自分が頷いて以降、黙りこんだまま全く歩く歩幅を考えず先行してしまっていたスプリングに不満の声をあげるソフィア。
「あ、いや……お前が抜刀術を使えたことが驚きでな」
「むーそれって私を馬鹿にしてる?」
どうにもスプリングに馬鹿にされているのではないかと思ったソフィアは不満そうに頬を膨らます。
「あ、いやそう言う訳じゃない……その……お前が使った抜刀術……いやその剣だと抜剣術って言ったほうがいいんだろうけど……お前が使った技は、本来なら侍の中だけで伝わる秘技なんだよ……本来、まだ剣士になりたてのお前が扱うことは不可能と言っていい技なんだ……」
「ええ?」
自分が使った技がそれほどまでに高難易度の技なのかと驚くソフィア。
「勿論、真似事程度なら俺も出来るし熟練した剣士や上位剣士も出来ないことはないだうけど、完全習得となると正直俺には難しいかな」
「……難しい?」
『剣聖』を目指すスプリングとは思えない言葉に驚くソフィア。
「うん、そもそも侍っていうのは他の戦闘職と違って一生を賭けて対峙するもの……侍の技はその一生をもって完成させるなんて言われている」
「一生……」
「ああ……だから世に居る『剣聖』達でも未だに侍の技だけは完全に習得出来ていないって話をどこかのクソ野郎に聞いた」
何かを思い出したのか、突然機嫌が悪くなったスプリングは顔はそう言葉を締めた。
「へーそれじゃ私凄いんだ!」
抜剣術を扱える自分は凄いのかと露骨に己惚れ喜ぶソフィア。
「己惚れるな……お前の抜剣術にはまだ穴がある、まずは抜剣する時に手を隠さなきゃすぐに見破られるぞ……それにその技を使うならその剣じゃなくちゃっとした刀を手に入れたほうがいい」
露骨に己惚れていたソフィアを正すようにその額に指を打ち付けたスプリングは、ソフィアの放った抜剣術の弱点と的確なアドバイスを口にした。
「そうか……分かった、スプリングの言った通りにしてみる」
「あ、ああ……」
素直にスプリングの助言を聞き入れるソフィア。あまりにも素直に自分の助言を受け入れたソフィアに少々リズムが狂うスプリング。
「ねぇそう言えばなんでさっき少し機嫌が悪くなったの?」
スプリングが抜刀術の話をしていた最後の方で少し機嫌が悪くなっていたことを感じ取っていたソフィアはその理由を本人に聞いた。
「……いや、ちょっと嫌な事を思いだしただけだよ……」
そう言いながらスプリングは自分の顔を覗きこんだソフィアに軽く微笑むとガウルドの出入り口の一つである門を目指し歩き出した。
「あっ! ちょっと待ってよ!」
誤魔化すように自分を置いて一人先へと進むスプリングに対して置いていかれないようにとその後を追うソフィア。
《……主殿……全く問題が解消されていないようだが?》
隣を歩くソフィアには聞こえない声で自分の主であるスプリングに話しかけるポーン。
(……いや……なんか、あの技見たら血が騒いじゃってな、すっかり本題を忘れちまった、悪い……)
スプリングはソフィアと共に草原でただ模擬訓練をしていた訳では無い。その模擬訓練を通してソフィアの内に隠された力を見極めようとしていたのだ。
しかし蓋を開ければソフィアが見せた抜刀術に心を奪われ血を滾らせてしまったスプリングは本題を忘れ純粋に戦闘訓練を楽しんでしまっていた。それを自覚するスプリングは、自分の腰にぶら下がる打撃用手甲のポーンに謝罪する。
《全く……まあだが主殿らしい》
少し呆れたような声でしかし分かっているというようにそう呟くポーン。スプリングの行動を責めはしたがその根本は同じであったようで、ソフィアの見せた技には内心ポーンも興奮していたようであった。
そうこうしているうちに気付けば二人は草原からガウルドの出入り口の一つである門を通っていた。門番は門を抜けるスプリングとソフィアに軽く挨拶する。それに答えるスプリングとソフィアは門番に対して軽く頭を下げた。
門を抜けるとそこは、今世界に注目されるガウルドの町が広がる。既に昼に入り人々の出入りは最高潮に達している。旅行に来た者、仕事に明け暮れる者、今からダンジョンへと向かう者。その目的は様々だが、皆一応に希望をその表情に浮かべ活き活きとしている。
ヒトクイの王によってその様相を変えた国などと言われることもあるがその実、本当にヒトクイという国をここまで押し上げたのは、ヒトクイにある幾多の町に住む人々一人一人の努力と頑張りによるものであることは、ガウルドの人々の表情をみればすぐに理解できるものだ。つい先日起きた魔物襲撃の件でも昨日起った大きな地震でも決してあきらめることなくその表情から希望が失われることは無い。それがヒトクイという国の動力源なのである。
熱気を帯びたガウルドの人々の声が至る所から飛び交う。その熱を帯びた人々の声に自分達は町に戻ってきた事を認識するスプリングとソフィア。
「ふふふーん……可愛い嬢ちゃんと一緒だって言うのにお前は相変わらず間抜け面だなスプリング」
熱気を含んだガウルドの人々の声が飛び交う中、まるで目的の場所一点へ飛ばされた矢の如くその声はスプリングの声に響き渡る。
「なっ!」
その声に聞き覚えがあるのかスプリングは一緒動揺を見せる。だがすぐに表情を元に戻し自分は話しかけられていないというようにソフィアと他愛無い会話を続けた。
「この前は一目散に突っかかってきたのに、今度はだんまりか……」
無視するスプリングに対してニタニタと笑みを浮かべたような声を発する声の主。その声は太く威厳を持ちつつも何処かふざけているようにも聞こえる。
「……」
その声に対して見るからに警戒を強めるスプリング。しかし今は波風を立てたくないのか大きな反応を示すことなくソフィアと会話をしつつも行き交う人々の中からその声の主を見つけ出そうと視線を巡らせる。
「おいおい、いい加減にしろよ!」
その瞬間、地面が揺れる。突然一人の男がスプリングの前に落ちてきたのだ。
「くぅ!」
襲撃とも思える男の出現にスプリングは両手の打撃用手甲を構えるスプリング。
「おいおい、だから何でお前は俺に一々警戒するんだ?」
警戒するスプリングに悪態をつきながらその体をあげる男。するとまるで目の前に突然壁が現れたようにスプリングの体は影に包まれる。男の身長はスプリングの頭二個分ほど高くスプリングはその男の姿を見上げる。
「な、何あの人……」
その身長だけでも目立つというのにその男の肉体は限界まで鍛えられたというようにその場に現れただけで人々の目を攫って行く。スプリングの隣にいたソフィアすらその男に釘づけとなっていた。
「……インセント……」
男の名を口にするスプリング。
「えっ! インセントって……」
スプリングが口にしたその名を聞きたソフィアは目を見開いて驚きその衝撃から思わずスプリングとインセントを交互に見てしまう。
「あの……『剣聖』の?」
ソフィアの口から発せられる『剣聖』という言葉。そうスプリング達に視線を向け、初老を超えたとは思えない子供のような笑みを浮かべる男の正体、それは剣に携わる者ならば誰もが憧れる最上級戦闘職『剣聖』である男、インセントであった。
「そうだ! 俺が『剣聖』のインセントだっ!」
まるで自分はここにいるぞと言わんばかりに周囲に対して大声でそう名乗るインセント。
「ガッハハハ! ん? ……嬢ちゃんは俺の事を覚えて……いないか?」
自分を見上げ茫然としているソフィアの視線に気付いたインセントは顔を近づけ尋ねた。
滅多にみることが出来ない『剣聖』の存在に人々の視線はインセントへと集まって行く。
「お前……」
周囲が騒がしくなるのと同時に逆に冷め切ったような表情を浮かべたスプリングは、顔を近づけていたインセントからソフィアを引きはがした。
「何しに来た?」
守るように自分の背後にソフィアを立たせたスプリングは、自分を見下ろすインセントを睨みつける。その表情に感情は無く、その声にも感じられない。
「何しにって……ははッ経過観察って奴だよ」
ニカリと頬を吊り上げたインセントとは自分を睨みつけるスプリングにそう告げると再びソフィアに視線を向ける。
「嬢ちゃん、名前は何ていうんだい?」
感情は見せずとも敵意がはっきりと伝わるスプリングの視線。しかし狼狽も動揺もしないインセントはまるで女性との出会いを求める軟派師のような軽い口調でソフィアに名を尋ねるのであった。
ガイアスの世界
抜刀術
侍の流派の一つが持つ秘技、奥義と言われる技である。他の戦闘職で覚えられる技とは違い、会得するのに早い者でも数年、完全会得するには一生かかると言われている高難易度の技である。
熟練の剣士や上位剣士になれば、真似事程度のことはできるようだが到底本物には敵わない威力だそうだ。
抜剣術という造語があるが、これはあくまで真似事の範囲で呼ばれる名であって正しいものでは無い。




