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真面目で章(ソフィア編)2 盲目になって行く想い

ガイアスの世界


ソフィアが身に着けている手甲ガントレット


 スプリングが身に着けている打撃用手甲バトルガントレットとは違いソフィアが身に着けている手甲ガントレットは防御に特化したものであり盾として使うこともできるものである。

 見た目はどこにでもあるような一般的な手甲ガントレットであるが、ポーンが言うには、警戒したほうがいい代物らしい。

 入手した経緯から確かに怪しげな代物のようにも思える手甲ガントレット。だが今はまだ謎に包まれている。


 真面目で章(ソフィア編)2 盲目になって行く想い




 剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス




 まるで血にまみれたように真っ赤に染まった月がガウルドの頭上に昇った日、少女は僅かな時間の中ではあったが自分の中にある答えを見た。はたからみればそれは答えとは言い難い蛮行であったかもしれない。しかし少女にとっては今まで漠然と想像するしか無かった強者という答えの一つがしっかりと現れたような、そんな感覚であった。

 しかしあの夜に見た答えは、自分が追い求めていたものとは何処か違うと感じる少女。強者の答えの一つを体感したことで少女は自分が追い求めていた強者としての在り方がはっきりしたように思えてくる。

 だがあの夜以降、少女の耳元には甘い囁きが鳴り響き続けていた。おいでよ、こっちにおいでよと触れてはならない扉から少女を誘惑する声が響き続けているのだ。

 その扉は開けても、ましてや触れてもならないことは少女にも理解できる。あの夜、一瞬の煌めき程の僅かな時間、自分を強者として押し上げたあの力は、常識という人が作りだした概念からは逸脱したものだった。僅かに触れただけでそうだったのだ。もし開けてしまえばもう戻ってこられないことは少女にも安易に想像できる。

 だが全能感を抱かせる強者の力に触れてしまった今、その誘惑は日に日に少女の心を侵食し自分を支配しようとしている事を感じる少女。

 少女を誘惑するそれは100人の内、99人は否定するものだ。しかし否定した99人は知らないのだ。強者としての立場になった時のあの高揚感と快楽にも似た感覚を。

 一度触れれば必ず否定していた99人も否定する側ではいられなくなる程にソレは誘惑する力を持っているのだ。あの夜、少女が触れてしまったソレは、それほどまでに魅力的でそして危ういものであった。

 そして少女は自分の傍らで青年が魅せるような強者を追い求めるのか、それとも今も聞こえる誘惑の声に身を委ね全く別の何かになるのか決断を迫られるのだった。




― ガウルド 外 草原 ―




 春を過ぎ、夏の気配が感じられるようになった頃、ガウルドの外にある草原には肌にへばりつくような湿気を帯びた重い風が吹くようになっていた。


「うぅぅヒトクイの北側とは大違いで湿気が凄いな、空気事体が重い。ガウルドのこの時期はどうも苦手だ」


そう言いながら湿気を帯びた重い風が流れる草原に不快感を現すスプリング。

 ヒトクイは地域によって同じ季節でも気温や湿度が違う場所がある。特に北側と南側では同じ季節であっても同じ島とは思えない程に気温や湿度が全く違う。

 この時期、ヒトクイの北側はまだ寒く場所によっては雪が残っていたりするが、南側は既に夏を迎えたのかと思える程に気温が高くなる。そんな両極端な気候の間に挟まれたガウルドはこの時期、雨季を迎え急激に湿度が上がり、重たくジメジメとした空気が広がるのだ。


「はぁ……さて、それじゃ実戦形式で訓練を始めるか」


纏わりつく湿気に一切隠すことなく不快感を垂れ流しながらスプリングは、自分の後ろに立つソフィアにそう告げた。

 二週間の間、何もせずガウルドの安宿で休養をとっていたソフィアとスプリングは鈍った体を元に戻す為、ガウルドの外にある草原に来ていた。スプリングはこの場所がお気に入りのようで勝手に訓練場と言ってはいる。しかし実際は訓練場と呼べるような場所では無くただ見晴らしがいいだけの草原でしかない。


「……うん」


スプリングの言葉に頷いたソフィアは腰に差した細身の剣に手をかける。だが細身の剣に手をかけただけで鞘から細身の剣を抜こうとはしない。


「……」


そんなソフィアの姿に何かを考えるように対峙するスプリング。ソフィアの姿をしばらく見つめていたスプリングは、腰に吊るしている打撃手甲バトルガントレットでは無く別の打撃手甲バトルガントレットを両腕に身につけ拳士特有の構えをとった。

 

『……二人とも準備はいいか?』


互いに向かい合うソフィアとスプリング。そんな二人に対しスプリングの腰に吊るされた打撃手甲バトルガントレットいや自我を持つ伝説の武器ポーンは準備はいいかと尋ねた。


「……うん」


「ああ」


ポーンの言葉にソフィアとスプリングはそれぞれ頷いた。


『……それではいくぞ……始め!』


しばらく間を開けた後、ポーンは戦闘開始の合図を告げる。ポーンの戦闘開始の合図と同時に、飛び出したのはスプリングだった。

 手に持つ武器の違いから剣士と拳士では約二倍の間合いの差がある。その為、拳士は距離をとられると不利な状況に陥ることが多くなる。その不利な状況を作りださない為スプリングは開始早々、距離を詰めるという手段にでた。これは拳士が得物の異なる相手と対峙した時に使う手段で基礎中の基礎でもある。そんな拳士の基礎を忠実に守り素早くソフィアの懐に飛び込んでいくスプリング。


「ッ!」


 開始早々自分に迫るスプリングの速度に驚愕するソフィア。その姿は噂に聞く上位剣士だった頃のスプリングを彷彿とさせる動きだった。

 ソフィアはスプリング=イライヤという人物を出会う前から知っていた。幾多の戦場を相棒であった戦場の問題児ガイルズと暴れまわっていたというのは当時、盗賊業をしていたソフィアの耳にも届いていたからだ。

 スプリングの噂はどれも圧倒的な速度と正確無比な攻撃は対峙した相手が理解できないまま死に至るというものが多く、足に自信があった当時のソフィアの心を少なからず刺激していたことは間違いない。

 そんなソフィアが戦場で噂になる程に有名な人物と初めて出会ったのは、今自分達が居るガウルドの外にある草原であった。

 しかし初めてスプリングに出会った時、ソフィアは想像もしていなかったスプリングの変わり果てた姿に驚愕した。

 上位剣士としてその名を轟かせ若手で一番『剣聖』に近いと言われていた男が、あろうことか今までとは真逆の戦闘職である魔法使いに転職していたからだ。

 魔法使いの特徴の一つとして身体能力が著しく低下するというものがある。これは本来その者が持つ身体能力の大半が魔力や精神力に持っていかれる為であり今まで近接戦闘を主としていた戦闘職が転職するのはかなりリスクを伴う行為と言われている。

 そんなリスクが伴う魔法使いに若手で一番『剣聖』に近いと言われていた男が転職していたのだ。ソフィアが驚くのも不思議な事では無い。

 そればかりか魔法使いは、近接戦闘で培われた経験が全く活きない戦闘職とも言われている。当然今までのスプリングの経験は一切役に立たないのだ。更に言えば『剣聖』なる為の道筋に魔法使いは全く関与してこない。明らかにスプリングの魔法使い転職は迷走しているとしか思えずなぜという疑問がソフィアには浮かんでいた。

 しかしこれはソフィアにとって好機であった。当初スプリングが持つと静かに噂されていた伝説の武器、ソフィアはその伝説の武器を狙っていたからだ。魔法使いに転職したスプリングならば、伝説の武器を奪うことは容易いと思ったソフィアはその時を待った。

 伝説の武器を奪うという目的が一番にあったソフィアではあったが、それと同時にもう一つスプリングに期待していることがあった。足に自信があったソフィアは戦場でその名を轟かせる程のスプリングが戦いの中でみせるその速度を体感してみたいと思っていたのだ。その感情は好奇心と憧れと言ってもいいものだった。

 だが魔法使いに転職したスプリングを前にその期待は崩れ去るそこになった。戦場で名を轟かせた姿など微塵もない鈍足な姿のスプリングを前に大きな失望感を抱くソフィア。自分が見たかったのは縦横無尽に駆ける上位剣士のスプリング。決して鈍足な魔法使いのスプリングでは無いのだから。

 魔法使いに転職したスプリングに対し失望しか無いソフィアは、鈍足なスプリングなど自分の敵では無いとさえ思いながら伝説の武器を奪う為に行動を開始した。だが結果はソフィアの完敗だった。

 魔法使いになったスプリングは、自分が失った速度を補うように日々の訓練によって高めた魔法でソフィアの自信を司っていた速度を粉砕してみせたのだ。

 その時ソフィアはショックと同時にあることに気付いた。スプリングが戦場でその名を轟かせていたのは、単に足が速いことや正確無比な攻撃ができるからだけでは無い、自分が置かれた状況の中に順応し応用するか、そこにスプリングの本当の強さがあったのだとソフィアは気付いたのだ。

 勝手に魔法使いになったスプリングは今まで培ってきた経験が全く活かせないと思い込んでいたソフィア。だが最後にソフィアの膝を地面に付けさせたスプリングの攻撃は、風を刃に変えた魔法による一振り、上位剣士と魔法使いの両方を応用した戦い方であった。

 例え身体能力が著しく低下しようとも、決してあきらめること無く培ってきた経験を新たな可能性に結びつかせたスプリングに自分は敗れたのだと自分の浅はかな考えを思い知らされソフィア。

 その後、スプリングが魔法使いになった経緯を聞き更にスプリングに対しての興味が強くなったソフィア。スプリングがこれからどうなって行くのか見てみたい、そして願わくは自分もスプリングの隣で一緒に強くなれたらといつの間にか本来の目的を忘れソフィアはそう思うようになっていた。

 それから一カ月あまり間でソフィアを取り巻く状況は一変した。スプリングでも相手に出来ない強力な敵との遭遇。それによって命を落としかけたスプリングに対して憧れ以上の感情が自分の中にあることに気付くソフィア。

 その想いを秘めつつ今のままでは駄目だと、ソフィアは外道職である盗賊から足を洗い剣士に転職することを決意しそして見事剣士に転職することができた。

 直後、ソフィアに待っていたのは自分達を敗北に陥れた存在、夜歩者ナイトウォーカーとの再戦であった。最初の夜歩者ナイトウォーカーとの戦いで何も出来なかったソフィアは、夜歩者ナイトウォーカーに対して恐怖を抱いていた。

 だが夜歩者ナイトウォーカーと対峙する中ソフィアは自分の中で囁く声を聞いた。その声は小さく何を言っているのか最初は分からなかった。だがしだいにその声が自分に何を訴えているのかを理解する。

 まるで自分の中に隠されていた心のようにソフィアはその声に同調する。すると自分でも不思議なくらい目の前に立つ夜歩者ナイトウォーカーに対して抱いていた恐怖心が消えていた。それだけでは無く対峙する夜歩者ナイトウォーカーと戦えるという突如として湧き上がる根拠の無い自信すら感じるソフィア。

 その根拠の無い自信は、その行動で持って事実へと変わる。圧倒的な力を前にそれを凌駕する圧倒的な力でソフィアは夜歩者ナイトウォーカーを完膚無き程に打ち倒したのだ。

 昇り立つ高揚感と充実感。そしてさらなる強者との対峙を欲する飢えと渇きに支配されるソフィアはその日、自分の中に眠る何かに気付かされたのだった。

 夜歩者ナイトウォーカーを圧倒する程の力を得て僅かな時間、強者としてその場に君臨したソフィアは、その時の感覚を忘れることが出来なくなっていた。少しでも気持ちを許せばあの日の事を考えてしまい、その時に味わった高揚感や充実感を再び感じたいと願うようになっていた。そして頭の中で囁かれる正体不明の声がその欲望を更に掻き立ててくる。

 ソフィアは自分が正常では無いことを自覚していた。このままいけば自分が自分では無くなるそんな恐怖さえ感じながらも、ソフィアは考えてしまう。自分の頭の中で囁かれる声に身を委ねてしまうおうかと。そうすれば楽になれるのではないかと。

 だがソフィアは耐えた。自分が信じる強者の道を進む為に、自分の憧れを体現するスプリングと共に強くなる道を進む為に。



 目の前には自我を持つ伝説の武器ポーンの力によって魔法使いから拳士へと強制転職したスプリングの鋭い右拳が迫っていた。

 自分の懐に侵入を許したソフィアは、迫りくるスプリングの右拳を見つめながらその瞬間、その状況とは場違いな想いが過っていた。今目の前に居るのは自分が憧れていた上位剣士を彷彿とさせる動きをするスプリング。上位剣士の頃のスプリングと対峙した訳ではないしそもそも今のスプリングは剣士ですら無いが、その素早い動きはソフィアが想像し憧れていたスプリングの姿であった。

 感動で一瞬思考が停止するソフィア。だがすぐに心を立て直したソフィアは、自分が今まで培ってきた元盗賊という経験と意地、そして剣士として進みだした覚悟を持って恐ろしい速度で自分の懐に入りこんできたスプリングの攻撃を躱す。


「甘い!」


 突進からの右拳の連携攻撃を後方に飛ぶことによって躱したソフィアに対して叫ぶスプリング。ソフィアがそう躱すことを見切っていたスプリングは空を切った右拳を素早く戻すと距離をとったソフィアの懐にもう一度飛び込んでいく。

 後方に飛んでいる最中であり地面に足がついていないソフィアの体は次の攻撃を躱す手段が無い。その隙を見逃さないスプリング。今度は左拳をソフィアに向け放とうとする。しかしその瞬間、スプリングの目には銀色に輝く一本の線が見えた。自分に向かい放たれる一筋の銀色の光に危険を感じたスプリングは放とうとしていた左拳を引き戻しその反動を利用して体を逸らすスプリング。

 その瞬間、風を切り裂く音がスプリングの耳をかすめる。そこにあったのはソフィアが放った細身の剣による横一閃の一撃だった。鞘に納められていた細身の剣を即座に抜剣したソフィアは迫りくるスプリングに対して素早い抜剣から流れるような攻撃を仕掛けていたのだ。


「うおッ!」


間一髪の所でソフィアの鋭い突きを躱したスプリングは、ニヤリと笑みを浮かべていた。

 最初ソフィアが抜剣しないことを疑問に思っていたスプリング。剣士ならば本来戦いが始まればすぐさま抜剣するのが常識。だがソフィアは剣士として常識である行動をとらなかった。そんなソフィアの行動に対してスプリングは面白いと特に口を挟むことは無かった。

 元々ソフィアには剣の素質があると思っていたスプリング。だがその想像とはかけ離れたソフィアの行動は、スプリングの期待をいい意味で裏切った。

 ソフィアの放った攻撃は、本来剣士には無い攻撃動作である。しかしそういう攻撃動作が存在しない訳ではない。その攻撃動作はヒトクイにのみに存在する国専属職の一つ、サムライが放つ抜刀術に酷似している。

 抜刀術とは、鞘に納めた刀を素早い動作で抜きそのまま相手を切りつけるという攻撃で、達人ともなればその一撃で勝敗が決まると言われている秘技である。

 スプリングはまさか剣士であるソフィアがその秘技を使ってくるとは思いもよらなかった。しかし冷静に考えると、ソフィアが抜刀術を扱えるということを疑問に思うスプリング。

 本来、抜刀術とはサムライが数十年という歳月をかけそれでも習得できるか分からないと言われている秘技の一つ。そんなサムライの秘技を剣士になったばかりのソフィアがなぜ扱えるのか、スプリングはその理由に全く見当がつかない。

 驚く程の速さで自分の懐に飛び込んできたスプリングを抜刀術ならぬ、抜剣術で切り抜けたソフィアは、その瞬間、父親のように慕っていた盗賊団団長の姿を想い浮かべていた。

 普段は腰に差したナイフを扱い戦っていた団長。しかしソフィアに戦いを教える際は、よく扱うナイフと共に剣幅の細い剣を扱うことがあった団長は、ソフィアにもその剣の扱い方を教えていた。

 今になってその事を思いだしたソフィアはなぜ剣士の試験を受けた時に細身の剣が自分の手に馴染んだのかその理由を理解し納得した。


「……」


解き放った細身の剣を再び鞘に戻すソフィア。その姿には一つとして隙が無い。


「こりゃまいたな」


隙の無いソフィアの姿に少し苦い笑いを浮かべるスプリング。

 抜刀術は相手の攻撃に対してカウンターで返すことでその効果が最大限に発揮される。それに伴い抜刀術には二つの効果がある。一つは抜刀術を知らない者に対して。抜刀術を知らない者は鞘に収まったままの刀に対して安易な油断を抱くことが多い。まさか攻撃をしかけたら思いもよらぬ速度で攻撃を放たれるなどと想像しない相手は不用意にその間合いに飛び込み切り捨てられることになる。

 二つ目の効果は、抜刀術を知るものに対して。抜刀術を知る者は、その間合いに飛び込む恐ろしさを知っている為に不用意に飛び込むことが出来なくなり迷いが生じるという心理的効果がある。迷いが生まれた相手には隙が必ずできる、その瞬間を逃さなければ膠着した状態を崩す事が出来る。勿論、熟練した技術がなければ心理的効果を生み出すことは難しいとされている。

 当然、スプリングは後者である。抜刀術という技術を知っているか故に、不用意にソフィアの懐に飛び込むことが出来なくなったスプリング。なぜソフィアが抜刀術を扱えるのか疑問は残るが、そんな事よりもソフィアの剣の素質が高い想像以上に高いことにスプリングの心は高揚している。

 本来の目的を忘れ、戦いが楽しくなるスプリングはここかどうするべきかと一切隙が無いソフィアを前に両腕の拳を固める。 

 確かな才能をソフィアに感じるスプリング。しかしスプリングも伊達に幾多の窮地を経験していない。スプリングはソフィアの間合いに踏み込むことを選択した。


(来るッ!)


団長との訓練でその体に染み込んだ間合いを視界に浮かび上がらせるソフィアは、迫りくるスプリングを待ち構え鞘に納められた柄に手を触れる。


(ここだッ!)


スプリングが抜剣術の限界線リミットラインを抜けた瞬間、ソフィアは細身の剣を瞬く間に解き放つ。


「甘い!」


放つはずだった。しかし瞬きのようなソフィアの横一閃の一撃はスプリングの声にかき消されるように発動することは無かった。


「ッ!」


抜剣しようとした瞬間、自分が握る細身の剣が信じられない程、手元が重く感じたソフィアは細身の剣を抜くことが出来なかった。


「いや、流石に俺も焦った、だがまだ技が荒いなソフィア……」


自分の懐近くで聞こえるスプリングの声に視線を下ろすソフィア。そこには自分が抜こうとした細身の剣の柄の先にある部分、柄頭ポンメルを拳で抑え込んだスプリングの姿があった。

 圧倒的支配力を持つ抜刀術もとい抜剣術を前にスプリングはソフィアが細身の剣を鞘から抜こうとする僅かな瞬間を狙い懐に飛び込み細身の剣の柄の先端にある柄頭ポンメルという部位を拳で押さえることで攻撃を封じていたのだ。当然抜く前に柄頭ポンメルを抑えることが出来れば、どれだけ力の強い者であっても易々と剣を抜くことは出来ない。


「なっ!」


スプリングが自分の攻撃を封じた理屈は理解できるソフィア。だがあの僅かな瞬間でそれをやってしまうスプリングの神経を理解できないソフィアは、驚きの声を漏らした。


「……俺の勝ちだな」


そう言いながら柄頭ポンメルから拳を離したスプリングはその拳を優しくソフィアの頬にあてる。


「……やっぱり……スプリングは凄いね」


驚き呆気にとられていたソフィアは、優しく当たったスプリングの拳の感触を手で確かめながら、そう言い笑みを零した。


「……」


あの夜の騒動からソフィアの笑みにぎこちなさを感じていたスプリング。


「ははは、だろう」


だが今目の前にいる少女は心から自分に笑いかけてくれていると感じたスプリングは、少し戸惑いながらもソフィアの笑みに笑って答えた。



 スプリングを相手に久々に体を動かしたソフィアは、何処か心が軽くなっているのを感じていた。開けてはいけない扉から聞こえてきた誘惑に満ちた声も今のソフィアの頭には響いてこない。その理由が全てスプリングのお蔭だということを拳から伝わる優しさで理解するソフィア。

 自分が憧れを抱き、そしてその想いが恋慕へと変わった目の前の青年の存在は、自分の心に生まれた醜い欲望すら振り払ってくれるのだと思う今のソフィアは幸福すら感じていた。  

 スプリングが隣に居てくれれば自分はこれから先、あの誘惑に満ちた声に屈することも、人としての道を踏み外すことも無いとと思うソフィア。それと同時にソフィアの心にはスプリングの為ならば何でもできるという強い想いが生まれていた。

 だがその想いが時によってとてつもなく危険なものであることを今のソフィアは知らない。そしてその想いに反応するように自分の中に植え付けられ存在するある種が強く脈動していることをソフィアは未だ理解していないのだった。




 ガイアスの世界


 サムライ


 忍者、忍に続くヒトクイだけに存在する国専属職である。


 昨今のヒトクイでは、サムライになろうとする者は年々減っているようだ。その理由には厳しい掟があるようで、細かく禁止事項が定められているからと言われている。気楽とまではいかないが剣士のように縛りの無い戦闘職のほうが今のヒトクイの若者には好まれている。



 

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