真面目で章(スプリング編)11 狂気に誘われる少女
ガイアスの世界
土鎧竜とヒトクイ王の関係
人智を超えた存在である竜帝の一体、土鎧竜と契約を交わしたとされるヒトクイの王ヒラキ。なぜ契約に至ったか、その経緯は謎に包まれているが、ヒラキと土鎧竜の間には強い絆のようなものが存在したことが伺える。
その為か、ヒラキが死んだ後も土鎧竜はヒラキとの約束を守り、ヒトクイ王を引き継いだレーニとも契約を交わしている。
レーニは、因縁がある闇歩者を封印する為に土鎧竜に力を借りていたようだ。土鎧竜が持つ力の中には『聖』の力も含まれているようで、その力は強大である。その為、闇歩者を封印するのは容易かったようだ。。
真面目で章(スプリング編)11 狂気に誘われる少女
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
四方を海に囲まれた小さな島国ヒトクイ。小さな島国というだけありその国土は、大陸に存在する国々に比べるまでも無くと小さい。しかし小さな島国でありながらヒトクイは現在、ガイアスで一二を争う国力を持つ大国と呼ばれている。更に言えば大国としてヒトクイと一二を争うフルード大陸にあるサイデリー王国とは同盟関係にあり実質ヒトクイはガイアスで一番の大国と言っても過言では無い。
小さな島国でありながら、周囲に存在する大陸国と対等以上の関係で渡り歩くヒトクイ。そんな大国を築き上げたのは、勿論ヒトクイに住む人々に他らない。しかしその中心に立ち皆を導いたのは、当時内乱で荒れていたヒトクイを一つにした英雄。統一されたヒトクイの玉座に腰を下ろした王、ヒラキであった。
統一以前のヒトクイは、四方を海で囲まれた辺境にある小さな島国でしかなく他国からは全く見向きもされず相手にされることは無かった。しかし国が統一されヒラキが王になると、ヒトクイは急速な発展を遂げ、僅か数十年という短い年月で今では世界に影響を及ぼすまでの大国となったのである。
今では長い船旅をしてまで辺境にある小さな島国に赴き、豊かな自然に生息する珍しい魔物の素材を求めてやってくる冒険者や戦闘職、島国特有の過ごしやすい気候と多種多様な娯楽を求めバカンスにやってくる観光者、果ては外遊という名目で急成長を遂げた島国の秘密を探りに他国の大臣達がやってきたりする。現在のヒトクイは、様々な人種が集まる場所となっていた。
― ヒトクイ ガウルド 庶民街 ―
ヒトクイの中心都市ガウルドの端っこにある庶民街。まるでそこだけ時代に取り残されたかのように統一以前の古きヒトクイの街並みが残るそこには、良心的な価格設定の宿泊施設が多くあり、駆け出しの新米冒険者や戦闘職には人気のある場所である。しかし先日の魔物襲撃の際、運よく被害を受けなかった庶民街は被害にあった他の区域から溢れた冒険者や戦闘職が宿を求めなだれ込む状態になっていた。
そんな先日の魔物襲撃の騒動が一旦落ち着いたと思えば、今度はヒトクイ全土に及ぶ大きな地震が発生。震源地から少し離れた場所にあるガウルドには大きな被害は無かったが完全に無かった訳では無く、古くなった建物が倒壊し路頭に迷う者は少なからずいた。そんな人々が庶民街に押し寄せ再び庶民街の安宿は大忙しとなっていた。
そんな中全く繁盛していない安宿が一つ。理由は幾つかあるが、兎に角一目に付かないという理由が大きく先日の魔物襲撃の時も前日に起った地震の影響も他の宿は即満席になったのにも関わらずこの宿だけは宿泊客が二人しかいなかった。
その二人の内の一人がスプリングであった。全く客の出入りが無く静かに過ごせるということからスプリングはこの宿を気にいり数カ月先まで宿泊料を既に払い終えていた。
そんな静かな宿で朝を迎えたスプリングは、自分が借りている部屋から長い欠伸をしながら出ると、階段を下りてロビーに向かった。
「……」
スプリングの視線がピタリと止まる。その視線の先には二人しかいない宿泊客の最後の一人、ソフィアの姿があった。ソフィアは何処か上の空といった表情でロビーにある窓から外を見つめていた。
「おう、おはようソフィア。昨日の地震、本当に大きかったな」
ロビーの窓から外を眺めるソフィアに挨拶をしたスプリングは昨日起った地震の話をした。
「……」
しかしスプリングの声が耳に届かないのか全く反応を示さないソフィア。
「おい、ソフィア!」
スプリングはもう一度少し強い口調でソフィアを呼ぶ。
「……んッ? えッ! 何スプリング?」
今度はちゃんと耳に届いたようでソフィアは少し慌てるように眺めていた窓から視線を外し話しかけてきた男、スプリングに視線を向けた。
「ああ、おはよう」
「ああ、うんおはよう」
ようやくしっかりと挨拶を交す二人。
「はぁ……なぁソフィア大丈夫か? 魔物がガウルドに襲撃した日以来、何か変だぞお前」
明らかにソフィアの様子がおかしいことを心配し口にするスプリング。
「大丈夫だよ……私、元気だよ!」
自分は元気だと証明するように両腕をあげガッツポーズをとるソフィアは笑顔をスプリングに向ける。
「……」
だがソフィアが向ける笑顔に明らかなぎこちなさを感じるスプリング。
「な、何よ……微妙な顔して、何かとても失礼なんですけど……」
黙りこんだスプリングに対して頬を膨らませ不満を口にするソフィア。
「……」
上の空な表情でロビーの窓の外を見つめていたかと思えば、突然空元気としか思えない明るさを表に出すソフィア。明らかに今までよりも感情のふり幅が大きすぎるソフィアを危ういと思うスプリング。
ソフィアの様子がおかしくなったのは、夜空に昇る月が赤く染まった日だった。あの日を境にソフィアの様子は変わり始めた。
二週間前、ガウルドの頭上に不気味さを漂わせる赤く染まった月が姿を現した日。突如湧いたように魔物達が姿を現しガウルドを襲った。
しかし統一前ならば分からなくも無いが、ヒトクイの中心都市となった現在のガウルドを魔物が襲うのは、中々に珍しい状況と言える。例外はあるものの魔物は、人の気配が強い大きな町には近づかない習性を持つ。それは魔物が本能的に人間を獲物として捉えると同時に危険な存在だと認識しているからだ。しかしそんな本能による習性を無視してまでも魔物達はガウルドを襲撃した。
魔物達が本能による習性を無視してまでガウルドを襲撃した理由、それは魔物達を目撃し対峙した冒険者や戦闘職が知っていた。魔物達と対峙した冒険者や戦闘職の話によれば、ガウルドに姿を現した魔物達は本来持ち合わせているはずの本能を失い、死の奴隷、活動死体化していたというのだ。
単体ではそこまで脅威では無い活動死体だが、集団となれば町一つ壊滅してもおかしくないと言われている。更に言えば、人間では無く魔物が活動死体化したというのが更に状況を悪化させていた。
人間が活動死体化した場合、生前の頃に比べ身体能力が著しく低下するのだが、魔物に限っては何故か身体能力にそれほどの低下がみられないのだ。生前に近い戦闘能力を持ちつつ活動死体の能力を有する魔物が相手となれば、それは厄介な存在と言わざるおえない。
しかし活動死体化した魔物が突然ガウルドに現れたという状況は明らかに奇妙であった。なぜなら活動死体は本来、大量の死体が放置がある場所に発生するからだ。戦場跡や何等かの理由で壊滅した町や村、ちゃんとした処理をされていない墓地などで発生することが確認されている活動死体が、生きた人間が多く居る町で自然発生することは本来有り得ないのである。
だが方法が無いわけでも無い。このガイアスには活動死体を意図的に生み出すことが出来る存在がいるからだ。
そう活動死体化した魔物達によるガウルド襲撃は、その存在によって意図的に作りだされたものであった。
そしてこの騒動の真っ只中でスプリングとソフィアは、この騒動を引き起こしただろう活動死体を生み出すことが出来る存在と対峙していたのだ。
二人が対峙したのは『闇』の存在の中でも最強の存在、夜歩者。今のスプリングとソフィアでは到底まともに戦うことすら出来ない相手だった。
しかし二人に待っていた状況は更に過酷なものとなる。二人で挑んでも勝つことが難しい夜歩者に対してソフィア一人で立ち向かわなければならなくなったのだ。当然ソフィアは苦戦を強いられることとなった。
圧倒的な力を持つ夜歩者と方やただの新米剣士であるソフィア。力量からすればソフィアが夜歩者に戦いを挑むなど自殺好意でしかない。それでもソフィアは強大な相手に立ち向かう以外、選択の余地は無かった。そう本来であればソフィアはこの戦いで命を落としても何らおかしくは無かったのだ。
だがソフィアは生き残った。しかもソフィアは圧倒的な力を持つ夜歩者を凌駕する圧倒的な力でねじ伏せたのだった。
その一部始終を見ていた、いや見ていることしか出来なかったスプリングが狂戦士と口にする程、夜歩者を圧倒するソフィアは凶暴で危うい気配を放っていたのである。
「ね、ねぇ……どうしたの、黙りこんで? な、何か……恥ずかしいよ」
余韻とでも言えばいいのか今でも自分に対してぎこちない笑みを浮かべ続けるその表情からは、あの日の圧倒的な力でねじ伏せる凶暴で危うい笑みを浮かべていたソフィアの表情がチラつくスプリング。
「あ……ああ悪い……」
じっとソフィアを見つめたまま黙りこんでいたスプリングは、クネクネと恥ずかしがるソフィアに謝るとその視線を外した。
(……ソフィアのあの豹変した姿、やっぱりお前は何か知っているんじゃないのかポーン?)
ソフィアから外した視線を自分の腰に釣り下がる打撃用手甲に落としたスプリングは、まるでその打撃用手甲に念じるように心の中で話しかけた。
《……それは……》
するとその心の声に答えるようにスプリングの頭に声が響く。
(……それは?)
何か言いづらそうな雰囲気の声に再度心の中で話しかけるスプリング。その視線は自分の腰に吊るされた打撃用手甲に向けられたままであった。まるで打撃用手甲と会話をしているようなスプリング。だがこれはスプリングの妄想では無い。実際に打撃用手甲が言葉を口にしているのだ。
スプリングが所持する打撃用手甲はただの武器では無い。自我を持つ伝説の武器と呼ばれる代物であった。
(……あの日、聞いたことをもう一度聞くぞ……ポーン、俺に何か隠し事していないか?」
あの日と前置きし自我を持つ伝説の武器ポーンに豹変したソフィアについて自分に何か隠し事をしていないかと尋ねるスフリング。これはソフィアが豹変したあの日に一度スプリングがポーンに訪ねたことであった。
《……すまない主殿、あの日私は主殿に隠し事は無いと言ったが……実は隠していたことがある……》
観念したようにあの日嘘をついていたことを白状するポーン。
《……だが今はまだ語ることは出来ない、まだ整理がついていなくてうまく説明できないのだ》
自分が嘘をついていたことを白状したうえで、ソフィアが豹変した理由について今は語ることが出来ないと説明するポーン。
(……そうか……なら整理がついたら話してくれるか?)
ポーンの声に嘘偽りが無いことを感じたスプリングは、ポーンの言葉を信じいずれ話してくれることを望んだ。
《ああ、整理がついたらかならず主殿に話す事を誓う》
スプリングの望みに答えるよう誓いを立てるポーン。
「……よし!」
一区切りつけたというように声をあげるスプリング。
「……ねぇ、何ポーンと内緒話してるの?」
話の内容は聞こえなくとも、スプリングがポーンと話をしていた事は理解できるソフィアは自分が除け者にされたようで不満の声をあげる。
「ああ、いやたいしたことじゃない、しばらく体を動かしてなかったからこれから訓練でもするかって相談していただけだ」
嘘をつくスプリング。
「えーそんな風には見えなかったけど……本当ポーン?」
スプリングの様子に疑いの目を向けるソフィアは、その視線をスプリングの腰に吊るされているポーンに向ける。
『あ、ああ、本当だ……体を動かして戦いの勘を取り戻した方がいいと助言していたところだ』
突然矛先が自分に向かい焦ったようにソフィアにそう説明するポーン。
「ふーん」
だがポーンの説明にも納得しないソフィアは、疑いを向けた相槌を打った。
「お前もこの二週間ずっとこの宿に籠ってばかりで体が鈍っているだろう、折角剣士になったのにそれじゃ勿体無いから俺に付き合え」
疑うソフィアの気を逸らそうと無理矢理話を変えたスプリングは、自分に付き合えとソフィアを訓練に誘った。
「……うん、いいよ」
二人の内緒話が気になる様子ではあったがソフィアは頷きスプリングの訓練に同行することを承諾した。
(俺は俺で探ってみる……それぐらいいいだろ?)
咄嗟についた嘘と見せかけ実は訓練の中でソフィアの変貌の理由を探ろうとしていたスプリングは、ポーンにそう心の中で話しかけた。
《……主殿、一つだけ忠告しておく……ソフィア殿が持つ手甲には気を付けるんだ》
スプリングの言葉を受け少し考えるような間を作ったポーンは、ソフィアが左腕に身に着けている手甲には気を付けろと忠告した。
「……手甲……ねぇ」
訓練の支度の為に安宿の階段を上がり部屋へ戻って行くソフィアの左腕を見つめながらそう呟くスプリングは、ポーンのその忠告がソフィアの豹変について唯一今話せるヒントであると察した。
気付いた時には既にソフィアは左腕にその手甲を身に着けていた。何処で手に入れたのか本人には聞いていないが、どうせあの変態鍛冶師の工房からくすねた物だろうと思っていたが、ポーンの警告にただの代物ではないと認識を改めるスプリング。
(分かった……少しでも異変を感じたら教えてくれ)
ポーンの忠告に素直に頷いたスプリングは訓練の支度をする為に階段を上り自分が借りた部屋へと戻っていった。
パタリと扉が閉まる音が静かに部屋の中に響く。閉まった扉の前に立つソフィアは何をする訳でも無くその場に立ち尽くしていた。
「……フフフ」
静かに笑うソフィア。しかしその表情はソフィアの笑みとは程遠い狂気を孕んだものであった。
ガイアスの世界
ヒトクイ全土を襲った地震。
ヒトクイを襲った大きな地震はその規模と大きさに比べそれほどヒトクイに被害はもたらさなかったようだ。一番被害を受けたのは震源地である竜山付近の村や町。それでも奇跡的に死者は出ていないようで、その者達は直ぐに駆け付けたヒトクイの兵達によって救出されすぐさまガウルドへ避難させられたようだ。




