はじめましてで章 3 宝物庫という名のダンジョン
ガイアスの世界7
氷と雪が一年の大半を占める大陸『フルード』
一年の大半が氷と雪につつまれた大陸で、生物が生息するには過酷な環境な大陸である。
大陸の環境から、住む魔物には氷属性のものが多く、それ以外の属性を持った魔物は少ない。そんな環境の中、人は町を作り国を作った。
国の名は、サイデイリー王国。現王の名はブリザラ=デイル、年齢15のまだ幼き少女王である。
特産はこの大陸にしか生息しない雪豚であり、寒く厳しい環境で育った雪豚の肉は脂がなっており絶品だという。だが基本的には国中にある雪や氷の景色を売りにした観光が一番の収入源となっている。
国は安定しており頼りない少女王ではあるが、先代の王達の力もあり国民からの信頼は厚い。
はじめましてで章 3 宝物庫という名のダンジョン
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス。
広いガイアスという世界で人間が踏み入れた事のある最北の地。そこは一年の約半分以上が雪と氷に包まれた地、極寒の大陸『フルード』。その気候から冬を迎えると『フルード』は生を拒絶するかのように生物達にその牙を向く。凍てつく風、猛吹雪は日常茶飯事であり容赦なく生物の命を奪おうとする。
だがそんな環境でも『フルード』に生息する生物は数多くいる。厳しい環境に適応するように長い年月をかけて『フルード』に生息する生物や魔物達は、他の大陸では見られない独特の進化を遂げていった。
『フルード』大陸で独自の進化を遂げた生物や魔物達の共通点は二つ。一つは量が多く太い毛を持っていること。二つ目はその毛の下に隠れた分厚い脂肪にあった。その全てが『フルード』という厳しい環境を生き抜く為に備わった特徴である。その全てを厳しい環境で生き抜く為に進化した『フルード』の生物や魔物達は、気性が穏やかなものが多く、環境を別にすれば人間にとってはそこまで危険な大陸では無い。
そんな『フルード』大陸に人間が初めて足を踏み入れたのが今から約600年前、飽くなき探求心、好奇心を持った冒険者兼戦開拓民の者達が新天地を求め『フルード』にたどり着いたのが始まりであった。
当然人間には『フルード』に生息している生物や魔物達のような厳しい環境を生き抜くだけの身体能力は無い。しかし人間には『フルード』に生息する生物や魔物には無い知性があった。『フルード』の極寒な環境に自分達の体を適応させていくには無理がある人間達は、知性を使い『フルード』の厳しい環境に適応していったのである。
人間が『フルード』で生活するようになって約600年。現在、『フルード』大陸には6つの国が存在している。その6つの国の一つは他の大陸の国々と肩を並べらける国力を持っている。その大国の名は『サイデリー』王国。冒険者兼開拓民の大規模パーティでリーダーを務めていた男、ラルドラ=デイルが初代国王となった国であった。
『サイデリー王国』建国にあたり初代国王ラルドラは、建国を手助けしてくれた仲間達や国民達に他国へ侵略せず他国に侵略させずという理念を掲げた。それは当時、今程平和では無く毎日どこかで戦が行われていたガイアスでは馬鹿げた話であったが、ラルドラはその理念を貫き見事に実現してみせた。有言実行を果たしたラルドラはそれ以降、自分の命が燃え尽きるまで『サイデリー』王国の国民から愛され慕われ続け、現在もその影響は消える事無く生き続けていた。
初代国王ラルドラの想いや意思は、国民の胸に深く刻まれ、脈々と受け継がれる。そしてそれは血筋としてラルドラの子孫、『サイデリー』の歴代の王にも色濃く受け継がれ『サイデリー王国』は600年という歴史の中、一度も侵略行為をする事なく、侵略を許すこと無く繁栄を築き続けていた。
「姫……ゴホン! 王……プリザラ王何処におられるのですか?」
厳しい冬が去り、短い実りの季節を迎えた『フルード』。海に面した『フルード』で最も巨大で歴史のある国、『サイデリー』王国の中心部に位置する『サイデリー』王国の象徴、『氷の宮殿』。その『氷の宮殿』にある歴史を感じさせる長い廊下で初老の男の声が響き渡った。周囲でその光景を見ていた侍女や守兵はまたいつもの騒ぎが始まったと、笑顔を初老の男に向ける。気付けばいつも姿の無い現国王を探す初老の男のこのやり取りは日常茶飯事であり侍女や守兵にとっては見慣れた光景であった。
「……はぁ……かくれんぼの才能は世界一だな……」
初老であるにも関わらず全く初老の肉体とは思えない鍛え上げられた肉体の初老の男は、居るわけ無いと思いつつも、廊下に置かれた壺の中に顔を突っ込み、居るわけが無い現国王の姿を追い求めた。
「うむ……」
壺から顔を出した初老の男は、自身のトレードマークである乱れた髭を整えながら困った表情で頭を悩ませる。最初は幼かった現国王をあやす為の行為であったかくれんぼは、現在その目的が変わり遊びの領域を逸脱したものとなっていた。
「全く……どこに隠れられたのか……国の為の勉強を嫌うなど王としての自覚が全く無い」
現国王は勉強をサボる為に、初老の男は勉強させる為に全身全霊をかけた本気のかくれんぼをしているのであった。
「……はぁ……少し勉強をサボるくらいでガリデウスは……」
初老の男ガリデウスの背後にある物影に隠れていた少女、現国王ブリザラ=デイルはそう言いながらため息をついた。確かに自分には王としての自覚が無いのかもしれない、でも山のような勉強を前にして逃げ出しくなる気持ちを理解して欲しいと自分を探すガリデウスの背中に念じるブリザラ。
まさかかくれんぼの天才ブリザラが誰でも思いつくような自分の背後にある物影に場所隠れているなどと思わないガリデウスは、一切ブリザラが隠れている場所には目もくれず廊下を進んで行く。かくれんぼの才能を認め自分の事を知り尽くしているガリデウスだからこその盲点を突いたブリザラの作戦勝ちであった。ブリザラは物陰から体を出すとガリデウスに気付かれないようゆっくりと歩きその場を後にする。
約二年前、突然先代の王が病で倒れ亡くなった事によって『サイデリー』王国の新たな王に即位することになったブリザラは、ガリデウスの小言を思いだすとまだ幼さの残る愛らしい表情を歪ませ頬をプクリと膨らませる。先代の王が無くなり『サイデリー王国』の玉座を受け継いでからの約二年、いや正確に言えばそれ以上の年月同じことを言われ続けてきたブリザラはガリデウスの小言に飽き飽きしていた。
「……私は……」
血筋から考えて自分が『サイデリー王国』の王になる事は当然理解していたブリザラ。
「お父様……」
だが先代の王の死はあまりにも早く、誰もが予期せぬ事であった。そして当然自分が王になるのは先の話だと思っていたブリザラにとって何の準備も整わないまま13という年齢で玉座を受け継がなければならなくなった状況は、全く想像していないことであった。そして二年経った今でもブリザラは父の死と自分が王である事を本当には受け入れる事が出来ず整理しきれていなかった。だが整理しきれないブリザラを置いて行くように時は流れていく。
二年という歳月で少女はみるみる成長を遂げる。まだ少女と女性の境とも言える微妙な年頃になったブリザラは、自分が現在置かれている状況、自分の立ち位置をはっきりと理解していた。
「……まるで私は操り人形のようです……」
今はとても遠い場所に居る父に向け語り掛けるブリザラは、自分の現在の状況を操り人形という言葉に凝縮する。
ブリザラは自分の存在がただのお飾りである事を自覚している。『サイデリー』王国の国政について大臣達と肩を並べた時にブリザラは自分がお飾りであり操り人形である事を実感する。大臣達が難しい話をしている最中、ブリザラは大臣達の言葉に頷く事しか出来ないからだ。今の自分には頷く以外の事が出来ない。ただその場に座っているだけ。家臣達もそれを知っている為、ブリザラに意見を問うような事はしない。その場所の体裁を保つ為だけに存在しているといってもいいブリザラ。自分が王として足りない物がある事は当然理解しているブリザラ。そんな状況から早く脱却する為ガリデウスが勉強をしろとうるさく言う事はブリザラも理解している。
だがブリザラは考えてしまう。自分がいなくても国は動いていく。ただ血筋というだけで王に即位した自分という存在は居ても居なくても何の問題も無いのだと。
「お父様……」
王として『サイデリー王国』を背負っていくという自覚も覚悟も不十分である今のブリザラにとって自分の存在は許せないものであった。
『サイデリー』の為に何も出来ないブリザラは、そんな日々から逃げ出すようにガリデウスの目を盗んでは、氷の宮殿内や、城下町などに遊びに出掛け暗い気分を紛らわしていた。
不出来で未熟で幼い王に対しても『サイデリー』の国民は温かく迎え入れてくれる。王族と『サイデリー』の国民の距離は、他の国に比べると明らかに近くブリザラが城下町に下りてきても、驚く者は殆どいない。皆ブリザラを自分の子供のように思っており良い事をすれば褒め、悪い事をすれば王であろうとブリザラを叱りつける。そんな『サイデリー』の人々の事がブリザラも大好きであった。でも最近はその優しささえも重荷に感じるようになってしまったブリザラは城下町に下りる事を止め氷の宮殿内に引き籠るようになっていた。
「……さてと……」
周囲を見渡し誰も居ない事を確認したブリザラは、氷の宮殿の地下に足を進めていく。外の光がじょじょに遠ざかり暗くなる地下への階段を下りていくブリザラ。地下に辿り付くとブリザラの前には鉄の扉が現れた。その鉄の扉は本来厳重に施錠されているはずであったが、不思議とブリザラがその扉の前に立つ時に限って施錠が解かれている。ブリザラは慣れた手つきでその扉を開けるとその部屋へと入って行く。そこには暗闇が広がる。だがその暗闇を物ともせずブリザラは、まるでそこにそれがある事が見えているように壁に吊るされたランプを手に取りランプに火を灯し周囲を照らす。ランプの灯りによって周囲の視界が広がるとそこには『サイデリー』の宝が納められた部屋、宝物庫が姿を現した。
キラキラ輝く宝石や、とんでもない金額であろう絵や書物が綺麗には一切目もくれず一目散にお目当ての物がある場所へと向かう。まるでダンジョンのように入り組んだその場所を一切迷うことなく突き進んでいくブリザラ。
「おはよう」
ピタリと足を止め、誰が居る訳でも無いのにブリザラは自分の目の前にある物に対して柔らかい笑みを浮かべながら挨拶した。そこには美しい装飾を施された特大盾があった。
ブリザラの体を覆い隠してしまう程の巨大な盾を見つめながらブリザラは再びニコリと微笑むのであった。
『氷の宮殿』地下にある宝物庫に保管されていた特大盾にブリザラが出会ったのは、先代の王が病に倒れ亡くなってしばらく経ち、ガリデウスとのかくれんぼが遊びでは無くなった頃であった。
父の死を受け入れる事が出来ずにいたブリザラは、悲しみと寂しさから父の面影を探し求めるように『氷の宮殿』内を歩き回っていた。その日も父との思い出に浸りながらボーっとしていたブリザラは、不意に地下にある宝物庫での父との思い出を思いだした。
物心がついた頃のブリザラが父とかくれんぼをしていた時、宝物庫へ入って行こうとするブリザラをブリザラの父が叱ったというものであった。それはブリザラの父がブリザラに向けただ一度だけ怒ったものでありブリザラは父の怒る姿が怖かった事を覚えている。
叱られはしたがブリザラにとって父のそんな姿も大切な思い出の一つであり今となってはいい思い出になっていた。当時父に叱られたという記憶が強くなぜ自分を叱りつけたのか、なぜ宝物庫に入ってはいけないのかについて全く疑問を持たなかったが、父との思い出に浸るうちに疑問が湧き上がるブリザラは、その足で父に叱られた宝物庫へと足を向ける。
父との思い出に浸りながら宝物庫の鉄の扉の前に立ったブリザラは厳重に施錠されている扉を見て中に入れない事を悟る。しかし厳重に施錠されているはずの鉄の扉はなぜか施錠されておらず開いていた。
「……真っ暗」
恐る恐る鉄の扉の中に入って行くブリザラは扉の中に広がるのは暗闇に声を漏らす。それと同時に目の前に現れた暗闇に足がすくむブリザラ。13歳の少女にとって宝物庫に広がる暗闇は、恐怖心を煽るには十分であった。しかし『フルード』を開拓した先祖の血が流れるブリザラを暗闇の中へと突き動かしていく。思い出の中の父がなぜこの場所に入る事を禁じたのか気になったブリザラは、自分の恐怖心を好奇心で抑え込むと、ゆっくりと暗闇の中へと足を踏み入れていった。
「ゴホゴホ……」
暗闇の中、舞う誇りに咳込むブリザラ。
「……灯りは……」
手で口を塞ぎながらもう片方の手で壁に触れるブリザラはその壁に手を這わせながら歩く。
「……これ……かな?」
壁を這わせ手に凹凸を感じたブリザラはその凹凸を手に取ると踵を返し光のある扉の前まで戻った。
「やっぱり……」
宝物庫の暗闇から抜け廊下の光を浴びたブリザラは、自分の手元にある物を確認しそれがランプである事を確認する。
「よし」
ブリザラはランプに火をつけると再び踵を返し宝物庫の扉の奥、再び宝物庫の暗闇の中へと足を踏み入れていく。
ランプに灯った火によってほんのり照らされる宝物庫。そこには宝石や年代物の書物、絵や壺などまさに宝と呼ばれる物が大きな棚にズラリと並べられていた。その棚の数も多く自分よりも二倍三倍はある大きな棚を見上げ呆気にとられるブリザラ。
「……奥に行ったら迷子になるかも……」
大きな棚から視線を外すブリザラは、まるでダンジョンや迷路のように入り組み終わりが見えない宝物庫の広さに唖然する。
「……私一人じゃ……」
終わりの見えない宝物庫にブリザラの恐怖心が好奇心を上回る。ブリザラは吸い込まれそうな宝物庫の暗闇から視線を逸らし、踵をかえそうとした。その瞬間、ブリザラの持っていたランプはその灯りとは違う光を捉えブリザラの瞳に映し出した。
「……なんだろう?」
怖気づいたはずのブリザラの好奇心が再び息を吹き返す。太陽の光ともランプの灯りとも違うその光に目を奪われたブリザラは、一歩、また一歩とその光に誘われるように宝物庫の奥へと足を進めていく。
宝物庫の奥で光る何かはブリザラが近づくにつれ、その光を強くしていく。ブリザラが光の発生源の下へたどり着く頃には、ランプの灯りなどいらなく眩しい程の光を放っていた。
「……盾……?」
光の正体、それは13歳の少女の体をスッポリと覆ってしまう程の巨大な盾、大人でも持つ事が不可能な程の特大盾であった。
「……綺麗」
その特大盾が誰の為に作られた物なのか、何の為に作られたのか、そしてなぜ『サイデリー』の地下、宝物庫に保管されているのかは分からない。しかしそんな疑問が脳裏に過るはずも無くブリザラは、眩しい光を発する特大盾の美しい造形に目を奪われていた。
「冷たい……」
眩しい光を発すると大盾に手を伸ばすブリザラは、堅く無機質でひんやりとした特大盾の感触に思わず感想を零す。
『声帯認識を確認、マスター認証完了……スキル適合完了、周囲360度スキャン……スキャン完了、起動開始』
するとブリザラの声に反応したかのようにブリザラの耳に謎の声が響く。
「えッ! 何?」
突然の謎の声に困惑する暇も無くブリザラは、特大盾から発せられる青い光に包まれていく。
『……起きろ、起きるのだ王よ』
それからどれだけの時間が経過したのか、ブリザラは自分がどうなったのかも分からないまま、混濁した意識の中でブリザラの頭に見知らぬ声が響くのであった。
登場人物 7
ブリザラ=デイル
年齢15歳
レベル12
職業 王 レベル 6
今までマスターした職業
無し
武器 無し
頭 氷の王冠
胴 寒さ絶つドレス
腕 上に同じ
足 王の靴
アクセサリー 王守の指輪
おてんばでどこにでもいる少女。結構な箱入りなため、世の中に疎い。
十三歳のときに先代の王が亡くなり一人娘であったブリザラが王に即位する。(サイデリー王国の王は男女関係なく即位できる)
幼き王のため、王としての能力は悲しいほどに無いが、そこには優秀な家臣達と幼き王でも愛することのできる国民が支えている。
彼女は自分は操り人形だと思い込んでいるようだが、王に仕える家臣達の中で王を操りろうなどと思っている者はいない。大陸自体は凍える寒さという環境であるが人の心はどこの国よりもやさしく温かい。そのことにまだブリザラは気づいていないようだ。