真面目に合同で章29 母性
ガイアスの世界
精神攻撃と生命吸収
二つとも『闇』の力を持つ存在が得意とする攻撃方法である。
精神攻撃は、相手を意のままに操ったりすることが多いが、実力を持つ者ならば、それだけで命を奪うことが可能である。
生命吸収は、生物が持つ生きる上で必要な力を吸収する行為である。殆どが人間などの食事に該当する行為であるが、種族によっては生命を吸収することで己の力を強化する者もいる。
特にその力を強く持つ存在が夜歩者だと言われている。
真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)29 母性
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
雨音と雷鳴が響く中、灯りを失い暗闇となったムハード城正面廊下。だが廊下だと言うのにそこからは水が流れる音が響く。その水音は地面を叩く雨音のような荒々しいものとは違い静かだ。そして何より幾多の死者を生み出し人々の絶望と恨み辛みが籠ったムハード城事体を浄化しているような神聖な響きにも聞こえる。
「……ウルディネ……」
禍々しく形を変えた漆黒の全身防具を身に纏ったアキは、途切れることが無い水の発生源でもあるウルディネを抱き抱えその名を呟き表情を伺う。すると水に触れたことによる効果なのか禍々しく形を変えていた漆黒の全身防具は、煙を発しながら元々の形へと戻っていった。
「……アキ……」
暗闇の中ゆっくりと目を開けたウルディネははっきりとは見ることが出来ないアキの顔の輪郭を見つめながら弱々しく呟く。
「ウルディネ……」
掠れ消え入るような声で弱々しく反応を示したウルディネを前に少し安堵したような表情を見せるアキ。だが不意に見せてしまったその表情を隠すようにアキはすぐさま綻んだ顔を引き締め静かにもう一度ウルディネの名を口にする。
「……そうか、私は……奴に刺されたんだな……」
笑男に刺された後、直ぐに意識を失っていたウルディネは、自分が現在置かれている状況を確認するようにそう呟くと人肌とは違う、水で冷やされた金属の熱を感じるアキの腕に触れる。
「……アキ……最後の忠告だ……」
「最後? は、ははッ……何を言ってる」
まるでこれでお別れのような言い方をするウルディネ。だがアキはそんなウルディネの言葉を鼻で笑い飛ばす。しかしその表情は笑いとは程遠い引きつったものであった。
「……いいから聞け」
だが全てを見透かすようにウルディネは茶化すアキに自分の話を聞くように促す。
「……お前がこの先も自分の全てを奪われたくないと思っているのなら……その力に絶対に触れるな」
幼い頃、アキはムハード国にいた。その頃のムハード国は、今とは違い悪い意味で活気に満ちていた。
力ある者、権力や単純な腕力がある者が自分よりも弱い者達を虐げる、それがアキの知るムハード国であった。
子供だったが故に権力も力も無いアキは、当然周囲の大人達から何もかも奪われる生活を強いられていた。その時芽生えた奪われたくないという想いが、今のアキの力に対しての原動力になっていることは今まで行動を共にしていたウルディネは当然知っていた。
ウルディネはアキのその想いを知っているからこそ、全てを奪われたくなければと前置きし魔王の種子に絶対に触れるなと忠告した。
「ッ……そんな話、今はどうでもいい、とりあえずこの城から出るぞ」
ウルディネの言葉に僅かな反応を見せたものの、その言葉が自分を話に引き付ける為だと分かったアキはその思惑には乗らないとウルディネを抱き抱え立ち上がろうとする。それ以上に危険な状態にあるウルディネをこのままにはしておけないという焦りがあった。
「いいから私の話を聞け!」
「ッ!」
自分を抱き抱え立ち上がろうとするアキを止めるウルディネ。既に体に力は無いはずのウルディネの気迫に圧倒され体を硬直させるアキ。
「……お前が私を助けようとしてくれている気持ちは嬉しいが、そもそも精霊の傷を癒すことなんて人間には不可能だろ……」
「……ッ!」
もしウルディネが人間ならば、傷を癒す魔法や道具それこそ医学という力でその傷を治すことも可能であろう。しかしウルディネは人間では無く精霊なのだ。
精霊と接点を持つ戦闘職、召喚士という存在が誕生してまだ日が浅く、未だ精霊という存在には謎の部分が多い。精霊が傷を負うことがあるという事実すら知らない召喚士の方が多い程だ。
自分が負った傷を癒す手段が今この場に無いことを知るウルディネはそう言うと弱々しく笑みを浮かべる。
「……くぅ……」
ウルディネに自分の焦る気持ちを見透かされたアキは気まずそうな表情を浮かべる。そして自分はどれだけウルディネという存在について知らないのかと自覚したアキは、弱々しく笑みを向けるブリザラの姿に言葉を詰まらせる。
「自分を責めるな……いいんだ、私はお前という人間と一緒に行動できただけで、テイチと出会えただけで幸せだ」
幸せと口にしたウルディネの表情は柔らかい笑みを浮かべていた。そして自分に死が近いことを自覚しているウルディネの表情には覚悟が見える。その表情を見たアキにはもう何も言うことが出来なかった。
「……くぅ……はは、さて、……どうやらもう私には時間が無いようだ……アキ、最後の我儘と思って私の話を聞いてくれないか?」
アキが抱き抱えた時よりも確実に顔色が悪くなっているウルディネ。
「……あ、ああ……」
死がまじかに迫る者の願いを断れる者がいるだろうか。未だ半分死んだ状態にあり魔王の種子を持つとはいえ、人の子であるアキにも人としての感情は当然ある。ウルディネの言葉に戸惑いながらもアキは頷いた。
「ああ、ありがとう」
戸惑いつつも頷くアキに再び柔らかい笑みを浮かべるウルディネは、ゆっくりとアキとの二人の時間を噛みしめるように口を開いた。
「……魔王とは……運命を決められた存在だ」
「……運命を……決められた?」
世界を混沌に陥れるという意味では、魔王とはそう運命づけられた存在なのかもしれないとウルディネの言葉を聞き思うアキ。
「……アキお前も幼い頃におとぎ話や伝説で見聞きした事ぐらいあるだろう、魔王の物語の結末を……」
「……ん? ……あ、ああ……」
なぜこのタイミングでウルディネが伝説やおとぎ話の話をしたのか分からないアキは少し戸惑いながら頷いた。
伝説やおとぎ話に出てくる魔王とは必ず世界を混沌に陥れる存在である。だがそんな混沌に堕ちた世界には必ず希望の光が現れる。
「なら、分かるだろう、混沌に堕ちた世界を救う存在、魔王を打ち滅ぼす存在の事を……」
希望の光。その光を人々は勇者や英雄と呼ぶ。そう希望の光とは伝説やおとぎ話に出てくる主人公のことである。
「……あれは物語の話だろ?」
伝説やおとぎ話とは誇張されていることが多い。それは伝説やおとぎ話が物語として捉えられている側面を持つからだ。
伝説やおとぎ話に目を輝かせる時期はとうに過ぎているアキにとっては、それが物語であり多少の事実が混じった誇張であることは理解していた。
「……ならば、なぜお前が望むような力を持つ魔王はこの世界を手に入れていない?」
魔王が討たれるのはそれが物語だからと言うアキにウルディネは、ならばなぜこの世界は魔王の手に堕ちていないのかと聞いた。
「……ッ!」
ウルディネの問に目を見開くアキ。
「……そう、伝説やおとぎ話では無く、現れるんだ……まるで対のように魔王を討つ者が……」
「……魔王を討つ者が……」
それはアキが望む魔王に匹敵する、いや魔王を討つというのであればそれ以上の力を持った存在ということになる。
「魔王を討つ存在は……それこそ物語の主人公のように……世界から加護を受ける」
伝説やおとぎ話に出てくる主人公が迎える結末は、魔王との戦いによる勝利。もしウルディネが言うことが事実であるとすれば、魔王を討つ存在は世界によって勝利を約束されていることになる。
「世界が加護をってそれじゃまるで世界自体に意思があるみたいじゃないか」
まるで世界が自我を持っているような言い方をするウルディネ。その言葉に引っかかりを持つアキ。
「いや世界自体に自我も意思も無い、世界にあるのは……完全であろうとするだけだ、だから……自分を不完全にする魔王という存在を排除しようとするんだ」
「世界が……魔王を排除する……いや、待てなら……何で……魔王なんて存在が誕生するんだ?」
世界が魔王を討つことが出来る存在を生み出すことが出来るのなら、魔王という存在を生み出さないことも出来るはずでその存在自体を無かったことにすればいい。それなのにどうして魔王という存在が、魔王の種子を持った者がこの世界に生まれるのか疑問に思うアキ。
「……そう世界が完全ではあれば、魔王という存在を産み落としたりはしないだろう……だがなアキ、世界は完全であろうとはするが、完全じゃないんだ。もし完全であれば、今こうして私はお前の腕の中にはいないし、奪われることに対してお前が憎しみの感情を抱いたりもしない。完全な世界などありはしない……完全であるということは、『無』だからだ……そこには何も無いし何も生み出しはしない。世界が不完全であるからこそ、今私達はここにいる」
「あ……お、おい言っていることが難しすぎて分からねぇよ」
ウルディネの言葉を理解できないと顔を横に降るアキ。
「ふふ……そうだな……確かに私も何を言っているのかよく分からない……」
自分自身が口にした言葉がまるで自分のものでは無いかのようにウルディネは自嘲気味な笑みを浮かべる。
「……だが、これだけは分かる……奪われることを嫌うお前は自ら世界に奪われる存在になろうとしている」
世界は必ず魔王を排除する。それは魔王になったアキという存在を奪いさると同義である。
「……私は……人間が語り継ぐ伝説やおとぎ話のように魔王になったお前が、世界が生み出した何処の誰とも分からない奴に倒される所を見たくない……だからッ! ……お願いだアキ、魔王に……魔王にはならないでくれ」
自分を抱くアキの腕を掴みながら懇願するウルディネ。その表情はまるで我子の身を案じる母の母性すら感じさせる。
「……」
アキは母を知らない。生まれて物心ついた時には飲んだくれの老人が一人いただけだった。だがそれでもアキは知らないはずの母性をウルディネという存在に感じている。もし自分に母という存在がいたならばこんな感じで自分が犯そうとしているあやまちを止めてくれたのかもしれないと、アキは覚えてもいないはずの母の顔を思い浮かべてしまう。
「……分かった……俺は……魔王にはならない」
自分の腕を力無く掴むウルディネにアキはそう告げる。一度は力という欲望に負け、魔王になることを願ったアキはウルディネが願う想いを受け入れた。
「……そうか……よかった……」
安堵したように弱々しく微笑むウルディネはそう告げると静かに呼吸を止める。瞳からは光が失われゆっくりと瞼が閉ざされた。
「ウルディネ……」
外の雨や雷鳴の音が止まる。その時少女の声がアキの耳に響いた。
― ムハード城 地下 ―
《グォオオオオオオオ!!》
天井から流れ落ちてくる水は、毒を盛られたかのように地下に現れた影を苦しませる。
『正気か王?』
苦しむ影、ムハード王を深紅に染まった瞳でじっと見つめるブリザラに驚いた声を上げたのはキング。
「うん」
キングの問いかけに一切の迷いなく頷くブリザラ。
『だが『闇』の力を消し去り元の人間に戻す方法など私は知らないぞ!』
自我を持つ伝説の盾キングには強固な防御能力の他に、ガイアスに関しての膨大な知識が備わっている。その知識量はガイアス中にある図書館が束になっても敵わない量で、人類が未だ解明できていない事象すらキングに聞けば答えが返って来るほどであった。
だが膨大な知識をもつキングですら『闇』に堕ちた人間を元に戻す方法は知らない。
「……それでも私は彼を元の心優しい人間に戻したい」
「心優しい?」
今まで、私腹を肥やしまるで玩具のように国の人々を殺してきた王が心優しいとは思えないピーランは、ブリザラの言葉に疑問を抱く。
「そう、本当は心優しいだよムハード王は……でも彼の周囲の人々は心優しいムハード王の心を殺したんだ……そこに生まれた小さな『闇』を笑男に利用された」
「ま、待て……何でお前がそんな事を知っている?」
まるでムハード王の過去を覗き込むようにそう語るブリザラに更に疑問が深まるピーラン。
「……今の私には分かるの……彼の……ムハード王の本当の心が……」
そう深紅に染まった現在のブリザラの瞳には影へと姿を変えたムハード王の押し潰された心が見えていた。そしてブリザラの瞳にはムハード王を『闇』から解き放つ糸口が見えているようであった。
「だから……私は『闇』に呑み込まれたムハード王を止めて……その心を救う!」
『王』「ブリザラ!」
キングとピーランにそう宣言したブリザラは水が張った地面を一歩踏み出す。
《ギャアアア! 寄ルナ! 僕二近付クナ!》
水に触れ苦しみ悶える影から発せられる憎悪と怨念。その中に混ざる幼い少年の声。影は近づくブリザラを寄せ付けないよう触手で攻撃を開始する。
『させんぞ!』
影の触手による攻撃を防ごうとするキング。
「駄目!」
だが防ごうとしたキングを止めるブリザラ。
するとブリザラの目の前まで迫った影の触手は力尽きたように水の中に落ち蒸発していく。
『なぜ止めた!』
本来防御の主導権はキングにある。それは所有者であるブリザラの身を守る為の盾としてのキングの矜持であるからだ。しかし今のブリザラの一声はそのキングの矜持すら止める。ブリザラの一声で防御体勢に入ることが出来なくなったキングは、なぜ止めたと怒りを露わにした。
「……ごめんねキング」
キングの矜持を理解しているからこそ、ブリザラは謝る。
「……でも今は手を出さないで……」
しかしキングの矜持を止めてまでブリザラは前に進もうとする。
『そんなこと出来る訳ないだろ! 何をしようとしている王!』
何をしようとしているのか理解が出来ないキングは、影へと歩みを止めないブリザラにその理由を聞いた。
「……」
しかしブリザラは答えない。
《近付クナァァァァァァァァァ!》
拒絶を示す影の声と共に再び触手がブリザラを攻撃しようと迫る。しかしまたブリザラの前で力を失った触手は水の中へと落ち蒸発していく。
「……ウルディネさんが作りだしたこの水には『闇』を浄化する力がある……」
自分達が触れている水がウルディネのものだと理解するブリザラはそう言いながら両腕を広げた。
「……そしてこの水は大きな愛……」
そしてブリザラはウルディネが生み出した水、精霊の涙を大きな愛と呼んだ。
《ああああああああああああいいいいいいいいいいいいいいい!》
ブリザラの言葉に反応するように更に大きな悲鳴を上げる影。
「……ウルディネさんがその命と引き換えに生み出した水には、海よりも広く深い愛が宿っている……愛を拒絶され愛を拒絶し『闇』に堕ちたあなたにはまるで毒のように苦しいものに感じるでしょう」
『闇』を浄化し愛を与えるウルディネの精霊の涙に苦しむ影にそう問いかけるブリザラ。
《ギィヤアアアアアアアアアアアア!!》
ブリザラが言ったことが事実だと証明するように更に苦しみを増した叫びを上げる影。
「でももう、拒絶しなくていい……」
一歩また一歩と影に近づく両腕を広げたままのブリザラは、気付けば影に触れられる距離にまで近づいていた。
《止メロ……止メロォォォォォォォォォォ!》
自分に触れようとするブリザラに無数の触手を伸ばし攻撃しようとする影。
「……愛しても愛されてもいいんだよ」
そう影に対して優しく囁くとブリザラは広げていた両腕で影を包み込んだ。
《……愛シテも……愛されてもいい……の?》
影は消え去っていく。そこに姿を現した少年を抱きしめるブリザラはゆっくりと少年の言葉に頷く。
「……父……上……母上ぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
拒絶を超え、愛し愛されたいと願った少年は、温かく包み込むブリザラの母性のような温もりを感じながら今まで閉じ込めていた想いを泣き叫ぶのであった。
ガイアスの世界
ウルディネが生み出した精霊の涙
精霊の涙は人体の損傷すら直ちに修復する程の治癒効果を持っている。
だがウルディネが生み出した精霊の涙はその効果に加え、『闇』を浄化する効果も持っているようだ。『闇』に堕ちたムハード王が放った触手を全て無力化、浄化させ、更にはムハード王自身の『闇』すら浄化した。




