表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/512

真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)28 生命宿る水

ガイアスの世界


 水精霊の涙



 幻の秘薬と言われる水精霊の涙。その値段はガイアスの世にある準伝説級の武具と同等の値で市場では取引されている。

 水精霊の涙が持つ効果は、完璧な回復。欠損した肉体すら瞬時に再生してしまう程の回復効果を持っている。それ故に冒険者や戦闘職達は喉から手が出る程に欲しい道具アイテムだ。

 しかし水精霊の涙は入手困難な代物である。

その理由は、遥か大昔に水精霊の涙を手に入れようとした人間達に嫌気がさした水背霊は、大事な人の前でしかその涙を見せないようになったというもの。

 だがこれはあくまで噂話や言伝えであってその真実はもっと簡単である。

  そもそも精霊という存在は感情を持たない。上位精霊は別として精霊は自然現象と同じ。自然現象に感情が存在しないように自然現象と同じ存在である精霊にも感情は無い。そのため泣くことが出来ないのだ。

 ならば感情を持つ水の上位精霊から涙を獲ればいいのではと考える者もいるが、そもそも上位精霊は滅多に人前に現れない。万が一上位精霊と出会えたとしても何の縁も無い人間に涙を見せる上位精霊はおらず下手をすれば怒りを買って殺されることもある。

 しかしだからと言って入手できないかと言えばそうでは無い。純粋無垢で心清き召喚士と精霊の間に強く深い絆が生まれた時、上位精霊にならずとも精霊は自我を持つという。

 そうなれば精霊であっても涙を流すことができるようになり水精霊であれば水精霊の涙を入手することが出来る。

 しかし、精霊と強い絆で結ばれた召喚士がその涙を売ることは絶対にない。あくまで召喚士と強い絆で結ばれた精霊は、契約者である人の為だけに涙を流すからだ。それを精霊に対しての裏切りになる行為である。

 だがそもそも現在のガイアスにおいて、精霊が自我と感情をもつ程に強い絆を結ぶことが出来る純粋無垢で心清き召喚士は殆どいない。

 これらの理由によって水精霊の涙は幻と言われ市場ではとんでもない値段で取引されている。だがその殆どは偽物である。

 余談ではあるが水の上位精霊が流す涙にはどれほどの効果があるのだろうか。





真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)28 生命宿る水




剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス




 蝋燭の小さな光だけでは照らしきれない程に広い部屋の中心に立つ少年。その周辺には倒れている女性達の姿があった。女性達はまるで部屋の中心にいる少年から逃げるように部屋の隅へ行こうとしてその半ばで息絶えたという姿をして倒れていた。


「……」


 最悪な状況に直面したブリザラは驚きと悲しみが入り混じった複雑な表情で部屋の中心で天井を見上げている少年を見つめた。


(……死んでいる……だが……)


部屋の中心に立つ少年に警戒しつつ倒れ息絶えている女性達に目を配るピーラン。


(……この女達は何で死んだ?)


人の死にこれまで数多く関わってきたピーランは目の前に広がる光景に驚きはしたがショックを受けた様子は無く女性達の遺体を遠目から眺めながらその死因を探っていた。


(外傷は……無い……だがやったのはどう考えてもあの子供で間違いない)


女性達の死因は不明ではあるが、その遺体に外傷は見られない。だがこれらの光景を作りだした存在は確定していると判断したピーランは、意識を部屋の中心にいる少年に向ける。

 日中の太陽の光が厳しいムハード大陸で今まで生きてきただろう少年の肌は、まるで一度も外に出たことがないと思えるほどに白い。その肌と同じように身体つきも見るからに貧相で周囲に倒れている女性達をどうこうできるようには思えない。

 だがその雰囲気は、今までに出会ったことがない不気味な雰囲気を纏っている。それは身動き一つすることも躊躇させる程であった。


「……なぜここに……」


この部屋に少年がいることが不可解であるブリザラ。なぜなら少年はムハード城の正面廊下に倒れていたはずであったからだ。経緯は分からないが、ブリザラ達が正面廊下に辿りついた時には、既に黒竜ダークドラゴンと化したアキの足元に倒れていた。そして黒竜ダークドラゴンは言ったのだ、倒れている少年の正体はムハード国の王であると。

 そう今ブリザラ達の眼前にいる少年は、ムハード城の主にしてこの国の王である人物であった。



「……どう考えてもこの状況を作りだしたのは、あの子供……ムハード王だよな……」


自分の推測が正しいことを更に強める為、部屋で息絶える女性達の原因がムハード王にあることをブリザラとキングに聞くピーラン。


『……ああ……しかし……』


 ピーランの言葉に同意するキング。しかしその言葉は歯切れが悪い。確かに現状から見てこの状況を作りだしたのはムハード王であることで間違いは無い。だが普通に考えてムハード王の肉体ではどう考えても数十人の女性達を殺すことは不可能だからだ。

 しかしムハード王が港の男達から化物と呼ばれていることをブリザラ達は知っている。そしてそれが常軌を逸した行動をとる者に使われる比喩的な表現では無く、単純にありのままの意味であることも。

 だからこそ、この状況で静かに人間の姿を保ったままのムハード王にブリザラとピーランは強い警戒心を抱いていた。


「……僕は……どうしたらいい?」


見た目通りの儚げなか細い声を発するムハード王は、その視線をゆっくりブリザラ達の方へと向ける。


「ッ!」


しかしブリザラに視線を向けたムハード王のその姿は明らかに人間のそれでは無かった。ブリザラを逆さで捉えるムハード王の視線。ムハード王の頭は、人間本来の可動域を超え逆さまになっている。


「僕は……母上を治して欲しかっただけなんだ……なのに……なのに父上は……」


既に人間では無い事をブリザラ達に証明しつつムハード王が語るのは、人間であった頃の記憶。しかしその言葉はただ口にしているだけで怒りや悲しみといった感情は皆無であった。


『ぼーっとするな王!』


人間では無くなったムハード王の姿に放心するブリザラを叩き起こすようにキングは声を上げる。しかしブリザラが我に返った頃には既にムハード王の姿はその場から消えていた。


「何処!」


慌てて周囲を見渡すブリザラとピーラン。


「母上……を救って……救ってくれないのなら……!」


全てを拒絶するような重たい空気が一瞬にして周囲に広がる。


「ブリザラッ!」


それは前からそこにいたというように自然と姿を現した。背後から背筋が凍るような気配を感じたピーランが振り向くとそこにはムハード城に広がる暗闇と同じ色を持った影がブリザラの目の前に姿を現していた。


《消エロ! 消エロォォォォォ!》


拒絶を帯びた声が地下の部屋に響き渡る。


「ッ!」


背中に背負っていたキングを前に出しながらその影から距離をとるために後方へ飛ぶブリザラ。


「オオオオオオオ!」


一瞬にして自分の警戒を抜け背後に現れた影に対してピーラン叫びながら手に持つナイフを逆手に持ち表裏が分からないその影を切りつけた。


「……!」


 しかしピーランのナイフは空を切る。ピーランが切りつけた存在は影。実体が無い。ナイフで切り付けられた影は僅かに揺らめくだけで、攻撃を受けたという様子すら無い。


《邪魔ヲスルナアアアアアア!》


突如としてブリザラの前に現れた影は、ピーランからの敵意を察知したのか、再び拒絶を込めた声を上げると触手のような影を伸ばしピーランに向かい放った。それはまるで鞭のようであり蛇のようでもある動きを見せながらピーランを襲う。

 触手の攻撃を回避しようと手に持つナイフで応戦するピーラン。しかし先程と同じように触手のような影を切りつけたナイフは空を切るだけ。それにも関わらず触手自身はしっかりとピーランの体に絡みついたからだ。それは理不尽な光景であった。


「グゥ! ……離せ!」


《触レラレナイ、触レルコトガ出来ルのは僕ダケダ!》



影の触手を振り払おうともがくピーラン。しかし一度からみついた影の触手は、もう二度と離れないという勢いでピーランの体をきつく縛り上げ拘束していく。


「ピーランッ!」


キングを構えたブリザラは拘束されたピーランを助けようと目の前にいる触手の本体に向かい突撃する。


『待て王!』


得体の知れない相手にキングはブリザラを止めようとするが既に時は遅く、三本四本と次々に現れる影の触手が鞭のようにブリザラを襲う。


「はうッ! くぅ! はッ!」


見た目以上に重い影の触手による打撃は、キングで防ぐブリザラに衝撃を与える。しかしブリザラの体には擦り傷一つ負傷は見られない。ブリザラに向け放たれた影の触手の攻撃は全てキングに防がれていた。


『くぅ、防ぐことは可能だが……』


実体の無い攻撃すら防ぐキングではあったが、その声は無く苦虫をかみつぶしたような余裕の無い声。その理由は、今のブリザラには実体の無い影を相手にする攻撃手段が無いからであった。

 キングの所有者になった以上、キングの力を少しでも発揮できるようになる為、サイデリーの王でありながらブリザラは盾を使った独特な戦闘手段を持つ戦闘職、盾士の訓練をしてきた。

 ブリザラ自身の努力の甲斐もあって短期間でありながら盾士としての技術は新米盾士以上のものになっていたが、しかしそれはあくまで新米兵の中ではという話。対人間、対魔物を想定した戦い方は習得していたが、実体の無い存在に対しての戦い方をブリザラは習得していない。

 盾士は攻撃全般を防ぐことに特化した戦闘職である。熟練した技、天性の才能を持つ最上級盾士ならばいざしらず新米盾士を脱した程度の技術しか持たない今のブリザラが実体を持たない影を相手にするのは荷が重すぎた。


《……もし今王があの力を自由に発揮できればあるいは……》


それはキングが未だはっきりと理解していないブリザラに隠された力。黒龍ダークドラゴンすら怯ませたブリザラの力であればこの状況を打開することは可能。


《しかし……それは無理か》


ブリザラは既に一度その力を黒竜ダークドラゴンの前で発動している。更に言えばムハード大陸に上陸してからブリザラは殆ど休んでいない。心身共に疲労が蓄積しているだろう今のブリザラに再びあの力を発動するだけの余力が残っているは思えないキングは、浮かんだ希望を切り捨てる。


《……クゥ、こんなことなら、まず先に王達を鍛え上げるべきだった》


 そう後悔の言葉を心の中で口にするキング。ムハードにやってきたブリザラ達の目的はムハード王に会いブリザラの命を狙った真意を聞くこと。だがそれとは別にもう一つ目的がああった。

 それは伝説の武具の所有者であるブリザラやアキの技術向上にあった。現状キングやクイーンの力に頼りすぎている部分があるブリザラやアキ。その二人を鍛える為にキングとクイーンはムハードの地を選んでいた。


《いや、後悔しても仕方がない……今できる最善の策を……》


 戦闘になる可能性は考えてはいたが、まさかムハード王の力がここまでとは考えていなかったキング。しかし後悔しても状況が変わる訳でも無いと直ぐに思考を切り替えキングは現状最もこの状況を突破できそうな方法を再度思考し始める。


「……あ、あなたは……くぅ……なぜそこまで拒絶するの?」


キングがこの場を脱する手段を思考する中、ブリザラは対話が可能かも分からない影本体に話しかける。それはブリザラだけがムハード王から感じていた感情であった。


「なんで全てを拒絶するの?」


 全てを拒絶するような影本体の感情。その感情の理由を問うブリザラ。


「あああッ!」


だがブリザラの問いかけに一切応じる気配がない影本体。拒絶の感情を体現するように容赦なく鞭のようにしなる触手をブリザラに放ち続ける。

 盾としての本懐を体現するキングは、他方向からブリザラを襲う影が放つ触手の攻撃を防ぎ続ける。本懐通り盾として完璧な防御、完璧防御パーフェクトディフェンスを展開するキングは、影が放つ触手がブリザラへ触れることすら許さない。しかし攻撃を全て防ぐことができるとしてもそれも時間の問題であった。

 例えキングが何時間でも影の触手による攻撃を防ぐことが出来たとしても人間であるブリザラには限界がある。ムハード大陸に上陸してから休息らしい休息をとっておらず更には今までに感じたことの無い戦闘での緊張感を強いられているブリザラが今この瞬間に限界を迎えてもおかしくは無いのだ。


「くぅ! ……抜けられない!」


 それは影の触手に絡みつかれ身動きが取れなくなっているピーランも理解していた。だからこそ早くブリザラの援護に向かう為、焦りの表情を浮かべ自分に纏わりつく影の触手から抜け出そうともがき足掻く。しかし自分の体に纏わりついた触手が緩むことは無く抜け出せないピーラン。


(どうすればいい……どうすれば……)


しかも影の放つ触手は、ピーランを拘束するだけにはとどまらなかった。まるで墨が紙を侵食していくように、影はピーランの肌に染み込んでいく。


(これは……)


肌に感じる僅かな痺れ。今はたいした痺れではないものの、確実にそれが人間に害のあるものであることを理解するピーラン。


(……女達は……これにやられたんだ……)


部屋で倒れている息絶えた女性達を見ながらピーランはなぜ女性達が息絶えたのかその原因を理解する。


(女達に外傷は無い……だとすれば、精神攻撃か……生命吸収……)


 外傷が見当たらない女性達の遺体。物理的な死因ではなく女性達は別の要因で死んでいる。そこからピーランが導き出した答えは二つ。

 一つは影が放つなんらかの力によって女性達が精神に異常を来し死亡した精神攻撃。もう一つは影が放つ触手によって女性達は生命を吸い取られた生命吸収。この二つであった。

 しかしこの二つの答えに行きついたピーランの体には既にその答えが見え始めていた。


「うぅ……」


精神攻撃と生命吸収、そのどちらが要因で女性達は死んだと思っていたピーラン。しかしピーランを襲ったのはその両方であった。

 意識が曖昧になり目の前が歪み始めるピーラン。その歪む視界には自分が恐怖を抱いた様々なものが浮かぶ。幼い頃に夢で見た恐ろしい化物、忍の修行時代に死にそうなった経験。 闇帝国ダークキングダムでとある少年とすれ違った時に感じた背筋が凍るほどの威圧。その光景全てが恐怖に関係したことであった。

 その全てはピーランが一度経験したことがある恐怖。それが幻覚であることはピーラン自身も理解している。だがそれでも潜在的に植え付けられた恐怖は簡単には克服できるものでは無い。一度経験した恐怖の部分だけを切り取り矢継ぎ早に何度も繰り返し見せてくるその幻覚にピーランの精神は恐怖に蝕まれ削り取られていく。

 そしてその幻覚と並行するように自分の体から力が抜けていくことを感じるピーラン。影の触手はまるで人が水を飲むときに喉を動かすような動きでピーランから生命力を奪っていく。


「……こ、これは……不味い……」


焦点を失い目から光が失われていくピーラン。体が干からびていくような感覚と共に恐怖という感情も失われていく。だがそんな中、はっきりとしないはずのピーランの視界にある人物が浮かび上がる。


「……くそ……なんでこんな時にあいつの顔がチラつく……」


 歪む視界の中、ピーランの前にはっきりと浮かぶ少年のような笑みを浮かべる男の顔。すると今まで恐怖しか映し出していなかった幻覚が突如として違う光景を映しだした。

 暗く蝋燭の火だけがゆったりと光るサイデリー城の地下にある収容所。そこはブリザラの暗殺に失敗したピーランが連行された収容所であった。そしてそこにはピーランを連行した最上級盾士ランギューニュの姿があった。


(……ああ、そうか……まだあいつの呪いが解けてないってことだな……)


怒りと憎しみに頬を歪ますピーラン。しかしその頬は深紅に染まり怒りと憎しみ以外の別の感情が入り混じる。ピーランの表情は何処か艶っぽくなっていた。


(まさかこの呪いに助けられるとは……)


 不服に思いつつもランギューニュに植え付けられた誘惑チャームの呪いの影響でランギュー二ュという存在を強く感じるピーラン。強く感じるほどにピーランの体はランギューニュへ向けられた欲情が増して行く。そして強く抱くその欲情が崩壊しそうになっていたピーランの精神を繋ぎ止め踏み止まらせるのだった。

 しかし辛うじて精神崩壊から間逃れたものの、力を吸われ体を動かすことが出来ないピーラン。強い欲情を抱くことによって先程よりも意識がはっきりした分、自身の体が動かないことにもどかしさを感じるピーラン。

 その時、ピーランの頭上から一粒の水滴が落ちる。


(なんだ?)


ムハード城の外は現在雨。しかも砂漠では珍しい豪雨だ。その雨が地下まで流れ込んできたかとピーランは考えた。しかしその直後であった。


「ウルディネェエエエエ!」


突如としてムハード城に響き渡る悲しみを孕んだ叫び。


「アキさん!」


地その声にいち早く反応したのは、影からの攻撃をキングによって防ぐブリザラであった。地下でははっきりとその叫びを聞き取ることが出来ないにも関わらずブリザラは迷うことなくその叫びがアキのものであると断定する。


「ウルディネさんに何かが起きた……」


それと同時にウルディネの身に何かが起きたことを理解するブリザラの表情は焦りに染まる。


「……どうしよう……どうしよう」


自分達の現在の状況にすら未だ勝機を見いだせていないのにも関わらず、ブリザラはウルディネとアキに心を持っていかれ冷静を欠き始める。


「ブリザラッ! 今は自分のことだけ考えろ! ッ!」


冷静を欠いたブリザラに向け放たれる叫び声。


「ピーラン!」


その声に体をビクつかせるブリザラ。しかしブリザラ以上に驚いていたのは叫んだ本人であるピーランだった。


「ああッもう! 兎に角目の前の敵に集中しろ!」


体が動かず口も回らなかったはずのピーランは、自分の体に体力が、生命力が戻りつつあることを実感し再びブリザラに叫んだ。


「これの影響なのか……?」


そう言いながら頭上を見上げるピーラン。天井からは水滴が一粒二粒と落ち気付けばピーランの体を濡らす程になっている。


「……ただの雨……水じゃない」


その水の正体がなんであるか、ピーランには分からない。だがその水を浴びることによって今まで動かなかった体が動くようになってきたことは事実であった。


「……ブリザラ! 私の所にこい!」


今のブリザラにどれほどの効果があるのかは分からない。だがそれでも賭けてみる価値はあるはずだと影の止まらぬ攻撃に耐え続けるブリザラに自分の所に来いと叫んだ。


「ッ?」


ピーランの意味の分からない発言に首を傾げるブリザラ。しかしこんな状況でピーランが意味の無いことを言う人物では無いことを知っているブリザラは、影の攻撃を防ぎつつピーランの下へと足を進める。


『これは……王よ! ピーランの下へ走れ!』


ピーランの頭上から滴り落ちる水滴に気付いたキングは、ピーランの意図を悟ると移動するブリザラの背を覆うように形を変化させる。


「な、何どういうこと?」


全く状況が掴めないブリザラは、それでもピーランの下へと必至に走る。


『王よ! ピーランの頭上にある天井を私で叩け!』


必至に走るブリザラにそう指示を出したキングは盾打シールドバッシュを行う為に最も適した形へ己の形状を変化させる。


「だから何で!」


訳の分からないままブリザラはキングの指示に従い飛ぶ。そして天井に向けて盾打シールドバッシュしやすい形状へと変化したキングを打ち付けた。盾打シールドバッシュによって打ち付けられた天井は簡単に崩壊しそこから大量の水が漏れ出してくる。


「うっぷ! ゴボゴボ……」


漏れだした大量の水を顔に浴びるブリザラはそのまま地面へと落下した。

 天井をぶち抜いたことで大量に流れ落ちてくる水は、たちまち水力を増しブリザラが開けた穴を広げていく。滝のようになった水は気付けばブリザラ達のいる地下を浸水させていた。

 ブリザラの腰ほどまでに地下の部屋には水が溜まり部屋あった女性達の遺体はその水の流れによって流されていく。


「……はは、どうやらこの水はあの気味の悪い影にも影響があったようだな」


謎の水は影にも影響があるのか、ピーランの自由を奪っていた触手はまるで除草剤で枯れていく木の根のように姿を消していく。そしてピーランの体に広がっていた影の染みは瞬く間に消え失せ下の肌へと戻った。体の自由を取り戻したピーランは、不思議な力を持つ水を口に含みながら、影の本体を見つめた。


《ギィ……ギィギキギギ……》


 悲鳴にも似た声を響かせる影。その様子はまるで毒を浴びたというように苦しみもがいているようだった。


『……これは、水精霊の涙だ』


「水精霊の涙って!」


 その代物の名はピーランも知っていた。どんな傷でもたちまち癒す究極の回復道具リカバリーアイテム。しかしピーランにとってその名は、別の意味を持つ。


「偽物……じゃないよな……」


 偽物道具フェイクアイテム。外道職たちが自分達の組織の資金を稼ぐために安価な回復薬を更に薄めてそれらしい小瓶に詰めた偽物。

 ブリザラのお付になる前まで、闇帝国ダークキングダムという巨大盗賊組織に所賊していたピーランにとって水精霊の涙は、偽物道具フェイクアイテムとしての印象が強かった。だが自分の気力や体力、更には肌のかさつきまで潤いを取り戻していることに、その効果が本物であることを認めざる負えないピーラン。


「……お、おい……これが本物の水精霊の涙だったら……この量、国の一つや二つ作ることもできるぞ」


水精霊の涙の市場値段を知っているピーランは、自分自身が今浸かっている水を見ながら顔を引きつらせた。


『……ああ、だからこそこの状況は異常だ……』


市場で出回る水精霊の涙は限られている。だがその限られた数の殆どが偽物である。その中の本物であっても一滴か二滴。それが普通なのだ。だからこそ部屋を浸水させる程の水精霊の涙は異常であった。


「異常でも何でも今はいい……それよりも今は、目の前のムハード王を止めることが先だよ」


水精霊の涙の中を漂っていたブリザラはそう言いながら立ち上がる。

 水精霊の涙の影響をその身で実感しながらブリザラはその視線を未だ苦しみもがく影に向ける。その瞳はこれまでよりもはっきりとした深紅の色に染まっていた。



ガイアスの世界



偽物道具フェイクアイテム



偽物道具フェイクアイテムとは言葉通り偽物のことで、オリジナルよりも効果が劣化、下手をすれば全く効果がないものもある。

 ここ数十年で偽物道具フェイクアイテムは増えており、その要因は、とある巨大盗賊組織の影響が強いとされている。

 偽物が市場に出回る中、特に水精霊の涙は偽物が多く被害を受ける者が後を絶たない。

これを問題視した各国は色々と警備を強めているようだが、その効果はあまりでていないようだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ