真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)26 涙の想い
ガイアスの世界
『彼ら』
笑男が言う『彼ら』とはどうやら魔王の種子を持つ者の事を示しているようだ。
笑男が『彼ら』を集めて一体何をしようとしているのかは不明。だが決していいことではないことは確かだ。
真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)26 涙の想い
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
「……魔王の……種子……」
対峙する笑男が発した言葉に顔を引きつらせるアキ。
「……はい、あなたにはその素質がある……是非、あなたが持つ魔王の種子を私に育てさせてはくれませんか? ……」
雷と豪雨の音がムハード城の外で響く中、正面廊下で笑男はアキに静かに告げた。
「……」
当然、自分の中に魔王になる為に必要な種子があることなど知らなかったアキは笑男の言葉に困惑の表情を浮かべる。だがそれと同時に魔王の力に惹引かれている自分がいることも確かであった。
アキの心にあるのは絶対的強者への憧れ。強者であれば奪われることは無いという、幼い頃に強者から奪われ続けてきた記憶であった。自分が強者になれば奪われることは無くなり逆を言えば、奪う者へと転身することにもなる。だがそれは同時に人類を敵に回すということにもなる。魔王となったアキのその存在自体を否定し奪おうとする者達が現れることを意味していた。
「……そう、あなたが魔王になれば……もう誰もうあなたから何かを奪おうとする者は居なくなる……どうですか? 私と共に来ませんか?」
気付けばアキの間合いに入りこみ手を差しだす笑男。
「俺は……」
その手を取れば自分は魔王という存在になる。そう思うとアキの手は迷いから動かなくなる。魔王という絶対的力は魅力的ではあるが、魔王になった事で背負うことになるリスクは今のアキにも理解できるからだ。だがアキの心は複雑に蠢いていた。魔王という存在になることを否定する意思が存在すると同時に力を手に入れたいという欲望がアキの心の中でせめぎ合っている。そして人間とは欲望に弱く忠実だ。例え大きなリスクを負うことになったとしても、手を伸ばせばすぐにでも己が欲するものが手に入る。せめぎ合っていた二つの想いは僅かなバランスの崩れによって容易に傾きだす。
迷い動かなかったはずのアキの手は、欲望という感情によって突き動かせれゆっくりと動きを止めていた手が動き始める。
「させるかッ!」
アキが欲望に身を委ね笑男が差し出した手に触れようとした瞬間、アキの後方から女性の声が響く。その声と共にアキと笑男の接触を阻むように突然巨大な水柱が廊下の床から突き出した。その巨大な水柱は廊下の端から端へとその面積を広げアキと笑男を分断する。
「あらら、これはまた丁度いいところで邪魔が入りますね」
アキと自分を分断した巨大な水柱を見ながら笑男は何を考えているのか分からない不気味な笑みを浮かべる。
「……テイチはどうした? お前が傍にいないとテイチは死ぬんじゃなかったのか?」
アキは突然自分の目の前に現れた巨大な水柱に動揺することなく冷静な口調で自分の後方に現れた人物へ声をかけた。そこに立っていたのは、明らかに人間の佇まいとは違う雰囲気を持った女性であった。川を連想させるような羽衣をその身に纏わせた女性の手には水が佇んでいる。
「……これはテイチの意思だ……私はその意思を尊重し今ここにいる……アキ……お前を止める為に」
、今自分がここにいるのはテイチという少女の意思だとアキに告げる女性。
「……止める? 何のために?」
しかしアキは理解していないのか、理解していて尚、理解していないフリをしているのか、その女性に対して冷たい態度をとった。
「分からないのかアキ! テイチは、お前の事を心配しているんだぞ!」
元々は自分が犯した罪を少しでも償う為、死んだテイチの肉体に入りその命を現世に留める為だった。だがテイチの魂がしだいに力強く脈打つようになると、いつからかテイチの想いが伝わってくるようになった。
気付けばこの想いがどちらのものか分からなくなる時もあるぐらいにテイチと彼女の心は重なることが多くなった。交わる感情が自分のものなのかテイチのものなのか分からなくなる不安は当然ある。だがそりを凌駕する程に彼女はテイチと共に同じことを想い考えることが心地よくもあった。
最初こそ罪を償おうとした行動ではあったが、今ではテイチと共に想い考えることが普通になった。だからこそテイチが抱く感情や意思を尊重したいと思う彼女、水を司る上位精霊ウルディネはテイチの言葉を代弁するように未だ背を向けたままこちらを見ようとしないアキにその想いをぶつける。
「心配? ……何を心配する必要がある……力を手に入れればもう何も心配することはないだろう? ……なぁウルディネ……俺はもう自分の何も奪われたくないんだ」
既に己の欲望に身を委ねたアキの決心は堅い。力を手に入れれば、もう心配をかけるようなことにはならない、例え自分の存在が変異しようとも力さえあれば、噴き出す問題など些細なものだと自分の行動は正しいのだと主張するアキはまるで過去の自分から決別しようとしているようであった。
「……奪われたくないだと……馬鹿な事を言うな! お前が今手を取ろうとしている人物は、テイチの村を焼きその場にいた両親を殺した男だぞ! もう何も奪われたくないと言うのなら、お前を想うテイチを……お前と同じように大切な者を奪われたテイチを救ってみせろ! テイチの大切な者達を奪ったその男を倒してみせろ!」
大切に思っているテイチの気持ちを蔑ろにするようなアキその言動に怒りが込み上げるウルディネは、語気を強くしながら近い境遇にあるテイチを救ってみせろと、テイチの仇である笑男を倒せと叫んだ。
「……ウルディネ……お前は勘違いをしている……俺は正義の味方じゃない……あくまで俺が力を欲するのは自分の為、自己満足だ……例えテイチの仇だとしてもこいつが俺に力を与えてくれるというのなら、俺は喜んで奴の手を取るさ」
ウルディネの想いは今のアキの心には届かず響きもしない。それほどまでに力に対するアキの想いは揺るがない。
己の道を阻む巨大な水柱を前にアキは迷わず歩み出した。
「お前が何と言おうと、私は認めない……奴の下へ行くことも、お前が魔王になることも!」
巨大な水柱にアキが触れると触れた所が押し返される感覚がある。明らかにアキの進みを拒んでいる。だがそれでもアキはその押し返しに抵抗しするように笑男側に無理矢理にでも行こうとする。だがそれでもアキの体は強固な水柱に阻まれた。
「……」
「無駄だ、私は全身全霊をこめて、お前とそこの男の接触は阻んでみせる」
ウルディネの想いに反応するように更に頑強になった水柱は、アキが侵入してくることを拒む。それは敵意ある者の侵入を阻むサイデリーの強固な壁のようであった。
「……俺の邪魔をするなウルディネ!」
まるで壁のようになった水柱をそれでも越えようとするアキは、自分をは阻むウルディネに苛立ちをぶつけた。
「黙っていろ……お前があの男と戦う気がないのなら……私が戦う」
そう言うとウルディネはアキを阻む水柱を簡単に通り抜けるとニコニコと無駄に笑顔である笑男に視線を向けた。
「あらら……まさか上位精霊であるあなたと直接戦う日がこようとは流石の私も思いませんでしたよ」
「……ああ、私もアキがここまで分からず屋で無ければお前と戦うことなど御免だ……だがお前が持つ毒牙にアキを巻き込む訳にはいかない……覚悟して貰おう……『絶対悪』」
「……『絶対悪』……懐かしい響きですね……もうその名で私を呼ぶ者も殆どいなくなった……」
ウルディネの言葉に思い出に浸るような素振りを見せる笑男しかしそれでもその表情は笑っている。
「……あらら、失礼、思い出に浸ってしまいました……所であなたは私を倒す勝算はあるのですか? ……失礼を重ねてすみませんがどう考えても私には、自我をもっただけの上位精霊のあなたでは私の相手をするのは役不足だと思うのですが」
明らかな挑発であった。いやそれ以上に異常なほどの自信がその言葉から伝わってくる。
「ふん、私を見くびるなよ」
それは一瞬だった。ウルディネが体の周りに漂わせる川のような羽衣が笑男に伸びたかと思えば、それは鋭い刃となり笑男の胴体を貫く。
「ッ!」
テイチの肉体を介して水を纏わせた攻撃は何度かみた事があるアキ。だが純粋な上位精霊としてのウルディネの戦闘を目の当たりしたアキは、上位精霊という存在の凄さを実感する。
「……爆ぜろ」
ウルディネが呟くと同時に笑男の胴体を貫いた刃と化した羽衣は、四方へと爆散する。当然その爆散は胴体を貫かれていた笑男の肉体を巻き込んでいた。
「ウルディネ……」
跡形も無く爆散する笑男に驚愕するアキ。ウルディネの攻撃は自分が力まかせに放つ黒竜のものとは比べものにならない程に高威力だったからだ。それにも関わらず規模は小さく周囲に被害がないことが更なる驚きの原因となった。
「アキ……」
「ウルディネ……」
精霊状態よりもテイチの体に乗り移った状態になってからのウルディネの方が付き合いが長いアキは、精霊の姿をしたウルディネにどう接していいのか分からず気まずい表情を浮かべる。
「……私は……テイチがこの世界で立って歩けるようになるまで側にいる事を誓った……だが……今は違う、私はテイチと一生を共にしたいと考えている……だがそれだけでは足りないんだ……アキ、私とテイチだけでは足りないんだ……私とテイチには……お前が必要なんだアキ……」
水を司る精霊が流す涙。その涙には傷をたちまち癒す効果があると噂され市場では高く取引されることで有名である。だがそれはあくまで噂でしか無く、そもそも精霊の涙を入手する手段が無い為に市場に広まっているその殆どが偽物で薬草を煮だして出来た液体である。
だがそれでも水を司る精霊の涙の噂は絶えずそれを狙う者も多い。だからこそいつのころからか水を司る精霊は、決して人前で涙を流さなくなった。どんなに悲しいことが起ころうと、例え同族が無残に殺されようとも水を司る精霊は決して涙を流さない。だが唯一その涙を見せる存在がいる。その存在とは自分が心を許し認めた者であった。
目から大粒の涙を流しながらウルディネはアキに自分のそしてテイチの想いをぶつける。頬を伝い地面に落ちたウルディネの涙は、まるで水面に響く波紋のようにムハード城に広がって行く。
「アキお願いだ……私達と帰ろう……アキ……一緒に……」
涙をポロポロと零しながらゆっくりとアキの方へと振り返るウルディネ。
「あらら、彼があなた方に必要なように私にも彼は必要な存在なのですよ」
その場を凍りつかせる得体の知れない存在の主張。ニタニタと笑っている顔が容易に想像できる不気味な声色がその場に響く。
「アガッゥ!」
「ウルディネェ!」
それは一瞬のことであった。ウルディネがアキに振り返った僅かな瞬間、その背後に現れた何かがウルディネの体を剣で貫いたのだ。体が反り上がるウルディネの腹部には禍々しい色をした刃が突き刺さっていた。
「私を爆ぜさせたことは褒めましょう、あなたが世に居る上位精霊とは別格な存在であることも認めます……だが……先程も言いました、あなた如きが私を倒すには役不足だと……」
「アッ! アアアアアアアア!」
悲鳴を上げるウルディネの背後には爆ぜて散ったはずの笑男の姿があった。笑男は何ら変わらないいつもの胡散臭い笑みを浮かべながらウルディネの腹部に刺さった禍々しい刃を上下左右に動かし傷口を広げていく。
「アアアアアアア!」
激痛に叫び散らすウルディネ。だが本来精霊であるウルディネの体に剣による物理的な攻撃は効かないはずであった。そう精霊であるウルディネの肉体は霊体である。物理的な攻撃に対しての耐性はかなり高く、余程の強者で無い限り物理的な攻撃で精霊に傷をつけることは出来ない。だが笑男はウルディネの腹部に穴をあけた。それは彼が強者であるという事実を示している。だがそれとは別に笑男が持つ禍々しい色をした刃を持つ剣自体が理から逸脱した力を持っているようであった。
「はははは、まさか霊切りの剣の模造品が役に立つとは思いませんでしたよ……」
模造品と言いながらもしっかりとその効果を発揮した剣はやはりウルディネのような霊体に対して効果を発揮する代物であった。
「まあ、これが無くてもあなたを殺す方法など今考えるだけでぞっと千通りほど思いつきますがね」
「がぁああああああ!」
ウルディネの腹部を抉り続けながら頬を吊り上げた笑みを浮かべる笑男はそう言うとその視線をアキに向ける。
「……ふむ、どうやら口であーだこーだと言っていても、その様子ではまだ踏ん切りがついていないようですね……でも私は気長に待つことができます、残念ながら今回はお時間が来たのでここでお別れですが、またいずれお誘いにきますよ……未来の魔王……」
笑男はそう言うとウルディネの腹部を抉り続けていた剣を止める。次の瞬間、その剣をウルディネの腹部から胸、肩へと流れるように切り上げた。
「あッあああああっ!」
ウルディネの悲鳴と共に笑男の剣によって切り上げられた腹部と胸、肩からはまるで噴水のような水が噴き出した。当然その水はただの水では無く、人間で言えば血液のようなもの。大量に水の血液を噴き出しながらウルディネはアキの目の前でゆっくりと倒れ込んだ。
「ウルディネェエエエエ!」
「……それでは、またお会いしましょう」
アキがウルディネの名を叫ぶ中、笑男は舞台を下りる道化師のように左手を胸に沿えて右手を真横に広げると頭を下げるとその姿はゆっくりとムハード城に残る『闇』の中に消えていくのであった。
ガイアスの世界
霊切りの剣
霊切りとは霊体を切ることが出来る剣の総称であり霊切りという剣がある訳では無い。
強者が厳しい鍛錬を続けた末にその剣自体が力を持つことにより生まれるもので、伝説の武器程では無いが、数は多くない。準伝説の武器と言った所であろうか。
鍛冶師の腕が高ければ、製作した時点で霊切りの効果を持つ剣が誕生することもある。だがそれが出来る鍛冶師は一握りで勿論製作には莫大な資金が必要となる。




