真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)24 黒き竜、再び
ガイアスの世界
前ムハード王
現ムハード王の父である前ムハード王は、私腹を凝らすのに余念が無かった。人々から巻き上げた多額の税で毎晩乱痴気騒ぎは当たり前。税を払えない者は、容赦なく捕らえ労働刑に処していたと言われている。
更に強制労働が出来なくなった者は、否応なく処刑し町の中心に見せしめとして張り付けにしていた。
自分と女性以外のことに興味が無く、それは数人いる自分の息子たちにも同様で悪い意味で分け隔てなく接していたようだ。
だがある日現ムハード王は無残な姿で惨殺され発見された。現ムハード王だけでは無く王の息子たちも一人を残して殺されているのが兵によって発見され大事件に発展する。
当初、一人生き残った息子の派閥の者達が王や他の息子たちを殺したのではないかと噂が流れたが、そもそも生き残った息子を支持する派閥は無くその息子事体も生きては居たが怪我を負っていたことからすぐにその可能性は無いと判断された。
結局、誰が犯人なのか分からずじまいのままこの事件は迷宮入りとなり、生き残った息子が次の王の座へと付くことになった。当時、この事件を聞いた国の人々は、これで国が変わると喜んでいた。
ちなみに前ムハード王が死去する前日に、生き残った息子の母親が事故で死亡している。
真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)24 黒き竜、再び
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
ムハード城の周囲を囲むようにして立つ数十本にも及ぶ針には、余すことなく人の躯が突き刺さっている。その不気味な外観と装飾からムハード城は躯城や死体城と影では呼ばれている。その光景は否応なく心に死を連想させそこに住む者達の恐怖を増大させ常に死が隣に立っていることを否応なく感じさせるのだ。
そんなムハード城に異変が起きたのは、城の上部の一部が突然吹き飛ばされてから数分経った頃だった。
《グゥオオオオオオオオオおオオオオオオオ!》
死人の怨嗟や断末魔、まるで今までに処刑と称して城の装飾になった者達の怨嗟の声が混ざり合ったような雄叫びが城を中心に町全体に響き渡っていた。
「な、何だ!」
聞いただけで身の毛がよだつそその雄叫びに、城の敷地内にある隔離施設と言う名の死刑部屋から脱出し城に捕らわれているだろう妻や娘たちを救う為に侵入しようとしていた港の男達は、顔を引きつらせ目的地に向かって進めていた足を止めてしまう。
足を止めた港の男達は一様にして不気味な咆哮が放たれたムハード城を見つめていた。
「……ムハードに巣くう化物……か……」
顔を引きつらせ、その表情には恐怖が見て取れる海の男達の中で唯一ウルディネだけが、厳しい眼差しをムハード城に向けている。
「化物……」
ポツリと呟いた少女のその言葉を聞き洩らさなかった港の男達のリーダートンドルは、恐怖が拭えぬままウルディネが発した言葉を繰り返し喉を鳴らした。
「……お前達の気持ちを焚き付けておいて何だが、直ぐにこの場から離れたほうがいい……」
数分前、ウルディネは城に捕らわれた妻や娘を助けに行くならばすぐに向かった方がいいとトンドル達の気持ちを焚き付けていた。これはこれから城で起る状況を想定してのことであったが、城から放たれた不気味な咆哮を聞きたウルディネは自分の想定が誤りであったことに気付いた。
あの怨嗟や断末魔に酷似した咆哮は、自分の想定を超えた現象の一端であり城内の状況を確実に悪い方向へと一変させたとものだと判断したウルディネは、捕らわれたトンドル達の妻や娘が現在生存している確率がかなり低い事を頭の中で考えていた。
「……」
彼らにその事実を告げようか躊躇するウルディネ。
「……今中に入れば確実にお前達は死ぬ……だからこの場から離れろ」
だがウルディネは家族を救出しようとここまでやってきたトンドル達にその事実を口にすることは出来ず苦し紛れに発した言葉は脅すような形になった。
「確実に死ぬ……それは本当か?」
「……ああ」
トンドルの言葉に頷くウルディネ。その言葉は嘘では無い。怨嗟の籠ったあの咆哮は人の精神をすり減らす類のもの。今は城の外で聞いているからトンドル達も怯えているだけにとどまっているが、城の中に入り再びあの咆哮を耳にすれば、たちまち精神は崩壊しその先に死が待つのは確実であった。
「……」
ウルディネの頷きに戸惑いと恐怖が入り混じったような表情になるトンドル達。自分達の命が危険に晒され城に入ることを躊躇する。それは当然の感情であり当たり前の反応である。
だが、自分の命を引き換えにしても助けたい者、守りたい者がいるというのも人間が持つ感情の一つである。
戸惑い恐怖しながらもまだ諦めていないと微かな希望の光を輝かせるトンドル達のその目は、この先へと向かう強い意思を感じさせる。
家族が引き離される悲しみは、家族という概念を持たない精霊であるウルディネにはあまり理解できないものであった。当然常識の範疇としては理解しているだが、それを実感することは殆ど無かった。
だからこそ以前までのウルディネならば、男達のその強い意思を理解できなかっただろう。だが現在のウルディネは僅かではあるが彼らの強い意思を理解することができる。それは自分が憑依している肉体の持ち主である少女の魂の存在が大きく影響している。彼女と肉体を共有することで、彼女が持つ感情が自分に流れてくることがこれまでに幾度もあったからだ。
ウルディネは精霊でありながら人間という感情を彼女から学び変化を始めていたのだ。だからこそ今のウルディネはトンドル達を止めることが出来ない。
「……それでも……行くか?」
すでに答えを決まっていると理解しながらもウルディネは、トンドル達に聞いた。
「……ははは、何を今更……俺達は既に棺桶に片足を突っ込んでいる身だ……もし城の中に入って死んでもあんたのことは恨まねぇよ」
トンドルはそう言うとウルディネの横に並び笑みを浮かべる。
「それに海の男達には引けない時がある!」
「……そうか……」
城に向けていた視線を一度地面に落としたウルディネは、その視線を自分の背後にいる港の男達に向けた。そこにはトンドルと全く同じ笑顔を作る男達の顔があった。だがその表情は引きつりぎこちない。今にも恐怖に喰い殺されそうなそんな表情を強がって笑顔にしている事は容易に想像できる。
だがそれでも男達の目は死んでおらず確固たる強い意思によって輝いている。潜在的に死と隣り合わせであることを理解しても尚、その光は消えること無くウルディネを見つめている。そんな男達に人間の強さを見たウルディネ。
「……わかった、城の中では心を強くもて、決して弱音を吐くなよ……」
ウルディネはトンドル達にそう言うと魔窟と化したムハード城の入口へと向かって再び足を進める。
「……」
背後から聞こえるトンドル達の足音が誰一人欠けていない事にウルディネは時として人の心はどんなに絶望的な状況に置かれても折れること無く強くなることがあるのだと実感する。そしてそれは恐怖に怯えながらも自分と共にあろうとする少女の魂にも感じる事であった。
― ムハード城 城内 正面廊下 ―
それが腕らしきものであることは理解できるが、廊下を飲み込みながら迫ってくるその姿はさながら影の波といった所だ。逃げる場所など無く飲み込まれる他無いその状況に禍々しい竜の兜を被り漆黒の全身防具をその身に纏った存在は、逃げようともせず口元を吊り上げながら余裕な様子で廊下を飲み込む影の腕を見つめていた。
「ふむ、身の程知らずという奴だな……」
禍々しい竜の兜を被った存在は、傲慢な物言いで得体の知れない影にそう呟くと右腕を肩の位置まで上げ横に薙いだ。すると波のように迫ってくる巨大な影の腕はまるで刃物で裂かれたように忽然と引き裂かれる。
《グゥオオオオオオオオオおオオオオオオオ!》
己の腕を斬られた事による痛みなのか、それとも己の体の一部を失ったことによる怒りなのか再び城の外にまで響き渡る咆哮を上げる巨大な影。だが先程の咆哮とは種類が違うのか、周囲で倒れ辛うじて生きているムハード兵に変化は見られない。
「ん? 思ったよりも力が出ないな……」
自分が放った攻撃の威力が想像よりも下回っていたことに首を傾げる禍々しい竜の兜を被る存在。とはいえ常識的に考えれば触れることが出来ない影を切り裂いた時点で、その力は計り知れない。
「……五割……いや、四割と言った所か……」
まるでまだ慣れない肉体を確認するように禍々しい竜の兜わ被った存在は、右手を開いたり閉じたりして感度を確かめる。
「どっちだ? どっちが我に抵抗している?」
禍々しい竜の兜を被った存在はまるで自分の内に存在する何かに問いかけるようにそう呟いた。だが答えは帰ってこない。
「まあ、四割でも問題は無い……お前如きが相手ならばな」
本来ならば触れることが出来ず、逆に僅かでも触れられればたちまち肉体は溶けてしまう。そして怨嗟のような咆哮を聞けばたちまち失神、悪ければ即死に至る状況。どう考えても常人なら死を連想する場面で禍々しい竜の兜を被った存在は、四割という十分な力が発揮できない状況でありながら平然と廊下を飲み込むながら蠢き続ける得体の知れない巨大な影に視線を向ける。その姿は己の力に絶対的な自信を持つ絶対強者のようであった。
そう彼は絶対強者であった。強大な力を具現化したような存在、ガイアスの中で絶対強者と呼ばれる存在の一頭、いや一人。そこに立つ存在の名は黒竜であった。
黒竜とは良くも悪くも力の象徴として畏怖と共に数々の伝説を残した最強の竜の名である。
だが数百年前にガイアスを暗黒時代にした魔王と同様、黒竜の詳細は、逸話や伝説として残るだけで詳しいことはわかっておらず現在ではその姿を見た者はいない。近年一部の者達からはその存在自体が架空のもので実在しなかったのではと言われている。だが確かに黒竜は存在していた。
どんな経緯でそうなったのかは定かではないが、黒竜はムウラガにある闇のダンジョンの奥底に封印されていた。千年以上もの長い年月の経過により肉体は朽ち果てはじめていたが、その魂はガイアスの絶対強者として長き眠りから解き放たれるのを待っていたのだ。
そして黒竜は一人の青年と摩訶不思議な全身防具との出会いによって再び現在のガイアスに姿を現したのである。
《グゥオオオオオオオオオおオオオオオオオ!》
再び不気味な咆哮を上げる巨大な影。自分を無視するなというようにその存在を主張する巨大な影は、切り裂かれた腕を復元するとそのまま黒竜を飲み込むようにして廊下全体を影で埋め尽くす。
「うっごおおおおおおあああああああ!」
辛うじて死んではおらず気を失うだけに留まっていたムハード兵達は、息が出来なくなったというように自分の首に両手を這わせ苦しみもがき始める。
「……」
苦しむムハード兵達を横に平然とその場に立つ黒竜。息が出来ず声が出せなくなったムハード兵達は、しばらく苦しみもがいた後、糸が切れたように動かなくなった。
《ウウウウウウウ》
低い唸りを上げながら息絶えたムハード兵達を己の体に取り込んでいく巨大な影。すると黒竜に切り裂かれたはずの影の腕が再生を始めていく。それと同時に巨大な影の体は一回り大きく変化した。
捕食を終え完全回復、いやそれ以上に力を上げた巨大な影はゆっくりと対峙する黒竜に何処までも暗い視線を向ける。その瞬間先程とは比べものにならない速度で巨大な影の両腕が黒竜の体を囲うように襲いかかる。そしてその攻撃には明らかに黒竜に対しての殺意が籠っていた。
「ふん、人の恐怖を捕食してこの程度か?」
巨大な影の攻撃は確かに先程とは比べものにならないほどに高威力で高速度であった。しかし黒竜は一切その場から動くこと無くその場に立っていただけだった。それだけで黒竜を捉えていたはずの巨大な影の両腕は霧のように霧散していく。
「……きっと人間には我もお前も同じ力を使っているように見え思っているのだろうな……全く残念なことだ……」
黒竜の周囲から漏れだす『闇』は、巨大な影の両腕を霧散させるとそのまま本体に向かって伸びていく。
「例え同じ力だとしても、質や格は段違い……お前は二流も二流……『闇』を扱う者としては、底辺だ……少しは夜を歩く者達を見習え……」
巨大な影の本体に到達した黒竜の『闇』は、一瞬にして巨大な影を引きちぎり『闇』を纏った炎で消し炭にする。
「ふん、正体は人間の子供だったか……」
廊下を埋め尽くしていた巨大な影が、黒竜の黒炎によって消し炭になると、その中からブリザラと同年代ぐらいの少年が姿を現した。
既に意識が無いのかその少年は床に落下しそのまま倒れ込んだ。
「止めて!」
「ん?」
突然廊下に響く声。その声に反応した黒竜は声の聞こえた方角に体を向ける。
「……またお前か……」
明らかに不快感を現した口調で黒竜は声の正体、暗い廊下から姿を現したブリザラに視線を向けた。
「……その姿は……」
そういいながらブリザラは悲しい視線を自分と対峙した存在、黒竜に向ける。そこにはブリザラが望んでいた人物の姿は無かった。そこにいたのは禍々しさを放つ人では無い存在だった。
「ああ、半死では無い……我は黒竜……先日はよくも我の邪魔をしてくれたな……王の資質を持つ小娘」
フルードの雪原でアキの体を乗っ取ることに失敗した原因であるブリザラを前に、口元を吊り上げる黒竜。
「黒竜……その体をアキさんに返しなさい!」
黒竜に反応するようにその瞳が真っ赤に染まるブリザラ。
「前にも言ったが、これは半死が願ったことだ、お前にとやかく言われる筋合いはない!」
そう言いながら右腕を振る黒竜。それと同時に巨大な影の時とは比べものにはならない濃度を持った『闇』の衝撃がブリザラに襲いかかる。
「キング!」
それに対しブリザラは自分の背に担いでいたキングの名を叫ぶ。ブリザラの叫びに反応するようにキングは、ブリザラの前に移動するとブリザラやその後ろに立つピーランを守る超特大な盾へと形をかえる。
力が凝縮された『闇』の衝撃がもはや巨人でも持つことが出来ない超特大盾と形状を変えたキングにぶつかる。
『ぐぅうううううううう!」
だが黒竜の放った『闇』の衝撃は想像以上に重くキングは唸り声を上げる。
先端を鋭く尖らせた形状へ変化させその衝撃を逃がすキング。すると尖った先端は黒竜が放った『闇』の衝撃を二股に切り裂いていく。
「はははは! また受け切るか我の攻撃を!」
自分の攻撃を二股に切り裂いたその光景になぜか歓喜の声を上げる黒竜。
激しい怒号と共に切り裂かれた黒竜の放った『闇』の衝撃は、ブリザラ達が背にする壁を貫きムハードの砂漠の彼方へと飛び去って行く。
「ふふふ……全く忌々しいな、小娘の力もその屑鉄の盾も……」
その言葉とは裏腹に何処か楽しんでいるようにも聞こえる黒竜の声。その口元は吊り上がっていた。
「……」
変わり果てたアキの姿とその凄まじい力に声が出ず自分が明らかに場違いな場にいることを嫌でも納得させられてしまうピーランは、ブリザラの背後で声も出せずに困惑することしか出来ない。
「ふむ……とりあえず、お前達が望んでいたこの国の化物とやらは我が処理しておいた、有難く思えよ」
「化物?」
黒竜の攻撃を凌ぎきったブリザラは、周囲を見渡す。確かに何かがいた痕跡はあるが、その正体をはっきりと見ていないブリザラ困惑する。
「こいつだ」
そう言いながら黒竜は自分の足元に転がる何かを小突く。その動作に視線を黒竜の足元に向けるブリザラ。そこには少年が倒れていた。
「こいつが化物の正体、そしてこの国の王だ」
そう言いながら黒竜は足元で倒れる現ムハード王を再び足で小突いた。
「そんな……」
ムハードに住む人々を苦しめた元凶が、自分と年齢がそう違わない少年だった事に驚愕するブリザラ。
「ふふふ、そんなに驚くことか? 人間とは脆く稚拙な存在だが、負の感情だけで言えば、呆れる程に強い……例え子供であろうと国を一つ支配する負の感情……こいつの場合、恐怖から逃げたいという負の感情が『闇』の力を目覚めさせた……だが所詮人間、本来ならば化物などに姿を変えることは無い……どうやらこいつに悪戯をした輩がいるようだ」
そう言う黒竜の視線は、ブリザラ達を通り越しその背後に向けられる。
「いやいや、お見事です、『闇』と『闇』の戦い、良いものを見せていただきました、感謝しますよガイアス最強の竜黒竜様!」
まるで頃合いを見計らっていたように、パチパチと手を叩きながら暗い廊下から姿を現したのは、ブリザラ達の前から姿を消した笑男であった。
「ふん、今の今まで我にその気配を感じさせなかったとは、少々気に喰わんな」
巨大な影ともブリザラ達とも違う様子でブリザラ達の背後から姿を現した笑男を見つめる黒竜。
「あらら? 私的にはお邪魔にならないよう、細心の注意を払った行動だったのですが、お気に召しませんでしたか?」
ガイアスの絶対強者を前に全く臆せず言葉を返す笑男。
「ふん、その仮面のような嘘くさい笑みも気に喰わん……お前何者だ?」
絶対強者である自分を前にして怖気づくことなく悠遊と話す笑男の態度に、明らかに人間とは言えない気配を感じる黒竜。
「何者? フフ……私は『彼ら』の案内人にして助言者……」
「『彼ら』……」
笑男が口にした『彼ら』という単語に心当たりがあるのか僅かに反応を示す黒竜。
「確かにあなたの力は凄まじい、絶対強者としても申し分ない。だが舞台に立つ役者としてはあなたは少々役不足なんですよね……あなたでは前座や余興ぐらいにしかならない。私が求めるのは、この世界を暗黒に染める力、たかが翼を生やした蜥蜴では無く、魔を統べる王、魔王を私は望んでいるのですよ!」
絶対強者である黒竜に対して明らかな挑発の意思と馬鹿にした言葉を吐く笑男。
「……その言葉……お前は極刑だな……」
静かに、静かにそう呟いた黒竜とは反して突然その体から放出する『闇』。
『……ッ! 不味い、王よ撤退だこの場から離れるのだ!』
所有者の身を第一に考えるキングの防衛機能が、最大級の危機を告げていた。今までどんな攻撃も防ぎきってきたキングが、敵が放つ攻撃に対し撤退の指示を出したのはこれが初めてである。
だがブリザラはキングの声が聞こえていないのかその場を動こうとはしない。その赤く染まった瞳は、これから起こる想像を超える衝撃を前に、それでも黒竜の力に呑まれ変わり果てた姿となったアキに向けられている。
「チィ!」
既にこの場が自分がどうこう出来る次元の戦いでは無いことを理解しているピーランは、その場から動こうとはしないブリザラの体を担ぐとその場から離れようと走り出した。
「離して!」
その視線は変わり果てたアキに向けたまま自分を担ぎその場を離れようとするピーランに抗議するブリザラ。
「いい加減にしろ! キングが撤退を指示したんだ、もうこの場をどうにか出来る奴なんて居ない!」
全ての攻撃を受け切るはずのキングが撤退の指示を出した、それがどういうことかを理解しているピーランは、ブリザラを怒鳴りつけた。
今までブリザラの我儘は何度も聞いてきたピーラン。今まではその我儘が結果として全て良い方向に向かっていた。だが今回に限っては、どう考えても良い方向へと向かう光景が浮かばないピーランは、ブリザラの意思を無視して何が起こるか分からないこんな場所から立ち去る決断をし渾身の力を足に籠めまさに逃げるようにしてその場から離脱する。
「待って! アキさんが! アキさんがああああああ!」
ブリザラの悲鳴が暗く不気味な廊下に響き渡る。だがそんな声など意に返さない黒竜と笑男は互いを見つめ合っていた。
「我が魔王如きに劣るとは、冗談でも笑えんな……魂も残ることなく消滅する覚悟は出来たか? 笑男よ……」
「あらら? 私、あなたに自分の名を名乗りましたっけ?」
黒竜が自分の名を口にした事に疑問を浮かべる笑男。
「ふん、そんなことはどうでもいい、塵も残さず消して……」
そう言いかけた黒竜は己の体となったはずのアキの肉体に違和感を抱く。
「な、何だ……」
自分の中に起る異変に動揺する黒竜。既に自分の物となった体から強い鼓動を感じる。それは次第に大きくなり黒竜の体を支配していく。
「……スマ……マン……スマイリー……スマイリー……マン……笑男!」
黒竜の物となったはずのその肉体、その口から黒竜の物とは明らかに違う声色の声が吐き出されるように目の前に立つ嘘くさい笑みを浮かべる存在の名を連呼する。
「殺す、お前を殺す!」
その声は『闇』に呑まれもう表には出るはずがなかったはずの肉体の持ち主の声であった。
「うらあああああああああああああああああああああああ!」
絶叫。
― ムハード城 入口 ―
ムハード城が揺れる程に響き渡る絶叫。その絶叫に反応するように港の男達は耳を塞ぎその絶叫を少しでも和らげようとする。
「お兄ちゃん!」
だが港の男達と共に城内へ入ろうとしていた少女は、耳を塞ぐこともせずその絶叫に答えるように城に向かってお兄ちゃんと叫ぶのであった。
ガイアスの世界
黒竜と巨大な影が持つ『闇』の力の違い
黒竜と巨大な影が持つ『闇』の力の違いは、単純に言えば力量と性質の違いにある。
『闇』単体の力しか使えない巨大な影に対し黒竜は、『闇』と炎といった『闇』に属性を混ぜた攻撃が可能であることが力量と性質の違いである。
他には『闇』の力を使う為に負の感情の摂取(恐怖や怒りなど)が必要となるのだが、巨大な影の場合、物理的な摂取、負の感情を持つ人間の捕食が必要であるのに対して、黒竜は物理的な摂取が必要無いことにある。
負の感情を持つ者が黒竜の近くに居れば自動的に黒竜に流れ込んでくるようになっているからだ。これを黒竜は負吸収と呼んでいる。
黒竜の負吸収の効果は、高範である為、負の感情が強くある場所(ムハード国のような場所)であればあるほど負の感情の吸収量が膨大になりその『闇』の力は増していく。
逆に感情が弱い場所(サイデリーのような場所)では、吸収量が少なくその力は弱まるとされている。
だが現在、黒竜はその制約に縛られることなく負の感情を使用することができるようになっている。その理由がアキである。
人間とは思えない強大な負の感情を内に秘めたアキは、黒竜にとっては負の感情を提供してくれる貯蔵庫とも言える。
ただ人一人の負の感情など本来はたかが知れたものでしかない。その証拠に巨大な影は負の感情を取り入れる為、常に捕食を続けなければならなかった。それは黒竜も同じで、強大な力を発揮する為には常に大量の負の感情を必要としている。それを今までほぼ一人で賄っていたアキが持つ負の感情は、人間が持つ量を超えていると言っていい。尽きることの無い負の感情を持つアキにはまだ隠された何かがあるようだ。




