真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)23 感情の渦
ガイアスの世界
登場人物 トンドル
ムハード国にあるガガール港で働く男達のリーダー的存在。
現ムハード王になるまでは、漁師をしていた。現在港で働く男達の半数は元漁師であり、そのまとめ役だったトンドル。
腕っ節には自信がありまだまだ若い奴らには負けないという想いを心に秘めていたトンドルだったが、国の状況が変わると同時に妻と娘は城へ息子は戦争に出されてしまい生きる希望を失っていた。
ブリザラ達がやってきたこと、ウルディネという存在に救われたことを契機に城に捕らわれているだろう妻や娘を助け出す為に立ち上がった。
戦争に出た息子の消息は分かっていない。
真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)23 感情の渦
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
「……どうした? こないのか?」
埃や石材や砂が混じった煙が舞うムハード城の正面廊下で漆黒の全身防具を纏ったアキは目の前で恐怖の表情を浮かべるムハード兵達に挑発するようにそう呟いた。
『マスター!』
非難を含んだクイーンの叫びがアキの耳を容赦なく刺激する。しかしクイーンの声はアキと対峙するムハード兵には聞こえていないようでただただ今目の前で起こった光景に恐怖と驚きの顔を浮かべるばかりである。
「……」
そんなクイーンの言葉に、一切返事をしないはアキはあからさまに不快感を表情に浮かべていた。
『屋内で黒竜の力を使うなんて、この城を崩壊させたいのですか? それにここにはブリザラ達もいるのですよ!』
アキは室内だというのに自分とクイーンの中に宿る黒竜の力を使い、廊下の天井を貫いていた。その穴からは先程から振り出した雨や轟音を響かせる雷の光が差し込んでくる。
場所が場所ならば城が崩壊する可能性もあった一撃を放ったアキの行動を批難するクイーンは、現在この城には自分達の他にブリザラやピーランやキングも居ることを口にし警告する。
だが結果だけ見ればアキのとった行動は、今までアキに対して一切の感情を示さなかったムハード兵達に恐怖を与え動きを鈍らせていた。
「だが結局崩壊はしていないだろ」
全く悪びれる素振りの無いアキ。
『それは結果論です! それに黒竜の力が危険なことはマスターが一番理解しているはずですよ!』
黒竜の力は、憎悪や怒りを糧にする力。使えば使う程にアキの精神には負担がかかることは、クイーンも嫌というほどに理解している。以前も黒竜の力を制御できなくなり仲間にその牙をむいた記憶が新しいクイーンは、自分の所有者であるアキには容易に、いや絶対に黒竜の力は使ってほしくないものであった。
「……俺は言ったはずだ、この国を崩壊させると……その為にはこの力が必要だ……だから俺の邪魔をするな」
静かにだがその中に渦巻く強い感情をしっかりと現すアキ。
黒竜の力が恐ろしい代物であることはアキもその身をもって理解しているはずであった。だがアキは黒竜の力を使うことを躊躇しない。アキにとって辛く苦しい記憶が残るこのムハードという国は、憎悪と怒りの対象であるからだ。
「……それにあいつには盾野郎がついている、この城が崩壊しても傷一つ付かないだろう」
憎悪と怒りの感情を持ちつつも心の片隅に浮かび上がる少女の横顔を微かに思いだしながらクイーンに対してそう言葉を続けるアキ。
『……』
明らかに今までとは様子が違うアキに言葉を失うクイーン。今までのアキならばこんな状況の時、感情を強く押し出していたはず。だが今のアキは強い感情を感じるもののそれを一切表に現していないのだ。アキのその変化に言い知れぬ不安を感じるクイーン。
『……そ、そう言う問題ではありません! そもそも私はマスターに黒竜の力を使用をしないでくださいと言い続けてきたはずです!』
だが自分が抱く不安を気にしている暇など無いとクイーンは、再三言ってきた想いを無視するアキに対して語気を強めた。
「……悪いな……その想いに答えることは出来ない」
『マ、マス……』
頭の中に響くクイーンの声一方的に遮断したアキはその視線をムハード兵達に向けた。
「「「「……」」」」
視線を向けられたムハード兵達には明らかにアキに対して恐怖を抱いている。
「フフ、ようやく俺に対して恐怖を抱いてくれたようだなクズ共」
自分を見つめるムハード兵達の目を見てアキはニヤリと頬を吊り上げる。
先程までムハード兵達の目や表情は自分では無く別の何かに捕らわれていたことを理解していたアキ。その様子が気に喰わなかったアキは、彼らの感情を自分に向けさせる為に黒竜の力を纏わせた矢を放ちムハード兵達を自分に向けさせたのだ。その行動に意味は無い。まるで自分に興味を引かせる他ために悪戯をする子供のような稚拙な行動でしかない。
だが幼い頃この国の大人やムハード兵達に虐げられ奪われ続け恐怖を抱かされていたアキにとってその稚拙とも思えるその行動は重要なことであった。
「ひ、怯むな! 突撃、突撃!」
「「「「オ、オオオオオオオー!」」」」
明らかに恐怖の対象としてアキを認識したムハード兵がその恐怖を振り払うかのように発した叫び。その声に引きずられるように他のムハード兵達は、己の心に救った新たな恐怖を消し去ろうと雄叫びを上げながらアキに突撃を開始する。連携や連帯など一切考えられていない各個人によるムハード兵達による突撃。恐怖に捕らわれたムハード兵達の無様な姿にアキの表情は邪悪に歪む。
今まで虐げられ奪われ続けていた自分が今度は虐げ奪う側に回る。これはアキが夢にまで見た光景の一つであった。
「さあ来い! お前らの全てを虐げ奪い尽くしてやる!」
これが力を持たず虐げられ奪われ続けてきた幼かったアキが求めた絶対的な力の理由。
《ナルホド……ソレガ力ヲ欲シタ理由カ》
全身の血液が脈打つように突然アキの頭に響く禍々しい声。
《……クダラナイ……クダラナイナ半死ヨ……ソンナ動機デ我力を欲スルトハ》
(……黒竜)
自分の内に響く禍々しい声、それが何者であるか理解しているアキはその者の名を心の中で呟く。
《……もう少し見所があると思ったが……所詮は人間か……》
今まで禍々しかった黒竜の声ははっきりとしたものへと変わる。
(何ッ!)
《お前は鉄屑鎧がいなければ何の力も持たないただの人間だということだ……我を失望させた罪、重いぞ》
「があああああああ!」
突然体中に雷が走り抜けるような痛みと共に血液が沸騰したような感覚に襲われるアキは、苦痛を纏う叫びを上げた。
《もう何者でも無くなったお前との関係はこれで終わりだ、その肉体いただく》
アキの目の前に突然現れた黒い影は、鋭い爪のようなものがついた右手を振り上げるとそのままアキの意識を狩るようにして爪のようなものがついた右手を振り下ろした。
― ムハード城内 正面から二本外れた廊下 曲がり角 ―
『魔王……だと!』
胡散臭く不気味な笑みを浮かべた笑男が口にした単語にいち早く反応を示したのは、キングであった。
「あれ? 魔王知りません? 世界を暗黒へと導く破壊の化身のあのま……」
「……なぜ……魔王を誕生させたいんですか?」
魔王という存在について語り始めようとした笑男の言葉を遮ったのはブリザラ。その表情はブリザラには似つかわしくない程に険しいものになっていた。
魔王がこの世界で何をしたのか人間に何をしたのかそれを知ら者は殆どいない。なぜなら幼い頃にはおとぎ話として、知識を学ぶようになれば人間が築き上げた歴史の中にその名が出てくるからだ。
当然、ブリザラもその存在を知っている。だからこそブリザラの表情は険しく強張ったものになっていた。
「なぜ誕生させたいか? ふむふむ……それはなんとも私の趣味というか性癖といか……そんな部分に触れるお話になってきますね」
だが真剣に問うブリザラに対してあからさまにふざけた様子の笑男は胡散臭く不気味な笑みを下衆でいやらしい笑みに変えて答えた。
「いいから教えてください!」
自分の問にふざけた事を言う笑男に感情をむき出しにするブリザラ。
「ブ、ブリザラ……」
些細な事で怒ったり苛立ったりするブリザラの姿は、これてまで近くで一緒に過ごしていたピーランは何度も見てきたはずだった。だが今のブリザラの様子は、ピーランも見たことが無い程に怒りを孕んでいた。
「……いやいや、可愛らしいだけかと思えば中々に芯が強い所もお持ちのようだ……わかりました、あなたのその心の強さに敬意を表して、私がなぜ魔王の誕生を望んでいるのかお教えしましょう」
そう言うと笑男は舞台に上がった道化師のように右手を広げ左手を胸に沿えると頭を下げた。
「さてさて、そもそも私が何者なのか、まずはそこから説明を……」
そう言いながら頭を上げた笑男の表情は、先程までの胡散臭さも不気味さも無ければ、いやらしくも下衆でも無い、無垢で純粋なキラキラとした笑みを浮かべていた。
「この世界は光に満ちている、誰しもがその光を欲し願う……」
笑男の口から発せられる芝居かかった言葉。
「この世界は光が中心、光が全て、光が絶対、光だけあれば他には何もいらない……だが燦然と輝く光の下で文字通り影として存在するものがある。『彼ら』がいるからこそ、光は際限なく輝くことができるというのに、光はそれを理解しようともしない。理解されない『彼ら』は自分達の立場に不満と疑念を持ちました。なぜ我々は忌み嫌われるのか、蔑まされるのか、はじき出されるのかと。それは当然のことでしょう。自分という存在をないものとして扱われているのだから……。一切自分達を認めない光に『彼ら』は思うのです。それならば自分達の世界を作ればいいと。何の不満もなく己の体を焼く光に晒されることの無い世界を作ればいい。忌み嫌われず蔑まされず弾きだされることのない理想郷を作ればいい。そう暗黒の世界を作りだせばいいではないかと。……私はそんな『彼ら』の案内人にして理想の世界の構築を手伝う助言者。時には武具を売り、時には一国を混乱に落としまたある時にはこの世界を暗黒へと塗り替える存在の誕生を望む者、それがこの私、笑男……全ては暗黒を望む『彼ら』の為に……」
まるで長台詞のような言葉を朗々と語った笑男は廊下の暗い天井を見上げ恍惚な表情を現す。
「『彼ら』……」
笑男の言葉の中に度々出てきた『彼ら』という単語に引っかかりを覚えるブリザラ。
「……そう『彼ら』です……光を憎みし者達、この世界を憎みし者達……光にすがる者達の数だけ『彼ら』は存在する……あなたやあなた……そしてあなたの近くにも『彼ら』は存在しているのです」
笑男はブリザラやピーラン、そしてキングに視線を向け口が裂けるのではないかと思うぐらいの笑みを浮かべる。
「……」
知っているはずだ、身に覚えがあるはずだと言わんばかりの笑男の笑みに、ブリザラ達は頭の中で『彼ら』に該当する人物を過らせる。それはピーランやキングも同様であり一様に戸惑いが感じられる。
「そう……今あなた達が思い浮かべた者達が『彼ら』の一人です……僅かな均衡のズレによってこの光に満ちた世界は逆転する……彼らが『彼ら』として目覚めればこの世界は……『闇』に包まれるのです」
『ふん、終末論者の戯言だな……例え『闇』が広がろうとも必ず強い光がその『闇』を打ち滅ぼす……それが人間だ』
ブリザラやピーランが言葉を失っている中、笑男の言葉にいち早く反論したのはキングであった。その言葉は気の遠くなるような年月の中で人間の歴史を見てきたキングだからこそのものであった。
「確かに人間は……暗黒の時代を迎えても、『闇』の存在と争っても勝利してきた……ですが……私から言わせればそれは不完全。いや準備段階、お試し期間というやつですよ……今までのことは全てこれから起こることの伏線でしかない。完全なる『彼ら』の進行、信仰、侵攻……その歩みの音は、地響きを鳴らしこの世界に轟くことになる……そしてその歩みの収束点にいるのが、このガイアスに新たに誕生する魔王なのです」
『……ッ!』「……!」「……!」
笑男がそう言い終えるとその時を見計らっていたかのように、その場にいたブリザラ達は言い知れぬ何かを肌で感じ取り思わずその視線を笑男の先に向ける。
「……あらら? どうやら王は居てもたってもいられなくなったようですね……自らご出陣のようです……恐怖を纏いし王と『闇』の頂点の一つに立つ竜の邂逅……これは絶対に見逃せない舞台!」
興奮したように自分の背後に広がるおぞましい気配に視線を向ける笑男。そこには高い天井の廊下を覆い尽くすほどの何かの影が広がっていた。
「さて私はこの邂逅を特等席で観る為にこの場を離れなければなりません、私はあなた方の邪魔はしません……なのであなた方も私の邪魔はしないでください……もし私の邪魔をするならば悪戯しちゃいますよ」
そういうと笑男は廊下に広がる影に吸い込まれるようにしてその姿を消した。
『くぅ……好き勝手な事を……』
目の前から姿を消した笑男に吐き捨てるようにそう呟いたキング。
「……」
ピーランは笑男が口にした言葉が殆ど理解できていなかったのかポカリと口を開けたまま放心していた。
「……竜……黒竜くぅ!」
ブリザラは更に表情を険しくさせ奥歯を噛みしめるとすぐさまその場から走り出した。
「ピーラン急ごう!」
「ハッ! ま、待てブリザラ」
走りながらピーランに声をかけるブリザラのその瞳は、やんわりと赤く染まり始めていた。
― 不明 ―
おびただしい血が目の前に広がる。その視線の主は、自らが見ているその光景に体を震わせていた。
この世界に生を受け物心ついた時には、すでに大量の血とこと切れる寸前の断末魔が常にある日常になっていた。だがそれが日常だからと言ってそんな光景に視線の主は慣れることは無くそれは憂鬱と絶望の日々でしかなかった。
そんな光景を前に視線の主の心が未だギリギリの所で壊れる事無く保たれていたのは、母の存在だった。
常に優しく温かい母だけが視線の主にとって唯一世界に光が存在することを証明してくれる人だったからだ。だが安らぎは突如として終わりを告げた。
ある日母が死んだ。ただ道を歩いていただけなのに、突然、視線の主の前から消え去った。いや正確には消し飛んだのだ。
原因は幼かった視線の主には分からない。だが事故では無いことは何となく理解していた。なぜなら視線の主は同じような光景を日常的に数えきれない程に見ていたからだ。
だが母であった者がバラバラに弾けその肉片が飛び散り飛散するその様は、視線の主にとって理解し難い光景であった。気付けば母であった肉片を拾い集め抱きしめた視線の主はそれに温かさを求めていた。そこで視線の主の心は静かにだがはっきりと壊れた。
母がいれば当然父もいる。視線の主はもう面影すら残っていない熱を失った母の肉片を大事に抱えながら滅多に顔を合わせることが無い父の下へ走った。絶対的な力を持つ父ならば母を元に戻せるのではと思ったからだ。だが父の前に辿りついた視線の主に待っていたのは絶望だった。
父の前に辿りついた視線の主は、助けを求め肉片となった母を差し出した。
「何だその汚らしい姿は……」
その一言だけだった。死んだ母のことなど気にも留めていない父は、そう一言発すると、下品な笑みを浮かべながらその場にいた幾人もの女の尻を追い回しその場を去っていったのである。
この時、視線の主の心は完全に死んだ。底の無い暗闇に漂う浮遊感と共に、自分の心が何か違うものにかわっていく感覚。耳元では誰かが囁いていた。己の本当の心を解放するのですと。
その言葉で視線の主の心は楽になった。暗闇に呑み込まれる己を感じながらこれが本来の自分なのだと理解した瞬間でもあった。
おびただしい血が目の前に広がる。その視線の主は自らが見ているその光景に体を震わせていた。この世界に生を受け物心ついたときには、大量の血とこと切れる寸前の断末魔が日常になっていた。その日常は視線の主に興奮と絶頂をそして恐怖を与え続けていた。
― ムハード城 正面廊下 ―
《グゥオオオオオオオオオおオオオオオオオ!》
死人の断末魔にも魔物の雄叫びにも聞こえるその不気味な音がムハード城の廊下に反響し走り抜け城の外まで響き渡る。
その場にいたムハード兵達はそのおぞましい雄叫びを聞いた瞬間、白目をむき次々とその場に倒れ込んでいく。ユラリユラリと移動する巨大な影は倒れ込んだムハード兵達に覆いかぶさっていく。覆いかぶされたムハード兵の体はまるで酸に触れたかのように溶かされその巨大な影へと吸収されていった。
次々と飲み込まれ溶かされ吸収されていくムハード兵達。それでも巨大な影はまだ足りないと飢えたように己の体を膨れ上がらせ城の外へ向け進んで行く。
だがその進みを阻むように、『闇』の力を放つ漆黒の全身防具を纏った存在が立ちはだかる。
「……ふん、恐怖を肥大化させた化物といった所か……だが所詮、我の敵ではないな……」
禍々しい竜の顔を模した兜で顔の上半分が覆われたその存在は、目の前に現れた巨大な影を前にそう呟くと露出している顔の下半分、口元を吊り上げるのであった。
ガイアスの世界
魔王が出てくるおとぎ話や英雄譚。
ガイアス中に広まり一番有名なおとぎ話、物語、英雄譚とされているのが一人の男が魔王を討伐するまでの英雄物語である。
英雄物語は実際にあった歴史とされており、ガイアスの一時代とされ暗黒時代の話が舞台である。その物語に出てくる最後の敵が魔王で、主人公である男と激しい戦いを繰り広げた。
現在では各地に広まり色々なバリエーションが存在するようだが魔王の立ち位置は一切変わらず人間の敵として邪悪に書かれていることが多い。その影響から魔王は忌むべき存在、恐怖する存在という共通認識がガイアスの人々には刷り込まれているようで、魔王の肩を持つような発言をすれば、冷たい視線を送られることも多いという。




