表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/510

真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)21 歩き出す先

ガイアスの世界


ムハード王の正体


 サカキからの話によれば、ムハード王は比喩では無く人間では無い化物だという。しかし彼らの言葉からその化物であるムハード王の外見は一切語られていない。


 真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)21 歩き出す先




剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス




「なあアキ? お前魔王って知っているか?」



 暑さが少し和らぎ黄色い砂漠が橙色に染まり始めた夕暮れ。町の片隅で夕陽を眺める男は弓の手入れをしている少年、アキに質問を投げかけた。


「……マオウ?」


 聞きなれない男の言葉にその視線を男に向けたアキは首を捻る。首を捻るアキの表情を見てこの国じゃ知らなくても当然かと半壊している町並に視線を向ける男。


「……今から数百年も前、どこからともなく現れた彼は強力な魔物達を従え世界を混沌に陥れた。数日で世界の半分は彼の物になった。そ魔物達を自在に操り町や国を次々と落していく姿から人間達は彼の事を魔物の王、魔王と呼ぶようになった」


 男が語るのはガイアスの暗黒時代。魔王と呼ばれる存在がその力と魔物達を引連れガイアスを我物にしようとした時代のことであった。


「そいつ……悪い奴じゃん」


 だがそれはもう数百年前、現在でもその当時の事を知るのは長い年月を生きることが出来る種族か、『闇』の力を持つ一部の者達だけで人間という種族にとってその当時の話はおとぎ話や英雄譚のようなものに過ぎない。

 だがそのおとぎ話や英雄譚すら知らないアキは、男の話を聞きくと眉間に皺を寄せ不機嫌そうな声でそう呟いた。


「ははは、確かに彼は……悪い奴だ、人間にとってはね……」


アキの言葉に頷きながら笑みを浮かべる男。


「……」


そんな男の態度に更に不機嫌になるアキ。


「なんでそんな奴の話をするのさ?」


 何故そんな悪い奴の話を笑いながらするのかと尋ねるアキ。男の語り方は何処か魔王という存在に対して親しみが籠っていた。それがアキには許せなかった。それが不機嫌になった理由であった。


「あんたは俺にとっての正義の味方だ。正義の味方は悪い奴をやっつけなきゃならない……なのに何であんたはそんな悪い奴の事を俺に話す」


町のゴロツキに命以外の物全てを奪われ続けてきたアキにとって、その状況から救ってくれた男の存在は、まさに正義の味方その者であった。だからこそ怒りや嫌悪の感情を乗せる事無く何処か親しみを込めて魔王について話す男の態度がアキには許せなかったのだ。


「正義の味方か……だかなアキ……人間達にとってはその行動が悪だったとしても、彼に従っていた魔物や、それこそ彼と同じ『闇』の力を持った存在達にとっては正義の味方……英雄ヒーローだったんだと俺は思うんだ」


 正義の味方とは一方向の主観でしかない。別方向からみればそれは正義では無く不義となる。そう幼いアキに伝える男。


「ふん、知るかそんなの……俺達に酷い事をするのは全て悪だ……この国の王もその魔王も俺にとってはただのクソ野郎でしかないよ」


 男の言葉が理解できないと地面を蹴っ飛ばすアキは、自国の王と魔王を侮蔑の言葉でなじる。


「……俺にとって正義の味方はあんただけだ、あんただけでいいペーネロッテ……」


アキは真っ直ぐに男、ペーネロッテを見つめる。


「……」


 疑いも疑念も無く純粋無垢な目で見つめられたペーネロッテは、アキから視線を外すと地面を見つめ苦笑いを浮かべた。



― ムハード城内 廊下 ―



「チィ……」


 脱走者にして侵入者であるアキは自分を追って来るムハード兵を次々に倒しながら突然脳裏に過った古い記憶に舌打ちを打つ。


(なぜ今あいつの事がチラつく……)


 サイデリーで再会するまで一切忘れていた遠い記憶、脳裏に過ったペーネロッテ、現在はランギューニュと呼ばれる男の横顔に苛立つアキは、目の前に突撃してきたムハード兵を手甲ガントレットを纏った己の腕で薙ぎ払う。


「ウ嗚呼ああッ!」


 ただ薙ぎ払っただけで城内の壁に吹き飛んでいくムハード兵。だがその光景を見ていた他のムハード兵達は怯むことなくアキに攻撃を仕掛ける。一人のムハード兵がアキの背中に剣を振り下ろす。

 城内に響く鉄と鉄がぶつかりあったような鈍い音。


「……結局正義の味方ってのは力ある者の事だ……俺は力を手に入れて誰にも奪われない存在になる」


 ムハード兵が放ったアキの背中への一撃は、漆黒に染まった全身防具フルアーマーによって完全に防がれアキは傷一つ負っていない。ゆっくりと自分の背中を攻撃したムハード兵に振り返ったアキはそう言いながらムハード兵の頭を掴む。


「ガッア! ああああああ!」


アキの握力は凄まじく今にも潰れそうな自分の頭に悶絶するムハード兵。


「う、あおおおおおああああああ!」


先程とは反対側の壁に向かって頭を掴んでいたムハード兵を投げ飛ばす。

 赤子と大人程の力の差を見せつけるアキに対してそれでも尚、ムハード兵達は、怯むこと無くアキに飛びかかって行く。だがその表情にはしっかりとした恐怖が伺える。しかしその恐怖はアキに向けられたものでは無かった。


「絶対に王の部屋に近づけさせるな、絶対だぁああああ!」


そう言いながらアキの前に飛び出していく一人のムハード兵。その言葉からははっきりとしたムハード王に対しての恐怖が見える。

 そう彼らを突き動かす原動力は城で暴れる者を止めようという正義感でもなければ、国に対しての忠誠心でも無い。それはムハード王に対して抱く恐怖からくるものであった。彼らムハード兵にとってムハード王とは今目の前で圧倒的な力を見せつけるアキよりも恐怖を抱かせる存在であった。

しかし圧倒的な力の差を前にまるで刃が立たずに廊下の床や天井、壁に次々と吹き飛ばされていくムハード兵達。


「俺は強い奴をぶっ飛ばしてその上を行く……そうすればもう俺は奪われることは無い」


 長く続くムハード城の廊下。その先にある部屋の扉を見つめるアキはその扉の奥に控えている強大な力を持つ存在を感じながら迫りくるムハード兵達を次々に吹き飛ばしながら一歩また一歩とその歩みをムハード王がいる部屋へと進めていくのであった。



― ムハード城 廊下 ―


 アキが進む廊下とは二本となりの廊下にいたブリザラとピーランは、遠くから聞こえる悲鳴に耳を傾けていた。


『騒がしくなってきたな……どうやら小僧が暴れ始めたようだ……』


アキが纏うクイーンの存在を感じたキングは、騒ぎの中心にいるのがアキであると呆れた声で口にする。


「……い、今ここでアキさんが暴れたらムハード王に話が聞けなくなるかもしれない」


ムハード城内に漂う恐怖にあてられ意識を失っていたブリザラは、まだはっきりとしない意識でそう言うと体に残る恐怖に耐えながらピーランの腕の中から離れ立ち上がった。


「待てブリザラ……」


フラフラと悪趣味なムハード城の廊下を進もうとするブリザラを止めるピーラン。


「ピーラン」


立っているのもやっとといった感じの足取りでアキの下へと向かおうとするブリザラの手を掴むピーラン。


「そんな体で行ってどうする? ……ムハード王の悪事はもう明白だ、そんな王と話をする意味はもう無い……ここからはあの男に全て任せて私達は何もせず高みの見物を決め込むのが安全だと思うけど?」


例え伝説の盾キングによってその身が保証されているとしても恐怖にあてられ精神を削られている今のブリザラをこれ以上何が起こるか分からない危険な場所に向かわせたくは無いというのがサイデリー王専属のお付兼護衛の立場にあるピーランの正直な心境であった。


「……でも、それは駄目……」


しかしブリザラはピーランの言葉に首を弱々しく横に振りそう一言呟く。


「……アキさんは……戦ってはいけない……戦ったら今度は戻ってこられないかもしれない」


 恐怖に耐えながらも確固たる意思が見られるブリザラの視線がピーランを見つめる。


「はぁ……」


その強い意思をブリザラの目に感じたピーランは大きくため息をつく。

 ブリザラが頑固な性格であることは、まだお付兼護衛になって日が浅いピーランもよく知っている。ブリザラが自分に向けるその真剣な表情を見て自分の提案が却下されることは言う前から理解していた。それでも一応止めに入ったのは王とお付兼護衛としての関係とは別に、友人としてブリザラが心配であったからだ。


「……ああ、わかった、行こうあの男の下に……」


自分がどれだけ心配しているか分かっているのかという言葉が喉まで出かかって飲み込んだピーランは、コクリと頷くとブリザラの腕を離した。


「ピーラン!」


「ただし!」


喜ぶブリザラに釘を刺すように声を張りあげるピーラン。


「ブリザラ、今あんたの体まともな状態にない、私やキングが少しでも危険だと感じたらすぐに逃げるよ、これは王の専属お付兼護衛として、そして友人として譲れない……もしこれが守れないなら私は意地でもブリザラ、あんたを止める」


せめてもの抵抗としてピーランはブリザラに約束を提示する。


「うん、大丈夫! 絶対に守るよ」


すこし顔色がよくなったブリザラは真剣な表情でピーランとの約束に頷く。


「はぁ……」


しかしその真剣なブリザラの表情を今一信じられないピーラン。無理をするなと言っても結局無理をするのがブリザラであると彼女の性格を理解しているピーランは、もう一度深くため息を吐いた。


『小僧の場所は私に任せろ』


 それはキングとて同じであった。出会った年数で言えば圧倒的にピーランよりも長いキングは、ブリザラが生まれた頃から祖父のように時には父のように接していたサイデリーの最上級盾士ガリデウスに匹敵すると自負している。

 だからこそもう何も言わない。当然ピーランと同様に危険が迫ればすぐにでも撤退する手はずは考えている。だがそんな状況になる前に、いやそんな状況にさせないのが自分の役目でもあると自分の存在意義を強く再確認するキング。


「うん」


 キングの言葉に頷くブリザラ。自分が口にした言葉がわがままであることは理解している。だがそのわがままを押し通してもアキを止めなければならないという予感があった。その予感が何であるのかは分からない。だが決していい事では無いことは見るよりも明らかである。だからこそ止めなければとまだ体に残る恐怖に耐えながらブリザラは悪趣味な廊下の先を見つめる。


「ああ!」


 正直理解できていないことが多すぎるピーランは、ブリザラを連れてすぐにでもこの場を離れたいというのが正直な所であった。しかしアキが持つ力が危険な事は体験しているしブリザラの様子を見れば明らかである。もしあの力がここで解き放たれれば、もうムハード王をなどと言っている暇など無くなる。そう感じるピーランは、自分の柄では無いことを承知しつつも何よりも自分にとって大切な存在となったブリザラと共にこの先に待つ何かと対峙することを決意した。


「それじゃ行くよ!」


 ピーランの言葉を合図にしてブリザラ達は、不穏な空気を漂わせ始めたアキの気配を感じながら悪趣味なムハード城の長い廊下を進むのであった。



― 隔離施設 ―



 城内で騒ぎが起こっていることなど城から少し離れた場所にある隔離施設にいる者達は知る由も無い。屈強な肉体を持つ港の男達と共に狭い部屋に閉じ込められたウルディネも城内が騒がしくなっていることなど知らなかった。


「ウムムム……どうすればいいのか……」


港の男の一人の肩に座るウルディネは眉間に皺を寄せながらどうすればここから脱出できるか真剣に悩んでいた。


「な、なあ嬢ちゃん……何で俺の肩に座っているんだ?」


自分の肩に座るウルディネに戸惑った表情で質問する男。


「これだけ人が密集していては空気が足りない、だから男の中で一番背が高いお前の肩に乗って空気を確保している」


唸りながらも男の問に素直に答えるウルディネ。


「あ、ああ……なるほど」


ウルディネの答えに対してそう答える男だったがその表情は何処か納得していないようだった。


「兎に角、私達は直ぐにでもここから出なければならない、だが全くここから出る為の知恵が思いつかん……」


唸っても眉間に皺を寄せても隔離施設から脱出する案が思いつかないウルディネは更にその唸りの頻度を上げていく。


「おやおや、これはまた凄い光景ですね」


 すると突然その場の男達の暑苦しい声とは違う涼しい声がウルディネ達の居る狭い部屋に響いた。


「む?」


 目を閉じていたウルディネは片目だけ見開くとその声のした方へと視線を向ける。そこには何とも嘘くさい笑みを浮かべた男が一人、扉の前に立っていた。


「こいつ……」


 港の男達のリーダーはその顔に見覚えがあるのかそう言うと暗かった表情を怒りの形相に変貌させた。それはリーダーに限ったことでは無くその部屋にいた全ての男達がその嘘くさい笑みを浮かべた男に対して怒りの形相を向けていた。


「何をしに来やがったこの外道が!」


 一人の男が扉の前に立つ嘘くさい笑みを浮かべた男に対して怒りをぶつける。するとそれを皮切りに男達は嘘くさい笑みを浮かべる男に怒りの言葉をぶつけ始めた。


「ひぃぃぃぃい……これは随分と歓迎されていませんね」


男達の怒りを目の当たりにした嘘くさい笑みを浮かべる男は人を小ばかにしたような悲鳴を上げるとそう言って頭を掻く。


「……あの男は何者だ?」


全く事情が分からないウルディネは自分が座っている肩の持ち主である男に事情を聞いた。


「こいつがこの国の状況を更に酷くした元凶だよ」


そういいながら嘘くさい笑みを浮かべる男を港の男達は睨みつける。


「あらら、その言葉には誤解がありますね……私はただこの国に武器を卸しただけ。それを使ったのはあなた達の国の王であり兵ではありませんか、私を恨むのはお門違いですよ」


ヘラヘラと自分は仕事をしただけだと港の男達に言う嘘くさい笑みを浮かべる男の視線は、むさ苦しい港の男達の中で可憐に咲く一輪の花のように、その場には似つかわしくない少女ウルディネに向かう。


「……ところでお嬢さん、お名前は?」


「人の名前が聞きたいならまずは自分が名乗ったならどうだ?」


その見た目の可憐さとは程遠い愛想の無いウルディネの返答にそれでも嘘くさい笑みを崩さない男は何か納得したように頷いた。


「確かにそうですね……コホン、私の名は笑男スマイリーマン、こんな名前と風貌なので道化師ピエロと間違われることがありますが私の本職は武具商人です」


 本人の言う通りその風貌は道化師ピエロに見えなくも無い。張り付いたような嘘くさい笑みも相まって道化師ピエロが持つ滑稽さと少し不気味な雰囲気を醸し出しているようにも思える。


笑男スマイリーマン……だとッ」


男が口にした自分の名にウルディネの表情が険しくなる。

 その名はウルディネにとっていや、正確に言えばウルディネが現在憑依している肉体、テイチと因縁のある者の名であったからだ。


「お前がッ!」


「おおお?」


少女の顔は憎しみで歪む。その鬼気迫る様子に自分の肩を椅子替わりにされていた港の男は戸惑い驚きの表情を浮かべる。


「あら? 私何かあなたに恨みを買うような事をしましたか?」


心辺りが無い、というよりは心当たりがありすぎて分からない、そう言った様子で自分を睨みつけるウルディネにその真意を問う笑男スマイリーマン


「……くぅ……」


だがウルディネは悔しそうにただ笑男スマイリーマンを睨みつけることしか出来ない。今のウルディネは自身の力を扱えずただの少女と変わらないからだ。


「うーん、どうやら私は歓迎されていないようですね……」


 今回の舞台は不評のようだと諦める道化師ピエロのように大げさな身振り手振りをする笑男スマイリーマン


「お詫び……というのもおかしな話ですが、二つあなたに有益な情報をお教えしましょう」


自分は悪くないけれど、と前置きした笑男スマイリーマンは指を二本立てながらその指をじっと睨みつけるウルディネに向けた。


「一つは……城が騒がしくなっているようです……あなたのお仲間ですかね……」


「仲間? ……それ……」


「二つ目は!」


ウルディネの問を遮る笑男スマイリーマン


「どうや珍しく、この砂漠の大陸に大雨が降るようです……ムハードに住む者にとっては恵みの雨ですね……そして……」


一度そこで言葉を区切った笑男スマイリーマンは、最大の嘘くさい笑みを浮かべ


「ウルディネさん……あなたにとっても……」


そうウルディネの名を口にした。


「お前ッ! なぜ私の名を知っている!」


 人に名を尋ねるならと笑男スマイリーマンにまず名を名乗らせたウルディネ。だが結局自分の名を名乗ることは無かったウルディネは、笑男スマイリーマンが自分の名を知っているのか語気を荒くさせながら聞いた。


「ふふふ……なぜでしょうね」


 素直にウルディネの問に答える気が無い笑男スマイリーマンその笑みからは聞かなくてもお分かりではという意思すら伝わってくる。


「ああ、それと……テイチさんによろしくお伝えください、それでは私はこの辺で」


「……お前はぁぁああ!」


 港の男の肩から飛び出し部屋の扉に飛びつくウルディネ。その表情は先程とは比べものにならない程の怒りに包まれていた。

 外に出られないウルディネ達を尻目にフラフラと踊るようにその場から去っていこうとする笑男スマイリーマン


「クソッ! あの男、テイチの名まで知っていた! 知っていて……知っていて!」


 ウルディネやテイチの事を知っていたにも関わらず覚えていない素振りを見せた笑い―スマイリーマンの馬鹿にした態度に更に怒りを駆り立てられたウルディネは扉を何度も叩く。だが少女の力では隔離施設の扉は当然びくともしない。笑男スマイリーマンは扉を叩く激しく音を背にニタリと嘘くさい笑いとは違う不気味な笑みを零しながら隔離施設から去っていった。

   

 笑男スマイリーマンがテイチの名を知っているということは、ムウラガ大陸にあるテイチの村が焼かれた現場にいたということになる。村の人々は何も抵抗できないまま惨殺さ火を放たれた。その中にはテイチの両親もいた。村の人々を惨殺し火を放った張本人の盗賊達はその光景に大笑いを浮かべていた。と後々アキから聞いたウルディネは、アキと共にその真実を探る為にムウラガ大陸から旅立ったのだ。

 それなのに、目の前にその張本人である男を前にして何も出来ない自分に悔しさと怒りを滲みだすウルディネ。


「じょ……嬢ちゃん……」


 笑男スマイリーマンが去った後しばらく叫び散らしていたウルディネは悔しさと怒りで体を震わせながら沈黙していた。その姿に笑いスマイリーマンとウルディネのやり取りを全て見て聞いていた港の男達はどう声をかけていいか分からずその沈黙した背中を見つめることしか出来なかった。


「おっ」


すると自分達が居る部屋の外から突然爆発したような大きなが鳴り響いた。そしてそれは一定の間隔を置いて次々と響き渡る。


「雷……か……」


その部屋から外の様子を伺うことは出来ないがその音が雷であることを理解する港の男達。

 ムハード大陸の空は一変していた。黒い雲が青かった空を覆い、強烈な熱を発していた太陽はその姿を隠すと周囲は夜のような暗さに包まれる。黒い雲の隙間から光落ちていく閃光、雷がムハード大陸を騒がしくする。するとやがて雷を追うようにしてポツリと落下する滴。その滴は徐々に数を増やし一瞬にして砂漠の大地は水気を含み始めた。


「……あの野郎がいったように雨がふりだしやがったな」


 雷と同様に地面に跳ねた雨音の響きに外では雨が降り始めたことを理解した港の男達。普通ならば、その半分が砂漠で覆われたムハードに雨が降ればそれは恵みの雨として人々の気分はお祭り気分になるはず。だが隔離施設に押し込まれた今の状況ではお祭り気分になることも出来ない港の男達。


「ふふ……」


雷と雨の音が分厚い壁一枚隔てて聞こえてくる隔離施設の中で突然ウルディネは乾いた笑い声をあげた。


「ふふふ、あははははははは!」


「ど、どうした嬢ちゃん?」


 その笑い声はやがて雷や雨の音をかき消すほどに大きくなる。そんなウルディネの様子を心配して港の男の一人が声をかける。


「……海の男達よ、ここから出る準備をしろ……それとしばらく私に近づくな」


ウルディネの声は先程の怒りの感情に任せたものとは一線を画す少女のものとは思えない凛とした気配を漂わせていた。


「お、おう……」


屈強な肉体を持つ港の男達がその少女の言葉に戸惑いつつも距離をとる。


「さあ、雨に誘われこの地にやってきた我同胞にして旅人よ……その力を我に貸せ! 高圧力水流弾ハイプレッシャーウォーターフロウ!」


 両手を部屋の扉に向けたウルディネが発したその言葉は精霊の力を借りる為の詠唱であった。唱えたウルディネの両腕には大量の水が纏い始めたかと思えば目にも止まらない速さでその大量の水は意思を持ったように、強固だった隔離施設の扉に向けて放たれた。

 扉に高圧力の水が衝突した瞬間、いとも容易く砕け散る扉。その勢いはとどまることを知らずそのまま隔離施設の外壁をも砕き粉砕しムハードの砂漠へと突き進んでいった。


「じょ、嬢ちゃん……あんた……何者なんだ?」


 目の前で起こった事を信じられない港の男達は一様に顔を引きつらせる。その一人である男達のリーダーは、何者なのかとウルディネに訪ねた。


「……少女の肉体を借りているただの精霊だ……」


リーダーの男にそう答えたウルディネは、大量の水の高圧力によって破壊され扉を指差す。


「ここを出る、海の男達よ私に続け!」


まるで兵を先導する水の女神の如く、水浸しとなったその場所で声高らかに男達にそう叫ぶウルディネ。


「「「「……お、おおおおおおおおおお!」」」」


 一瞬戸惑いをみせたものの港の男達はウルディネがみせた凄まじい力に歓喜と希望の声を上げた。

突然ムハードに振り出した雨は、今までウルディネが失っていた上位精霊の力を取り戻させていた。港の男達は一見か弱そうに見える少女の背中を見つめながら、その少女が発する言葉に希望の光を見出し自分達が囚われていた檻から抜け出していくのであった。



ガイアスの世界


 旅をする精霊達


 本来精霊達はその地にとどまり大地を潤し育む力を持っていると言われている。その為精霊が多く存在する場所は豊かな場所が多い(例外はある)

 だが中には世界各地を漂っている精霊達もいる。下級精霊達に意思は無いのでそれを旅と言うのは少し違うかもしれないが、召喚士たちは彼らのそんな自由な行動に敬意を持って旅霊と呼ぶことがあるそうだ。

 特に旅霊になっている精霊達で多いのは、水と風の精霊であり、水は空を漂う雲に紛れ、風の精霊はその風に乗って漂っていることが多い。

 その性質上、その土地その土地に根を張る土の精霊は旅霊になることは少なく目撃も少ない。例外なのは火の精霊で、一応彼らも旅霊と呼ばれることが多いがその多くは災いに結びつくことが多い為に旅霊と呼ばれることは殆ど無い。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ