真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)19 王を支える者
ガイアスの世界
ガモフ
ガモフとはムハード大陸に生息する四足歩行の動物。
砂漠では馬を足にして移動することは困難であるため、ムハード大陸の人々は馬の代わりとしてガモフを移動手段として使っている。
正確は温厚で人懐っこい。高温にも耐性があり砂漠の移動手段としては適した動物である。
大きさは馬と同じ程。足の速さはウマよりも遅く頭もよくは無い。
真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)19 王を支える者
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
灼熱の太陽が容赦なく砂漠の大地に降り注ぐムハード。その太陽の下、現在ムハード大陸唯一の港、ガガールからムハード国へ向かう一団があった。その一団は、暑さから身を守る機能を持った独特な防具を身に纏ったムハード国の兵達であった。だがムハード兵の一団の中には見るからにその一団では無い者達も含まれている。
ムハード兵の一団の先頭には、ガガール港で働いていた男達の姿があった。彼らの表情は一様に暗く殆どの者が自分が俯いていた。
彼らの少し後方には何人ものムハード兵に取り囲まれるようにアキとウルディネの姿があった。アキを取り囲むムハード兵達は皆、何故か緊張した面持ちでアキに警戒している。そんな彼らとは反対にアキは全く気にしないといった表情でただただ続く砂漠を見つめていた。その近くに居るウルディネは、暴れ疲れたのかムハード兵の一人に担がれ大人しくしていた。
アキやウルディネの更に後方には砂漠を移動する際、足として利用されるガモフという動物の背に乗せられたブリザラの姿があった。
港の男達やアキやウルディネとは違い、サイデリーの王という立場であるブリザラは、ムハード兵から丁重に扱われている様子であった。
ブリザラ達は現在、ガガール港の男達と共謀してムハード国を転覆させようとした疑いをかけられ連行されている最中であった。
「……ブリザラ」
ガモフの背に揺られながらこれからどうするべきかと思考を巡らせているブリザラ。すると突然背後からブリザラの名を小声で呼ぶ男の声がする。その声の主はブリザラが乗るガモフの後ろを歩いていたムハード兵の一人であった。しかしムハード兵に自分の名を呼ばれる心当たりが無いブリザラは、首を傾げその声に反応することを躊躇する。
『大丈夫だ王よ、今王の名を呼んだムハード兵は、王がよく知る者だ』
自我を持つ伝説の盾キングは、首を傾げるブリザラに対して心配無いと他の者には聞こえない声でそう告げる。
「……私がよく知る者?」
初めて上陸したムハード大陸。当然知り合いなど居るはずがないブリザラは、キングの言葉に更に首を傾げる。
「私だピーランだ」
するとそんな様子のブリザラを見るに見かねたムハード兵は、周囲には聞こえない最小限の声で自分の名を口にした。
「エッ!」
ムハード兵の言葉に思わず大きな驚きの声をあげ振り返るブリザラ。
「騒がないでください」
思わずピーランと名乗ったムハード兵に視線を向けようとしたブリザラに対して騒ぐなと一喝するピーランと名乗ったムハード兵は、ブリザラが乗るガモフの横に移動してきた。
「大声を出すな怪しまれる」
「ピーラン……?」
再び小さな声でそう話してくるムハード兵の声は先程のものとは違い、その顔に似合わないブリザラがよく知る者の声に変わっていた。その状況に困惑の色を隠せないブリザラ。
「どういうこと?」
暑さで頭がおかしくなったのかと自分の頭を疑いつつピーランの声をしたムハード兵に尋ねるブリザラ。
「何をしてる!」
「いえ何でもありません……駄目だここでは話せない、キング状況が整うまでブリザラのことを頼んだ」
他のムハード兵に怪しまれることを嫌ったピーランの声をしたムハード兵は、今ブリザラにあれこれ説明できる状況では無いと悟り本来ムハード兵がその存在を知るはずがないキングにそう伝えると隊列に戻っていった。
『ああ、分かった』
後方の隊列に戻ってしまったピーランの声をしたムハード兵の意思を汲むキングは頷くように返事をするのであった。
― ムハード城前 ―
太陽が少し傾き始めた頃、ガモフの背に振られながら未だ咽かえるような暑さは健在であるムハードの砂漠を見つめるブリザラ。
ブリザラを含めたムハード兵の一団は、自分達の国の町へ向けその足を進める。気付けば砂に足をとられていた音は少なくなり次第に舗装された石畳の道が現れる。ガモフの足が石畳に接すると小気味よいリズムを奏で始める。そのガモフの足音で自分達が町の近くに入ったことにブリザラは気付いた。
そうこうしているうちにブリザラを含めたムハード兵の一団の前にはなんとも暗い雰囲気を醸し出す町が姿を現した。
「……ッ!」
今にも崩れそうな大きな門を超えた先にあるムハードの町。その光景を視界にとらえた瞬間、ブリザラの体を言い知れぬ寒さが襲う。だが未だにブリザラ達がいるムハード大陸の気温は高い。ブリザラが感じた寒さとは肌で感じるものでは無く精神的なものであった。
ブリザラの目の前に広がる町は、本来発しているだろう体温が全く感じられなかった。到底町とは思えないほどに人気も活気も感じられない静まり返ったその場所は更に肌で感じるものとは別の寒さをブリザラに感じさせた。
ブリザラはこれが町、国なのと自分が生まれ育ったサイデリーを想い信じられないという表情を浮かべた。
一切物音がしない静かな光景が続くムハードの町。だがよくよく見れば決して人がいない訳では無かった。城へと続く大きな通りを進む自分達を含んだムハード兵の一団を見つめる視線をブリザラはあちらこちらから感じる。
「……ッ?」
不気味といっていい程の気配を放つ町にも人がいたことに複雑な心境を抱きながらも少し安堵した矢先、ブリザラはあちらこちらから感じる視線に違和感を抱く。見るからに手入れがされていないボロボロになった建物の扉の隙間から向けられる視線には恐怖という感情しか伝わってこないからだ。
「ハッ!」
隠れるようにして自分達を見つめるムハードの人々の視線から発せられる恐怖を纏った感情が伝染するようにブリザラの心に入り込んでくる。
得体の知れない何かが心に纏わりつく感覚が何時までも終わらずブリザラを恐怖へと引きずり込もうとする。
『まともに彼らの視線に触れるな王、触れ続ければ心を病んでしまう、今は俯いて耳を塞げ』
鈍い者やこの場に慣れ切ってしまった者にとってはどうということは無い人々が発する恐怖を抱く視線、だがここ最近色々な出来事に触れ感受性が敏感になっているブリザラにとってこの場は毒にも等しいものであった、それに気付いたキングはすぐさまブリザラに周囲から感じる視線を遮断するように言った。キングの指示に従い俯き耳を塞ぐブリザラ。
『……まさかこれほどとは……この国はすでに死んでいる……』
自分の想像を超えた状態にあるムハードの町を死んでいると表現するキング。それは誇張でも無ければ比喩でも無い。キングの言うとおりムハードという国、それに連なる町は既にその機能の大半を失い死を待っているような状態にあった。
「止まれッ!」
静まり返る町に一団の先頭を歩いていた兵隊長の声が響き渡る。兵隊長の指示によってムハード兵の一団はピタリとその足を止める。当然ブリザラが乗るガモフも足を止める。体に揺れを感じたブリザラは目的地に付いたのかと恐る恐る視線を上げた。
「……」
するとブリザラの視界には更なる衝撃の光景が入ってくる。思わず口を塞ぐブリザラ。今にも吐き出しそうな悲鳴を必至に抑えようとしていた。
ブリザラの目の前に広がるのは紛れもなく城と呼ばれる建造物。しかし城というにはあまりも凄惨で残酷な光景が広がっていた。
何の為に作られたのかも分からない鋭い槍状の突起が城を囲むようにして数えきれないほど配置されている。その槍状の突起には既に息絶えた人々が突き刺さっていた。まるでさらし者のように見せしめのように数えきれない程の人の躯がその鋭い槍状の突起に突き刺さっていたのだ。
鳥や魔物の餌になっているのか原形をとどめていないものや白骨化した躯もある。そんな物が平然と城の周囲に並べられている光景は悪趣味を通り越し外道としか言いようが無い。
あまりの光景に涙が零れるブリザラ。
『……直視しなくていい、この国はあまりにも王とはかけ離れた場所だ』
自分に手があるのならばすぐさま涙を流すブリザラの目を塞ぎたいと思うキングの声は、その凄惨な光景を前に怒りで震えていた。
「私と一番隊はそのお方を連れ王の下に向かう、他の者達は男共を隔離施設へ連れていけ」
兵隊長は数人の部下を残し他の兵達には港の男達を隔離施設へ連れていけと指示を出した。指示を出されたムハード兵達は、各自港の男達を連れ城の右側にある隔離施設と呼ばれる建物へ向かいだした。
その中にはアキとウルディネの姿もある。アキは一切動じる様子も無く思いのほか素直にムハード兵の指示に従い歩き出した。しかしウルディネは行きたくないと抵抗する。しかし現在自分の力を封じられていると言っても過言では無いウルディネは、ただの子供と変わらずムハード兵に容易くあしらわれ担がれるとそのまま港の男達と一緒に隔離施設と呼ばれる建物へと運ばれていった。
「ウルディネ……アキ……さん」
連れていかれるアキとウルディネに視線を向けるブリザラ。どうにかしたいといいう気持ちはあるのだが、しかし町の異様な雰囲気に呑まれたブリザラは声を上げることも抵抗する意思を示す事も出来ない。
『大丈夫だ、いざとなれば二人と逃げ出すことは出来る』
その言葉が今のブリザラに何の気休めにもならない事を理解しているキング。それでも言わずにはいられないと連れていかれるアキとウルディネの後ろ姿を見つめるブリザラにキングは声をかけた。
「……」
黙ったままただ隔離施設へと消えていく二人を見つめるブリザラ。
「それでは、我々も行きましょうか……サイデリー王」
放心したような表情のブリザラの前に姿を現した兵隊長はそう言うとそっと手を伸ばす。
「……クッ」
ガモフから下りるよう促した兵隊長の手を跳ねのけ今自分の中でてぎるだけの抵抗をするブリザラ。怒りと悲しみが入り混じったような表情で兵隊長を睨みつけたブリザラは自らガモフから下りた。
「サイデリー王を丁重に王の間にお連れしろ」
兵隊長はブリザラの様子に一切動じず近くにいたムハードの兵にブリザラを任せ城に向かって歩き出した。
「ブリザラ、戦う……」
ブリザラに近づくピーランの声をしたムハード兵は、小声でブリザラにそう呟くが考え直したように途中で言葉を区切った。
「……キング、ブリザラを守る準備をしておけ」
ピーランの声をしたムハード兵は、会話する対象をキングに切り替えた。
『ああ、既に準備は出来ている』
ピーランの声をしたムハード兵に対して返事を返すキングはそう言うと盾の形状を変化させた。
形状が変わったキングを確認したピーランの声をしたムハード兵は軽く頷くとブリザラの手を取り自分達の前を歩く兵隊長を含めた数人のムハード兵の背後の後を静かに追うのであった。
― ムハード城 内部 ―
城の内部に入ると更にその不気味さと異質さが増す。城の入口を抜けた先にある長い廊下には町の者であろう人達の躯がまるで美術品を飾るかのように置かれていた。殺し方も様々だったのだろう、躯の一つ一つが恨み辛みを含んだ表情をしているのだが一つとして同じ表情なものは無かった。だが外にあった躯とは違い廊下に並べられた躯達に一切の腐敗は見られない。まだ生きているのではないかと思えるほどであった。それ故に外の躯とは別の意味で生々しく感じる。
ブリザラは並べられた躯から視線を外し再び俯いた。今にも悲鳴や断末魔が聞こえてきそうで直視出来なかったからだ。
「……悪趣味……いや外道だな……」
ブリザラの手を引くピーランの声をしたムハード兵は廊下に並べられた躯を見ながらそう顔をしかめ、誰にも聞こえないような声でそう呟くと両腕の手甲がしっかりはまっているか確認した。
「……さてサイデリー王、これからあなたは我国の王に会ってもらうことになるのだが……決して反抗的な態度はとらないことだ……我王は美しい女性には優しいが反抗する者は許さない……反抗すれば……」
ブリザラに顔を向けず話し始めた兵隊長は、ムハード王との謁見に際しての注意事項を口にした。それは脅すような内容でありつつも、兵隊長の声色は何処かブリザラの身を案じているようにも思える。
しかしブリザラは兵隊長の言葉など耳に入っていなかった。突然目の前で起こった光景にただ唖然としていからだ
それは一瞬であった。兵隊長がブリザラに話しかけた瞬間、ピーランの声をしたムハード兵はブリザラの前から姿を消すと目にも止まらぬ速さで兵隊長の後ろを歩いていたムハード兵達を音も無く次々に倒していった。
「……どうなるっていうんだ?」
残すは兵隊長一人という状況で、兵隊長の言葉に質問するピーランの声をしたムハード兵はその場から姿を消した。
「ん?」
聞き覚えの無い声に疑問を抱いた兵隊長はそのままブリザラの方へと振り返る。
「なっ!」
振り返った瞬間、兵隊長は驚きの声をあげる。目の前に立つのはブリザラだけで一緒に歩いていたはずのムハード兵達は全て床に倒れていたからだ。
「何をッ……」
ただの少女にも見えるブリザラが今の一瞬で自分以外のムハード兵を倒すことは不可能と頭の中では理解できても、心はそうもいかず兵隊長は思わずブリザラに対して何をしたと叫ぼうとした。しかし腐っても一国の兵をまとめ上げる兵隊長、言葉を途中まで発して自分の背後に異様な気配を感じる。そしてすでに気付くのが遅かった事を理解する兵隊長。
音も無く兵隊長の背後に現れたメイド姿の女性、ピーランは素早く兵隊長の首筋に鋭い刃を突き立てていた。
「いい反応をしていたが、少し遅かったね」
ピーランは感覚の鋭さを褒めたが少し遅かったと兵隊長の首筋に刃を押し当てる。
「……そうか……」
本来自分の首筋に刃を突きつけられれば気が動転するものだが、驚く程冷静な口調で兵隊長はそう呟き目の前で未だ唖然としているブリザラを見つめた。
「何が『そうか』なんだ?」
メイドとは思えない乱暴な口調で兵隊長の言葉に首を傾げるピーラン。
「……ふふッ……やっと力を持った者が現れたのかと思ってな……それがまさか争いを好まないサイデリー王国、しかも王自らがやってくるとは思わなかったがッ!」
そう言い切った兵隊長はすり抜けるようにしてピーランの拘束から素早く抜け出すと腰に差した剣を鞘から素早く抜きブリザラに向かう。
「ブリザラッ!」
唖然としたままその場から動こうとはしないブリザラにピーランの叫びがムハード城の廊下に響き渡る。
「おっと動下手に動くな……動けば王の首が飛ぶぞ」
素早くブリザラの肩を掴み自分の方へと引き寄せた兵隊長は手に持つ剣をブリザラの首筋へ向ける。
「さあどうする? 俺はサイデリー王に刃を向けたぞ!」
何処かわざとらしく思えるような口調でそう叫ぶ兵隊長。
『サイデリー王国戦争法令第一条、サイデリーは他国へ侵攻せず、他国の侵攻を許さない……第二条……他国へ渡航中の王、盾士は自らの意思で武力を行使することを禁止する……しかし王の身に危険が迫った場合、その原因を排除する為にその場にある最大武力を持って徹底的にその原因を制圧する事を許可する』
突然そう発した声が誰の者かは分からない兵隊長。しかし兵隊長はその言葉に納得したように笑みを浮かべた。
『……粋な真似をしてくれる』
誰の者かも分からないその声を聞いた瞬間、兵隊長の意識はそこで途切れた。
「一応聞いておくがブリザラ怪我は無いな?」
倒れたムハード兵達を手際よく縛りあげていくピーランは、ブリザラに声をかけた。だが放心しているのか一切ピーランの言葉に反応しないブリザラ。
「おい、ブリザラ!」
「えッ! はい」
もう一度ピーランが声をかけようやくブリザラは返事をした。
「本当に大丈夫かブリザラ?」
ボーっとするブリザラに心配そうに声をかけながら意識を失った兵隊長を縛り上げるピーラン。
「う、うん、大丈夫だよ」
どう見ても無理をしているようにしか思えないブリザラ。
「……ブリザラ今はいいんだ、大丈夫だ、安心しな」
兵隊長を含めたその場にいたムハード兵を全て縛り上げたピーランは、そう言いながらブリザラに近づくとゆっくりブリザラを抱きしめた。
「ええッ? ……だ、大丈夫だって……」
自分は大丈夫だと言い張るブリザラ。しかしその声は震えている。
「いいよ無理しなくて……」
先程の汚い口調が嘘のようにブリザラを包み込むような優しい声色でそう言うピーラン。
「……だ、大丈夫……私、私……凄く……怖かった……怖かったよ……」
今までサイデリーという国に守られ生きてきたブリザラにとって今日起こった出来事全てが初めてのことであった。その全てが恐怖や不安を掻き立てるような物ばかりでブリザラの許容範囲を超えていた。
ピーランに抱きしめられ張りつめていたものが切れたブリザラは、本心を吐露する。不安と恐怖からくる緊張から解放されたブリザラはピーランの胸の中に顔を埋めると子供のように泣き始めた。
「ああ……怖かったな……でも大丈夫だ……ブリザラの側にはいつでも私がいる」
そう言いながら自分の胸に顔を埋め子供のように無くブリザラの頭を優しく撫でるピーラン。
「ぅぅぅありがとう……ごめんね……迷惑かけて……」
王として振る舞わなければならない状況で全くそれが出来ていない事を自覚しているブリザラは悔しさを滲ませながらピーランに謝った。
「いいんだよ、ブリザラは私に迷惑をかけて……それが王を支える私の仕事……ううん、違うな……迷惑かけていいんだ私達は友達なんだから」
王を支えることが自分の役目だと言ったピーランは少し考え後に顔を左右振り友達だからと言い換えた。
「うん……私の友達でいてくれてありがとうピーラン」
まだ二人は互いを友達と認識して日が浅い。しかしその光景はすでに長年苦楽を共にしてきた親友のようにも思える程強い絆を感じさせた。
泣きながら謝るブリザラに笑みを浮かべるピーランは再び優しくブリザラの頭を撫でるのであった。
落ち着きを取り戻した事を確認すると抱きしめていたブリザラから離れたピーランは、その表情を再び鋭いものにして周囲を警戒する。
『大丈夫だピーラン殿、今の騒ぎに気付きこちらに向かってこようとする気配は無い』
すかさずキングが周囲に敵が居ないことをピーランに伝える。
「助かるよキング」
少し安堵したような表情でキングに礼を言うとピーラン。
「あッところでキング少し聞きたいことがあったんだ」
そう言いながらブリザラに再び近づくピーラン。
『なんだ?』
聞きたいことは何かと返事するキング。
「サイデリー戦争法令っていうのは何だい?」
まだサイデリーの住人になって日が浅いピーランは、ブリザラを人質にとろうとした兵隊長に向けキングが口にした文言は何だと説明を求めた。
『……王よ少し耳を塞いでいてもらえるか』
「え? 何で?」
突然耳を塞げとキングに言われ戸惑うブリザラ。
『少し込み入った事情がある、時期がくれば必ず話すから今は耳を塞いでおいてくれ』
真剣な声でそうブリザラに頼み込むキング。ブリザラはキングに言われた通りに耳を塞いだ。
「どういうことだ?」
だがピーランはこの状況に納得しておらずなぜブリザラにも聞かせてやらないのかと不満の声を上げる。
『これからの事に関わってくるからだ、これを知れば王は暴走しかねない……』
「え、私とんでも無いこと聞いちゃった?」
キングの言葉に顔を引きつらせるピーラン。
『場合によってはな……」
そう言いながら念には念を入れてキングは、自分の声がピーランにだけ聞こえるように調節した。
『それでは説明するが、あれは他国への侵攻をせず他国からの侵攻を許さずを信念としているサイデリーの盾士達が守らなければならない軍法だ」
「軍法? 掟みたいなものか?」
今一軍法という言葉が聞きなれないピーラン。
『そうだ……その軍法を守ることでサイデリーという国は今まで他大陸の国の信頼を得てきた』
「ああ、なるほどな……だけど何であのタイミングでキングはその軍法を口にしたんだ?」
軍法の意味は理解はしたが何故キングがあのタイミングでそれを口にしたのかピーランは更に尋ねた。
『あれは言わされたのだ、あの兵隊長に……』
「言わされた? どういうことだよ」
キングの言葉に驚くピーラン。
『どうやらあの兵隊長は我々を使ってこの国を潰したいようだ』
「はぁ?」
理解出来ないと思いながら意識を失っている兵隊長の方をみるピーラン。
『真意は分からない……だがあの兵隊長はサイデリー戦争法令の存在を知っていた、だからこそ無理矢理にでも兵隊長は王に刃を向けたのだ」
「刃を向けるとどうなるんだ?」
『その時点でサイデリーの盾士達は、王を守る大義名分を得ることになる、そうなればサイデリーの盾士達は、自分達が持つ武力を他国であっても振う事ができるようになる』
「ということは、もしこの場に盾士がいればあの兵隊長と戦闘になっても守りに徹する必要が無いってことか? ……だからキングはブリザラを守らず攻撃に転じた……」
『ああ……そういうことになる、一応王も盾士の戦闘職に就いているからな……だが事はそれだけでは無い、どうやらあの兵隊長はこの国では大きな権力を持っているようだ……そんな立場の者が我王に対して刃を向けたとなれば、理由はどうであれその責任の矛先はムハード王に向くことになる』
「それって……」
『……ああ、これでムハードに対してサイデリーは武力行使できるようになったという訳だ……それは王自自身の行動にも制限がなくなるということだ……この国でどんな事をしようが盾士達にどんな指示をだそうがそれは自国を守ること、王を守るというこで正当化される……だからこそ今この国を救おうとしている王にこの話は聞かせたくなかった』
「なるほど……確かそれを来たらブリザラは無茶をしようとするな……」
なぜキングがこの話をブリザラに聞かせたくなかったのか納得するピーラン。
『我々はあの兵隊長にまんまと乗せられたと言う訳だ……真意を確かめる為にもあの兵隊長に話をきかなければならん』
そう言いながら意識を失っている兵隊長の顔を見ながら悔しさを滲ませた。
「ねぇ? もう耳を塞ぐの止めていい?」
耳を塞ぎじっとしていたブリザラは我慢の限界というように不満を漏らす。
「ああ、もう大丈夫、話は終わったよ」
ブリザラに笑顔を向けながらピーランは耳を塞ぐブリザラの手に触れる。
『すまなかったな王』
ブリザラ一人を除け者にしてしまった事に少なからず罪悪感を抱くキングは素早くブリザラに謝った。
「うん、大丈夫、それよりも私も聞きたかったことがあるの」
「なんだ?」
「ピーラン……町に入る前に話しかけてきたムハード兵の人ってピーランだったの?」
自分の隣に座ったピーランにブリザラは、ムハードの町に入る前に自分に話しかけてきたムハード兵はとピーランだったのかと尋ねた。
「ああ、そうだよ……ごめんね、驚いただろう」
突然ムハード兵に話しかけられ驚いただろうとブリザラに謝るピーランはブリザラの頭を撫でた。
「う、うん……驚いた……それに姿はムハード兵の人なのに声がピーランだった事も驚いた」
ピーランとの会話で少し心に余裕が出来たのかそう言いながら柔らかい笑みを浮かべるブリザラ。
「……酒場で騒ぎになっている時、酒場の外に出ていく一人の男が気になってね……私はそいつの後を追ったんだ……そしたら既に酒場の周りはムハード兵達に包囲されていて……もう戻ってあれこれブリザラ達に説明している暇が無かったから、ムハードの兵に成りすましてブリザラを守ろうと思ったんだ」
なぜ自分がムハード兵に姿を変えていたのかブリザラに事の成り行きを説明するピーラン。
「そうか……だから酒場で私の手を掴んだムハード兵の人はピーランだったからキングは一切反応しなかったんだ」
普段自分の身に危険が及べば、いち早く反応するはずのキングがその時は一切反応を示さなかったことを少し疑問に思っていたブリザラはピーランの話でその謎が解けたと納得するように頷いた。
「最悪一撃ぐらいもらう覚悟はしていたんだけど、私の思惑に感づいてくれて助かったよキング」
『ああ、ピーラン殿の見事な変装に一瞬戸惑ったよ……』
ピーランの見事な変装を素直に褒めるキング。
「まああれは私の得意技みたいなもんだからね」
そう得意げに自分の技を話すピーラン。
「……忍者の?」
「ああ、私の戦闘職、忍が使う術、変化の術さ」
ブリザラが発した言葉に何の躊躇いも無く頷き自分の戦闘職の事を話すピーラン。
現在ピーランはブリザラのお付兼護衛という立場にある。これが公になっているピーランの職であるのだが、ピーランを深く知る者はピーランが外道職と呼ばれる盗賊である事を知っている。しかしそれすらも実は仮の姿である事を知っている者は、サイデリーの中でも限られた者しか知らされていない事である。
ピーランの本来の戦闘職は、盗賊では無くある国のある一族だけが就く事を許された国専属職、忍者、あるいは忍と言われる隠密行動や暗殺を得意とするものであった。
その役割の性質上、人に知られることを好まない忍は、普段他の戦闘職に偽装していることが多く、滅多に人前でその力を振うことは無い。その力を振う時は一目が無い時でありもしも姿を見られれば、見てしまった者を葬らなければならなくなる程に厳重な掟がある戦闘職である。
だがそんな厳しい掟があるにも関わらずピーランは何の問題も無いと言うように自分が忍である事をブリザラに打ち明けていた。それは自分が犯した大罪を赦したブリザラに対しての恩義とけじめからくるものであった。
『私も酒場の周りに集まったムハード兵達の気配には気付いていたしピーラン殿が怪しい動きをしていた男を追って外に出ていった所は見ていたからな……その後ピーラン殿がムハードの兵達に紛れて姿を現してたことでピーラン殿の思惑を悟った』
「へー凄いね二人とも……私そんな事少しも分からなかったよ」
二人の研ぎ澄まされた感覚について行けないというような何とも気の抜けた声をあげるブリザラ。
『……王はそんな事を考える余裕は無かっただろう……なにより小僧に言われた言葉が心に引っかかっているのではないか?』
ムハード王の蛮行に苦しむ港の男達の話を聞き自分はこの国を救いたいと発言したブリザラに対してアキは厳しい言葉を投げかけた。その言葉が心に引っかかっているのではないかとブリザラ問いかけるキング。
「う、うん……」
キングの問に表情を暗くするブリザラ。王としてあまりにも無知である事を痛感させられたアキの言葉は、ブリザラの心の中でずっと渦巻いていた。
「……癪に障るが正直小僧が言っていたことは一部を除けば正しい……王はもっと自分の立場を自覚するべきだ』
酒場でブリザラが発した無知な言動に誰よりも先に言葉を挟みたかっただろうキング。しかしアキに全て言われてしまい癪に障ったキングであったが、アキが言った言葉は一部を除けば自分が言いたかった事と全く同じであった事をブリザラに伝えるキング。
アキと同様にキングはブリザラに対して自分の立場をしっかりと自覚しろと忠告した。しかしその声色にいつものような厳しさは無い。それはアキの言葉によってブリザラが既に悩み苦しんでいる事をキングが理解しているからであった。
「う、う……ん」
何とも歯切れの悪い返事をするブリザラ。その様子からまだ納得できない部分があるようだった。
「私はキングやアキとは違って自分がやりたいようにやればいいと思うけどね、王様なんだから」
そんなブリザラの様子を感じ取ったのか、ピーランはキングやアキとは全く違う意見を口にする。
『ピーラン殿ッ! それではこの国の王と何も変わらないではないか!』
王が自由気ままに物事を決めれば確実にその国は崩壊へと向かう事を知っているキングは、先程自分とした会話は何だったのかとピーランの軽い発言に声を荒げた。
「そりゃ確かに王が勝手にアレコレ決めるのは不味いよ、それは私だって理解している、けどキング……あんたの所有者であるブリザラがそんな自分勝手な事をする娘に思える?」
『ぐぅぅぅ』
キングは知っている。今までブリザラがどれだけサイデリーの事を考えてきたか。そしてそれに悩み決断をしてきたかも。だからこそピーランの言葉に返す言葉が無い。
「ただ……」
「ただ?」
自分を肯定してくれているピーランを嬉しく思うブリザラは、次の言葉を待った。
「ブリザラが今はまだ王様としては何もかも足らないのは事実さ……これから先サイデリーという国で王様をやっていくっていうなら、今以上の覚悟が必要だよブリザラ」
真剣な表情でブリザラを見つめるピーラン。
「……うん」
ピーランの表情にブリザラは真剣な表情で頷いた。
「……アッハハ、いや、柄にもなく真面目な話をしちゃったよ、まあでも私がいつでも側にいるし、それにブリザラよりも王様みたいなキングもいるからブリザラは安心して自分の意見を持てばいいさ」
真面目な空気に耐えられないというように最後はそう言葉を茶化すピーラン。
「うん、頼りにしているよピーラン、それにキング」
不気味な雰囲気が渦巻くムハード城内部の長い廊下。しかしその不気味な雰囲気とは不釣り合いな温かい笑い声が長い廊下の片隅で響くのであった。
ガイアスの世界
ムハードの町、ムハード城
ガガール港を少し行った所にあるムハードの町。そこは活気もなければ人気も無く死の町と言われる程に町としての機能を果たしていない。そこに住む人々は希望を失い日々ムハード王という存在に恐怖しながら生きている。
そんな死の町の中心部にはこの町を象徴するムハード城がある。まるで地獄と思えるほどに凄惨な光景が広がるムハード城は、影では死体城、躯城と呼ばれている。その影名の由来は文字通り常に死体が城の周りに飾ってあるからであった。
これがムハード王の趣味なのか何なのかは分からないが、それを見た者は誰しもが悪趣味、もしくは外道と呟きたくなる程である。
当然城の内部も人の躯がある。だが外とは違いこちらはまるで置物のように綺麗に並べられている。躯は特殊な加工が施されており腐敗することは無い。
ムハード城の外や内部にある躯は全てムハードの町の人々で、国に反旗を翻そうとした者やただ気に喰わないからなど色々な理由で処刑された者達が見せしめとして晒された姿である。




