真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)17 ムハード上陸
ガイアスの世界
黒竜の導き
アキの頭の中では常に黒竜の声が響いている。穏やかな状況の時は気にならないほどの微かな声であるが、戦闘になればその声は強く力を増していく。
その声に抗い続けなければならないと思いつつもアキの心は黒竜が持つ絶対的な力に引かれつつある。現在アキに必要なのは戦いなどでは無く穏やかな日常なのかもしれない。
真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)17 ムハード上陸
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
― ムハード大陸 港 ―
右を見ても左を見ても下を見てもあるのは砂。そして上を見上げれば一変して雲一つない清々しい程に広がる青空。だが清々しいのはその見た目だけで現実は恨めしい程にギラギラと輝く太陽が容赦なく何処までも続いていそうな砂漠にその熱をおくり続ける。これが砂漠の大陸であるムハードの日常の光景であった。
しかし砂漠が広がる過酷な環境下でも人間はたくましく生きており大小合わせて十数の国が現在存在している。だがその過酷な環境からかムハード大陸では常に国同士の戦乱が絶えない。他よりも少しでも環境の領土を手に入れるために絶えず領土を奪い合う戦いがここ数十年続いていた。
その領土戦争に負け滅亡していく国も数多くある中、最も古い戦いから勝ち続けている国があった。それがこのムハード大陸でもっとも古い歴史を持ち大陸と同じなを持つムハード国であった。
圧倒的戦力と他国とのパイプを武器にムハード大陸の戦乱を今まで生き残ってきたムハード国は、海側の領土を全て占領するとその存在を盤石なものにした。その理由はムハード大陸に存在する全ての国が資源不足であったからだ。砂漠の大陸故に限られた資源しか手に入らないムハード大陸に存在する国々は他国からやってくる資源を頼りにしていた。だがムハード国に海側の領土を全て占領されてしまった為に、ムハード国以外の国は他大陸の国と交流が不可能になってしまった。これがムハード国が現在盤石な理由であると同時他の国の戦乱が激化した理由でもあった。
さて圧倒的な軍事力と海側の領土を全て手に入れたムハード国はさぞ贅沢な暮らしをしていると思われがちだが、それはごく一部の存在、もっと言えば王族やその王族に連なる貴族だけでその他の人々過酷な状況を強いられていた。敵国から奪った資源や領土の殆どは軍事力や王族貴族の贅沢な生活へと回され人々にその恩恵は殆ど届かないのである。
貧しい暮らしを余儀なくされ、いつ自分達の身が危険に晒されるかも分からないムハード国の男達の殆どは国の兵として戦いに向かうか、ムハード大陸で現在唯一の外の玄関口である港で働くか選択肢が無い。
港で働く男達は殆どが漁師であったり船乗りであったりするのだが、現在国の許可なく勝手に船で海に出ることを許されていない港の男達は、他大陸からやってくる他国の者達を国へと誘導することや、港の整備などをすることで僅かな賃金を得ていた。
そんな彼らがいるムハード国専用の港では珍しく騒ぎが起こっていた。事の発端は、港に向かって来る一隻の船であった。
その船は何か巨大な生物との戦闘の後なのだろうか、船体の半分が真っ赤に染まっていた。しかし船自体に被害は無いのか、順調に彼らがいる港へと向かって進んでくる。
その場所が港である以上、貿易や観光客の行き来の可能性が高く普通ならば近づく船に対して好意的とまでは言わないまでも張り付けたような笑顔で船に乗るお客さんを迎えるのが彼らの仕事だ。
しかし彼らは好意的でもなければ張り付けた笑顔を向ける訳でも無く港に停泊する船を仇でも見るような目で見つめているのだ。だが彼らが外からやってくる船に対して敵意を向けるのは当たり前であった。
現在ムハード大陸は大陸全土を巻き込んだ戦乱の中にある。その戦乱の中心にいるムハード国は、自国だけが使える港ガガールを利用して外から物資やら兵などを買い上げている。港の男達からすれば、港にやってくる全ての船がこの国を更なる戦乱へと導く悪魔のような存在なのである。だが外からやってくる者達もムハード国に慈善事業で資源を提供している訳では無い。そこに利益が、甘い汁が発生するからである。
その甘い汁とは敵国から奪い取った資源やその国で奪い取った人力であった。ムハード国は敗戦国となった男だけに限らず女子供までも捕らえ他国へと売りさばいていたのだ。
その事を知る港の男達は、何十、何百もの人々が他大陸の船に乗せられていく所を目撃している。そんな彼らが人力を欲して港に姿を現しただろう船に好意を持つはずがない。
彼らの頭の中には今度はどんなクソな国が入国してくるのかという怒りや憎しみしかないのだ。そんな敵意丸出しの目で港の男達は入港する船に掘られた紋章に目を向けた。
「……サ、サイデリーだと!」
貧しい生活を強いられ衣服がボロボロの男がそう叫ぶ。
「サ、サイデリーって言えば、戦争をしない国じゃないのか?」
「なるほど、自分達は戦争はしないが、他大陸の戦争に加担はするってことなんじゃないのか!」
長くは無いが決して短くも無い戦乱の影響で夢も希望も失った男達の目は諦めや疑いが強く、入港してきたサイデリー国の船に対して一切の希望を抱くことなく冷ややかな言葉が交わされていく。
「……お前ら、俺達を苦しめて美味い汁を啜ろうとしている奴らだ、そんな奴らが事故に遭っても仕方ないよな」
「ああ!」「そうだぞうだ!」「やっちまえ!」
サイデリー国の船を見る為に集まった男達の中でそう呟いた男の発言を皮切りに、危険な雰囲気が漂い始めるガガールの港。危険な雰囲気になっているなどとは知らないサイデリー国の船は静かに港へと停泊する。
「……ふふふ、面白くなってきた」
その一言でガガールの男達を危険な雰囲気に向けた男は、ニヤリと笑みを浮かべると人の波の中に消えていくのであった。
船に橋がかけられそこから姿を現す漆黒の全身防具を見に纏った男アキ。どう見てもムハードの気候ではその姿は暑いはずであったがアキの表情にそれらしい感情は見えない。
「暑い……」
その後ろからひょっこりと姿を現した少女ウルディネはムハードの気候に既に表情がとろけ始めていた。
「……そうか……暑いんだったな……全く暑さを感じない」
思いだしたように全く暑さを感じないアキはそう呟くと自分を日陰にして暑さから逃れようとするウルディネに視線を向けた。
『マスターの体はどんな場所でも常に快適な体温になるよう私が管理していますから問題ありません』
すると突然アキのものでも無ければウルディネのものでも無い女性の声がその場に響く。
「な、なんだそれ! 凄く羨ましいぞ! クイーンよ私にもそれをやってくれ!」
その場に声の主が居ないのにも関わらずまるで見えない誰かと会話をするようにウルディネは姿の見えないクイーンと言葉を交わす。
『残念ですがこれはマスター専用です』
「チィ……これだから伝説の防具は融通が利かない」
クイーンの回答に舌打ちを打つウルディネは頬を膨らませながらしかたがないというように照りつける太陽の熱から逃れる為アキの背後に隠れた。
「はあ……しょうがないだろ、脱ぎたくてもクイーンを脱ぐことは出来ないし、例え脱ぐことが出来たとしてもその瞬間、俺はあの世に旅立っちまうんだからな」
ふてくされ自分の背後に隠れてしまったウルディネを諭すアキはそう言いながら自分が身に纏う漆黒の防具に視線を落とした。
そうアキが言うようにクイーンとは彼らにしか見えない存在などではない。彼女の正体は、アキが身に纏う漆黒の全身防具、自我を持つ伝説の防具であった。
「ならば、この暑さをどうにかしろアキ! 私はもう暑くて死にそうだ!」
暑さで苛立っているのかウルディネは日陰替わりにしているアキに無理難題を押し付ける。
「はぁ……お前がそれを言うか? ウルディネ……お前は水を司る精霊だろ……暑さなんて自分でどうにでもできるだろ」
自分が何者なのかを失念しているウルディネの言葉に呆れるアキ。
そうウルディネは人間では無い。正確には彼女の体は人のものではあるのだがその体に宿る魂は人のものでは無い。
その正体はガイアスに存在する精霊と呼ばれる存在で、その中でも高位の存在、上位精霊と呼ばれる存在であった。そしてウルディネが精霊として司っているのは水。一般常識からすれば水を司る精霊は、砂漠という場所では最も信頼できる存在と言ってもいい。
「馬鹿言え、こんな土と火を司る精霊達しかいないような砂漠の大地で私の力が発揮できる訳ないだろ!」
だが問題はそう簡単では無い。上位精霊とはいえ何も無い所から何かを生み出すことは出来ない。上位精霊は自分よりも低い位にある自我を持たない同じ属性の精霊達の力を利用、増強することで大きな力を発揮できる。
ウルディネの場合、水の精霊としての力を発揮する為には自分よりも下級の水の精霊精達の存在が必要不可欠である。だがどうやら砂漠で埋め尽くされたムハード大陸には、ウルディネの力になってくれる水の下級精霊は殆どいないようであった。
「はぁ? 冗談だろ……ここまで何にも役に立ってねぇじゃねぇか!」
呆れを通り越し怒りが込み上げるアキは、太陽の光から逃れるように自分の足にへばりついているウルディネを引きはがした。
「ああ~! 私から離れるな!」
引き剥がされ太陽の下に晒されたウルディネは慌てながら再びアキの足にしがみつく。
「こんのッ! 離れろ海の上だけにじゃなく砂漠でも役に立たない駄目精霊がッ!」
足にへばりつくウルディネをブンブンと振り回すアキ。しかしもう二度と話さないと言わんばかりに必至でアキの足にしがみつくウルディネ。
『マスター……』
そんなやり取りを続けるアキとウルディネの間に割って入るクイーン。
「ああ? どうしたクイーン」
ウルディネを足から引き剥がすことが難しいと悟ったアキは、苛立った表情で自分を呼ぶクイーンに返事をする。
『……何か重い視線を港から感じるのですが……』
「ああ? 気にするな、この国の奴らは皆あんな感じだ」
クイーンに言われるまでも無く既に港から向けられる重い視線に気付いていたアキは興味無いというようにそう言うと、再度足にへばりつくウルディネを引きはがそうと足をジタバタさせる。
『……ですが……敵意を感じます、このままにしておくのは』
「はぁ……心配性だなクイーン……あんな奴らが束になったって俺に勝てないことは分かっているだろう」
ウルディネに向けていたものとは性質が違う冷たい怒りをその目に宿すアキ。その目は明らかに歓迎ムードでは無い港の男達に向けられていた。
すると港の男達の中から数人がゆっくりとアキ達の方へと近づいてくる。
「……なんか用か?」
敵意に満ちた港の男達の目を全身に浴び、それでも一切臆することの無いアキは近づいてきた男達に声をかける。
「ヒィッ!」
アキと目があった瞬間、近づいてきた男達の体は硬直しその表情には恐怖が浮かび思わず情けない小さな悲鳴をあげた。
「……何か用かと聞いている」
アキの言葉は会話という体を成していない。それは脅しに近いものであった。
「お……お前達はここに何をしに来たんだ!」
男達の一人が声を振り絞るようにしてアキ達がこの港へやってきた理由を聞く。
「……俺がここに来た理由、なぜそれをお前達に教える必要がある?」
一切答える気の無いアキは、声を振り絞り質問してきた男を見つめる。だが見つめられた男からすればアキの表情は違うものに映ったのかもしれない。言いしれない恐怖から男の足は目に見える程に震えはじめた。
「……あ……そ……」
「はっきりと喋れ……」
恐怖によって言葉を詰まらせる男に対して更に圧迫した対応をするアキ。
「ひぃひゃああああ! こ、殺さないでくれ!」
アキの言葉や態度にはっきりと自分は殺されると感じたのか男はそう言うと蹲り全身を震わせる。もはやアキが放っているものは敵意などでは無く殺意であった。
「アキさん何をしているんですか?」
このままではこの港が壊滅するのではとアキの様子を伺っていたクイーンやウルディネが止めに入ろうとした瞬間、彼らの背後、サイデリー国の船から少女の声が響く。船と港を繋ぐ橋に姿を現したは年齢相応の可愛らしさと高貴な者が持つ気品さを兼ね備えた容姿を持った少女であった。だがその少女は可愛らしさや気品の他に異質さも兼ね備えていた。到底少女が持つ物では無い自分の体に見合わない大きさを持つ盾を担いでいたからだ。
「……何ですかこの雰囲気……」
少女は何があったかは分からないが周囲に感じる異様な緊張感を悟るとすぐさまアキに近づいていく。
「ま、待って……ウプッ!」
その後ろを追いかけるようにして姿を現したのは黒を基調としたロングスカートのメイド服の女性ピーランであった。その女性の容姿は美しいの一言であったが残念なことに気分が悪いのかピーランの表情は曇り今にも倒れそうであった。
「ゆっくりとお休みいただけましたかオオ……ブリザラ様?」
背後からする少女の声に振り返り冷たい視線を向けたアキは、嫌味たらしく返事をしようとしたが何かを配慮するように言葉を言い直した。
「名前……」
名で呼ばれたことに一瞬ドキッと胸が高鳴るブリザラ。だがアキの冷たい表情と発せられる異様な雰囲気にすぐさま現在の状況が普通では無いことを感じる。
「……こ、この状況は一体どうしたのですか?」
ブリザラはアキの横に立つとその場で蹲る男、そして明らかに怯えた表情の男達に視線を向けながら少し戸惑った表情で聞いた。
「……ここに何しに来たってこいつらが言うもんだからそれに答えていただけだ」
横に立つブリザラに視線を合わせると状況を説明するアキ。
「もはや脅迫のようなものだったけどね」
ブリザラが立つアキの横とは反対の方向から顔を出したウルディネが苦笑いを浮かべながらブリザラにそう告げる。
『……どうやらここの者達が小僧に敵意を向けているようだ、それに無駄に反応して小僧も敵意を向けた結果がこれだ』
ブリザラの背後から突然発せられる威厳ある声。だがブリザラの背後にいる者はピーランだけであり威厳ある声を発する者はいない。ならばその声の正体は何か、その声が発せられていたのはブリザラが背負う大盾であった。そうブリザラが背負う大盾もクイーン同様に自我を持つ伝説の武具、伝説の盾キングであった。キングの声はブリザラを含めたその場にいた者達に響く。ただしその声はキングの存在を知る者だけに限られ蹲る男や怯えた男達には聞こえないようであった。
「……アキさん……ここは私に任せてもらえますか」
状況的にアキを前に出すべきでは無いと判断したブリザラはそう言うと蹲る男に近寄った。
「……勝手にしろ……」
怒る訳でも無くふて腐れる訳でも無くただ興味を失ったようにそう告げたアキはブリザラや男達から背を向けた。
「あの……私達は……」
『王よ、今自らの素性は話すべきでは無い……もっと状況を理解してからのほうがいい』
割って入るようにしてブリザラの言葉を一旦遮ったキングは忠告する。
「……私達はこの船で旅をしている者なのですが……」
キングの忠告を聞き、少し考えた後ブリザラは自分達を観光客と偽ろうとした。
「う、嘘を言うな! ただの旅の者が……ましてやサイデリーの紋章を掲げた船でやってきたりはしない!」
しかし男達の一人がその言葉を遮るようにの言葉を否定しながらブリザラ達が乗って来た船の先端に掘られたサイデリーの紋章を指差した。
『……しまった……』『……私としたことが』
男の言葉に頭を抱えるような声をあげるキングとクイーン。
「……お前ら二人して何やってんだ馬鹿が……」
ブリザラ達に背を向けていたアキは呆れたようにクイーンとキングを静かに罵った。
ブリザラ達は自分達の素性を隠す必要があった。その理由はこのムハード大陸にやってきた目的の一つ、ブリザラの命を狙った襲撃者の手がかりを探る為であった。
そして現在分かっている情報では襲撃者に指示を出したのはムハード国の王であるということ。その真意を確かめるためにやってきたブリザラ達は、ムハードの王に自分達がやってきたことを悟られる訳にはいかなかったのだ。
その事を理解していたアキはブリザラを名で呼ぶ配慮を見せたりキングはブリザラに素性を隠せと指示を出したりしていたのだが、その努力はサイデリー王国の紋章を付けたブリザラ達が乗って来た船の所為で水の泡となった。
そもそも船の操舵や偽装などはキングやクイーンの担当であった。だが先の騒動で活動を極力抑えなければならなかったキングとクイーンは船に施さねばならなかった偽装の事をうっかり忘れていたのでる。
「分かっている、分かっているぞ!お前達もどうせこの国で美味い汁を啜ってやろうって魂胆なんだろ!」
相手がアキからブリザラに代わり少し心の余裕が出来たのか強気になる男達はブリザラを怒鳴りつけた。
「美味い汁? ……なんのことですか?」
男達の言っている意味が分からないと首を傾げるブリザラ。
「とぼけやがって! お前達はあの悪魔みたいなムハード王と結託してこの大陸に戦乱を振りまき、罪も無い人々を奴隷として買うつもりなんだろ! この悪女め!」
「……悪女……」
サイデリーという完全に守られた自国から初めて外の世界へと旅立ったブリザラは、今まで殆ど触れたことの無かった他人からの悪意や敵意を感じる。
「……お前、それ以上言えば……お前の首が一瞬にして胴体から切り離されることになるぞ……」
それは一瞬の事であった。ブリザラの背後にいたはずのピーランは目にも止まらぬ速さでブリザラを悪女と呼んだ男の背後に素早く移動するとその首筋に鋭いナイフを突きつけていた。
「待ってピーラン! ちゃんと話を聞きましょう」
すかさず止めに入るブリザラ。
「ですが!」
「いいんです、しっかりと話を聞いてそしてこちらも誠意をもって話をしましょう、まずはそこからです」
何時でも男の首を斬ることが出来る体勢にあるピーランにそう言うブリザラは、自分に悪意を向けた男に視線を向け笑みを浮かべた。
「あの、お話を聞かせてもらえませんか?」
「……あんた、何者なんだ……」
悪意に対して何の混じりけも無い純粋な笑みで答えるブリザラに男は今まで出会ってきたクソ野郎達とは違う何かを感じる。
「……私は……私の名は、ブリザラ=デイル、フルード大陸にあるサイデリー王国で王をしている者です」
「お、王だとッ!」
まだ少女と言っても何の違和感も無いブリザラの言葉にその場にいた港の男達は言葉を失った。
「甘い……」
あれだけ色々と配慮し素性を隠そうとしていたにも関わらずあっさりと自分の身分を明かしたブリザラの姿を見ながらアキはそう呟くと自分が発する敵意はそのままにガガールの港へと上陸するのであった。
― ムハード大陸 ガガール港 酒場 ―
自ら身分を明かしたブリザラは港の人々に詳しい話を聞く為、静かに話ができる所を求めた。ブリザラの希望に意外にも素直に従った港の男達は、港にある一つの酒場へと案内した。だが当然そこは港、高級感も無ければ綺麗でも無い、だからといって庶民派というにはあまりにもボロイく手入れもされていない酒場であった。その状況からこの酒場がうまく機能していないことが伺える。
一国の王を招く場所としては明らかに場違いではあるのだが、そんな場所でもブリザラは顔色一つ変えず見方によっては好奇心旺盛にも見える表情で港の男達に言われるがまま酒場の中へと誘導されていく。 男達の誘導に一切疑いを持っていないのかブリザラは言われるがまま酒場に入ると店内を見渡しながら指示された席へと腰を下ろす。
ブリザラのその様子は無防備の一言であった。だがそこにはしっかりとした護衛役であるピーラン、そして守ることに関しては右に出る者はいないキングの存在がいる為に全く問題ではないようであった。
更に言えば、後方からは睨み殺さんとする鋭い眼光を保ったままのアキの存在もある為、ブリザラを酒場へと誘導した港の男達に下手な考えを起こすような余地は無かった。
自分を酒場へ誘導してくれた男達が自分を襲うなど微塵も考えていないブリザラは、ピーランやアキががさり気なくけん制している事など知らず無邪気に周囲を眺める。
「悪いな、一国の王様を、こんな場所にしか通せなくて……」
港の男連中はブリザラの突拍子も無い発言を信用したらしく、だからといって突然様子を変えへりくだったりはせずブリザラを対等な一人の人間として扱っている。
正直本音を言えば港の男達は戸惑っていた。ここ数十年、王族と名乗る他大陸の者達は数多くこの港へ上陸したが、その全てはムハード国に協力することで美味い汁を啜る下衆連中ばかりで、自分達にここまで深く関わろうとする者は居なかったからだ。
だが彼らにも港の人間として、船乗りとしてのプライドがある。ここで下手にへりくだったりすれば後々に自分達の立場が危うくなるかもしれないというものの考えから無礼を承知で立場を考えない言葉使いをしていた。
「いいえ、構いません、それでお話を聞かせてもらえますか?」
「……」
「どうしました?」
「あ、いいや……」
男達は自分達の行動が王族という身分の高い者に対して無礼であることは理解している。だからこそ先程目の前の少女を悪女と言った途端に男の首にナイフを突きつけたメイド姿の女性が五月蠅く文句を言ってくるものだと身構えていたのだが、絶えず表情は何か厳しいものであったが一切口を開こうとはしなかった。
「その……なんだ、俺達の態度に怒らないんだな……」
ブリザラと同じテーブルの席についた男の背後に立っていた髭を生やした男は、素直な今の気持ちを口にした。
「態度? 怒る? ……なぜですか?」
本当に理解できていないというような表情でブリザラは自分に質問してきた男に言葉を返した。
「な、何でって……」
想像の斜め上を行く発言に困惑する男達。
「王、サイデリー王国の人々が気さくに王に話しかける事は、他の国からすれば考えられない行動です、彼らはその事について聞いているのです」
「ああ、なるほど」
サイデリー王国の人々の王への扱いがどれだけ他の国からすれば異質であるかブリザラに簡単に説明するピーラン。その言葉に自国が特殊であることをも思いだし納得したブリザラは緊張感が全くない表情で頷いた。
「あっはは、すいません、いつものノリで……」
少し恥ずかしそうな表情を浮かべながら頭を掻くブリザラ。
「ノリって……」
思わずブリザラの軽い言葉に軽いツッコミを入れてしまうテーブルに座る男。
「なので別に気にしないのでいつもの皆さんのままで私とお話してください」
まだ少女と言っていいその姿や喋り方、一つ一つの動作までも一国の王にあるまじきものであるブリザラ。しかし到底王とは思えないはずの少女がそう言葉を口にし何の穢れも無い無垢な微笑みを浮かべると、一滴の水滴が落ちるように港の男達の心を響かせる。その場にいた港の男達は本能で理解してしまった。目の前の少女は、これが人々の上に立つ本当の王なのだと。
ガイアスの世界
キングやクイーンの能力(船の操舵や偽装)
キングやクイーンは船の操舵や物体の偽装が出来る能力を持っている。それは全て所有者である者達を援護する為の能力であるようだ。
だが手足の無いキングやクイーンがどうやって船を操舵するのかは不明である。




