合間で章5 成長
戦場でのガイルズの通り名
戦場で色々な逸話(悪い)を残しているガイルズには色々と通り名がある。そのどれもがガイルズにとっては不名誉な物ばかりだが、本人は別段気にしている様子は無い。
戦場の問題児 これはガイルズがまだ若かりし頃に戦場で問題ばかり起こしていた時に付いたもの。
戦場の悪魔 その名の如く戦場で悪魔のような笑い声をあげながら敵を倒していた所を見た仲間が悪 魔だと呟いたのが起原。
狂戦士 敵味方関係無く暴れまわっていた頃、スプリングと出会った頃によく言われて いた通り名。だが本人は純粋な狂戦士では無い。
合間で章5 成長
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス
― 小さな島国 ヒトクイ ガウルド 広場 ―
不気味な赤い輝きを放つ月の下、ヒトクイの中心都市ガウルドは現在、大群で押し寄せた魔物達の襲撃を受けていた。
魔物の襲撃など滅多にないガウルドは混乱に包まれそこか中から人々の悲鳴が飛び交う。しかし町が危機に陥っているというのに町を守るはずのヒトクイの兵達の姿は殆ど無かった。そんな状況で町を守る為に襲撃してきた魔物達と戦っていたのは、ガウルドに居た冒険者や戦闘職であった。
本来いち早く魔物の襲撃に対応しなければならないはずのヒトクイの兵達の姿が無かったのか、それには理由があった。
ヒトクイの象徴であるガウルド城が既に魔物に襲われていたからだ。しかもその数はヒトクイの兵達が対応した事が無い想定を超える数であった。その為に殆どのヒトクイの兵達は城を守る対応に追われ町へ駆けつけることができないでいたのである。
一行に駆け付ける気配が無いヒトクイの兵達に苛立ちを覚えながらも自分達がすべきことをする為に広場に駆け付けた冒険者や戦闘職。しかし広場で出会った魔物達と対峙した彼らの足は鈍った。
通常ガウルドを襲撃する魔物の数は多くても数十体程度。そもそもヒトクイは大陸に比べ魔物の襲撃頻度が少ないと言われている。その理由は詳しく分かっていないが、大陸に対して魔物の絶対数の違いではないかというのが、現在の一番の理由になっている。
実際魔物が襲撃してきてもその数はせいぜい数体から数十体程度。危険度が高い魔物で無ければ、冒険者や戦闘職数人で対処できる数であった。
しかし冒険者や戦闘職の視線の先にいる魔物の数はおよそ二千を軽く超えている。そんな数の魔物の襲撃を見たことが無い冒険者や戦闘職は、その光景に躊躇した。大陸で起こる魔物達の襲撃でも二千を超える数は稀であった。
更に最悪なことに、二千を超える魔物の四割がヒトクイで危険度が高いと言われている魔物達であった。広場に集まった冒険者や戦闘職の中に危険度が高い魔物を倒せる者がどれだけいるか、それは絶望的と言ってもいい状況であった。だが彼ら一番に躊躇させたのは、その数でも危険度の高い魔物でも無かった。
彼らが一番に躊躇した理由、それはガウルドを襲撃した魔物全てが、活動死体化していることであった。
人間の活動死体化は戦場跡地に行けば必ず二、三体とは出くわす程で、さほど珍しい事では無いが、それが魔物となれば別だ。
生存競争が激しい魔物の社会では死後その死体は殆どの確立で他の魔物の食料となる。喰われてしまうのだから魔物が活動死体化することは殆ど無いのだ。だが殆ど無いはずの活動死体化した魔物達が二千以上もいるこの状況は、その場にいた冒険者や戦闘職を簡単に絶望へ陥らせる。
しかし絶望する冒険者や戦闘職の前に突如として希望の光が現れた。ただ散歩でもしてたかのような勢いで突然姿を現した剣聖の介入によってこの絶望的な状況は一変したのだった。
「……剣聖って、何か自分達とは次元の違う人間だって身構えていたけど、戦闘力以外は案外普通の人間なんだな……」
「……普通の人間? いやいや、どう見ても戦闘力以外も普通の人間じゃないだろ……」
絶望的な状況をたった一人で覆した剣聖について語る冒険者と戦闘職の二人組。戦闘職の男の言葉を軽く否定した冒険者の男は、数は減ったもののまだ活動死体化した魔物達がそこら中にいるという状況で楽しむようにゲラゲラと笑いながら他の冒険者や戦闘職に戦い方を教えている剣聖インセントを見つめる。
「普通の人間だったらこの状況でゲラゲラ笑ってられないだろ……てか何が楽しいんだ?」
今日自分達の前に姿を現してからずっとゲラゲラ笑い続けている剣聖の感覚が理解できないと呆れた表情でそう言葉を続ける冒険者の男。
「あははは、確かに……」
冒険者の男の言葉に隣で立つ戦闘職の男は苦笑いを浮かべながら同意した。
「……でも、あの人のあの笑顔や言葉は、人を変える力がある……と俺は思う」
苦笑いを浮かべていた表情を真顔に戻した戦闘職の男は、真面目にそう答えるとその視線を全く緊張感の無い顔のインセントに向けた。
「うーん、確かに……でも何か言いくるめられた感じはあるけどな……」
戦闘職の男の言葉を全部受け入れることが出来ず少し否定的な言葉を返す冒険者の男。だがその表情に浮かぶのは憧れのようなものであった。
「……でも、そのお蔭で俺達は今目の前の魔物達と戦えている」
そう言いながら戦闘職の男は何かの気配を感じ取ったのか、視線をインセントから離すと担いでいた重剣士が愛用する大剣を抜き構えた。
「ああ……」
戦闘職の男が感じた気配を同じく感じ取った冒険者の男も戦闘職の男の言葉に頷きながらインセントから視線を外すと長さの違う剣を両手に持ち構えた。
「おい、くるぞ」
二人の視線の先には今までの自分達ならば震えあがり即座に逃げ出していただろう数の活動死体化した魔物達の姿があった。
「ああ!」
インセントが現れるまで活動死体化した魔物達に顔を青くし逃げ惑っていた者達とは思えない程に落ち付いている二人は、自信に満ち溢れた表情で会話を交すと即座に行動を始める。
冒険者の男が走り出しまず戦闘に立つ活動死体化した魔物の足元に素早く回り込むと長さの違う二本の剣でその魔物の足を切り刻む。足に攻撃を受けたことによってバランスを崩し倒れ込む魔物に、戦闘職の男が上段に構えていた大剣が降り下ろされる。
それは僅か数秒の出来事であった。まるで長年連れ添った戦友のように息の合った攻撃で二人は自分達に襲いかかる活動死体化した魔物を一匹二匹と確実に次々と仕留めていく。
二人は、この短時間で驚く程の成長を遂げていた。いや、このガウルドで魔物の襲撃に対峙した者達は、大なり小なりはあるが確実に今までの自分よりも成長した事を実感しただろう。先程まで活動死体化した魔物達から逃げ惑っていた者達とは思えないこの劇的な成長は、彼らの身体能力と言うよりも心、精神が大きく成長した結果であった。
彼らの精神を大きく成長させたキッカケを作った張本人は、二人が今話していた剣聖インセントであった。
― 今より数十分前 ―
「んーそこの冒険者」
「えっ! はい!」
突然剣聖インセントに呼び止められた冒険者の男は慌てて返事する。
「ふむ、お前の戦闘職は……二刀流剣士か」
そう言いながら冒険者の男の姿を見てニヤリと笑みを浮かべるインセント。
「……えッ? ああ、そうですけど……」
自分の目の前にいる人物が剣を扱うなら誰もが憧れる最上級戦闘職、剣聖であるということもあり、長さの違う二本の剣を持った冒険者、二刀流剣士の男は少し緊張しながらインセントの問に頷いた。
「突然だが……お前、逃げることが得意だろ……」
「なっ!」
インセントの言葉に短い声を上げる二刀流剣士の男。だがインセントの言葉に思い当たる事があるのか、図星を突かれたというような反応を示した二刀流剣士は、口を閉ざし何とも言えない表情を浮かべる。
「……ふふ、いや別にお前を見下している訳じゃない、臆病大いに結構! 臆病であることは決して恥じることじゃないぞ、命あっての人生、特に冒険者には必要なものだ……」
「……なんで?」
自分以外、目の前のインセントにすら聞こえない小さな声でそう呟く二刀流剣士の男。その呟きの意味は、今日初めて出会ったばかりのインセントが自分の事をそこまで理解しているのかというものであった。
今まで自分の生き様をこれほどまでに肯定してくれた者はおらず、インセントの言葉に驚きの表情を浮かべる二刀流剣士の男は、何故か今までの人生で何度か訪れた岐路を思いだしていた。
二刀流剣士の男は常に逃げる事を考える男であった。人生を左右する岐路に立たされても、道を選ぶことはせずその行為自体を放棄し逃げだしてしまう程筋金入りの逃げ体質であった。
それは魔物との戦闘の時も同じで、少しでも自分に危険が降りかかろうとする状況になれば恥も外聞も捨て戦いを放棄し即座に逃げだしていた。その為彼を信用する者はおらず他の冒険者や戦闘職からは孤立していた。
「でも、ただで逃げるのはもったいない……逃げるなら何かを得る逃げ方をするんだ」
「何かを得る……逃げ方?」
何かを得る逃げ方というインセントの言葉を今一理解できない二刀流剣士の男は首を傾げた。
「んーそうだな……戦闘でただ逃げるだけなら、何も得ることは出来ない、いや違うな得る物はある……魔物に敗北したという事実と、何も出来ずに逃げ出したという悔しさ、そして無駄な疲労感だ……だがもしその逃げる行動の最中に何か一つアクションを起こすことができれば……例えば逃げながら攻撃を仕掛けることができれば……敗北という事実も、悔しさも疲労感も違った意味が出てくる」
「意味?」
「ああ、全ては経験に変わる……そうすることでお前はただ逃げだしていた頃よりも成長できるんだ」
「成長……」
何か不思議な力でもあるのか、インセントの言葉にどんどんのめり込んでいく二刀流剣士の男。
「それでここからが本題なんだが、二刀流は手数が多いのが特徴だろ、その手数と逃げ足を生かせれば、相手を翻弄することができるとは思わないか? ……例えその魔物を倒せなくても、逃げる上で放った攻撃の一撃一撃が、自分自身の経験になる……そうなれば次に出会った時、その経験が生きてくる、気付けばその魔物を倒せるようになっているかもしれない、これが俺が思う何かを得る逃げ方だ……どうだ理解できたか?」
首を傾げた二刀流剣士の男に対して何かを得る逃げ方について丁寧に説明するインセント。
「……!」
インセントの話は荒唐無稽で正直信じられるかと聞かれれば疑問が浮かぶようなものであった。だが二刀流剣士の男にとってインセントの言葉は目から鱗だった。今まで二刀流剣士は無理だと思ったことからは必ず逃げていた。それは人生であろうが魔物との戦いだろうが変わらない。それで自分が得た物は臆病な心と逃げ足だけだったと思う二刀流剣士の男。
だが二刀流剣士の男は、逃げ続けたことによって確実に逃げるという経験を積んだという自覚があった。
事実、二刀流剣士の逃げ足は凄まじく今までどんな魔物と対峙してもどんな状況に陥っても必ず逃げ切ることが出来た。その証拠として今こうして二刀流剣士の男は五体満足で生きている。
そんな本来ならば冒険者として戦う者としてそこまで役には立たないであろう二刀流剣士の逃げ足にインセントは新たな可能性を提示したのだった。
「とりあえずトドメを刺そうなんて考えるな、まずは相手をその逃げ足と手数の多い攻撃で翻弄することだけを考えろ」
「ええ、ああ……はい……」
インセントの軽い調子の言葉に思わず頷いてしまう二刀流剣士の男。
「……そんでお前は……重剣士か……」
そう言いながら二刀流剣士の男の横に立っている戦闘職、大剣を担いだ重剣士の男に視線を向けたインセントは、これまた二刀流剣士の男の時と同じようにニヤリと笑みを浮かべた。
「うーん……自信が無いか?」
マジマジと重剣士の男の表情を見つめそう口にするインセント。
「えッ?」
インセントの言葉にハッとする重剣士。インセントの言う通り、重剣士は自分に自信が無かった。その自信の無さは今までどんな場面でも悪い方向に向き、重剣士の男は幾度も失敗を繰り返していた。それが更に重剣士の男の自信を失わせる負の螺旋へと陥れていたことは事実であった。
「……自信なんて物は下手に持つと痛い目をみるのが関の山だ、多少自信が無いと思うぐらいが丁度いい、だが自信が無い事を理由にして自分を常に下に見るのだけはやめろ、自分を下に見た瞬間、成長は止まる」
「……!」
インセントの言葉に重剣士は驚いたように目を見開いた。重剣士は自信が無いことで失敗することに怯え、自分は駄目な奴だと自分を下に見る癖があった。
「お前、重剣士には二つの戦い方があるのを知っているか?」
「えッ? ……いいえ……」
基本的な戦い方しか学んでこなかった重剣士の男はそんな事考えたことも無かったとインセントの言葉に素直に首を横に振った。
「なら教えてやる、まず一つはその大きな得物をぶん回して周りの相手をなぎ倒す戦い方……そんでもう一つは、ここぞって時に強力な一撃をお見舞いする戦い方だ」
「……ん?」
インセントの話に首を傾げる重剣士の男。インセントが口にした二つの戦い方とは、重剣士にとって最も基本的な戦い方であり、これは別段二つに分ける必要のない戦い方であった。
「……その顔、なんでそんな基本をとか思ってるな?」
「え、いや、別にそんなことは……」
と言いつつも少し疑った目でインセントを見る重剣士の男。
「……確かに今俺が言った二つの戦い方は、重剣士の基本中の基本、戦いの流れで両方こなすことが基本だと言われている、これを知らない奴は重剣士じゃない……だが誰がこの動作を二つに分けてはいけないと言った?」
「……」
誰と言われてもという明らかに困った表情を浮かべる重剣士の男。
「この二つの動作には長所もあれば短所もある……得物をぶん回すやり方は、敵に攻撃を仕掛ける頻度は上がるが、突っ込まなきゃいけない分、自分が負傷する可能性も多くなる……方やここぞって時に強力な一撃をお見舞いするやり方は、一撃の威力は高いが外せば最後だし一撃を見定めている間、隙も大きくなるって所だ」
「……ええ」
インセントの説明を理解し頷く重剣士の男。
「だがこの両方を戦いの流れの中でやるとなると短所は二つに増える、それだけ危険がますことになる」
「いや、でもその理屈でいったら、長所も二つに増えるのでは?」
異議を唱えるのはどうかとも思ったが、重剣士の男はインセントにそう口にした。
「確かに、長所も二つに増える……だがそれはあくまで自分に自信がある奴だけだ……戦場の問題児とかな」
戦場の問題児という言葉に、インセントが誰の事を言っているのかすぐに理解する重剣士の男と二刀流剣士の男。
「殆どの重剣士は、戦場の問題児とは違って自分でも気づいていないうちにどちらかに偏っていることが多い……」
「そ、そうなんですか!」
知らなかった事実に驚きの声をあげる重剣士の男。
「ああそうだ……そして、ここからが本題だ、俺が見た限りだと、お前は強力な一撃を放つ戦い方に向いている」
「……それは……どうしてですか?」
なぜ自分が強力な一撃を放つ戦い方に向いているのか分からない重剣士の男は、それがなぜなのかインセントに聞いた。
「それはお前が自信を持ってず臆病だからだ、自信を持っている奴は自分の力を信じて突っ込んでいく……だがお前はそうじゃない……失敗した時の事を考え臆病になり自分を信じられない……ならお前がとるべき行動はなんだ? ……それは自信が無くても確実に相手を仕留められる状況を見極めることだ……言葉を変えるならいかに転がってきたチャンスをものにするかだ……自信が無いならまずはとことん慎重になれ、そしてチャンスを見極めろ……チャンスでは無い状況には絶対に手をだすな……そしてやれると思ったら何が何でも手を出す……そうすれば気付いた時にはチャンスを物にすることができるようになっているさ、そしてそのチャンスを手にしたことでそれが自信に繋がってくる、そうなれば、いずれ得物をぶん回す戦い方もできるようになる」
「チャンスをものにする……」
丁寧ではあるが内容的には乱暴な説明をするインセント。やはり荒唐無稽で普通なら信じないような話の内容であったが、インセントの言葉は重剣士の男の心に深く刻まれたのか、先程とは見違えたように晴れた表情になっていた。
「まずは不格好でもいい、兎に角一撃に神経を研ぎ澄ませろ、そしてそのタイミングを絶対に逃さないことを心掛けろ」
「……あ、でも……」
晴れた表情になったのも束の間、何かが頭を過った重剣士の男の表情は再び曇った。
「ん? 何だ?」
持前の自信の無さを発揮する重剣士の男の言葉にすかさず耳を傾けるインセント。
「その……強力な一撃を放つ為には、チャンスを見極めなきゃならないと言いましたが……そもそもそのチャンスを生み出すことが出来ない可能性が……」
「ガッハハハ、いい質問だ、確かに今のお前じゃ一人でそのチャンスを見極めるのは難しいだろうな」
何が楽しいのか、重剣士の男の言葉に大笑いをあげるインセント。
「だが……そのチャンスを作ってくれる奴がお前の横にいるだろう?」
「横?」
横とインセントに言われその言葉通りに自分の横にいる人物に視線を向ける重剣士の男。視線を向けた先には二刀流剣士の男の姿があった。互いに見つめ合う両者。
「男同士でバッチリ見つめ合うなよ気持ち悪い」
すかさず見つめ合う二人にツッコむインセント。
「お前達は、互いに臆病ではあるがその性質は少し違う、だが互いに臆病であるからこそ、お前達は互いの無い部分を補いあって戦える、二刀流剣士のお前が相手を翻弄すれば、そこに隙が生まれる、そうなればそれはチャンスだ、重剣士のお前が強力な一撃を与えることができる……どうだ? 俺の言っていること、そんなに難しくないだろ? お前達中々にいいコンビだと俺は思うがな」
「「いいコンビ?」」
活動死体化した魔物達が襲撃しその混乱の中、肩を並べた二刀流剣士の男と重剣士の男。だが実はこの二人、仲間でも無ければ知り合いでも無くお互いの名前すら知らないインセント同様今日初めて会ったばかりの間柄であった。そんな二人はインセントの言葉に互いの顔を見合う。
やはりインセントの言葉には無理があると思う。頭ではそう思っている二人であったが、それでも二人の心には今まで無かった熱い何かが込み上げてくる。
「まあ、兎に角やってみろ、もし危なくなったら俺が助けに入ってやる」
ニコニコした表情で二人にそう告げたインセントは、自分に襲いかかってきた活動死体化した魔物を瞬殺すると、その流れで二刀流剣士の男の肩を叩き前へと突き出した。
「おッ! ちょ、ちょっと……ヒィ!」
肩を叩かれその反動で前に突き出された二刀流剣士の男は、自分の前に立ちはだかる活動死体化した魔物に思わず悲鳴を上げてしまう。
慌てる二刀流剣士の男の様子をニコニコと笑みを浮かべ見つめるインセント。手は出さないという意思表示なのか、持っていたはずの長剣(ロング―ソード)は忽然と手の中から消えていた。
「あ、ああ……あああああ……」
突然の状況に変な声を出しながら長さの違う二本の剣を構える二刀流剣士の男。フラフラしていた活動死体化した魔物はピタリと動きを止めゆっくりとその顔を二刀流剣士に向ける。
(えええ、えっと……確か……翻弄する、翻弄する……その為には……)
インセントに言われた事を心の中で反復しながら巨大な活動死体化した魔物、大腕猿の腐り始めた顔を見つめる二刀流剣士。
(こ、こえぇええええこええええええよぉおおおおおお!)
対峙した大腕猿のなんとも言えない迫力と活動死体化した事による気味の悪さに恐怖する二刀流剣士の顔は青ざめる。
≪アアア……アアアア……≫
漏れだしたような低い唸り声を放つ大腕猿。本来の大腕猿特有の甲高い声では無く、それは完全に活動死体化した事を示す唸り声であった。狙いを定めるように活動死体化しても健在であるその異常に肥大化した両腕を使いジリジリと二刀流剣士の男に近づく大腕猿。
(……怖ぇぇぇ……逃げてぇぇ……)
近づく大腕猿本来、大腕猿を相手にするには、冒険者や戦闘職でも中堅以上の技量が必要だと言われている。
両腕から繰り出される見た目通りの強力な攻撃は殴っても叩いても物を投げても凶悪である。その上その見た目に反して攻撃速度も速く攻撃を避ける、あるいは防ぐには最低でも中堅以上の力量が必要でそうで無い者が攻撃を喰えば、防御したとしても良くて全身複雑骨折、悪ければ即死である。
その為ヒトクイでは大腕猿を討伐する場合、中堅以上の実力を持った冒険者や戦闘職に討依頼が回ることになっている。
しかし大腕猿と対峙する二刀流剣士の男は年齢だけならば既に中堅と呼ばれてもおかしくないが当然そこまでの実力を持っていない。
今までろくに戦いもせず逃げ回っていた二刀流剣士の男の実力は、初心者に毛が生えた程度、町の人間よりは少し強い程度の実力しかない。大腕猿と戦える実力など全くないのだ。
そんな実力しか持たない二刀流剣士の男が大腕猿を前に恐怖するのは当然といえば当然である。
(……でも、ここで逃げたら……いや待てよ……)
一瞬いつもの思考が頭を過る二刀流剣士の男。しかし二刀流剣士の男は何かを思いつくとその顔から突然恐怖の色が消えた。そして恐怖の色が消えた表情からは何かを覚悟したような意思が見え始めていた。
「俺の持ち味は……!」
そう叫んだ二刀流剣士の男は突然大腕猿に背を向けた。
「逃げることだぁぁああああああああ!」
それは脱兎の如くであった。逃げることに関しては右にでる者はいないと言われる程にその実力を猛烈に発揮し逃げ始める二刀流剣士。
≪アアアアアアア……!≫
逃げる二刀流剣士の男に釣られるようにして活動死体化特有の呻き声を上げながら肥大化した両腕を使って追い始める大腕猿
「アッハハハ!」
逃げる二刀流剣士の男の姿を見て大笑いするインセント。その横で重剣士の男はその時が来るのを待っていた。
「よし、いい感じだ……後は!」
いつものように逃げる二刀流剣士の男。だがその表情はいつもとは違っていた。
逃げる二刀流剣士の男に向かって片腕で攻撃をしかける大腕猿。
「うおおおお!」
想像以上以上に伸びてくる大腕猿の肥大化した片手を綺麗に躱す、いや逃げることに成功した二刀流剣士の男は、体を反転させすかさず伸びてきた片腕を長さの違う二本の剣で切り刻む。
≪アアアアアアア……≫
既に死んでいる大腕猿は痛みを感じない。だが痛みを感じないだけで二刀流剣士の男の攻撃は着実にダメージを与えていた。その証拠に、腕を移動する為の足として使っている大腕猿の機動力は確実に落ちていた。だがそれでもまだ二刀流剣士の男を追うだけの速度は持っている。再び逃げに徹する二刀流剣士の男は、その逃げ道を見定め一直線に走り出す。
「行くぞオオオオオオ!」
合図を告げるようにそう叫ぶ二刀流剣士の男。その視線の先にいるのは大剣を上段に構えたまま真っ直ぐに正面を見据える重剣士の男。
「うおおおおおおおおお!」
全速力で走る二刀流剣士の男は、重剣士の男にぶつかる寸前で突然体勢を落としそのまま重剣士の男の股をすり抜ける。
「オオオオオオオ!」
二刀流剣士の男が自分の股下を抜けた事を確認した重剣士の男は、気合を入れた雄叫びを発しながら上段に構えた大剣を渾身の力を込めて振り下ろした。
二刀流剣士の男の後を追っていた大腕猿は突然目の前に現れた重剣士の男が降り下ろした大剣を避けることが出来ずにそのまま頭をカチ割られその勢いのまま真っ二つに切り裂かれた。
「……や、やったのか……」
滑り込んだ体勢のまま顔だけを重剣士の男の背中に向ける二刀流剣士の男。
「や、やった……やったぞぉおおおおおおお!」
真っ二つになり自分の左右に転がる大腕猿を見て重剣士の男は嬉しさのあまり大剣を放り投げ歓喜の叫びをあげた。
「よっしゃあああああああ!」
それに釣られるようにして二刀流剣士の男も勝利の雄叫びをあげる。地獄と化していたガウルドの町に希望に満ちた叫びが響き割った瞬間であった。
― 現在 ―
「いや、本当あの一撃は痺れたぜ相棒!」
「いやいやお前のあの逃走術からの攻撃が無かったらタイミングを合わせられなかったよ」
大腕猿を倒した事を思いだしながら互いを称えあう二刀流剣士の男と重剣士の男。二人の周囲には十数体の死体に戻った魔物達の姿がり二人は再びその魔物の死体達が起き上がり襲いかかってこないようにするため火をつけ燃やして回っていた。
「とりあえず広場も一段落したようだな」
二刀流剣士の男は広場の至る所で上がる火の煙を見ながら活動死体化した魔物との戦いが一段落した事を感じ取る。
「そうみたいだね……皆インセントさんのお蔭で数段強くなったみたいだ」
次々と上がる勝利の雄叫びに耳を傾けながら重剣士の男は、この場にいた冒険者や戦闘職がインセントのお蔭で今までよりも力をつけたと確信していた。
「とりあえず……早く酒場に行きてぇ……」
強くなったと言っても身体能力が高くなった訳では無い二刀流剣士の男は疲れた表情を浮かべながらその疲れを癒す酒場に向かいたいと口にした。
「そうだね、きっと今まで一番うまい酒が飲めるはずだ」
二刀流剣士の想いに同意する重剣士は、笑みを零した。
「そんじゃ今回の最大の功労者であるインセント大先生も酒場に……て、あれ? インセントさんは何処だ?」
先程まで見ていなくてもその圧倒的な存在感を放っていたはずのインセントの姿が、広場の何処にもないことに気付いた二刀流剣士の男。
「本当だ……どこにもいない……」
二刀流剣士の男の言葉に釣られるようにして周囲を見渡す重剣士の男。だがやはりインセントの姿は無い。
「他の場所でまだ戦っているのかもしれないね……」
「うん、そうだな……この広場だけに魔物が集まってきたとは考えにくいから、他の場所で戦う冒険者や戦闘職の援護に向かったのかもしれない……まあ、とりあえずあの人に任せていれば大丈夫だろう……俺達は怪我人を助けて早く酒場に向かおう」
広場を襲撃した活動死体化した魔物達による襲撃騒動は剣聖インセントによる戦闘指導で見違えるように強くなった冒険者や戦闘職達の活躍によって終息を迎えることとなった。
だが広場や他の場所で魔物達と戦っていた冒険者や戦闘職は知らない。この騒動があくまで陽動であったということを。そして水面下でもっと大きな力が蠢いていた事を。
その大きな力の存在に気付いていたのは、スプリングとガイルズ、ヒトクイの王ヒラキと聖撃隊のインベルラ、そして剣聖インセントだけであった。
― ガウルド城近く ―
「……どうやら……真っ直ぐ城には向かわせてもらえないみたいだな……」
広場から城に続く真っ直ぐに伸びた長い道のど真ん中を歩くインセントは、自分の背後に感じる大きな力を前にその足を止めた。
「……やれやれ……どこかで感じたことがある気配だと思ったら、全く知らないお嬢さんが一人……俺は女や子供と戦う趣味はないんだがな……」
そう言いながら振り向くインセントは、その大きな力を発する者に視線を向けた。その視線の先には細腕には見合わない重量感のある手甲を装備した女剣士の姿があった。
「強い奴……見つけた……」
その女剣士はそう呟くと不気味な笑みを浮かべるのであった。
二刀流剣士の男と重剣士の男
ガウルドの落ちこぼれともいっていい二人。だが落ちこぼれはこの二人だけでなくガウルドだけでも結構な数の落ちこぼれの冒険者や戦闘職はいる。彼らが別段珍しい存在という訳では無い。
だが今回、インセントの指導によってこの二人を含めた落ちこぼれと言われる者達は格段にその力を高めることに成功した。
その中でもやはり二刀流剣士の男と重剣士の男の成長は高く後にこの二人は名の知れたコンビになっていく。
だが現時点で彼らの名前は分かっていない。




