真面目に合同で章(スプリング&ソフィア編)12 赤く染まる月3
ガイアスの世界
登場人物
名前 インセント=デンセル(剣聖)
年齢 63
レベル 99+
職業 剣聖
今までにマスターした職業
ファイター 剣士 上位剣士 最上級剣士 ソードマン ソードマスター
重剣士 強重剣士 魔法使い 聖職 薬師 弓使い (鍛冶師) などなど
装備
武器 何の変哲も無いただの長剣
防具 修練を重ねた鎧
頭 無限額当て
靴 音絶たぬブーツ
アクセサリー 謎の指輪
小さな島国 ヒトクイ出身にして現在ヒトクイでは唯一の剣聖。
多種多様な剣を使い分け、どんなものでもぶった切ると言われている。だが彼の本領発揮は、剣を無数に作り出し矢のごとく放つというすでに剣士なのかと言われてもおかしくない技を持っていることである。
本来ならば剣を使用する職業を多数マスターすることで剣聖の道が開けてくるのだが、それではまだまだとインセントは剣聖に関係無いであろう職業までマスターしている。だが一見必要無いと思われている職業は十分にインセントの戦闘に役にたっている。
彼は元々ヒトクイの王の右腕であったが、ヒトクイの戦争が終結したおりに王の右腕の地位を捨て放浪の旅に出ていって以来、詳しい消息は知られていない。だが彼の戦闘能力からみてどこかで野垂れ死している可能性は皆無に等しかった。
そんな剣聖インセントが再びヒトクイの中央都市であるガウルドに戻ってきた目的とは……
真面目に合同で章(スプリング&ソフィア編)12 赤く染まる月3
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス
― 小さな島国 ヒトクイ ガウルド 広場―
「な、なんて人だ……」
「……いやいや、あれ、もはや人間じゃねぇよ……」
「い、今はそんな事どうでもいい、それよりも私達も援護するのよ」
「え、援護って……俺達出る幕ないだろ……」
赤く染まった月が空に顔を出してから数時間。夜空の頂点にやってきた赤く染まった月は、より濃く不気味に輝いていた。その輝きが増す程に、ガウルドの町も赤く染まり襲撃してきた活動死体化達の力も増し、既に一般の冒険者や戦闘職達では対処しきれない程になっていた。
だがそれでも尚、一人の男によって活動死体化した魔物達はその力を発揮することができず体を切り裂かれ押し潰され時には跡形もなく消し炭にされていく。男が一人で戦う光景に冒険者や戦闘職は驚きを通りこし呆れた言葉を漏らしていた。
何の躊躇も無くまるで息を吸うように次々と活動死体化した魔物達を蹴散らしていく男。
「さあ、どんどんかかってこい、今のままじゃ肩慣らしにもならないぞ!」
その言葉には底知れない余裕が見える。初老を超えていると言うのにここにいる冒険者や戦闘職の誰よりも鍛え抜かれた体の奥にあるスタミナは底なしかという程、かれこれ一時間以上も襲いかかってくる活動死体化した魔物達を一人で相手にし戦い続けていた。
いや、戦っているとそう思っているのは、その場にいる冒険者や戦闘職達、もしくは絶え間なく初老を超えた男を襲い続ける活動死体化した魔物達だけで、当の本人は今の状況を戦いだとは一ミリも思っていなくただ戯れているだけといったほうが正しいのかも知れない。その証拠に男の顔は真剣のしの字もありはしないからだ。
ガウルドの町が、いやヒトクイの王が住まう場所である以上、ヒトクイという国が危険な状況だというのに、初老を超えた男はその場をただの訓練、いやただの遊び程にしかとらえていなかった。
だがそんな不真面目な態度であったとしてもその腕は確かで、その場にいる冒険者や戦闘職がその戦いに入る隙は一瞬も無い程に激しい。もはや入れば邪魔になる程であった。
「おっ? ……ああ悪い俺としたことが、老人が出しゃばりすぎたな、若いお前らも戦いたいよな!」
「「「「「え?」」」」」
突然そう言い始めた初老を超えた男の言葉にその場にいた冒険者や戦闘職は何か嫌な予感を抱き顔を引きつらせる。
「ほらほら遠慮するな、若い奴はどんどん経験を積んで強くなれ!」
そう言うと初老を超えた男は自分よりも二倍程大きな熊型の活動死体化した魔物を軽々と片手で持ちあげるとひょいと次々茫然と立ち尽くしていた冒険者や戦闘職がいる方へと投げつけた。
「うあああああああ!」「ギャアアア!」「イヤアアアアア!」
自分達の頭上に放られた熊型の魔物達を前に悲鳴を上げる冒険者や戦闘職。蜘蛛の子が散っていくように熊型の魔物達の落下地点から逃げだしていく。
「おいおい、逃げるなよ……」
彼らの姿に呆れた表情を浮かべる初老を超えた男。
「な、何しているですか!」
一人の冒険者が起き上がる熊型の魔物の一体に剣を向けながら初老を超えた男に抗議の声をあげる。
「いや、何って、俺ばっかり戦っていては悪いなと思ってな、おすそ分けだ」
抗議した冒険者に平然とそう告げる初老を超えた男。そう言っている間にもその腕は次々と熊型の魔物を冒険者や戦闘職に放っていた。
「こ、この人……本気で言ってるのか?」
「あの何の混じりけも無い笑顔は、冗談には見えない……本気だよあの人!」
自分達の前に次々と落下してくる熊型の魔物を前にしながら、初老を超えた男の言葉に顔を引きつらせる冒険者や戦闘職。それもそのはずで初老を超えた男がぶん投げている熊型の魔物、筋肉熊はヒトクイの中では危険とされる魔物の一種であるからだ。正直、一撃も攻撃を受けてはいけないという現在の状況で活動死体化した筋肉熊を相手に出来る冒険者や戦闘職はこの場にはいない。
≪グゥオオオオオオ!》
放り投げられた筋肉熊の一体が生前と変わらない鼓膜に響く咆哮を上げる。するとそれに反応するように他の筋肉熊達も咆哮を響かせた。
体が痺れるほどの咆哮に冒険者や戦闘職達は耐えられないと耳を塞ぎ我さきにとその場から退避しようと走り出す。
「なんだ、戦わないのか、こんなチャンス滅多にないぞ」
筋肉熊達の大合唱のような咆哮に耐えきれず逃げ出す冒険者や戦闘職の中、一人全く動じずヘラヘラと緊張感の無い顔を浮かべている初老を超えた男は、逃げ惑う冒険者や戦闘職に声をかける。
「ど、どこがチャンスですか! 僕らはあいつらからの攻撃をかすりでもしたら終わりなんですよ! そんな奴をあなたはポイポイ僕らに放って、どう見てもピンチじゃないですか!」
「そうだ! そうだ!」
初老を超えた男の見当違いの言葉にブチ切れながら抗議する冒険者や戦闘職。
「はぁ……これだから最近のヒトクイ出身の若い冒険者や戦闘職は……よく言うだろ、ピンチはチャンスって!」
抗議する冒険者の言葉に呆れてため息を吐く初老を超えた老人。
「ピンチはチャンスってこれの何処がチャンスに出来るっていうんですか! 呑気にため息なんて吐いていてないでこの状況、どうにかしてくださいよ!」
「はぁ……へぇへぇそうですか、本当に最近の若者は骨なしが多くなったな……」
逃げ惑いながらも抗議を続ける冒険者や戦闘職の言葉に心底呆れながら初老を超えた男は、仕方がないと手に持つ長剣を軽く振り下ろした。すると振り下ろした長剣の先から目視できる斬撃の塊が飛び出し数十体といる筋肉熊達を切りつける斬りつけられた筋肉熊はすぐさま標的を自分に攻撃を加えた初老を超えた男に変え襲いかかろうとするのだが、だがなぜか突然、筋肉熊達の体の動きが止まった。
「昔の冒険者や戦闘職ならこの状況を前に目を輝かせたもんだけどな……」
熟練の冒険者や戦闘職が口にしそうな言葉を初老を超えた男が吐いた直後、動きを止めていた筋肉熊達は突然爆散した。
「ば、爆散した……」
「あの筋肉熊を纏めて一撃で倒した……」
「やっぱりあの人化物だよ……」
爆散した筋肉熊達を信じられないという目で見つめながらそう呟く冒険者や戦闘職。
「おっと待ったそこの魔法使いの嬢ちゃん」
状況を理解ではずまだ逃げようとしていた魔法使いの女性の首根っ子を捕まえる初老を超えた男。
「え、何? 何なの?」
突然首根っ子を掴まれた魔法使いの女性は更に混乱し慌てふためく。
「火の魔法でそこら辺に散らばった肉や血は燃やしとけ、放っておくと感染しちまうからな」
「……へ? ああ、はい……」
そこでようやく襲いかかろうとしていた筋肉熊達が倒されていることに気付いた魔法使いの女性しそう指示を出してきた初老を超えた男の指示に顔を引きつらせながら頷いた。
「他にも火が使える奴らは徹底的に燃やせ……消し炭一つ残すな!」
周囲にいた冒険者や戦闘職にもそう声をかけ始める初老を超えた男。
広場の周囲に飛び散る筋肉熊であったものの肉片。本来であればその肉や血、骨に至るまで、筋肉熊の素材は高値で取引される代物である。だが活動死体化してしまっている為に腐り初めている肉や骨には素材としての価値は無くそれどころか触れれば感染する恐れもあるという危険を孕んでいた。初老を超えた男は、その事を理解しており周囲の冒険者や戦闘職に対して燃やせと指示をだしていたのだった。その他にいも色々と知識を披露し若い冒険者や戦闘職に次々と指示を出していく初老を超えた男。
「ただの戦闘馬鹿なのかと思っていたけど……」
「以外にも色々な知識も持っているんだな……」
筋肉熊達を一撃で全て倒した初老を超えた男のその強さに目が行きがちではあるが、しっかりとした魔物の知識を持っていることに感心する冒険者や戦闘職。
「でも……やっぱりあの人化物だよな……」
「う、うん……」
しかしどう考えても数十体を超える筋肉熊を一撃で全て倒したその強さは化物じみていると口にする冒険者と戦闘職。
しかし初老を超えた男は化物でも無ければ魔物でも無い。純粋な人間である。彼の名はインセント=デンセル。現在ヒトクイで唯一の最上級戦闘職、剣を扱う戦闘職であれば誰もが憧れるだろう『剣聖』であった。
「お前らこれで終わりじゃないぞ、まだまだ魔物はやってくる、しゃーない、人生の先輩として俺がこれから大規模戦闘の極意って奴をお前達にみっちり叩き込んでやる!」
黙っていれば渋くいい歳の取り方をした老人に見えるのだが、そう口にしたインセントの表情はまるで悪ガキのような笑みを浮かべていた。
― 小さな島国 ヒトクイ ガウルド 安宿前 ―
外の状況に嵐が過ぎ去るのを待つかのように静かに体を震わせる安宿の亭主やその客達。どうやらこの安宿の客の中に外に冒険者や戦闘職はいないようで皆自分達がこれからどうなってしまうのか不安を抱きながら外で戦う男女の二人の戦闘職を見守ることしか出来なかった。
「ソフィア!」
屋根の上で戦うソフィアの名を叫ぶスプリングは、周囲に展開している正気を失った男達の攻撃を避けつつ鉄拳を纏ったその拳で殴り応戦していた。
「はぁー」
屋根の上ではソフィアが長く息を吐きながら目の前にいる美女を鋭い眼光で睨みつけている。その美女はソフィアとは違う明らかにダメージを蓄積させた疲労からくる息を小刻みに吐きながら手に持つ剣を向ける。その目にはまだ戦う意思は残っているがその表情には明らかに焦りが見えていた。
「たかが家畜の分際で、夜歩者である私ギルにここまでの傷を負わせるとは……」
ギルは自分の種族を口にすると目の前のソフィアを睨みつけた。そう彼女は人間でもなければ亜人や獣人を含んだ人類でも無い。彼女は『闇』の存在と呼ばれる種族の一つ、数百年前に起った人類と『闇』の戦いで最も人類を苦しめた夜歩者という種族であった。
「なぜた、なぜ赤き月の加護があるというのに私は家畜如きに遅れを取っている、『聖』の力を体現した犬でも無いお前がなぜ私に傷を負わせることが出来る!」
普段クールで冷徹な表情を浮かべているギルが、目の前のソフィアの力を前に取り乱したように叫び乱れる。
ギルが取り乱すのも当然で、本来、夜歩者が普通の人間を相手にして傷を負わされることは絶対に無いのだ。その超人的な自己修復能力と、強靭な筋力、そして有り余る『闇』の力を持ってして人間などそこら辺を飛ぶ羽虫を変わらないはずなのだ。更に言えば、現在ガウルドの頭上に昇る赤く染まった月は、『闇』の存在達の力を上昇させる効果を持っている。普段ですら普通の人間ならば全く手に負えない力をもっているはずの夜歩者ギルの力は現在何倍にも膨れ上がっているはずであった。それにも関わらずギルは目の前の少女、たかが剣士のソフィアに苦戦を強いられていた。
何がきっかけだったのか、それは本人にしか分からない。しかしそれは突然起こった。剣を交えたソフィアとギル。互いに放った攻撃に勝ったのはソフィアであった。ソフィアの放った何の変哲も無い突きがギルの腹部を突きさす。その直後ギルの背筋が凍る。
「さっきのお返し……さぁ……続きをしましょう……」
突然発せられる狂気。ソフィアから放たれたそれは『闇』の存在であるギルにとっては抱くはずの無い感情を植え付けた。
それが何であるのかその正体が分からぬまま、抉られた腹部を庇いながら後方に飛ぶギル。しかしまるで吸い付くようにソフィアは狂気に満ちた笑みを浮かべながらギルとの距離を離さない。
ギルは目の前のソフィアという少女を戦いの場で泣いていることしか出来ない家畜と認識していた。だがどうだ、今目の前で自分の首を刈り取ろうとしている家畜はあの時泣いていた家畜と同じ存在なのかという程にその表情を狂気に染め、楽しそうに迫ってくる。
「調子に乗るな!」
『闇』を纏わせた剣をソフィアに振うギル。普通の人間ならばただかすめただけ、その周囲にいるだけで発狂してしまうはずの攻撃。しかしソフィアに発狂する兆しは一切無く、それどころかその剣を容易く躱すと傷を負っているギルの腹部に蹴りを入れた。
「ゴフゥ……!」
衝撃と痛みによってたまらず肺に溜まった息が全て口から吐き出されるギル。この瞬間、ギルはある事に気付いた。
(なぜた……なぜ傷口が塞がらない……)
驚異的な自己修復を持つ夜歩者。殴られようが斬られようが刺されようが潰されてもすぐにその体は驚異的な回復力でたちどころに元の形へと修復される。だが現在ギルの腹部にある傷口は一切塞がっていなかった。それどころか蹴られ痛みが倍増している。
自分の体に異変が起こっていることに気付いたギルは、自分に対して傷を負わせることが出来る存在を頭に浮かべる。
「違うッ!」
しかしすぐにギルはソフィアが自分の頭の中に浮かべた存在では無いと否定する。
(この家畜は犬では無い……私の体に傷をつけるだけの『聖』の力を持っていない)
夜歩者の弱点は『闇』とは真逆の存在である『聖』の力を持つ存在である。
『聖』の力とは生まれながらにして人類、特に人間が強く持つ力である。しかしその力は非力で例えその力で攻撃したとしても夜歩者にとっては蚊に刺された程度でしかない。よって人間による『聖』の攻撃は夜歩者には全く通じないと言っていい。
だがその『聖』の力を人間以上に強く持つ存在がいる。それがギルの口から発せられた犬という存在であった。正式には犬では無く狼なのだが、夜歩者は彼らの事を侮蔑の意味を込めて犬と呼ぶ。
彼らが嫌う犬、その本当の名は聖狼。『闇』の力を持つ存在達を駆逐する為に人間が作りだした対『闇』殲滅兵器であった。
しかしソフィアから聖狼の気配は一切感じないギル。それ所か今のソフィアからは殆ど『聖』の力を感じない。本来人間ならば持っているはずの『聖』の力を殆どソフィアから感じないのだ。それに気付いたギルは、自分を傷つけることが出来るもう一つの存在を思い浮かべる。
それは同胞であった。『闇』の存在同士であればお互いの体に攻撃を通すことは可能であるからだ。だがそこでギルはソフィアが同胞であるという可能性を否定する。
(……『闇』の気配も感じない……)
自分の体を傷つけることが出来る存在は『闇』か『聖』であるはずなのにも関わらず、ソフィアからはそのどちらの気配も感じないのだ。
自分の目の前にいる存在が何者であるか理解できず混乱するギル。
「……どうした化物、早くその腹に受けた傷を治せ、使い魔を出して私を襲わせろ、すぐさまその体を変化させ私に襲いかかってこい!」
それが本人の言葉であるのかも疑わしいほどにソフィアは狂気に満ちた表情でギルの次の攻撃に注文を付ける。それはまるで自分の驚異的な力に酔いしれているようでもあったる
《……この気配は……》
ギルが混乱する中、ソフィアに起った異変の正体の欠片に気付いたのはスプリングの腰にぶら下がった手甲、自我を持つ伝説の武器ポーンであった。
「どうしたポーン?」
声もだしておらず、その表情すらも分からないはずなのに少し心配したようにポーンに声をかけるスプリング。
『あ、いや……問題ない大丈夫だ主殿……』
そう返答したポーンはそのまま黙り込んだ。
《ありえない……そんなことは絶対にありえない》
ソフィアの異常な強さを見て何かに感づいたポーンは、目の前で起こる状況を否定する。
《……我ら四人以外に同胞がいるなど……絶対にありえん!》
ポーンはソフィアから漂う別の気配を感じ取っていた。その気配が自分と同じ同胞のもの、自分と同じ自我を持つ伝説の何かであることをポーンは強く否定するのであった。
「はぁ……はぁはぁ……あッ! あああああああああああ! フグゥ!」
距離をとっても攻撃を仕掛けても距離を詰められ攻撃を躱されてしまうギルはその状況を認めることが出来ず感情を爆発させたように発狂する。しかしだから何だというように発狂するギルに全く動じず詰め寄ったソフィアは、再び鋭い蹴りをギルの腹部にねじこむ。先程からずっと刺された場所を蹴られ続けギルの腹部からは大量の血が流れ、赤黒い内臓も飛び出していた。
「うぐぅぅうううう……」
普段ならばすぐに癒える傷。しかし今のギルは自慢の自己修復が機能せず普段味わうことはない強烈な痛みに襲われていた。
「……どうしたの化物……? ふふふ、早く逆転の一手を打って、この状況を好転させて私を驚かせてみなさいよ?」
何も出来ないギルを前にそう口にするソフィアの表情は戦いを楽しむように狂気に満ちた笑みに歪んでいた。
「くぅ……」
その狂気に満ちた笑みを向けるソフィアを前に目の前にいる家畜は、本当にあの時涙を流し何も出来なかった家畜なのかと自分の目を疑うギル。旧戦死者墓地で見せていた涙に目を濡らしていたソフィアの顔と狂気に満ちた今の顔を重ねるギルはどうしても同一人物であるとは思えなかった。しかしそう思えなかったとしても事実そこにいるのは確かにあの日、旧戦死者墓地で自分の戦いを見ていたソフィアなのだ。
「家畜! 一体、この短い期間でお前の身に一体何があったという……おごぉ!」
「化物は喋っちゃダメでしょ、ギャーとかウゴォーとか叫んでいればいいのよ」
得体の知れない力の正体が何であるか本人に尋ねようとしたギルであったが、返ってきたのは、返事では無く蹴り。再びソフィアの鋭い蹴りがギルの腹部にねじ込まれる。そしてとうとうその蹴りはギルの腹部を貫通してしまった。
「あ、が……あ、あ、あ、あああああああああ!」
声にならない声を上げるギル。
「……化物の腹を貫いてしまったわ……化物の臓物で足が汚れてしまったじゃないのよ」
そう言うとソフィアはギルの腹部を貫いた足を捻る。
「ああああああああああ!」
「五月蠅いわね……黙ってなさいよ」
貫通した腹をねじられ悶絶するギル。その声が癇に障ったのかソフィアはもう片方の足でギルの顔を踏み抜いた。堅い果物が勢いよく潰れたような音と共に悶絶するギルの声はパタリと止み、赤い血がソフィアの足を真っ赤に染める。
「ふふふ、これで静かになった」
ギルの声が消え満足そうに笑みを浮かべるソフィア。その表情は歳相応の笑みにも見えるが、やはり何処か狂気を孕んでいる。
「ソフィア……」
その姿に背筋が凍るような恐怖を抱くスプリング。
ソフィアが夜歩者を倒した影響なのか今までスプリングを襲い続けていた生気を失った男達は、まるで操り人形の糸が切れるように次から次へと倒れていく。
周囲に倒れた男達に視線を向けるスプリング。まだ息があり死んではいないようであったが、かなり衰弱している。すぐにでも手当てをしなければ、命は助からないかも知れない。だが今のスプリングには、その場に転がる男達などどうでもいいことであった。
倒れている男達の正体は盗賊団、闇帝国の団員に間違いない。そんな奴らを自分が助ける義理は無いし、ほっといても町の人間、もしくは城の兵が勝手に色々とやるだろうとスプリングは思いすぐさまその視線を屋根の上にいるソフィアに向ける。
今、スプリングが注意を払わなければならないのは、周囲に倒れた闇帝国の団員達などでは無く屋根の上で赤々と染まった月を見つめるソフィアだからだ。
「ポーン、正直に答えろ……今の俺でソフィアを止めることは出来るか?」
それは戦闘とは呼べない、ただ一方的な蹂躙と言っていい。理由は分からないがソフィアは突如として夜歩者を凌駕する程の圧倒的な力を得たのだ。そしてその力は明らかにソフィアの性格を変化させた。間違っても戦いの最中にあんな狂気に満ちた笑みを浮かべるような娘では無い。その性格の変化がスプリングに危機感を植え付ける。自分の力に溺れた者は、必ずその力を見せつけたくなるものだ。これはスプリングにも経験があることであった。だからこそスプリングは目の前で赤く染まった月を見つめるソフィアを警戒し危険を感じていた。
『……残念だが……止めることは出来ないだろう……今のソフィア殿は危険すぎる』
「……だよな……」
ポーンの言葉にスプリングがソフィアに対して抱いた危機感は確信へと変わる。
「あれは……狂戦士だ……」
普段大人しい者が、戦闘になるとその性格を豹変させ敵味方構わず全てを殲滅する。己の力を制御できず、力に溺れただ自分の力を振うことでしか自分を表現することが出来ない悲しき戦いの戦士、それが狂戦士であった。
『……狂戦士……』
スプリングの言葉にオウム返しのように言葉を零したポーン。だがそこからポーンは言葉を続けることは無く黙り込んだ。
ポーンはソフィアが狂戦士では無い事を知っていたからだ。
《あれは、狂戦士などでは無い……言うなら、強制的に感情を凶暴化させられているだけ……》
だがその真実をスプリングに告げようとはしないポーン。
「……なあポーン、お前俺に何か隠してないか?」
だがスプリングはポーンのそんな態度を見抜くように何か隠しているのではないかと話しかけてきた。
『……いや、隠し事など無い』
「そうか……わかった……」
それが明らかな嘘だということ気付くスプリング。だがこれ以上ポーンを問い詰めるようなことはせず話を切り上げたスプリングは、再び屋根の上に立つソフィアを見つめた。
「はぁ……気持ちいい……でもまだ物足りない……もっと……もっと強い奴と戦いたい……」
そう言いながら視線をスプリングに向けるソフィア。
「……ッ!」
何も光を発していない虚ろな目で見つめられたスプリングはまるで石のように体が硬直するのを感じる。それに加え体が沈むのではないかと思える程体に圧し掛かる重圧。
「フフフ……スプリングじゃ私の相手にはならないよね……でも安心してスプリングとは戦わないから……だって、スプリングは……」
その先ソフィアが何を口にしようとしたのかは分からない。ソフィアはそこで言葉を区切ると突然視線を別の方向へと向けた。
「……いるじゃん強い奴……」
獲物をみつけたというように何かの気配を感じ取ったソフィアは、口の端を吊り上げる。
「それじゃ私行って来るねぇ!」
「ま、待て……ソフィア……」
遠足へ向かう子供のように言葉を弾ませながら、屋根から屋根へと飛び移りその場から去って行くソフィア。それを止めようと声を絞り出すスプリングであったが、声は掠れ聞き取れないほどに小さい。
「……く、クソ……俺は……俺はぁああああああ!」
少女一人止めることが出来ない自分を情けなくそして不甲斐無く思うスプリングは、自分自身への怒りをソフィアの居なくなったその場にぶちまけるのであった。
ガイアスの世界
ソフィアに漂う気配。
それが何であるのかは不明。しかしソフィアの現在の状況は、ガウルドの町で獣人に襲われた時に酷似している。
あの時に出会った武器商人と何か関係があるのかも知れない。




